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第7話 アメリア領内

 ひんやりと肌をなで澄んだ空気が肺を潤す。


 そこは坂道をただひたすら上り下る道が始まる執着点へとたどり着いた時の感想だ。


「領内に入りました!」


 坂、坂、坂とひたすら上り続け馬も悲鳴を上げてきたころ合い。


 ようやく広く一望できる場所に辿り着いた。


「ようやくか……」


 景色は出発当初の平原とはうって変わり山々が広がっていた。


「すごい山だな」


「ここから北のザンドラレル、トランドノート、レイヴィス領にかけてこの山脈は広がっています」


「三つの領は広いのか?」


「そうですね。あまり住める環境は限られているのですが管轄する地区は広いですよ」


「ここのアメリア領も王都の5倍くらいの面積だとお父様が仰ってたのを覚えてます」


「あそこも大きかったがここはもっとでかいんだな」


「9割山なんですけどね。ですがここまできたらあと少しなのは確かですよ?」


 気分が浄化された気分になる。


 もう上り狂ったせいでよくわからない。


 馬がすすまないので馬車はほぼほぼ俺が押していたような気がする。


 昔、富士山のふもとでギブアップした時と同じ空気の味がした。


 雲が同じ高さまで来ていることに気づき標高がそれなりに高いことに気づく。


 しばらく進むと遠目の谷に町が見えてきた。


 木材でできた簡素な防壁と谷の入り組んだ地形を利用した街づくり。


 段々となった畑は健康的な緑色に染まりところどころ紫色の果実が成っている。


「あれが私の故郷ルロダンです!」


「やっとついたな」


「おかげさまでずいぶんと速く着きました! ありがとうございます」


「礼はついてからだな」


「そうですね!」


 ほどなく町の入口につき見張りの兵士がリィナにお辞儀し丁寧に対応している姿を見る。


 ここの貴族ということはやはり令嬢なのだなと改めて認識する。


 人々が行き交う街中を見ると見慣れない恰好をした人間がいた。


 いや人間ではないが人間だ。


 ふさふさの耳。


 ふさふさの尻尾。


 ケモミミだ。


 獣の友達だ。


 女の子。


 ケモミミ。


 もう言葉がすべてをゲシュタルト崩壊させてしまっているがすごい衝撃を受ける。


 興奮が冷めやらず心の中で片言になった歓喜の言葉があふれ出した。


 だが最後の一言に収束する。


「生きていてよかった」


 とんでもないものを見てしまった。


 そして横にいる兵士は奇異な目で俺を見ていることに気づくのはもう少し後のこと。


 それからしばらくたったころ。


 言い合いをしているリィナの声が聞こえた。


「なんでですか?! なんでお屋敷に入ってはだめなのですか?!」


 話し合いをしている場所はちょうど門の隣にある簡素な小屋。


 そこへと向かうとリィナは焦ったような表情でいた。


 この国の鎧をまとった兵士もえらく焦っていた。


「リィナ様落ち着いてください。レジナード卿より誰も入れるな。と言われておりまして……」


「お父様が?……どうしてお屋敷への街道を開く許可をしてくださいませんの?!」


「それが……私たちにも……」


「騎士長のレイヴェインはどちらですか?」


「レイヴェイン殿は……今、お屋敷に……なんとか私達もリィナ様がお帰りになられたことをお伝えしますのでいましばらくのご辛抱を」


「んー!! 皆さんもヒナの体調は知っているでしょう?!」


「ヒナ様の体調は……とても心苦しい限りでございます」


「先日、この手紙が届いたのです」


