第14話 反旗の種火
リィナの注文した料理はトルンドの煮込みスープとパンだった。
ここアーグレンではパンの事をクロカと呼ぶのだけれど製法でまた名前が変わるのだからややこしい。
雰囲気のある木皿に盛られたスープとクロカ。
口いっぱいに満たされた唾液を飲み込み。
「いただきます」
木製の軽いスプーンでトロっとした重厚感のあるスープを救い取り口へと運ぶ。
まろやかでいて酸味のある匂い。
それを口へと運んだ。
ほろほろと崩れる肉、しっかりと煮込まれた未だ知らない穀類……ジャガイモの類だ。
それら一切合切が調和して独特な風味になり適度に食欲を刺激してくれる。
加えてクロカだ。
麦に近い香り。
焼きたてのパンと呼んでいいほどに前の世界と遜色のない良い出来栄え……
外はサクりと中はしっかりとふんわりしているのだからたまったもんじゃない。
「これ……すっごいうまい」
リィナの方を見るとすぐ目が合った。
そしてリィナがにこやかに言う。
「ですよね!」
そんな俺の感想を見届けてリィナもスープを口へと運び片方の手でほっぺを抑える。
「トルンドとか、この穀類も知らない物ばかりだけど……とてもいいね」
「トルンドは、この近くのウィシュター高原で生息しているので王都だとなかなか入らないんです。なのでここのは絶品なんですよ?」
「へぇ……そして、このクロカだよ。外はサクっとしていて中はふんわりだ……こんなに美味しいの食べたことないかも」
するとメリラおばさん。
「あらあら、そんなに言ってくれるだなんてうれしいね」
「本当すっごい美味しいです。リィナがリピートするのもわかる。てっきり味音痴なのかもしれな────」
そう言いかけたところでジトっとリィナの視線。
「味音痴がなんですか?」
「あ、いやさ。だって今日の朝ごはんはすごかったというかなんというか……用意してくれたのはありがたかったんだけど……ね?」
「素直に言ったらいいじゃないですか! すごく不味かったって!」
「いやいやまずいだなんてそんなそんな……ただちょっと独特な味付けというかなんというか」
この話は今朝の朝食の時の事。
リィナは残ったグリフォンの肉でスープを作ってくれたのだ。
ただ、その味を言い表すには言葉が足りない。
これが普通の旅の飯なのだろうかと思った。
けれど……不味いと片付けるには横暴。
味が薄いとかそういう話ではなく何か……尖った異物が混ざってるような……そんな違和感を覚える料理だった。
例えるなら新たな芸術を理解できないようなそんな感覚に近かった。
「庇われると余計に傷つきます……」
「いやごめん。ごめんって、ちゃんと不味かったから」
「ちゃんと不味かったってなんですか?!」
容姿端麗でなんでもできそうだと思ってたリィナだったけど料理が下手という弱点があるのだから、やっぱり神様は人を平等に作ってくれているのだと実感する。
すると笑いながらメリラ。
「あなた達仲がいいのね?」
「よくありません!」
即答するリィナ。
それから俺とリィナは食事を終えてしばらくカウンターで寛いでいた。
次第に店内も静かになり水の流れる音と食器が洗われる音だけが店の中を満たす。
リィナは周囲を見渡してそっとメリラおばさんへと問いかけたのだった。
「メリラおばさん……今お屋敷で何が起きているのかわかりますか?」
しかし洗い場で作業をしているメリラは答えなかった。
リィナは溜息をついてそのまま続ける。
「何かあったのですね……兵士の方々も何か様子がおかしかったんです。ですが……私が家に入れない事にどういう理由があるのかわからなくて。もし……もしヒナの身に何かあったのなら私はちゃんと受け止めたいのに……」
するとメリラは先ほどまでと違い小声で話すのだった。
「本当に立派になられたのね」
「え? なんて」
リィナが聞き返すもメリラは普通のトーンで続ける。
「どっちみち今日は……帰れないよ。そうだね……アルザの宿に泊まっていきなさいな」
「帰れない? ……でも、またちょっと管理所に立ち寄って────」
「それはダメ!」
突然、焦るメリラおばさん。
しかし、怖い表情から一変しどこか取り繕うように笑顔で続ける。
「あ、あぁ。ごめんなさいね。えっとね。いえ、違うの。王都からはここって遠いでしょう? だから今日は早く休んだ方がいいと思うのよ」
「そ、そうですね」
リィナはうなずいてメリラおばさんの目をじっと見つめる。
それからメリラはこちらへと歩いてくるとリィナの足元にお盆を落としてしまうのだった。
そして拾おうとするリィナを制してメリラ。
「あらあらやだねぇ。私も歳には勝てないわぁ」
かがんでお盆を拾いあげリィナの耳元に近づき小声でささやくのだった。
「アルザの宿で話すわね」
「え……」
どうして誰もいないのに、こんなひそひそと話さなくてはならないのか。
