第4話 刀
大牛が入ってきた扉から拍手が聞こえてくる。
そこを見れば俺より身長が高く細身で色白の男がいた。
一目で種族として同じ人ではないだろう雰囲気がある。
何かに例えるのなら……ヴァンパイアのような見た目だ。
その謎のヴァンパイアは西洋貴族のような装いで高貴な身なりから位の高さを思わせてくる。
そして男は黒いマントをなびかせながらゆっくりとこちらへと歩いてきた。
近づくたびに徐々に装いがあらわになる。
1本の直剣。
右手には煌めく銀色のガントレット。
そして驚くことに球体が2つ浮遊し始めた。
魔法だ。
奇術やまやかしの類じゃない。
何の支えもなく顔ほどの大きさの綺麗な玉がゆらりゆらりと浮遊しているのだ。
不適な笑みを浮かべ男は立ち止まる。
「ふっふっふっふ……お見事」
急に褒められた。
味方……なのだろうか?
「いやはやいずれ四大従魔にすら上り詰められただろうムルを……こうもあっさりと倒してしまうとはねぇ?」
「四大従魔? ムル? 何を」
「あぁ……本当に残念でしょうがない」
一瞬だけ味方なんじゃないかと思ったけど……
こいつが何を指して言っているのかはわかる。
ムル……それはきっと俺が倒したあの巨大な牛の事だろう。
そして……今目の前にいるヴァンパイアは敵だ。
「お、お前は誰だ?!」
するとなぜかヴァンパイアはお辞儀をし始めた。
「おっと失敬失敬。我が名は栄光あるメールヴァレイ帝国皇帝、魔王アヴァラティエス様直轄、四大従魔が一人。ド・メル・トルントール。以後お見知りおきを……」
「どめるとるんとー……?」
言いにくい……
それよりも魔王アヴァラティエス?
メールヴァレイって確か、さっき亡くなった人が言ってたよな。
このアーグレンとかいう国を襲ってるっていう……
え?
つまりいきなり俺の目の前に魔王の幹部らしき奴が現れたって事か?!
冷や汗が背筋をつたう。
自然と刀を握った手に力が入った。
「おやおや……下等な人族に我の崇高な名前は難しかったかな?」
だめだ。
喋るだけの余裕がない。
どうしたらいいんだ。
逃げる?
いや、そもそも逃げられるのか?
「っふ。だんまりか……下等種族とはいえ、ムルを倒しここまで生き残っているのだ。その力に敬意を表して貴様の名くらい聞いてやろう。申せ」
魔法があるんだ……もしかしたら名前を言ったら呪われるとかそういうのもあったりするんだろうか。
だめだ。
考えてもわからない。
ここは奴の神経を逆撫でしないように……もしかしたら見逃してくれるとかあるかもしれない。
「カ、カタナシ ソラです」
「ほう、東の者か?」
「東といえば……東? かな……」
「くくく……だからそんな見窄らしい恰好をしているのだな?」
「これは……俺もどうしてこうなったのか聞きたいくらい……だよ」
「ふむ? まあいい」と話を終わらせると奴は床を見た途端に目を見開いて顔をしかめ始めた。
「……貴様もしや?! いや待てよ……現れてもおかしくはない……か。これは一度魔王様に……」
「な、何を言っているんだ?」
奴はしばらくぶつぶつと独り言を言っているとシュッといきなり剣を抜いた。
それに反射して俺も刀を構える。
だめだ……戦うしかない。
震える手を必死に黙らせようと一生懸命に握る。
するとニッと不気味な笑顔で奴は言った。
「生まれたて早々に可哀そうな奴だが……ソラと言ったか?」
「な、なんだ?!」
奴がゆっくりと左手を俺の方へ向けた次の瞬間、驚くことに魔法陣が浮き出てきたのだった。
「魔法?!」
「死んでくれたまえ。レイ・エ・ラーヴァ!!」
とてつもない速さで熱線が迫りくる。
寸でのところでかわすも空気が熱を帯び体を焼いた。
「あっつい!!」
ゲームとかであれば無敵回避やらで難なく避けられていたかもしれない。
けど、これはまぎれもない現実。
あんな熱のかたまりに近づけば火傷するのは当たり前だ。
違う、そんなこと考えてる場合じゃない。
くらったら死ぬんだぞ?!
