第2話 異世界召喚
────「生命の系統……ヒト種、読込完了」
暖かい光のある空間の中で無機質な声が脳内で再生されている。
意識もはっきりせずどこかおぼろげで夢のようだった。q
「使用装備転送……読込開始。ヒトヒラの葉転送完了」
これはあのゲームの装備だ。
一度でも攻撃を受ければ即死してしまうほどに脆く陰部を覆うだけの葉。
「初心の刀。心元無ノ鈍刀……支障あり。再度実行……再度実行……エラーエラー、再度実行────転送完了」
なぜか刀はダメなのかエラー音が流れる。
けれど転送は完了したらしい。
それから何もなかったかのように無機質な声は続ける。
「魂の転写を実行……転写完了。続いて経験の引継ぎを実行……引継ぎ完了」
なにかゲームをロードしているようなそんな感覚にさせられるがまだまだ続き晴れやかな音が響き渡った。
「天性『力のある凡人』『億の死を超えし者』を獲得……大量のアルコールを検出。『魔に疎まれし者を獲得』反映に成功。6番目の勇者召喚の儀を受諾……接続完了」
いやもういろいろと言いたいところはあるが天性ってなんだ。
何かこうゲームのノリで言う所のスキルみたいなものなのか誰か説明してほしい。
6番目の勇者の召喚の儀とやらを勝手に受諾しているけどこれから俺が召喚されるってことだろうか。
ただの酒飲みゲーマーを召喚するってどうかしてるぞ。
そして光は直なり無機質な声は消えて暖かな女性の声が聞こえた。
「あなたならきっと大丈夫。私の世界をどうか────」
世界は理不尽だと言うがせめて説明をしてほしい。
どこをどう見て大丈夫だったのかも聞きたい。
けれどそんなことを言おうにも自分の声は声にならず光に包まれてしまうのだった。
俺は理不尽な謎の声を最後にツンとする焦げた匂いの違和感で起き上がるのだった。
ゆらゆらと燃える炎がそこかしこにある。
熱い空気に対して冷たくつるつるとした床に広い空間の中で反響する人々の声。
その声はとても切迫している様子。
壁の外からは爆発音やら怒号やらの轟音が聞こえている。
俺の姿を見て驚く謎の修道服を着た人達。
口々に「勇者様だ」、「信じられない」、「成功したんだ」、「これで国は救われる」と言うも信じられない光景を目の当たりにしてる俺こそ「信じられない……」と言いたい。
だがそんな安堵している人達の表情も虚しく突如として後ろにあった分厚い扉がはじけ飛ぶのだった。
飛び散った破片が次々と人々を貫いていってしまう。
近づく重厚感のある足音。
壊された扉より覗き見る二つの赤い目。
圧倒的なと言って良いほどの巨体。
そいつの身にまとう鎧のこすれ合う音。
一歩、一歩と重い足音を俺の心臓へと響かせてこちらへと迫るのだった。
「ミノタウロス?!」
咄嗟に俺は声をあげてしまう。
すると近くにいた修道服の恰好をした謎の男は我に返って言うのだった。
「時間がありません勇者様!!」
「え……え?! 俺?!」
勇者と呼ばれ驚くが、それ以上に不思議と聞き慣れない言語なはずなのに何故か喋っている言葉が理解できてしまっている。
「そうです。勇者様! このような場に召喚してしまい申し訳ございません。現在私達の国は六大魔王の一体。アヴァラティエス率いる軍に攻められております」
時間がないといわんばかりの早口だった。
「おい。後ろ!!」
しかし、その男は見上げる程の体躯を誇るミノタウロスの振りかぶる大斧に振り向こうともせず続けるのだった。
「我々はその侵攻により窮地に立たされています。このままでは我がアーグレン国は滅びるでしょう。ですが、どうか! どうか────」
