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第13話 アメリア領内

 ひんやりとした澄んだ空気が肺を潤すと気が付けば雲が俺達と同じ位の高さまできていた。


「領内に入りました!」


 坂、坂、坂とひたすら上り続けて馬も悲鳴を上げていた頃合いでようやく広く一望できる場所に辿り着く。


 景色は出発当初の平原とはうって変わり山々が広がっていた。


「すごい山だな」


「ここから北にかけてザンドラレル領、トランドノート領、レイヴィス領にかけてこの山脈は広がっています」


「三つの領は広いのか?」


「そうですね。住める場所は限られているのですが管轄する地区は広いんです。ここアメリア領も王都の5倍くらいの面積だとお父様が仰ってたのを覚えてます」


「へぇ、あの都市も大きかったがここはもっとでかいんだな」


「ほとんど山なんですけどね……ですが、ここまできたら目的地まではあと少しですよ」


 それからまたしばらく進むと遠目の谷に町が見えてくる。


 木材でできた簡素な防壁と谷の入り組んだ地形を利用した街づくりをしていてとても趣深い。


 段々と山の斜面を利用した畑は健康的な緑色に染まっておりところどころ紫色の果実が成っている。


「あれが私の故郷ルロダンです!」


「やっとついたな」


「おかげさまでずいぶんと速く着きました! ありがとうございます」


「礼はついてからだな」


「そうですね!」


 ほどなく町の入口に着いて見張りの兵士がリィナにお辞儀して丁重な対応を受けているのが見えた。


 やっぱリィナは、ここの令嬢なんだなって改めてわかる。


 待っている間は行き交う人達や街中を見ていた。


 そして俺はあることに気づく。


 見慣れない恰好をした人間がいるのだった。


 いや人間ではないのだが人間だ。


 それはふさふさの耳。


 ふさふさの尻尾。


 長い爪のある人もいる。


 獣の友達だ。


 女の子。


 ケモミミ女の子だ。


 もう言葉がすべてをゲシュタルト崩壊させてしまっているがすごい衝撃を受けた。


 興奮が冷めやらず心の中で片言になった歓喜の言葉があふれ出し終には、この一言に収束するのだった。


「生きていてよかった」


 とんでもないものを見てしまった。


 そして横にいる兵士が奇異な目で俺を見ていることに気づくのはもう少し後のこと。


 ケモミミたちを眺めながら待っていると言い合いをしているリィナの声が聞こえてくるのだった。


「なんでですか?! なんでお屋敷に入ってはだめなのですか?!」


 話し合いをしている場所はちょうど門の隣にある簡素な小屋。


 そこへと向かうとリィナは焦ったような表情でいた。


 対してこの国の鎧をまとった兵士もえらく焦っていた。


「リィナ様、落ち着いてください。レジナード卿より誰も入れるな。と言われておりまして……」


「お父様が?……どうしてお屋敷への街道を開く許可をしてくださいませんの?!」


「それは……私たちにはなんとも……」


「騎士長のレイヴェインはどちらですか?」


「レイヴェイン殿は……今、お屋敷に……なんとか私達もリィナ様がお帰りになられたことをお伝えしますのでいましばらくのご辛抱を」


「んー!! 皆さんもヒナの体調のことは知っているでしょう?!」


「ヒナ様の体調は……とても心苦しい限りでございます」


「先日、この手紙が届いたのです」


「これは……」


「レジナード・イル・アメリアからの手紙です。内容はヒナの石化病の進行です。だから……だから私は早く帰らないといけないんです!!」


「なんと……早急に対応いたしますのでどうかご辛抱を……一介の兵では何も出来ない無力をお許しください」


「はぁ……そうですね。ごめんなさい。お願いします」


 肩を落としながらリィナがとぼとぼと歩いてくる。


「すみませんソラさん。せっかく早く着いたというのに……」


「いや……よくわからないけど、まあ早く妹さんとも会いたいのに気の毒だな」


 そう言い馬車を管理している庁舎へ馬と馬車を預けに行った。


 管理をしている人は馬面でとても馬と仲良さそうな感じの人だった。


 ケモミミの男の人というのもとても趣深い。


 まさに異世界って感じがする。


 それから俺はリィナに先導されるがままに付いて行くのだった。


 目の前を行くビースティア。


 若い女性のようだった。


 スカートから垂れるしっぽが見えるがどうなっているのか覗きたい。


「あの……目が怖いですよ?」


 リィナの視線が怖いため興奮するのはここまでにしておこう。