魔法があるんだこの世界とかどうでもいい。
その思考の刹那に熱線へと気が取られているといつのまにか奴は間合いを詰めてきていた。
飛び出るように直剣が目の前へと迫る。
「私から目を離すとは余裕だな?!」
反射的に刀で受けることに成功。
「っんな?!」
しかし、経験したことの無いような力で弾かれてしまう。
背筋が凍る。
そんな時、唐突に『なっちゃいねえな?』と男の声がした。
咄嗟に反転して奴から一歩、また一歩と距離をとった。
周囲を見ても誰もいない。
すると不機嫌そうに眉間にしわを寄せて「よほど早く死にたいようですね?」と一瞬で間合いを詰められ突きがさく裂。
それが頬をかすめ心が殺されそうになる。
「あぶ────」
さっきの違う声だったけど……刀の声かもしれない。
もう無理だろ。
なっちゃいねえなって言われてもどうしよもない。
『もっと腰を入れて!! 覚悟をもって構えるんだ!』
そんなことを言ったって刀なんて────
振りかぶられる直剣は天井をも割る勢いで振り下ろされる。
俺はというと下段より斬り上げて、あてがうように応戦すると鍔迫り合いへと流れた。
「んぅ……ずぶの素人、というわけではないようだな?」
それに答えられるだけの余裕がない。
息を殺してとてつもない力を前に精一杯、防ぐことしかできない。
それぞれの力が押し合うように弾かれ合い互いに後ろへと足を滑らせながら後退した。
「ムルを倒すだけのことはあるな? とんでもない力を持っている」
「あ……あんたこそ?」
「だが……これはどうかな?」
まだまだ余裕だと言わんばかりの台詞を吐いて奴はくるくると直剣を遊ばせるように回転させてからまた再び刀と剣がぶつかり合う。
重い。
甲高い金属音が心臓を震え上がらせる。
重心がずらされて思うように力が入らない。
怖い。
一歩違えれば死が顔を覗いてくる。
怖くてたまらない。
その証拠に足が……
いや……
何故か竦むことはなかった。
わからない。
いったいどうしちゃったって────
奴の剣が見えた。
刀と剣が交差する。
受けることなくすれ違うそれはまるで一枚一枚の絵を紙芝居のように見せられているかのように鮮明で……
よく見えた。
剣を寸でで避ける。
刀を持ち変えて斬りつけた。
奴も反応してそれを剣で受け流されカウンターのように返された。
再び迫る剣。
しかし……どうだ。
例え刃が頬をかすめようと前へ、前へと進んだ。
たまらなく怖い。
けれど……それ以上に不思議と何か高揚感のようなものを感じていた。
先ほどまで震え上がっていた心臓が高鳴っているのを感じる。
握る刀の力が緩んでいくのがわかった。
怖いのに……逃げ出したいのに────
剣線を読ませないように動く奴の剣はとても洗練されていることに興味が尽きない。
どこからくる?
直剣を体で隠してからの下段からの斬り上げ。
抑える。
次は?
ぶつかった衝撃を利用してくるりと回転し横薙ぎ。
足の力が抜ける。
まるで地面が無くなったかのように。
体勢を低くしすれすれでかわし反撃。
目で見て、肌で感じて予想に予想を重ねて対応する。
そして癖を見極める。
やってることは……あのゲームでやってたことと同じだ。
受けてはいなして。
紙一重で避けては斬り合う。
そんなギリギリの攻防。
こんな命がけの戦いをしているというのに。
ひどく怖いはずなのに。
心が躍ってしまっている自分がいる。
刀から熱い何かがこぼれ出るような感覚を感じる。
瞬間、『良い。良い感覚だ!!』どこからともなく声が聞こえてきた。
何が良い感覚なんだよ。
気が付くとそんな無駄口も出てくるほどに……
普通は動けないはずの体が思うように動けてしまう。
思うように力が出るから戦えてしまう。
握ったことのない刀であるのにも関わらず何故か幾千幾万、幾億と共に過ごしてきたかのような一体感がある。
そして余裕とでも言わんばかりだった奴の顔が曇ってきた。
「ええい!! イグニスフィア!!」
至近距離での魔法。
思いっきり後方へと下がると左手より小さい魔法陣が即座に展開された後に炎の球が飛び出した。
当たれば痛いだろうし火傷とかひどそうだ。
そんな想像をしてもなお、俺の心は至って冷静だった。
