第121話 あーん
地図の写しも取り終え、いざ町へと買い出しに出るべくギルドを後にしようとした時だった。
「ようよう、勇者の兄ちゃんまちなぁ」
「ん?」
野太い男の声が聞こえ、歩く俺達を呼び止めたのは二人の冒険者だった。
立ちテーブルに体を預ける様はさながら歴戦の冒険者とでもいわんばかりの風貌。
そして一人の小柄な冒険者がこちらへとオラオラとでも言わんばかりに歩いてくるのだった。
短剣やナイフの類を胸や腰に差している。
皮鎧に背には弓具。
見るからに弓を生業としている冒険者だ。
「よぉよぉ! あんたが噂の葉っぱの勇者か?」
「は、葉っぱの勇者?!」
違うと言いたいところだけれども!!
まて、ずっと勇者様、勇者様って言われてたから気づかなかったけれども、そんな不名誉な二つ名になっているなんて知らなかったぞ。
しかも俺が葉っぱ一枚で戦ってたのって王城のはずだ。
なんでそんな情報が出回っているんだ?
「ん? 違うのか? いやでも特徴は合致してるし……まあいい。兄貴がお呼びだぜ?」
そういかにも三下みたいな台詞をはいた後、早々にそして直々に、その兄貴がわざわざこちらにいらっしゃったのだった。
俺がそっちに行くながれじゃないのね。
けれどその兄貴と呼ばれた男、対面するとちょっと息を飲むような緊張感がある。
こんなギルドの中で何か起こすようなことはないだろうが一応……俺の後ろにいるリィナをニャー達の方に下がらせる。
しかし、まるで歴戦の冒険者とでも言うような風貌をした大男だ。
かつて戦ったダンテの持っていた大剣より大きなものを背に背負っている。
そこから読み取れるのは人より優れた腕力だろうか。
加えて身に着けているのは重そうな鎧。
騎士のそれとも違っていていかにも冒険者のタンクであるような感じだ。
けれど……すこし違和感を感じたのは背にある大剣の他に、この男は変わった形の盾を左手に着けて直剣を腰に差しているのだ。
状況によって使い分けたりするのかな。
「おう、呼び止めて悪かったな?」
「いえ、大丈夫です。ですが俺に何かご用ですか?」
冒険者と対面して接するのは初めてだ。
こんな礼儀を持って接するような感じでいいのか?
それとも俺も二人みたいにオラオラした方が舐められずに済むのだろうか。
「用ってほどのもんじゃねえけどな。まずは挨拶からだな!」
そう言うと男は意気揚々に腕を組む。
「俺の名はシュダル! 大地の強戦士と称えられた金級の冒険者だ! いずれは勇者を超えて英雄の頂に上り詰める者なり!」
……は?
「そして俺は兄貴のサポートをしている噂の雑用! オルト! いずれ王様に召し抱えられ金持ちになる男だ!」
まあ、その……
唖然としてしまった。
ちょっとまってこれが冒険者流の挨拶なのか?
しかし、回りから聞こえてくるのは「あいつらまたやってるぞ?」だったり「勇者様方に何をしているんだ?」と俺達の行く末を暖かく見守ってくれている。
とりあえず……さっきまでなんかできる風の渋い感じなおっちゃんだったのに、いきなり色が強くなったのでどうしていいかわからなくなった。
いきなり、こんなデバフをかましてくるとは思いもよらなかったけれど挨拶は返さないとな。
「あ、はい。俺はカタナシ ソラっていいます。よろしくおねがいします」
「ほう? 葉っぱの勇者様はソラって名前なのか! 東方の地の出身か?」
「ああ、いやそういう訳じゃないんですけれど……それで用件ってなんです?」
こんな感じで二度聞き返すことになるとは思わなかった。
「おう。要件だな! それで俺はな? 人探しをしていてな。今はオルトと各地を旅してまわっているんだ」
「はぁ……そうなんですね」
「それでな? あんた勇者って程のもんだからきっとすんげえにちがいねえって思ってな?」
「はい。それで?」
「俺の探してる人を知ってるのかもしれないって思ったんだ!」
「あ、ええっと知ってるかはちょっと……自身が無いですが、なんという方なんですか?」
「名前はディアス! ディアス・ウルボロスだ!」
「ディアスさんですか……残念ながら知りませんね」
「そうかぁ。勇者でも知らないのか……呼び止めて悪かったな」
