第2話 不覚のダウン
荒れ果てた町。
石造りで舗装された冷たい道路に転がっているのは住民と思しき遺体。
子供や老人、男女関係なくそれらは静かになっていた。
しばらく歩くと道にしゃがみこんでいる鎧を着ている人の背。
ここの兵士と思われる人が一人。
「大丈夫です……か?」
小さな子をかばうように絶命していた。
鎧の中は真っ黒だった。
兵士がかばったと思われる子の亡骸は半分だけになっていた。
「すっごい……ハードモードすぎる」
こんな光景を見れば叫ぶなりなんなりするのだろうか。
しかし一瞬だけゾッとしてじっと見つめる。
そして、それらが静かになっているのをただただ見守るばかりだった。
ほっぺをつねっても夢から覚めることはなかった。
異世界召喚と言えば綺麗なお姫様やら厳格な王様から「世界を救ってください」だの「魔王を倒してください」だの言われるものだろう。
召喚された瞬間にPTSD発症必須物の光景が待ってるとは思ないだろう。
死体が四散したり叩き切ったり潰した魔物は血しぶきあげて内容物出まくりの。
それに加えて今まで見たこともないようなでっかい二足歩行の牛に襲われるわ。
戦いと言ってもゲームの中ではたくさん戦ったりはしているもののこれは現実だ。
ゲームとは違う。
それなのに回りにどかどかと集団で物騒な奴らは来るし。
「はぁ……もう散々だ」
考えてみればあのでっかい牛。
確かあの名前の長い奴が言っていたのを思い出す。
「ムルって言ってたな……」
名前があるということは知性がある。
つまりそいつは俺となんら変わりないそれなりの人生があったのだ。
そんな奴らを俺は一方的になぶり殺していた。
人生って呼んでいいのだろうか。
冷静に考えて、こんな棒切れと葉っぱだけを身に着けた人間があんなのに勝てるわけがないだろ。
なんで戦おうと思った俺。
どうしてやれると思った俺。
実際なぜかやれてしまったのだが。
「考えても仕方ない。とりあえず歩こう」
とりあえず荒廃した城らしき場所を出た。
城というより要塞のような場所だ。
古風な風情あふれる要塞の城門と思われる場所を潜り抜ける。
そこからは見渡す限り町。
なににここに要塞。
守るところを間違えてる気がする。
けれど死んでる人もそうだが死んでる魔物の数も相当なものだ。
ここに何かあったのだろうか。
思えば俺が殺した魔物の数は500を超えたところで数えるのをやめていた。
なんせ湯水のように来ていたし。
そんなこんなを思いながらふとぶら下がる看板を見る。
なんか書いてあるがどうせ読めないだろうと思っていたがなぜかわかる。
トトリート道と書いてあった。
なんだろう、すごい翻訳した感。
この現象は一体なんなんだろうか。
それから崩れた街並みを横目にトトリート道を歩いていく。
想像したくもないが燃える何かを横目にしばらく歩くと男の声が聞こえた。
「おーい!!」
振り向くとここの国の兵士らしき人間が走ってきた。
とりあえず言葉はわかりそうだ。
こんな惨状で誰かに出会えるというのはとても安心する。
けれど鉄でできたような甲冑はところどころボロボロで怪我もしている。
兜の隙間から力強い青い瞳が見えるがその兵士も不安な表情だった。
「大丈夫か? 追いはがれてるな。火事場泥棒か……」
「火事場泥棒?」
「ああ、卑しい奴らだ。戦場にはつきものだがな。すべてを失ってもなお命があっただけよしというものだ!! 今は衣服はないがルクスリア教会で救護所を開いている。そこへ行くといい」
「ルクスリア教会?」
「ん? ああ、あんた旅の人か? ここらじゃ見ない人種だな。災難だったな……ここをまっすぐ向かって右の路地が近道だが建物が崩れそうで危ないから、もう一つ先の路地の階段を下りて水路を辿ればいずれ教会が見えるだろう」
「ちょっと入り組んでるな。ありがとう」
「こんな時だ。お互い強く生きようぜ! なんだかお前見て安心したよ」
「は?」
「いや悪い悪い。だがしかし……その葉っぱはどうやってくっついてるんだ?」
言われてみればそうだ。
これどうやってくっついてるんだ。
イチモツ様を隠すにはちょうどいい大きさだ。
だが後ろから見られると玉が光りそうなほど心もとない。
「どうなっているんだろうな……」
「きっとこれ以上やっちまうとセンシティブ判定を受けるからだろう」
へんなノイズが聞こえた。
「どうした?」
「いや……今なんて言った?」