その男は最後まで言い切ることなく真っ二つに上下に飛び散る肉片へと姿を変えるのだった。
だが胴体と足が離れてもなお半分になった男は固い意志を崩さずに続けた。
「がは! どうかこの憎き魔物どもに勇者……様の……おち……か、ら……を……」
残った部分で繋いだ最期の言葉は周囲の轟音と悲鳴にかき消される。
初めて家族以外の誰かが死ぬ瞬間を目の前で見た。
そんな折に目の前に転がってきたのは肉片となってしまった名も知らない男の持ち物と思われる精工に作られたペンダント。
蓋は壊れ中に絵のような物があった。
そこには女性と子供と亡くなった男が写っていた。
とてもやりきれない気持ちになった。
俺は息もない男に対し返事をするように言った。
「わかったよ。だけどな……刀と葉っぱ一枚だけでどうしろってんだ」
鼻息の荒い獣はこちらを見下ろす。
「ブオオオオオオ!!」
威嚇がてら俺に咆哮するミノタウロスはとんでもない迫力がある。
「……いやこれ」
こんなの勝てるはずないじゃないか。
そんなビビり散らかす俺に容赦なく大斧を振りかぶる怪物。
ゆっくりと死を覚悟する瞬間、あのゲームをやっていたおかげか不思議と敵の動きが鮮明に理解できる。
振りかぶられた大斧が満を持して風を斬る。
走馬灯を見る暇もなく俺の体は勝手に動いていた。
自信の体とは思えないような動きで身を翻し大斧が過ぎ去るのを見届ける。
「え?」
俺を見やる怪物と目が合う。
着地後、即座に怪物の懐に潜り込み抜き放った刀で二撃、足首へと叩き込むのだった。
俺は必死だった。
呼吸は荒く心臓がうるさい。
どうして俺は動けているのかわからない。
とても怖い。
だが体がなぜか知らないはずの何かを覚えている。
意味がわからない。
それに今までの酒で重かった体とは全然違う。
まるで綿毛のように軽い体は今にもどこへでも飛んでいけるほどだ。
「ブモオオオオオオオオオオ」
怪物は先ほどの威嚇とは違い悲鳴をあげた。
怪物は足を引きずり態勢を崩す。
どうやら刀で叩き込んだ右足をへし折っていたようだ。
こんなことができるとは思わなかった。
思えばこの体の底から力が溢れているような気がする。
「これなら棒と葉っぱ一枚でもやれるかもしれない……」
大斧を何度も周囲へ振り回し近寄れないようにする怪物はおびえた目でこちらを見ていた。
「怖いのはこっちだよ……」
生々しい毛皮、怪物の体温と息遣いは命を感じさせくる。
とても怖い。
足をひきずり不自由な態勢でミノタウロスは必死に抵抗しようとする。
右に左にと振られる大斧。
その軌跡を見て後ろに下がったり飛んで翻ったりとして避けていく。
こんな絶叫するような命のやり取りで怖いはずなのに心はいたって冷静で体は、それを受け入れている。
考えている余裕なんてない。
やらなきゃ俺が殺される。
振り回される大斧をかいくぐり怪物の懐へとまた潜り込んで何度も刀を叩き込んだ。
何度叩き込んだかはわからない。
ただひたすらに刀を無慈悲に振り下ろしたのだけは確かだった。
こんなんで絶命させられるのかわからない。
だがやらなきゃ殺されると何度も自分に言い聞かせて、その怖さに駆られるように執拗に振り下ろし叩きまくる。
気が付くと怪物の息は亡かった。
ふんわりとした毛皮。
滴り落ちる赤い血はまだ暖かい。
「なんだよ……これ……」
なんとも形容しがたい感覚が残る。
ここまでしといて夢ではないかと思いほっぺをつねってみるとやっぱり痛い。
「はは……夢じゃ……ないや」
そんな絶望の中で次々と無数の足音がこちらへと近づいてくるのが聞こえてくるのだった。




