第132話 その道のりはほのぼので
冷たい風が焚火をゆらす。
ひんやりとしているというのはわかると言うのに、ただ冷たいと感じるだけというのは、なんだかとても不思議な感覚だ。
ただ、そう感じるだけって言うのがどことなく胸の中が何かを忘れてきたのではないかという感覚に落とし込む。
実際には体は何ともない。
景色も一面真っ白の銀世界であるのにさ。
とりあえず日本にいた時みたいに寒くて動けないよりましだと考えることにした。
そんな朝焼けの時。
刀と小太刀を腰に差して焚火で温めたカイロを取り出す。
それをタオルで包んで即席湯たんぽのできあがりだ。
せっかく買ったカイロも俺には必要がないとは思いもよらなかったな。
けどそのおかげで寒がってるリィナとニャーに追加で持たせて温まってもらってる。
リィナは最初、申し訳なく断っていたけど受け取ってもらった後の喜ぶ顔が忘れられない。
ここで二つあまりが出てしまっている理由なんだけどれども……
ザンカも俺と同じく湯たんぽがいらないようなのだ。
もちろんリィナへと譲る権利は俺が譲らなかった。
でもだ。
雪が降ってる中なんだ。
それなのにあいつは半裸だ。
しかし、興味に事欠かなくても野宿と言うものは、まあまあ疲れる。
でも日本で生活をしていたら、俺はこんな夜明けを見ることはなかっただろうな。
しばらく焚火を見つめてたせいで凝り固まった体をほぐし馬車で眠るリィナを起こしに行く。
これがまた日課になってる。
リィナも夜番をするのだけど俺はやっぱりリィナがゆっくり寝ていてくれる方が嬉しいからリィナはずっと休ませてあげたい。
しかし、それでは同じ夜番をやってもらっているザンカやニャーに申し訳がない。
んー、歯がゆい。
そして、ふかふかの寝袋にくるまっているリィナに小声で呼びかける「リィナ。朝だよー?」
「んんー……んぅ」
「起きろー」
起きる様子がない。
昨日は結構歩いたから疲れがたまっているんだろうな。
雪道はどうしても歩くのがスローペースになってしまう。
なぜなら道が埋もれていて、そこが安全なのかよくわからないことが多いからだ。
なので俺が先行して道の確認をしながら進んでいたのだけれど……
おかげで次の目的地へと向かう予定が想定より長い時間となってしまっていた。
その理由からリィナが『早く起きて行動しませんか?』と言ってた。
まあ、あるのかないのかわからないけど芯のない俺達は満場一致で『いいよ』という答えになる。
リィナは、そう言っていたけれど……当の本人は可愛らしいことに寒いのと朝が苦手だ。
仕方ない……俺は、そのリィナの言葉に従うため気持ちよさそうに眠っているリィナを心苦しくも起こすことにした。
仕方なく……本当に仕方なく……
「さてと……起きないなぁ?」
リィナは「んんん……」と反応するものの半ば夢見心地の状態が続いている。
「起きないとまたやっちゃうぞ~?」
「んぅんん」
「ふっふっふっふ……」
答えずのリィナ。
そして俺はリィナをぱっと、そのまま抱きかかえた。
「きゃ!!」
一瞬で目が覚めるリィナ。
「も、もう! ソラさん?!」
「あ、起きた。おはよう」
「おはようございます! 起きましたけどまたですか? これ心臓に悪いです!」
「ごめんごめん、なんかさ……この起こし方が癖になっちゃってさ」
「なんでですか?!」
「んー、なんとなく……かな?」
「なんとなくって何ですか! 私は不服です! びっくりします!」
「いや、ごめんって」
いやね。
リィナのこの寝起きのだらしない感じがまた可愛らしくてついなんて言えない。
するとリィナは頬を膨らませて、もじもじしだすと衝撃的なことを言いだしたのだった。
「私はあまり……というよりむしろ、ちょっと距離をとりたいんですけど?」
俺の心に穴が空いた気がした。
もう絶望でしかない。
どうして距離をとりたいなんて思われてるのか。
え、こんなことしてるから嫌われた?