「きっと魔力装具というやつなのかもしれないなってさ。珍しいが葉っぱだけじゃ値段は低いだろう」
「魔力装具なんてものがあるんだな」
「ああ、なかなかにいい値段はするのだが……あんた物好きだな」
「は?」
「いやいや、まあ……そのなんだ。趣味は人それぞれだ。一人で行けるか? 俺はしばらく生存者を探したい」
少し腑に落ちないがついてきてもらう必要はないだろう。
「大丈夫だ。問題ない」
これまた「そんな装備で大丈夫か?」と聞かれてそうなセリフでひやひやする。
「よかった。ルクサーラ神のご加護があらんことを!」
そう言って兵士は走っていった。
ルクサーラとか魔力装具とか一体なんなのか。
ルクスリア教会もそのルクサーラの信仰の場所なのだろうか。
舞い上がる黒煙を追うと天気の良い空。
それを見ながらながら歩ていった。
結構な数の生きていたはずの何かがあった道中。
少し目をつぶった。
「ここを……曲がるのか」
しばらく歩いていると突然女性の悲鳴が聞こえてくる。
「きゃああああ!! 来ないで!!」
ひっ迫した声だ。
その声の主へと急いで向かうと路地の行き止まりで二回りは大きい骸骨が大剣を引きずり歩いているのが見えた。
その奥には金色の長髪の不思議な服装をした女性。
修道女か何かだろうか。
白と赤を基調としたローブとスカート。
手には銀色の錫杖のようなもの持ってそれを骸骨に向けている。
彼女の後ろには少年と思われる子供が横たわっていた。
まずい状況のようだ。
「我が祈りを捧げ御神の奇跡を顕現せよ! ルクロル!」
錫杖より円状の魔法陣のようなものが出現し光の球のようなものが勢いよく飛ぶ。
やはりいつ見てもとても不思議な光景だ。
この世界の人は普通に魔法を使うのだろうか。
そんな悠長なことは言ってられない。
刀を手に取り足場やに駆け付ける。
光の球が勢いよく飛び見事骸骨へと命中した。
しかし少しの爆発音とともに衝撃は走るものの骸骨の鎧がはがれた程度で歩みは止まらない。
「光壁……でもあいつの一撃じゃ強度を作るのに間に合わない。どうしたら……」
さあ、少女と少年が悪鬼に狙われている。
敵は骸骨なのだが。
助けてあげるというのは異世界召喚の王道だろう。
ぎゅっと足に力を入れる。
このまま走り込んで骸骨の足を切り落とす算段だ。
その算段でいたはずが予想以上に飛んでしまった。
「うおぁぁぁああああ!」
勢いのまま骸骨の足にあたり自分も転んだが骸骨も勢いよく転がした。
そして転んでいる隙に首へと刀を振り下ろす。
すると頸椎が折れる音と共に骸骨は動かなくなった。
計算通り……たぶん。
それから、あわわとやばいものを見ているかのような目でいるためなだめるため声をかけた。
「大丈夫ですか?」
その言葉をかけた瞬間。
「きゃぁぁああああああああああああああ」
盛大な悲鳴と共に錫杖で思いっきり葉っぱをド突かれ悲痛な悲鳴と共に力尽きてしまった。
「うおおおぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
きっと彼女より数倍の悲鳴を上げたことだろう。
気が遠のいていく。
視界が歪んでいく。
ララバイ異世界生活。
そういえば俺、葉っぱ一枚だった。
────黒い霧の中。
誰かの後ろ姿が見える。
着物を着た人だ。
黒い着物。
そして俺の持っている刀と同じようなものを下げている。
隣にいるのは巫女服を着た女性だ。
こちらも同じ刀を下げている。
もう一人は西洋の鎧とコートを身にまとっている。
片方には剣。
もう片方にはこれまた同じ刀。
その後ろには日本の軍服を着た人だった。
その人も同じ刀を下げている。
気が付けば何人かいた。
顔も見えない。
ただ俯きそっぽを向いている。
霧でよく見えない。
すると後ろから声がした。
「あなたはどう生きるの?」
振り向いても誰もいない。
男の声が聞こえた。
「どうにもならないだろう」
そして俺は返す。
「どう生きるってなんだ?」
「世界は歪。迷い込んだ魂の流刑。世────をす────」
突然もやがかかったように聞こえてなくなる。
「流刑? 何を言って」
「君が────再び────その時は最期まで守ってやってほしい」
最期まで守るとはどういうことか。
大事なところが聞き取れない。
途中何を言っているのかはっきりしない中でクスっと笑った女性。
そしてその女性は笑いながら言った。
「弱点は補わないとね」
「弱点ってなんの────」
