第1話 異世界召喚
初めて家族以外の誰かが死ぬのを目の前で見た。
目の前に転がってきたのは肉片となってしまっただろう男の持ち物と思われる精工に作られたペンダント。
蓋は壊れ中に絵のようなものがあった。
そこには女性と子供と亡くなった男。
とてもやりきれない気持ちになった。
どういう状況だ。
これは俗にいう異世界召喚というやつなのだろうか。
元の世界に帰れるだろうかとかそんなことを思いたいが状況が状況だ。
俺は息もない男に対し返事をするように言った。
「わかったよ。だがな……レプリカに近い刀と葉っぱだけでどうしろってんだ」
鼻息の荒い獣はこちらを見下ろした。
「ブオオオオオオ!!」
威嚇がてら鳴いてくる様はとんでもない迫力がある。
「……」
これはゲームじゃないだめだ。
勝てる気がしない。
ゆっくりと大斧を振りかぶる怪物。
先ほどと同じ横なぎの動作。
どうやら怪物にも型のような攻撃があるようだ。
どの剣術、戦術にもそれぞれ先人が積み上げたものがある。
人を安易に死に至らしめるための方法だ。
それと同様に知性のかけらもなさそうな怪物がそれをやろうとしてるのを見た。
振りかぶる大斧が風を斬る。
その音が耳をつんざく。
死んだ。
そう思ったその時。
体が勝手に動いていた。
自信の体とは思えないような動きで身を翻し大斧が過ぎ去るのを見届ける。
そしてレプリカ刀で二撃、怪物の懐に潜り込んで足首へと叩き込むのだった。
どうして動けるのかとても怖い。
だが体がなぜか覚えている。
意味が分からない。
それに酒で重かった体とはまるで違う。
綿毛のように軽い体。
今にもどこへでも飛んでいけそうなほどだ。
「ブモオオオオオオオオオオ」
怪物は先ほどの威嚇とは違い悲鳴をあげるのだった。
気が付くと叩き込んだ刀で怪物の右足をへし折っていたようだ。
こんなことができるとは思わなかった。
思えばこの体の底から力が溢れているような気がする。
「これなら棒と葉っぱ一枚でもやれるかもしれない」
大斧を何度も周囲へ振り回し近寄れないようにする怪物はおびえた目でこちらを見ていた。
「こんな怪物でも怯えるのか」
大斧の軌跡を見て右へ左へと飛びながら避ける。
ウシワカマルかよと思いながら怪物の懐へと再度潜り込み何度も刀を叩き込んだ。
何度叩き込んだかはわからない程の振り下ろす。
こんなんで絶命させられるのかわからない。
その怖さに駆られるように執拗に振り下ろし叩きまくる。
そして怪物の息が亡くなった頃刀に何かが起きたような感覚があった。
「なんだこれ?」
なんとも形容しがたい感覚だが少しだけ刃先が鋭くなったような気がした。
ほんの気持ちだが。
もしかしたらフレーバーテキストの命を斬れば斬るほどに鋭くなるって設定と何かが関係しているのかもしれない。
あのゲームは斬っても斬っても切れ味が上がることなんてなかったのに。
ここまでしといて夢ではないかと思いほっぺをつねってみるとやっぱり痛い。
体を動かせば多少疲れるがすぐに疲労はなくなる。
「ああ、ここって異世界なんだなぁ」
妙に納得すると同時に怪物の悲鳴を聞いたのか無数の足音がこちらへと近づいてくるのが聞こえた。
「やばそう」
現れたのは、この怪物程ではないにしても鎧を身にまとった骸骨や槍を持つ人型の狼男と空を飛ぶ人型のコウモリ。
人型のコウモリはまずいことに弓矢を持っていた。
こいつらの特徴をとらえるだけでも精いっぱいだが、それら含め10数体どころかそれ以上の魔物が続々と入ってくる。
あれら魔物と呼んでいいのかわからないが大広間へと入ってきたやつらと一瞬だけにらみ合う。
戦いの初手はコウモリ人間の放つ矢だった。
それと同時に全員が俺へとなだれ込んでくるのだった。
とっさに矢を刀で弾き飛ばし逃げる。
広間で戦うには取り囲まれでもしたら分が悪すぎるため駆け抜けて裏手より廊下に出た。
長く続く廊下。
赤く沈んだ夕日を背景にアーチ状で精工に作られた石の柱と柱の間から煙の上がる町々が見えた。
崩れた建物や泣き叫ぶ人々と転がっている死体。
遠目ではあるもののそれらが目に入った。
服装もなんだか見たことのないようなもので興味がわくが今は他人を気にかけている場合じゃない。
全力で駆ける。
しばらくは衝撃的な光景を忘れるように走った。
しかし、ふと後ろを見ると先ほどの大群は結構後ろにいた。
敵の足が遅い。
これならあの戦法がとれるのではないだろうか。
少し速度を緩めると狼男系の敵が真っ先に追い付いてくる。
サーベルのような形状をした刃が振り下ろされる。
けれどその攻撃は遅い。
空振るサーベルを横目に胴体へと一撃見舞うと切れはしないものの勢いよく狼男はふっ飛んだ。