「これは……」


「レジナード・イル・アメリアからの手紙です。内容はヒナの石化症の進行です。私は早く帰らないといけないんです!」


「なんと……早急に対応いたしますのでどうかご辛抱を……一介の兵では何も出来bない無力をお許しください」


「はぁ……そうですね。ごめんなさい。お願いします」


 肩を落としながらリィナがとぼとぼと歩いてくる。


「すみませんソラさん。せっかく早く着いたというのに……」


「いや……まあ早く妹さんとも会いたいのに気の毒だな」


 そう言い馬車を管理している庁舎へ馬と馬車を預けに行った。


 管理をしている人は馬面でとても馬と仲良さそうな感じだった。


 ケモミミの男の人というのもポイント高い。


 まさに異世界って感じがする。


 それから俺とリィナはある場所へと歩いた。


 目の前を行くビースティア。


 若い女性のようだった。


「しっぽが見えてる!」


 スカートから垂れるしっぽ。


 どうなっているのか覗きたい。


「あの……目が怖いですよ?」


 リィナの視線が突き刺さるため興奮するのはここまでにしておこう。


 それからしばらく歩く。


 朝飯も抜きに歩いてきたため腹ペコだ。


 そこで美味しい地元料理を出すお店があるとリィナが言うのでそちらへと向かった。


 石でできた壁。


 そこには変わった石細工。


 木材で作られた屋根から伸びる煙突。


 そこからは煙が出ており、その建物へと近づくと香ばしく良い匂いがしてきた。


 木製の重たくもすこしおしゃれなドアを重そうに押すリィナ。


 中はお昼時ということもあってにぎわっていた。


「いらっしゃーい! 今いっぱいでね。カウンター……」


 ウェイトレスらしき中年の女性が驚いた表情でお盆に乗っている料理を落としてしまった。


「わーお」


 俺は思わずびっくりすると同時に出てしまった悲鳴がとても情けなかった。


「リィナ……様かい?」


「ただいま戻りました! メリラおばさん!!」


 駆け寄る二人は深く抱きしめあっていた。


 とても仲の良い関係であるのは明白だった。


「お元気そうで何よりです」


「そりゃあたしのセリフだよ! 王都が襲撃されたって聞いた時はすごい心配したんだよ?! 背、伸びたんじゃない?」


「たくさん修業してたくさん食べてますからね!」


「立派になってまあ……敬語なんか使っちゃって生意気なぁあ!」


「おばさん痛いですよ」


 もみくちゃにされるリィナ。


「あんた! ちょっとあんた!! リィナ様がいらしたよ!」


 メリラおばさんと呼ばれる女性は厨房へ呼びかける。


 メリラおばさんはリィナの2倍はある体躯に少し威圧を覚えるがとてもやさしそうなおばさんだ。


「なんだって?! リィナ様ってだれだい?!」


 厨房から男の声。


「何言ってんだい? あんたの嫌いなお貴族様の娘様だよ」


 そして厨房より顔を出したのは白いエプロンととんがった帽子をかぶりふかふかな髭を生やしたやせ男だった。


「はぁ? お貴族様? 俺は貴族と魔族が大っ嫌いなん……ってちんまり嬢ちゃんか! 久しぶりだなぁおっきくなったな?!」


「お久しぶりです。グリィおじさん」


「うおお。なんで前もって来るって言ってねえんだ。ろくなもん仕入れてねえぞ!!」


 それから店内では「久しぶりだね」や「ろくでもないもん食わせてんじゃねえ」や「うめえ!」、「ろくでなしの食材でこれか!!」なんかが聞こえてくる。


 ここではリィナは大分好かれているようだ。


 しばらくの歓迎ムードが終わりカウンター席へと案内されるリィナ。


 それとは対照的に俺は蚊帳の外だった。

 

