第1話 出会い
ぬるい酒が喉をつたって乾いた体を潤す。
薄暗い中で仄かに灯るランプの下でグラスをそっとカウンターに置いた。
いつものように。
そして何をするでもなく。
こんな世界で一人……俺はただ飲みふけっていた。
静かなカウンター席。
対して店の中は賑やかだ。
周りの人達もいつもの夜を送っているのだから当たり前なのだろう。
これもいつもの夜と言うにはいささか穏やかすぎるのか忘れたいのかはわからない。
どうしよもない現実。
そんな現実を前に、なんて楽しそうなのだろう。
あんな凄惨な光景を目の前にしていただろうに……
溜息がそっと零れた。
それでも、こんな夜を過ごすのにはちょうどいいかもしれない。
知り合いから紹介された仕事で日銭を稼ぐ日々。
稼いでは飲んでを繰り返して同じ夜を過ごしてはまた朝を迎える。
俺が何をしたって言うんだろうな。
ふと見渡せば、仕事帰りと思われる甲冑姿の兵士達。
剣なんか腰に差したりして、なんと物騒なことか。
はたまた別のテーブルを見れば軽装の鎧の男。
この人もまた剣を身に着けている。
その隣には神官っぽい女性にローブの男、弓を背負っている男と……変わった恰好。
ここがコスプレバーだったならわくわくしたのかもしれない。
けれど今は、わくわくをとうに通り越して絶望しかない。
《《この世界》》は冒険者ギルドとかあったリスのかもしれないな。
そんな趣深いコスプレバーのような飲み屋に違和感を覚えることなく見慣れてきてしまったのは、つい最近の事。
慣れたくもない日常に平然と酒をあおっている俺もどうかしていると思うんだけどさ。
でも俺もその変わった日常の一部に過ぎない物を持っている。
腰に一本の刀がその証拠だ。
だから慣れ、というのは本当に怖い。
今は流れるがままに身を任せてしまっている自分がいる。
「もう……どうでもいいのかも」
そう、つい呟いてしまった。
すると体格の良い髭面の店主と目が合ってしまう。
「マスター。もう一杯頼む」
「はぁ……おいおい、あんちゃん。今日も飲みすぎだぜ? ここんところ毎日じゃねえか?」
ため息交じりに店主が言う。
けど俺は、そんな説教を聞き入れる筋合いはない。
「いいんだよ。どのみち酒に酔っていられるのも今のうちだけだ……ちょっと寝ればすぐ抜けちゃうんだからさ」
「そうかよ。まあ、あんちゃんが、ここで潰れて寝なきゃそれでいいけどな?」
「あぁ……大丈夫だよ。迷惑はかけない」
俺の心配というより『面倒事は御免だよ』と言うマスターとの他愛のない会話。
こうして普通に言葉も通じるのが不気味でしょうがなかった。
なぜなら、どう見ても目の前の店主は日本人じゃない。
どこか西洋人っぽい。
けれどこれまで接してきた外国人とは違った雰囲気があったからだ。
これまでもそうだった。
町を歩けば建物の造りから言葉にも表し難い文化の違いを分からされていた。
光の神だの、導きだの……
無神論者の俺にはもうさっぱりだ。
なのに日本語が返ってくる。
加えてメニューや看板に書いてある文字も見たことがない。
どう見ても日本語とは違う言語なのに何故か読めてしまう。
こんな能力があるのなら中学、高校時代での外国語の教科は満点だったろうに……
そんなAI顔負けの超自動翻訳機能搭載の不思議な体になってしまった現実は頬をつねっても変わらなかった。
薄気味悪いにもほどがある。
そんな違和感に毒されながら一杯、また一杯と酒を飲むごとに日本にいた時のお酒の味が恋しくなる。
また飲みたいなぁ。
ウィスキーを入れてさ。
氷を躍らせてキンキンに冷えた炭酸水を注ぐんだ。
喉越しの良いハイボール!