そして次に追い付いてくる敵、次の敵と一匹ずつ相手にしていく。
葉っぱ一枚の俺と重武装の敵とでは速度に違いが出るのは当然というものだろうか。
一対一で戦っている最中も矢は飛んでくる。
矢が放たれた瞬間の風を切る音がわかりやすく対処も容易だった。
しかし、ここで不意を突かれてしまう。
走りながら斬っては逃げ、ぶっ叩いては逃げを繰り返していると突然、横から体長80㎝かそこらのビーバーのようなネズミの魔物が飛び出してきた。
腕からなにやら伸びて巻き付くようなロープを射出し足に絡めてきたのだ。
「しまった!」
二転三転と転がる。
そのロープはネズミビーバーの腕のそれとつながっており結構な力で引っ張られる。
だが引っ張られるということはこっちも引っ張れるということだ。
一気に力強く引っ張るとあのビーバーは宙に飛び、こちらへと来たところを兜割で一撃絶命。
その間にコウモリ人間に囲まれ狼男とガイコツ達がそれに続く。
魔物達は一定の距離を置き近づいてこようとはしなかった。
だがコウモリ人間は弓を構え一斉に撃とうとしている。
「これ使えそうだな」
先ほどのネズミビーバーのロープを射出していた武器を手にする。
形状は歪だが腕を振るとロープ射出するような仕組みらしい。
それを腕にはめた。
少しきついが感覚的に狙いを定め腕を振る。
するとピンポイントでコウモリ人間の羽にロープが絡まり引き寄せることができた。
「便利だな」
刀を振るいコウモリ人間を地面へとたたきつけた。
初めてにしてはとてもうまくいったと思う。
囲まれてしまった後は血みどろの戦いとなった。
この場合は後ろの敵から先に切りかかってくるのがセオリーだったりするのだろう。
初手背後から切りかかってくる敵を打ちのめし次々と振り下ろされる剣、槍、斧、蹴り、拳、矢。
しかし、どれも俺を倒すだけの物にはならない。
1対多数の戦いは嫌というほどやった。
多少の被弾はやむなしと思っていたが敵の練度が低いせいか軽くいなすこともでき一撃を加えていく。
ロープで引き寄せたコウモリ人間を振り回し骸骨に当てとびかかる狼男を横薙ぎで弾く。
不思議と体力は持つ。
頭は冷静だが体は常に緊張している。
心臓の鼓動も耳元で異常なリズムを叩いている。
そんな戦いを続け赤い夕陽は沈み月が真上に上ったころ。
しばらく取り囲んでくる魔物をしばきまわしているとあたりは静まり返った。
ロープでつかんだコウモリは肉団子になってしまっている。
そこに両手剣の長さはあろう武器を両手に一本ずつ持った2mか3mはあるだろう狼男が現れた。
幾度か型のある攻撃を繰り出してくる。
それらを避け渾身の一撃を当てるかのように地面へと剣を叩きつけた。
それを当てるには大振りすぎるため振り下ろされる剣をすれすれで見送り両腕をへし折った。
そして大きな狼男がひるんでいる隙に頭を叩き潰したところで頭上より笑い声が聞こえてくるのだった。
「はっはっはっは!!」
さすがに敵を叩き潰しては投げ叩き潰しては投げを繰り返し疲労がたまっていた。
そのうえでなにやら飛んでもなさそうな奴が来た。
「この多勢によくやるではないか。褒めて遣わすぞ?」
夜空の月に栄えるようにコウモリのような4枚の翼をひらひらとなびかせ宙に浮く謎の魔物。
「ヴァンパイア……か?」
金色の髪は長く肌は純白のように白い。
そして西洋の貴族がよく着るような服装をしている。
ひらひらとした赤いシャツに黒いズボン。羽織っているコートは何かの皮でできているようだ。
俺が言うのもなんであるが鎧が左腕から肩にかけて黒い金属のような鎧を身に着けているだけの軽装でこんな戦場には似つかわしくない恰好だった。
それに水晶のような謎の球体が2個、周囲を飛び回り腰には細い剣をぶら下げている。
「ヴァンパイア? これは失礼。我が名は栄光あるメールヴァレイ帝国皇帝アヴァラティエス直轄四大従魔が一人。ド・メル・トルントール。おっと?! 貴様、私が自己紹介をしている最中にフルカを打ちおって、これだから人間という種族は」
そう俺は飛んでいる奴を引きずり降ろそうと肉塊になったコウモリを取り除いてロープを飛ばした。
「これフルカっていうのか?」
「わが軍の下級偵察隊が使う武器だ。そう珍しいものではない」
「なかなか使えるぞ?」
「さて……話は変わるがムルをやったのは貴様か?」
「ムル。ここまで大分なぶり殺してきたからわからないがあの大きな奴か?」
「ほほう……よくもやってくれたな。やつなら栄光ある皇帝陛下の従魔にもなれただろうに」
「従魔がなんなのかはわからないがペットにしてはずいぶんとしつけがなっていなかったがな」