「それでそこのあんた。おひとり様かい?」


 というメリラおばさんの一言。


「あ、ああぁ……」


「あいにくカウンターもいっぱいになっちまってねぇ。ちょっと席あくまで待っててくれないかい?」


「だ、大丈夫……です。ま、待ってます」


 なんだかもうその場の空気と雰囲気に圧殺されてしまい人見知りスイッチが入ってしまったのだった。


「ソラさん何してるんですか?! こっちですよ!!」


「ええ?! あんたリィナ様の連れだったのかい? そうならそうと早く言いなって!!」


 バシンっと背中を叩かれる。


 それは思いの他強く前へと押し出されてしまう。


「グリフォンより強かったぞ今の」


 ぼそっとつぶやいたつもりであったがメリラの一言が続く。


「なんか言ったかい?」


「いや何も……」


 耳もグリフォン以上なのかもしれない。


 そう返した俺の反応速度もあの時以上だったかもしれない。


「さてさてメニューだよ」


「ありがとうございます!」


「よしてよ。水臭い」


「こう見えて私……聖女ですから!!」


「なったのかい?! 聖女様に」


「はい!」


「よくやったね!」


 喜ぶ二人。


 見ていて、まあなんと微笑ましい。


「料理決まったら呼んで! あたしはこの広い店内を一人で切り盛りしないといけないからね!」


 そう言ったとたんに「メリさん水!」、「おかわり!」と他の客。


「はいはい! 話したいことは……たくさんあるけど今は久しぶりのこのお店を楽しんでね」


「わかりました!」


 そう告げてメリラはどこどこと足音を立てて去っていく。


「さすがリィナの地元だな」


「小さいころ何度もお世話になったお店なんです」


「お貴族様って言われていたがやっぱり高貴なお方でございましたか」


「今更丁寧に話すのやめてもらえます? お貴族様といっても偏狭領地を持つ貴族の娘ってだけです。他の方々と変わりはありません。不作であれば一緒に飢えをしのいでお祭りのときはみんなで楽しんだりしてたんですよ?」


 物思いにふけるリィナ。


「へぇ。結構住みよさそうな感じだったんだな」


「はい。聖女になるというのも結構反対されました」


「そういえば王都の連中はリィナのこと僧侶とか言ってたけど聖女と何か違うの?」


「階級があるのですよ。私は聖女になりたてだったので皆さんもあまり存じ上げなかったことかと思います。昇礼の儀は教会の方々だけで行いますし」


「へぇ。いろいろあるんだな。でだ、なんでリィナの家に帰れないんだ?」


「わかりません……」


「しかし門くらいなら簡単に開けられると思うんだが勝手に入っちゃだめなのか?」


「勝手に入れるなら入っているのですが……屋敷の周囲には白壁ハクヘキが張ってあるんです」


白壁ハクヘキってもしかしてグリフォンの攻撃から守ってくれた?」


「いえ、あれはルクサーラ神のルミニ・マルスという光の壁なんです。だいたいはそれと同等の力を持ってます」


「同等? ってことはとても頑丈なのか?」


「少し違います。光の壁はルクサーラ様への祈りにより顕現するものです。けれど白壁は魔術なんです。光の壁は行き来にある程度融通が利くのですが白壁はそういうことはできません。ルミニ・マルスと違い少ない魔力で稼働できるのですがとても強力な結界です」


「つまりルミ……なんとやらと比べると固いし外からでは何もできない奇跡というやつか」


「そんなところです。魔術は奇跡とはまた違うんですけどね。奇跡を模して造られた魔法なんです。神様への祈りで恩恵を授かることのできるのが奇跡で魔法は魔力を主に使います。それらを根本の理論をなぞらえて編み出され常に魔術の史実誌では奇跡や呪術と対に考えや理論が────」


 なんだか長くなりそうだ。


 リィナの教えを受け流しながらメニュー欄を見る。


「なぁなぁ、このウィシュター高原産トルンドの焼き肉ってうまそうじゃないか?」


「んん?!」


 リィナの今までに見せない表情。


 頬を膨らませてこちらをにらんでいる。


「……まあ、難しい話は置いといて何か頼もうぜ?」


「それもそうですけど……そうですね。私はよくごちそうしてもらったものを頼みます!」


「それとヴィティス酒っていうのは?」


「ここのもおいしいのですが……お屋敷の地下に眠っているのはとても美味しいらしいので我慢しておいてください! とっておきです!」


「え? とっておき?! でも……つまりお預けですか?」


「お預けです!」


「そんなぁあ。一滴!」


「だめです」


「さきっちょだけ!」


「なんですかその言い方、気持ち悪いですよ?!」


「ひどい! 何日断酒したと────」


「少しは体をいたわってください私は雇い主です!」


「ずるい! いままでそんなこと言ってなかったくせに!」


「これが主従の関係というものです。ところでソラさんはお金をお持ちですの?」


「ありませんリィナ様」


「ほらごらんなさい」


「せめて……せめて違うお酒を!!」


 賑やかな店内。


 仲良くなったと思っていたところでお酒のお預けをくらう。


 そこへ「あんた達仲がいいねぇ」とメリラおばさんがやってきて俺たちは料理を注文するのであった。

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