ここへ来るときに聞いたような声が脳内にこだまする。
「金的防御の術を獲得」
「あれのことか……」
次第に霧は晴れた。
立っていた人たちはいなくなっていた。
そして最後に残った軍服の男が言う。
「なんだ……この刀は大切にしろよ。大切な人からもらったものだ」
その言葉を最期に意識がはっきりとしてきた。
目覚めると石の天井。
地面には簡素な藁が敷かれている。
身に着けているのは葉っぱ一枚。
それは変わらなかったが刀はなかった。
そしてふと横を見ると。
鉄格子があった。
「いやぁ。アニメとかで見たなぁ。犯罪者が入れられるやつ」
古く使われていなさそうな牢屋。
「外側からみることはあっても自分が入ることになるなんて……」
なにかこみあげてくるものがある。
「ここで葉っぱ一枚あればいい。なんてことにはならんだろう」
そんな男が不用意に幼気なしかも修道女っぽい少女に近づいてどや顔で「大丈夫か?」なんて聞こうものなら一瞬で犯罪者だ。
しかもここはよくわからない世界。
将棋で例えるなら初手に逆王手飛車取られ金銀桂香落ちの絶望的戦況に等しい。
残ったのは角の葉っぱのみ。
俺の唯一の心の支えかもしれない。
まだ全部ひん剥かれてないという。
なんで将棋で例えてるんだ。
それに金銀桂香とか持ってた覚えはない。
刀一本だし。
絶望からうなだれていると足音の反響する音が聞こえてきた。
そして牢の前で止まりつい先ほどまで聞いていたような声が聞こえる。
「おいおい……にいちゃん元気か?」
「さっきの……」
「情けない顔をするなって大丈夫だ。出ろ」
「極刑ですか?」
「そんなわけないだろう? アメリア様があの人は悪くないんですって一生懸命言ってたぞ」
「そうだったか……アメリア様ってあの?」
「まあ……状況がな。とりあえずこの国はルクサーラ神の信仰が厚い。僧侶様は貴族ほどではないが社会的立ち位置は上だがアメリア様は貴族だ。それに加えて……う~ん。まあアメリア様を暴行しようとしていたように見えたんだろう。駆け付けたやつらはおまえのことを「「葉っぱの悪魔がいた」」って口を揃えて言ってたぞ?」
「葉っぱの悪魔……」
なんだそれ。
そんな異名はあんまりだ。
「気を落とすなってこんな惨状なんだ。すまないが大目に見てやってくれ……」
「あ、あぁ……」
「俺はアロルトだ。家紋なしの一般兵だ。にいちゃんはなんていうんだ?」
家紋なしが一体何なのかはわからないが聞く気が起きない。
アロルトは自己紹介がてら手慣れた手つきで牢のカギを開ける。
晴れて自由の身だ。
「ああ、牢から出してくれてありがとう」
干潟の潟に成人の成でカタナシ、青空の空でソラなんて言ったところで伝わるはずもないだろう。
「ソラっていうんだ」
「ソラか……なんだか変わった名前だな。まあしばらくはよろしくな」
捕まったのも現状を鑑みるに仕方ない。
誰が生きて誰が死んでるかなんてわからない状況だろう。
それにさっきみたいに魔物が潜んでいる可能性もある。
それからろうそくの明かりが灯る場所を通り抜け牢の回廊を抜ける。
そして牢獄と思われる庁舎の一角の部屋に辿り着いた。
けれど牢獄にしては手狭だ。
「とりあえずこの服を着とけ」
「ありがとう」
黒いシャツ。
肌触りはいいと呼べるものではない。
膝のところや裾が少し破れているズボン。
「それとこの剣は返すぞ」
「おう」
「しかし、こんな武器でどうやって上位のカヴァリアを倒したんだ? 一応調べさせてもらったがとても切れるような剣じゃなかったぞ?」
「カヴァリア?」
「アメリア様を守ったんだろう?」
「すまない。葉っぱを突かれた痛みがフラッシュバック……します」
気絶することなんて人生で考えうる限りなかった。
ハイボール9:1で騒いだ日やらショット何杯のめるかなとか友人と競い合った日くらいだろうか。
彼女に振られてカラオケで安酒と共に大声で歌った日とか翌日店員に起こされて延長料金取られたな。
だがしかし、酒以外で気を失ったことはなかった。
「へ? あっはっはっは! そりゃインパクトが強いな!」
「笑いごとじゃ」
「まあ、でもありがとな。本当は一刻を争うところだったんだ。ろくなもんはねえがせめて洋服代はいらないからさ」
「ありがとう……」
いろいろと思い出したら涙が出てくる。
「それとこのコートを着とけ」
「コート?」
それは青と黒を基調としたコートだった。
左右の胸から肩にかけて板金。鎖帷子が下地に取り付けられている。