そんな疑問を抱えて俺達は店を後にしてアルザの宿へと向かった。
アルザの宿は、グリィの料理屋を出てリィナの家とは、ま反対の場所にある。
ルロダンの宿屋が集中している箇所に建っており古く格式のありそうな建物で一階にのんびりと番をしているおじさんが受付の宿屋だ。
こんな美少女と宿で二人。
なかなかに羨ましがられるようなシチュエーションだろうけど、今はそんなことを考えていられるような場合じゃない。
リィナの家に不自然に入れないという不審さも相俟っているけれど、それ以上に
誰かに見られているような視線を感じたからだ。
綺麗に張られたガラスの窓から外を見る。
すると、こちらへと向けられた視線がちらりと目が合った。
加えて路地裏にも誰かが潜んでいる。
さて、どうしたものか……
どう考えても仲良くしましょうって感じじゃない。
手が震えて自然とため息が漏れた。
俺は、リィナをここへ無事に送り届けるために雇われただけだ。
これ以上……首を突っ込む必要はないのかもしれない。
自分の思考が情けない。
俺がそんなことを考えているとリィナ。
「ソラさん……すみません」
「え?」
「本来であればもう報酬をお渡ししているはずなのに、こんなに長引かせてしまって……」
「ああ……いいよ。急ぐ用もないからね。それにリィナには世話になったしさ。俺も感謝しているよ」
「そう言っていただけると助かります……」
「家に入れないって……やっぱ気になるよな」
「はい。ヒナに何かがあったんじゃないかって……」
「……それもだけどさ。心配だな」
「でも私……どうしたらいいのかわからなくて……」
家族……
大切な人の無事を祈る気持ちは痛いほどわかるよ。
「まあ……無責任なことを言うようだけどさ。きっと大丈夫だ」
「大丈夫……」
「ああ、あることないこと考えたってしょうがないだろ? 今は……時が来るまで待つしかない」
「そう……ですね」
「ということでちょっくら厠に行ってくるよ」
「はい」
元気のないリィナを横目に俺は部屋の外へと出た。
それから俺は1階へと降りて外へと出た途端に皮鎧に直剣を腰に帯びたいかにも異世界冒険者ですといった風の人に声をかけられる。
「よぉ、兄ちゃん」
「……ん? 俺か?」
「ああ。ちょっとこっち来てくれないか?」
俺は一瞬だけ後ろを見ようとした。
けれど留まり前へと向いて答える。
「ああ、いいけど」
震える手を刀の柄を握って誤魔化す。
それからは路地裏へと連れてかれ男はそのまま話し始めるのだった。
「お前、あのアメリアの護衛をしてる冒険者だろう?」
アメリア……か。
「ああ、そうだ」
「悪いことは言わねえ。俺達と一緒にこないか?」
「一緒に?」
「そうだ。俺達は今人を集めているんだ」
それでリィナの護衛にも声をかけるというのはどういう神経をしているのだろうか。
けれど……おかげでどういう目的なのかが聞きやすくなった。
「人を集めて何をしているんだ?」
「聞いて驚くな? 革命だよ」
「……革命?!」
「へへ。そりゃ驚くよな。まあ、どこから話すか……まずな。今ナヴァルタスの亡霊がアメリア邸を占拠しているんだ」
「アメリア邸を?!」
まってナヴァルタスの亡霊って何?
なんかすごそうな二つ名だけど占拠って……やっぱりリィナの家で何かが起きていたか。
「ああ、それでな?」
「待て、ナヴァルタスの亡霊ってのはなんだ?」
すると男は目を丸くした。
「お前……あの英雄を知らないのか?」
「ああ、ついこの前アーグレンに来たばかりだからな」
「なるほど、余所者か。まあいい。ナヴァルタスの亡霊はな? アーグレンの西にあるナヴァルタス領の最前線で追撃に合う味方の撤退を補佐し幾千ものメールヴァレイの魔族どもを一人で足止めしたという経歴を持つ騎士だ」
「つまるところ戦場で大きな功績をあげた人か……」
「そうだ。それ以前にも何度も死んだと味方に思われていながら必ず敵を滅ぼして帰ってくるという様が亡霊をほうふつとさせるってんで、そう呼ばれてるお方だ」
「へぇ、そりゃすごいな」
「それでだ。ナヴァルタスの亡霊はアーグレンの貴族どもに反旗を翻すべく同志を募っていらっしゃる」
「そうなのか……それで、なぜ貴族どもに反旗を翻す必要があるんだ?」
正直、街の状態は良い。
なんとなく眺めた感じでも生活がそこまで困窮しているような印象は受けない。
皆が皆、今の政権というのか政治って言って良いのかはわからないけど大きな不満を持っているようには見えないけれども……
俺のその疑問を埋めるように男は続ける。
「お前も知っているだろう? って余所者は知らないか」
「ああ、あまりこの国の事情については詳しくない」
「そうだな。だけど、お前もこれを聞けばお前も俺達に手を貸したくなるだろう」
そう言いながらなおも男は得意げに情報をくれるのだった。