秒もかからず回った思考の後。
反射で聞いてしまった。
「え?! なんで?」
すると……
「だって……寒いので最近あまり水浴びもできてないですし、その……臭いとか……気になりますし……」
一瞬で心に空いた穴がふさがる。
その仕草に萌えた。
「ああ、なんだ」
「ちょ、ちょっとソラさん?! んんんんんんん!!」
俺は容赦なく抱きかかえたリィナを、そのままぎゅっとしばらく抱きしめてから降ろした。
「さて、朝の支度をはじめてくるよ。もうちょっとうたたねしててもいいからね」
「もう! ソラさんったら!」
足早に馬車の外へと出た。
正直これ以上一緒にいたらまた手を出してしまいそうだ。
平静を保つように深呼吸をする。
そして馬車の下を確認。
まあ、そこにザンカが寝てるんだけれども……
こんな寒い場所だというのに寝袋など必要ないかといわんばかりにザンカはそこにいる。
どうしてそんなところで眠っているんだよ……
てか馬ですら防寒具かぶって休んでるというのに……いや生きてるよな?
俺の心配を他所に「ソラ。この肉……うめぇ」と寝言。
心配するだけ損だった……
それよりもだ。
寒空の下、聖女の寝てる馬車の下に半裸の男が寝てるってかなり案件では?
まあしかし……本当に自由で丈夫な奴だよなぁ。
ニャーはというと帆馬車の帆のところにいたのだ。
リィナとセットで寝てることが多いのだけど今日は何故か帆のところにいる。
俺と夜番の交代の時に「星が綺麗だにゃー」って言いながらそのまま寝たんだろうな……
ニャーは寒いのが苦手だから風邪をひいてないといいんだけどさ。
帆のところからだらーっと垂れ下がってる尻尾とくるまっている毛布が見える。
それにしてもあんなところで寝ていてよく落ちないもんだよ。
それから朝食の支度をする。
赤いつば付きの羽帽子をいつもどおりかぶってモフモフの茶色い毛皮のマントで体を包みレイピアを腰に差したニャーが帆から降りてきた。
「おはようにゃ」
「ニャーおはよう」
そこへいつもの赤を基調とした白色の見慣れた修道服のリィナ。
その上に灰色の毛皮の上着を肩にかけているリィナは、にこっと笑顔になりニャーに挨拶する。
「ニャーさん、おはようございます」
「リィニャもおはようにゃ」
リィナのこの笑顔が挨拶のための礼儀やらコミュニケーションだけの笑顔じゃないことを最近見分けられるようになった。
そのにんまりとしてる可愛らしい笑顔はニャーの防寒具のもふもふ具合がリィナのお気に入りらしくずっと愛でているためだ。
そこへと大きなあくびをしながら馬車の下から出てくるザンカ。
裾がボロボロになってしまっている黒い袴を身に着けるだけの半裸姿は相変わらず。
「おう、ザンカおはよう」
「ザンニャおはようにゃ」
「おはようございます。ザンカさん」
「おはよう。ふぁあああ」
また大きなあくびをしながらこちらへと眠そうに歩いてくる。
俺もつられてあくびをするとリィナ、ニャーにもそれが移っていった。
「よし、そろそろ出来上がるぞ」
今日の朝食の献立はクロカにバターを塗ってあぶったものと肉と野菜を朝一からじっくりことことと出汁をとって魚醤、バター、塩で味付けをしたスープだ。
あまり良い調味料を使うことはできていないにもかかわらず、みんなは「美味しい」と言ってくれるのはとてもありがたいしうれしい。
こうして俺達の旅の一日は始まるのだった。
食器を洗ったり乾かしたりはリィナに手伝ってもらっている。
食器を洗うための水魔法だったり乾かすための風魔法だったりって本当に便利だ。
聖女の聖水とかバカみたいなことを考えてた時期があるのを本当にすまないと思っている。
それから後片付けを済ませて歩みを進める。
天気は良好。
のどかな田舎道……というよりは本当に何もない。