体を地面に溶かすように落として前進、横へと若干重心をずらして倒れ込むように前へと進み火球を見送ると後方で爆発。
「んな?!」
どうやら距離をとりたかったようだ。
奴は飛び上がると頭上へと魔法陣を顕現させて「フラマ・グラディウス!!」と叫ぶ。
瞬間、赤い光が剣を覆い炎をまとわせたのだ。
炎をまとい見栄えがとんでもなく豪華になっているけれど、それになんの意味があるのだろうか。
俺は飛んだ奴へと追撃するべく跳躍。
そしてその炎の意味を理解した。
それは威力だった。
さっきの剣のリズム以上に速い速度で斬られる。
それを受け止めるも地面へと力強く落とされた。
大丈夫……体はまだ動くと確かめていると振り上げられた炎の剣が俺めがけ一直線に突っ込んできた。
咄嗟に横へと飛んだ刹那。
爆発にも似た音を轟かせまるで地割れでも起きたように地面がかち割られたのだ。
あれが当たったら命はなかっただろう。
あの炎を纏う魔法は何かしらの推進力を生んでいる可能性があることがわかった。
それからは威力の乗った剣を見ては避けてを繰り返し何とか自分の命を繋いだ。
「私の業火の剣技、手も足も出まい!!」
確かに……あれを受ける行為は自殺にも等しい。
そして俺は刀を鞘へと納めた。
「はは?! 怖気づいたか。臆病者め!!」
そして奴は一歩踏み込む。
繰り出されようとした横薙ぎの初動。
ここだ。
どんな時も最初の動きが技の全てを物語っている。
それはどんな強敵でも同じだ。
だから……同じように何をするかが素直に写しだされてしまっている。
それはゲームでも、この世界の戦闘でも同じなんだ。
半歩下がる。
すると、とても綺麗な炎の軌跡が目の前を通過した。
「っな?!」
右手に握られた刀がうずく。
抜刀。
居合斬りを寸でのところでかわされるも奴の腹をかすめることに成功した。
おしい。
やつは驚いているようだった。
俺も徐々にスピードを上げていく。
嘘みたいに上がっていく。
まるでエンジンがかかるように。
どんどん加速していくと刀もそれに応えるかのように速くなっていった。
『おお……新たなる主よ。其方の慧眼、誠に興味深い。古より研鑽され積み重ねられし、この力を振るう覚悟はあるか?』
わからない。
けど……今は生きるためにやらなきゃならない。
このどうしよもない現実に立ち向かえるのなら。
「俺は……《《喜んで》》刀を振るうよ」
自然と声に出ていた。
瞬間、「イグニスフィア!!」と地面を爆発された。
飛び上がった奴はくるりくるりと何度も宙返りをし始めた。
ゆっくりと刀を鞘へと収めた。
きっと……次で勝敗が決まる。
その場で地面をがっちりと掴むように姿勢を低くし刀へと右手を伸ばした。
すると奴は幾重にも魔法陣を展開したと思いきやその場で大きく爆発。
「はあああ! フラマ・スピア!!」
衝撃が空から伝わる。
打ち出された奴は、炎の矢の如き勢いをそのままに眼前へと迫ろうとした。
左手で鞘を浮かせ右手で柄を軽く触る。
『これが君の……最初の一振りとなろう』と刀の声の後……不思議と頭の中に入ってきた技があった。
聞き覚えなどない技の名前だ。
なのに……体が昔からなじみがあると言っているような得体のしれない感覚に襲われる。
いつだって、どんな時も……
この技は俺を救ってきたかのような安心感があるのだから。
「天雷一閃!!」
「な?!」
鞘から走り出した究極の一閃は雷鳴を轟かせる。
その抜刀は確実に奴を捉えた。
しかし、手ごたえはいまいちだった。
すれ違い互いに目を合わせると間一髪で避けた奴は左腕を抑えていた。
その後、ぐちゃりと何かが落ちる音。
「っく!! くぅぅぅ……はぁ……まさかこれ程とは……甘く見ていた!!」
奴は直剣を鞘へと戻し滴る血を懸命に抑えた後に上へと炎の玉を打ち爆発させる。
それから残った右手を俺の方へ向け「次に会ったら覚えていることだな!!」と捨て台詞。
「逃がすわけ────」
「エクスプロシーヴァ!!!」
俺が踏み込もうとした途端にとてつもない衝撃の爆発が起きた。
立ち昇る土煙で周りが見えない。
「ど、どこだ?!」
俺の声が静かに響く。
土煙も止まず周囲を警戒しているが何も起きず不気味な静けさだけが残った。