 朝飯も抜きに歩いてきたため腹ペコだ。


「お昼はこちらで摂りましょう」


「へぇ、良い感じの定食屋って感じがする」


 リィナはとあるお店へと指をさした。


 グリィ食堂の看板と立て看板にはよってらっしゃいの文字。


 建物は石でできた壁に変わった石細工が施されておりその土地の文化を感じられた。


 木材で作られた屋根から伸びる煙突からは煙が出ており、その建物へと近づくと香ばしい良い匂いがしてきてなんだ心地よい。


 木製のおしゃれなドアを重そうに押すリィナ。


 中はお昼時ということもありにぎわっていた。


「いらっしゃーい! 今いっぱいでね。カウンター……」


 そう言いかけたウェイトレスらしき中年の女性が驚いた表情でお盆に乗っている料理を落としてしまうのだった。


「リィナ……様かい?」


「ただいま戻りました! メリラおばさん!!」


 すると駆け寄る二人は深く抱きしめあうのだった。


「お元気そうで何よりです!」


「そりゃあたしのセリフだよ! 王都が襲撃されたって聞いた時はすごい心配したんだよ?! 背、伸びたんじゃない?」


「たくさん修業してたくさん食べてますからね!」


「こんな……こんな立派になってまあ……敬語なんか使っちゃって生意気なぁあ!」


「おばさん痛いですよ」


 もみくちゃにされるリィナ。


 メリラおばさんはリィナの2倍はある体躯に少し威圧を覚えるがとてもやさしそうなおばさんだ。


「あんた! ちょっとあんた!! リィナ様がいらしたよ!」


 メリラおばさんは厨房へと呼びかける。


「なんだって?! リィナ様ってだれだい?!」


「何言ってんだい? あんたの嫌いなお貴族様の娘様だよ」


 そして厨房より顔を出したのは白いエプロンととんがった帽子をかぶってふかふかな髭を生やしたやせ男だった。


「はぁ? お貴族様? 俺は貴族と魔族が大っ嫌いなん……ってちんまりの嬢ちゃんか! 久しぶりだなぁおっきくなったな?!」


「お久しぶりです。グリィおじさん」


「うおお。なんで前もって来るって言ってねえんだ。ろくなもん仕入れてねえぞ!!」


 それから店内では「久しぶりだね」や「ろくでもないもん食わせてんじゃねえ」や「うめえ!」、「ろくでなしの食材でこれか!!」なんかが聞こえてくる。


 ここではリィナは大分好かれているようだ。


 しばらくの歓迎ムードが終わりカウンター席へと案内されるリィナ。


 それとは対照的に俺は蚊帳の外だった。

 

「それでそこのあんた。おひとり様かい?」


 というメリラおばさんの一言。


「あ、あぁ……」


「あいにくカウンターもいっぱいになっちまってねぇ。ちょっと席あくまで待っててくれないかい?」


「だ、大丈夫……です。ま、待ってます」


 なんだか、その場の空気と雰囲気に圧殺されてしまいつい一人であると返事をしてしまうのだった。


「ソラさん何してるんですか?! こっちですよ!!」


「ええ?! あんたリィナ様のお連れさんだったのかい? そうならそうと早く言いなって!!」


 バシンっと背中を叩かれる。


 それは思いの他強く前へと勢いよく押し出されてしまうのだった。


「グリフォンより強かったぞ今の」


 ぼそっとつぶやいたつもりであったがメリラの一言が続く。


「なんか言ったかい?」


「いや何も……」


 耳もグリフォン以上なのかもしれない。


 そう返した俺の反応速度もあの時以上だったかもしれない。


「さてさてメニューだよ」


「ありがとうございます!」


「よしてよ。水臭い」


「こう見えて私……聖女ですから!!」


「なったのかい?! 聖女様に」


「はい!」


「よくやったね!」


 喜ぶ二人。


 見ていて、まあなんと微笑ましいことだろうか。


「お祝いしなくちゃね! 料理決まったら呼んで! あたしはこの広い店内を一人で切り盛りしないといけないからさ」


 そう言ったとたんに「メリさん水!」、「おかわり!」と他の客。


「はいはい! 話したいことはたくさんあるけど……今は久しぶりのこのお店を楽しんでね」


「わかりました!」


 そう告げてメリラはドコドコと足音を立てて去っていく。


「さすがリィナの地元だな」


「小さいころ何度もお世話になったお店なんです」


「お貴族様って言われていたがやっぱり高貴なお方でございましたか」


「今更丁寧に話すのやめてもらえます? お貴族様といっても偏狭領地を持つ貴族の娘ってだけです。他の方々と変わりはありません。不作であれば一緒に飢えをしのいでお祭りのときはみんなで楽しんだりしてみなさんと変わりはありませんよ?」


