第5話 葉っぱ一枚の変質者との出会い
それから呼吸を整えていた時だった。
とてつもない疲労が俺を襲う。
思えばおかしいことだらけだ。
何が楽しいだ。
何が喜んで刀を振るおうだ。
俺はいったいどうしちゃったんだよ。
手の震えが止まらない。
しびれるような痛みが残っている。
あの天雷一閃とかいう技のせいなのかはわからない。
けれどこんなことを平然と、しかも楽しみながらやっていることにどうしよもない気持ち悪さを感じた。
唐突な異世界召喚。
俺は、これからいったいどうなってしまうのかという不安に刀を強く握りしめた。
それからは散々な目に合った。
無数の魔獣だか魔物だかよくわからない奴らが現れたのだ。
死に物狂いで襲いかかってくるし大量になだれ込んできたから斬って潰して叩いて殺してを繰り返した。
月明りが次第に夜明けへと変わり気が付くと俺の周りは死骸だらけになっていた。
必死になって戦った。
もうどのくらい戦ったのかすら思い出せない。
それがこの異世界へと召喚させられてきた時のことだ。
マスターの右手から魔法陣のようなものが浮き出てきた
「アイス」
呪文のようなものをそっとつぶやくとゴンっと音をたてながら程よい形のロックアイスを出して見せたのだ。
「え? 何それ」
「ん? まさかあんちゃん氷を見るのは初めてかい?」
「いや、え?」
俺は言葉を失った。
だって俺の飲んでる酒はぬるい。
けれど隣の少女が頼む酒にはちゃんと氷を入れている。
なんだこの差は、さすがにお貴族様だからって優遇しすぎなのではないだろうか。
いや待てよ。
思えば俺はメニュー表に書いてある一番安い酒しか頼んでない。
値段の高いよくわからないものを頼めば出してくれるのだろうか。
それからさっとマスターは仕上がったグラスをそっとアメリアに差し出すのだった。
「どうぞ。シャインコールです。お酒は入ってません」
「ありがとうございます。覚えていてくださったのですね」
「それはもちろんでございます」
「嬉しいです」
どうやら以前にもここへ来たことがあるらしい。
アメリアの横顔をチラッと見てから俺は前を向く。
こんな人が一体、俺になんの用なのだろうか。
この隣に座っているアメリアは俺が召喚された日のその後に出会ったのだ。
俺が召喚された場所はレラデラン城塞という街中のひときわ大きい砦のような
場所だった。
そこから出て戦場の悲惨な光景を見ながら進むと一人の兵士と出会った。
名前はアロルドと言った。
俺を追いはぎにあったと勘違いして憐れんでいたな。
それから避難所になっているルクスリア教会への道を教えてくれて、その道中でアメリアと出会った。
暗がりの酒場。
ここの店主さんが出してくれる飲み物はとても美味しい。
シャインコールと言う甘めの飲み物だ。
クレノの果実とミーレの果実を併せて混ぜたジュースだって言ってた覚えがある。
口当たりはまろやかで甘酸っぱくて美味しい。
随分前に友達と来たのをマスターも覚えていてくれているようでなんだか嬉しい。
こんな時だからかな。
なんだかホットする。
以前は友達が騎士の試験を受けて合格したお祝いで、ここに来たんだっけ。
そして今日の目的は彼だ。
素性も得体もしれない剣士。
でもあの事が本当ならお願いしてみる価値はあると思う。
もう1週間くらい前にはなるかな。
あの日、王都の光の壁が壊されメールヴァレイ帝国の魔物達がなだれ込んだ。
たくさんの死者が出た。
私が頼っていた冒険者達も……。
生きてまた会いたかった。
そんな凄惨な被害があった日に私はこの人と出会った。
ルクスリア教会へと避難しようとしていた子がカヴァリエに襲われているのを見て何とか助けようとしていた。
大きなドクロに大きな大剣を持ったとても硬い魔物。
どうあがいても私の手に負えるような相手じゃない。
でも助けなくちゃ。
アメリア家の娘としてルクサーラ神様の聖女としての役目を全うしなくてはいけないって決心したのだから。
けれど日々の修行を無に感じる程に力の差は歴然だった。
唯一の攻撃を与えることのできる奇跡も全く通用しなかった。
その時だった。
颯爽と現れて大きなドクロの足をかっさらい一気に止めをさした。
カヴァリエはとても強い魔物だ。
騎士でも束にならないと相手をするのは難しいはずなのに、この人は一人でやってのけた。
ただ者じゃないはずだ。
でもその後がまずかった。
私は聖天の杖であろうことか。
あの人の《《あそこ》》をド突いてしまったのだ。
ルクサーラ神様に使える僧侶……いや聖女としてあろうことか男性の男性をド突いてしまうだなんて……。
だってしょうがないじゃない。
なんであんなところで……この人は恥部に葉っぱ一枚をつけただけでいるのだから。
助けてもらったにもかかわらず私は悲鳴をあげて突いた。
そして彼は気絶してしまった。
そこへ兵士達が来てくれたけど状況が状況なだけに彼は一時的に監禁されてしまった。
まずはちゃんと謝らないといけない。
でもどうしよう。
彼はずっと突っ伏したまま前を見ている。
まるで私なんか気にすらしていないように。
でもこれが私以外の誰か……貴族に対してしていたらと思うと少しヒヤッとする。
でもしょうがないと言えばそうかもしれない。
私のせいでひどい目にあったのだから……。
「あの……」
「……ん? なんでしょうかアメリア様」
「あの時は、すみませんでした!」
「それを言いにわざわざアメリア様が来て下さるとは……いえ、俺も変質者みたいな姿でしたからね。しょうがないですよ」
「いえ、本当その通りで……いや! そうじゃなくてあの時、助けてくださってありがとうございました」
「今は俺は教会の宿舎に厄介になってるし服ももらいました。感謝するのは俺の方です」
それから彼はお酒をごくごくと飲み干してから続ける。
「マスター! その氷って入れられる?」
「ん? ああ、入れられるが値段は倍はするぞ? あんちゃん金はあるのか?」
「なん……だと……それじゃいつもので」
「あいよ!」
彼は追いはぎにあってから日も浅い。
お金に困っているのだ。
なら、この頼み事もきっと首を縦に振ってくれるはず。
でもあのカヴァリエを一瞬で倒せてしまうのだから追いはぎに合うだなんて考えずらい。
この方は出会った時に観光でここへ来たって言っていたけど戦争をしている国にそんな気安く観光にくるものなのかな。
冒険者をされていると思うのだけれど彼が教会に来てからギルドへ行く素振りなんてみせない。
その代わりにやってることと言うと日々、町の復興のお手伝いや廃材拾いをしているらしい。
それもとんでもない力でやっているんだと。
本当に彼は何者なんだろう。
レラデラン城塞にあった魔族達の大量の死体……。
全ての死体が何か細い得物で撲殺されているということからある一人の謎の人物があの窮地をひっくり返したなんて噂もされている。
もし、仮にその正体が彼なのなら……。
頼むしかない。
私にはもう選択肢がない。
朝に帰ってきて一休みしたと思いきや外に出て帰ってこない日もある不思議な人だけど……信頼できない人かもしれないけど。
覚悟を決めるしかない。
そのために今日、彼がこの酒場にいると言う話を聞いてここへ来たんだ。
「あの……今日は、あなたに頼みたいことがあって伺いました!」