「だまれ。おまえは何者だ?」
「んー……人はだれしも自分が何者であるかを探してるもんだ」
「なんだこいつ……しかし、ここの兵力はあらかたそいだはずなのだがな。まさかまだ貴様のようなやつがいるとはな」
「まあ俺が誰かって俺も聞きたいんだ」
「ではでは……お前を城へと持ち帰りじっくりと嫌になるまで調べてやろう」
「痛いのはごめんだな」
火球がトルントールの頭上に現れる。
「まじか魔法か?!」
「っふ。魔法を見るのは初めてか? とんだ田舎者だ。イグニス・オービス・レクタ・インセディット」
轟音と共にとてつもない大きさの火の球がこちらへと迫る。
奴との距離はそこそこ離れているように思えるが巨大さに似合わず速い。
地面を思いっきり蹴り一歩、二歩と素早く進む。
周囲を焦がす臭いが鼻をつき背後でとんでもない爆発音が響き渡った。
さあ、遠距離攻撃を手段におく敵との戦闘。
手っ取り早い攻略手段としてはあたりまえだが近づくことだ。
これほどではなかったが火球を飛ばしてくる奴やら矢をねちっこく打ってくる奴を一生懸命、遮蔽物に隠れながらやり過ごして少しずつ近づいて倒していたのを思い出す。
しかし今なら、これだけ体が軽く感じるほどだ。
1、2歩であれだけの距離を移動できるのだから近づくことができるのではないだろうか。
最初の火球が飛んだところは跡形もなくなっていた。
魔物の死骸は骨も残らず消えている。
そしてまた奴は詠唱をして次の火球が飛ばしてくるのだった。
足に力を入れ地面を蹴り飛ばすように高く飛ぶ。
次の瞬間には奴が目の前にいるのが見えた時。
刃が奴の頭上をとらえた。
「な?!」
とっさに剣で防がれるも勢いよく地面にたたきつけることに成功する。
「っく……まさか。地面に落とされる日が来るとは思いもよりませんでしたよ」
「俺もあそこまで飛べるとは思わなかったよ」
そして目にも止まらない速度で奴の黒い剣が目の前に迫るのだった。
先ほどまで戦ってきた魔物達の鈍い速度ではなく命をもぎ取る速さだ。
打ち合う剣と剣。
何度か斬りあってから奴は距離をとるのだった。
「フラマ・グラディウス!」
そう唱えると奴の剣が青白い炎に包まれるような燃え方をした。
不思議な燃える剣にして奴は不敵な笑みを浮かべてから再度迫りくる。
とても熱い。
そして金属と金属がかち割れひしゃげるような音を響かせる。
炎が推進力を生み出しているのか先ほどの速度と威力とは段違いの物であった。
だが一手一手を丁寧に受けて威力を殺させながら流していく。
「まさかこれを受けるなど────」
どうやら驚いているようだ。
やられてばかりではいられないため俺も間合いを詰めていく。
その感触はゲームにはなかったものだった。
この世界の戦闘が無限に広がる感じがする。
右に左に上に下にと奴の速さに合わせて地面を蹴り追い付く。
動きは平面ではなく次元を超えていた。
そして幾度かぶつかりあった末に奴の周囲を飛び回る水晶から火の球が打ち出される。
「イグニスフィア!!!」
着弾すれすれにそれらを斬り飛ばすと火と呼吸おいた後に爆発した。
けれどそれに巻き込まれることなく移動する。
背景が置き去りになる。
繰り出される火球と剣。
火球だけでなく炎が剣の形となったものまで機関銃のように次々と俺に繰り出されたがそれらすべてを叩き落とす。
「なんだそれ?! くそ!! グラン・グラヴィエータ!!」
体が重しをのせられたような魔法を喰らった。
だが普通に走るような感覚で距離を取って抜け出す。
次第にヒートアップしていく体。
鼓動が鼓膜を突き抜け集中力が研ぎ澄まされていく。
気が付くと間合いにいるトルントール。
瞬間甲高い金属音が響きわたる。
その中で奴が魔法を唱え始めた時に隙ができた。
刀を心臓部へと向ける。
「化け物があああ!! エクスプロシーヴァ!」
突如目の前で盛大に爆発したのだった。
とても熱い。
ちょっと葉っぱも焦げたような気がする。
黒煙が盛大に舞い奴を見失ってしまった。
やつの気配が遠ざかるのを感じ声だけが聞こえた。
「まさか貴様のような奴が現れるとはな。次会った時、必ずおまえを殺す」
そんな捨て台詞を吐いて消えていった。
よくわからないが強敵であったと思う。
四大従魔と大層な名であったが中ボスか魔物の隊長クラスと言ったところだろう。
雲と雲の隙間から光が零れ落ち朝日が照らしているのが見えた。
静寂が周囲を包み込む。
まだ黒煙がゆらゆらと登っていく。
残ったのはここの住民や兵士と思しき遺体と敵のちぎれた死体だけだった。
そして恥部を隠す葉っぱが一枚と刀が一本だけの俺。
どうやらとんでもない世界に召喚されてしまったようだ。