 物思いにふけるリィナ。


「へぇ、結構庶民派なんだな。とても久しぶりって感じだけど帰ってなかったのか?」


「僧侶の修行が忙しくてあまり帰れませんでしたね……聖女になるというのも結構反対されましたし」


「そういえば王都の連中はリィナのこと僧侶とか言ってたけど聖女と何か違うの?」


「役職があるのですよ。私は聖女になりたてだったので皆さんもあまり存じ上げなかったことかと思います。昇礼の儀も教会の方々だけで行いますし」


「へぇ。いろいろあるんだな。でだ、なんで家に帰れないんだ?」


「わかりません……」


「しかし門くらいなら簡単に開けられると思うんだが勝手に入っちゃだめなのか?」


「勝手に入れるなら入っているのですが……屋敷の周囲には白壁ハクヘキが張ってあるんです」


白壁ハクヘキってもしかしてグリフォンの攻撃から守ってくれた?」


「いえ、あれはルクサーラ神のルミニ・マルスという光の壁なんです。だいたいはそれと同等の力を持ってます」


「何か違うのか?」


「はい。光の壁はルクサーラ神様への祈りにより顕現するものなのですけど白壁はくへきは魔法なのです。前者がある程度、物質の通る通らないの融通は利くのですが白壁はほぼ遮断します。それに少ない魔力で稼働できる強力な結界なのです」


「つまりルミ……なんとやらと比べると固いし外からでは何もできない奇跡ってやつか」


「そんなところです。魔法は奇跡とはまた違うんですけどね」


「ややこしいんだな」


「ソラさんだって使えますでしょう?」


「え? ……ま、まあな。また違うって俺からすればどっちも似たものに見えるけどさ。どう違うんだ?」


「そうですね……奇跡を模して造られたのが魔法と言いましょうか。神様への祈りで恩恵を顕現させるのが奇跡です。魔法は魔力を元手に術式を理論立てて組み合わせて顕現させたりします。あとは感覚や言霊でしょうか……そして編み出されてきていて常に魔法開発の史実誌では奇跡や呪術と対に考えや理論が展開────」


 なんだか長くなりそうなのでリィナの教えを受け流しながらメニュー欄を見る。


 聞いといてなんだが魔法は使えないし、俺には一旦理解が出来なさそうなのでおいておこう。


「なぁなぁ、このウィシュター高原産トルンドの焼き肉ってうまそうじゃないか?」


「んんんん!」


 リィナの今までに見せない表情。


 頬を膨らませてこちらをにらんでいる。


「ごめんて……まあ、難しい話は置いといて何か頼もうぜ?」


「それもそうですけど……そうですね。私はよくごちそうしてもらったものを頼みます!」


「それとヴァティス酒っていうのは?」


「ここのもおいしいのですが……お屋敷の地下に眠っているのはとても美味しいらしいので我慢しておいてください! とっておきです!」


「え? とっておき?! って……つまりお預けですか?」


「お預けです!」


「そんなぁあ。一滴!」


「だめです」


「さきっちょだけ!」


「なんですかその言い方、気持ち悪いですよ?!」


「ひどい! 何日断酒したと────」


「少しは体をいたわってください私は雇い主です!」


「ずるい! いままでそんなこと言ってなかったくせに!」


「これが主従の関係というものです。ところでソラさんはお金をお持ちですの?」


「ありませんリィナ様」


「ほらごらんなさい」


「せめて……せめて違うお酒を!!」


 賑やかな店内で仲良くなったと思っていたところでお酒のお預けをくらう。


 そこへ「あんた達仲がいいねぇ」とメリラおばさんがやってきて俺とリィナは料理を注文するのであった。


 もちろん酒はお預けの刑をくらって。

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