自然とため息が漏れた。
今飲んでいるのは、このお店で一番安いフェーテとかいう異世界酒。
甘酸っぱくてベリー風味っぽい味わいなのが特徴だけど正直、味はあまりよろしくない。
まあ……酔えれば良いようなお酒なんだろうけどさ。
こうして。ただどうしよもなく悶々とうなだれている時だった。
店のドアに備え付けられた鈴がチリンチリンと静かに音をたてる。
変な風が吹いた気がした。
「いらっしゃい……ませ!」
マスターの態度がよそよそしくなった。
いつもは『いらっしゃい』ってだみ声のくせに今だけきりっとした声を作り始めたのだ。
すると賑やかだった店内も少しだけ静かになる。
それにつられて俺もドアの方をつい見てしまった。
チラッとドアの方を見れば見知った顔。
綺麗な金色の長い髪。
それを静かに揺らしながら美少女入ってきた。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
なんて言葉が似合いそうな女が入ってきたんだからまあ注目の的になるのは間違いないのだろう。
しかし……注目を浴びている理由は彼女が単なる美少女だからじゃない。
名前はアメリア様。
そう呼ばれている、この国のお貴族様のお嬢様だからだ。
この国の貴族がどういう物なのかはわからない。
けれど周りの反応を見るに、さぞ偉いんだろうなぁ……という事だけはわかる。
アメリアは、まっすぐとカウンター席へと来てマスターに挨拶をした。
「こんばんは」
「こんばんは。これはこれは……よくぞいらっしゃっていただけました! お一人でございますか?」
「はい、私一人です。よろしいですか?」
「それはもちろんでございます!! ささ、こちらへどうぞどうぞ! お疲れでしょう」
にっこにこの店主。
まったく……俺が来た時は「今日も来たのか?」だの「相変わらず気だるい顔をしてるなぁ?」だの言ってたのになぁ。
しかし、それよりもだ……
異世界にも生まれながらの勝組ってものは、いるもんなんだなと思い知らされる。
俺はどんなに美人でも正直、あまり好かない。
そんなことを考えていると唐突にアメリア。
「あの……こちらご一緒してもよろしいですか?」
酒を飲もうとした手が止まる。
誰に話しかけているのだろうかと何度か隣をちらりと見てしまった。
しかし、その綺麗な青い瞳は確実に、間違いなく俺の方を向いて話しかけていた。
また少し静かになった店内。
えっと……
心の中で何度も自問自答する。
しかし答えはない。
そもそもこんな美人に声をかけられるようなことなんかあっただろうか。
いや……ない。
けれどほんの少し……ちょっとだけ話したことがあるとはいえ、さすがに貴族相手に無視はまずいだろう。
とりあえずだ。
ここはまず俺の中にいるはずのない紳士さを呼び起こすことにし無難に対応しよう。
「ど、どうぞ……」
隣の椅子をぎこちなく引く。
「ありがとうございます」
アメリアは、にこっと可愛らしい笑顔を作ってから座りにくそうな椅子に腰かけた。
俺はどうしてこうなったのか……
酔って何かやらかしたかどうか思い起こすも心当たりが何もない。
最近変わったことというと路地裏で起きた時に絡んできたチンピラがやたら優しくなった以外何もない……
とりあえず思い当たる節もない中でアメリアがマスターへと飲み物を注文している間に必死に思い出すことにした。
どこからさかのぼろうか……
先ずは、そう。
このアメリアと出会う前から思い出すことにしよう。
俺が、不運にもこの国……いや、この異世界に召喚された日の事────
召喚された日。
それはとても悲惨な状況からスタートした。
俺が召喚されたのはルクサーラ神という光の神を崇める宗教国家アーグレン王国。
その王国がメールヴァレイ帝国という魔王が支配する国から襲撃を受けている所から異世界生活が始まった。
つい一週間くらい前の出来事のこと。
煩わしいとは思いますが物語づくりの参考までに評価や感想をいただけるととても嬉しいです!