「ルクサーラ神の聖徒。守護騎士のコートではあるんだが……」
「騎士って……大丈夫なのか? 俺は騎士じゃないぞ?」
「本当はアメリア様のような僧侶……今は聖女様か。貴族に選ばれた人間だけが着るものなんだが。お前は上位のカヴァリアを倒せるんだ。いざというときには力になってほしい」
「あ、ああ……」
それなりの戦いはできるはず。
多分。
そこからは着替えた後に地上へと案内された。
窓一つなかったし地下だろうとは思っていたけれどもまさか地上に出るとそこは立派な教会だとは思わなかった。
ここへ向かう途中外から見ても大きそうなものだが中から見るとより圧巻だった。
「教会ってこんなに大きいのか?」
「こんなに規模のでかいものは王都では7つだな」
「すごいな」
ところどころに緑色の魔法陣のようなものを前面に出しながら何かをしている人たちがいる。
アメリア様と呼ばれていた少女と同じ服装の女性達だ。
白と赤を基調としたローブにスカート。それに銀の錫杖まで同じだ。
「あれは?」
「ん? ああ。にいちゃんあれを見るのは初めてか。あれは回復の奇跡だ。ルクサーラ神の僧侶は皆あれで怪我人を治療するんだ」
「へぇ。そんな便利な魔法があるのか」
回復魔法があるとは、切開して何か取り出したりとか抱合とかそういうものをしなくてもいいのだろうか。
「ん~、魔法とは違うものらしいけどな。俺も詳しくはわからん。ありがたいものらしいぞ」
瞬間、言いえぬ感覚が背筋を走る。
気配のする方向を向くと先ほどのアメリアがいた。
「お目覚めになられたのですね! よかった……先ほどはすいませんでした!! 助けてくださったのに、あんな……」
目を背け口元を引きつらせる。
どうだろうか。
改めてみるととても幼気な少女だ。
それにとても容姿が整っている。
長い金髪はとても美しく。
青い瞳はまるでこちらの今までの罪を見透かさんばかりの透明度を発揮していた。
20歳は超えていないように思う。
加えて胸のあたりはとても。
まあ、そんなお方の目の前に葉っぱ一枚の男。
そりゃどつかれても仕方あるまい。
それに宗教というのは常に話をこじらせる。
信仰のかけらもない人間がこのコートを着ているのはあまりいい印象はないのではないだろうか。
自分の軽率さに少しどうしよもなさを感じる。
とりあえず葉っぱをどつかれた身の毛もよだつような恐怖を振り払ってしゃべることにした。
外ずら全開で。
「お気になさらないでください。私はカタナシ ソラと言います。このコートは一時的にお借りしております。このままお預かりしてよろしいでしょうか?」
「構いません。私が許可をしてます。あのカヴァリアをいとも簡単に倒して見せたのですから……少ない兵士達では聖騎士様がいなくては危ないところでした。本当にありがとうございます!」
さっきアロルトが言っていたが、あの骸骨はそこまでの敵だったらしい。
普通に突っ込んで一緒にこけて首をへし折っただけだったような気もする。
きっとあれにすごいなにかがあったのだろう。
それにあの城だか砦のような場所で戦った時に腐るほどいたような気がする。
ちょっと小さかったような気はするけれども。
「いや、大したことではございません。それよりもご無事で何よりです」
「こんな状況で……小さい子の悲鳴を聞いたからって外に出るなんて軽率過ぎましたね。申し訳ございません」
アメリアも悔いているようだ。
確かに貴族とやらは重要な役割があるのだろう。
兵士もこのお方を守らねばなるまい。
大変なんだなぁと他人事に考えてるとアロルト。
「いえ、アメリア様があの少年を助けてくださった甲斐はありました。アメリア様のおかげで少年の命は一つ救われたのです」
「はい……ありがとうございます」
アメリアは落とした視線に哀愁を漂わせつつ俯く。
彼女は命を一つ救った。
俺はどうだろうか。
命を奪った。
奪って奪って奪いまくったように感じる。
あの肉がつぶれる感触が手に残る。
肉を裂いて貫く。
骨を叩き割って叩き折る。
「俺が何をしたっていうんだ」
ぼそっと思わず口走ってしまった。
一同はこちらを見る。
「いやなんでも────」
すると急ぎ走る音を響かせながら近づく兵士がいた。
「伝令! 魔国メールヴァレイ侵攻失敗。首都ミルディアにてサーヴェリス騎士長が四大従魔であるベレトを打ち取ったと報告。時期結界が復活するとのことです!」
歓喜の声が教会の中に響き渡った。