遠くに見えるのは真っ白な山肌。
そこに雲が影を作ってなびいている。
突然、大きい鳥のような生物が飛んでいるのがみえたけれど……
まあ、よくみるとグリフォンなんだよなぁ。
遠いので今すぐこっちに来るということはなさそうだからいいんだけど。
そんな危険な状況でも馬はご機嫌が良い様子。
御者をするニャーも「ニャー、ニャーニャーニャニャニャー」と鼻歌を歌っている。
歌う時もニャーなのね。
まあ、俺も歌い出したいくらいには、のどかで気持ちの良い日なんだけれども。
とりあえず警戒は怠らないようにしておこう。
ここらへんは何故か雪があまり積もっておらず道がちゃんと見えるし凍ってる感じもないため着々と歩みを進める。
先行する必要もないため俺はリィナの横に並んだ。
ザンカは馬車の後ろで周囲を見ながら続いている。
まあ並んだ理由も目印にしていた山がだんだん遠くになってきたのでギルドでもらった地図の写しを取り出して現在地を確かめるためなんだけどね。
決して一緒にいたいからだけではない。
「そろそろトランドノート領に入ったんだけど領主って今はいないんだったっけ?」
「はい。今は代理の方が領を仕切っているって話を聞いてます」
「まあ、その街に用はないからこのペースなら目的のアニマリア村まで行けそうだよ」
「本当ですか?! やっぱり……地図を読めるのってすごいですね」
「リィナも特訓したら読めるようになるよ。ちなみに俺達が今どこにいるかわかる?」
ついニヤついてしまう。
俺は地図をリィナに差し出してみたものの、やっぱりリィナは困り顔。
「んんんん……やっぱり難しいです。ここがルロダンですもんね?」
「まぁ……ルロダンって書いてあるからね」
瞬間、じとっと俺を見つめる視線。
「んんん? なんだかちょっと私の事、馬鹿にしてません?」
俺はその視線から目を逸らす。
ちょっと不覚をとった。
「ソーラーさーんー?!」
俺に詰め寄るリィナ。
「いや……リィナは可愛いなぁって思った」
すると思っていた返事と違ったのか頬を膨らませてどこか不機嫌そうに「もう!」と軽く肩を叩かれた。
相も変わらずリィナは、こういうのに弱いらしい。
いや、ほんと……そのままでいてほしい。
「ごめんごめん。ほら、どこら辺だと思う?」
「んー……そうですね。ルロダンからここまで来たのですから……ここですよね?!」
俺はリィナの指さした場所を見て絶句した。
わかっていた。
リィナがこんな感じだって言うの。
一旦ではあるけどさ。
この旅の目的地は学術国家セイエンティアだ。
ルロダンから北東へとまっすぐ行っても2国くらい超えないといけない遠い場所だ。
にもかかわらずリィナが指したのはあろうことか南西の真反対の場所だったのだ。
しかも山などなにもなさそうな平原地帯っぽい所。
地図……読めないにもほどがあるだろうと俺はリィナの顔を見た。
しかし、そんな思いとは裏腹に可愛らしいドヤ顔を決めていたのだった。
どこから来てるのその自信……
そのドヤ顔が当の本人は本気で当てにいってるのだという事を如実に物語っていた。
いや、物語り過ぎている。
貴族令嬢という立場で育って学もかなり積んでいるからだろうか。
その学の広さと深さは認めるけれども……
俺はそっと、その可愛らしいドヤ顔をしている愛しの人を思いっきり抱きしめたい欲求を抑えた。
「リィナが一人で旅にでなくてよかった。本当によかった……俺から絶対離れないでね?」
「ちょっと! どういう意味ですか?! 間違ってたのですか?」
「いや、俺の心的には正解だった」
「それってどういうことですか?!」
そんなこんなと田舎道を平和に歩き魔物という魔物にも出くわさずに太陽が真上を過ぎた頃に目的地である村のアニマリアの近くへと来れたのだった。