あれ、このまま何かこう絡まれたりするのかなって思ったけど案外あっさりとしている。
「いえ……力になれず、すみません」
「悪いけど、どこかで会ったら伝えてくれ! 《《親友はお前を忘れてない》》ってな!」
「忘れてない?」
「ああ……まあ、それはこっちの話だ。ただそう伝えてくれればいい。きっとあいつならわかるはずだ」
「お、おう。わかった。とりあえず会うことができたら伝えておくよ」
それから俺は手を軽くふってさよならぁっとその場を後にした。
「じゃあな! また会えるといいな!」
もう会うことはないような気がする。
「体に気を付けろよう!」
横にいた男の気遣いの台詞に俺はちょこんっとお辞儀してその場を離れ二人のその別れのあいさつにとりあえず最大限の微笑みを返しながら俺達はギルドを出るのだった。
「なんだったんだろ。あの人達ディアス・ウルボロスって人を探してるみたいだったけど」
するとリィナ。
「なんでしょうね……何か悪戯をするような感じではありませんでしたけど探している人が、その名前では悪戯に話しかけてきたようにも思ってしまいます」
「え? リィナはこの名前知ってるの?」
「あ! そうですね。ソラさんは知りませんよね」
すると横にいるニャー。
「ニャーも知らないにゃ?」
それに続くザンカ。
「俺はどうでもいいや」
リィナはそれに少しだけ苦笑いを浮かべながら続けてくれるのだった。
「ディアス・ウルボロスって神話に出てくる神々の戦争があった時代に大地の神の腹心として名を轟かせた豪傑なんです」
「豪傑……結構、有名な話?」
「はい。おとぎ話では大地の神は地上に住む人やエルフ、セイレーンを煩わしく思い追い出すため甚大な被害を与えた悪い人って話が残ってます。そこを先陣を切って登場したのがディアスという巨悪なんです」
「そのディアスって豪傑は悪役なのね」
「そうなんです。ですがシュトラスという戦士がそれを退けて大地の奥深くに封印したって内容です」
「へぇ」
「にゃー」
「ふーん」
なんかまた一つ教養が増えた気がする。
まあそれを聞いたところでどうするってことはないとは思うけれども。
そんなリィナのありがたいお話を聞きながらレラデランの商業区へと向かう俺達。
目的の物はざっとまとめると防寒具の調達だ。
北は寒くなるので上に羽織るための防寒着とカイロは絶対に必須とのこと。
カイロというとほぐして段々暖かくなるようなものを想像してたけれど、そのような物ではなく熱した水を入れて温かさを保つものなのだそうだ。
なんだかすぐ冷めてしまいそうだと思ったけれど丸1日は暖かさが続くのだとか……
どういう原理なんだろう。
リィナは元々修道着の上に着るちょっとモコモコした白い防寒着があるため必要はないらしく防寒着については主に俺とニャーとザンカの物を買う予定だ。
ザンカは別にいいよと言うけれども……
凍え死なれても困るので無理矢理、合わせて防寒着を買うことにした。
ニャーはその体形もあり幼児用の防寒着を買うことになった。
幼児用って……
もこもこした姿がとても可愛らしくって終始リィナがニヤニヤしていた。
それから、その合間合間でお昼を摂るように出店で買い食いをする。
いろいろな物が出店されており生誕祭の後日と言うのもあってとても賑わっている。
いやほんと……こういう所で味わう肉の串焼きはどうしてこうも美味しいのだろうか。
それは異世界でも日本でも変わらないところに驚いた。
それから……なんとカップルあるあるイベントの一つが到来することになるとは夢にもおもわなかった。
その発端を作ったのはリィナ。
「ねえねえ! ソラさんソラさん! このお菓子すごい美味しいんですよ?」となんとまあ可愛らしい笑顔で持ってきてくれたお菓子がその始まりとなった。
リイナの手にあるのは揚げた細いパンに砂糖がまぶされたもの。
つまり揚げパン? いやチュロスのようなものだ。
「揚げパン?」
その言葉の意味をあまり理解できなかったのか片言でリィナ。
「あげぱん? サチュムクロカってお菓子です!」
そうだ。
パンの事クロカって言うんだった。
「サチュム……んん?」
「ちょっと発音難しいですよね? これさっき作りたてみたいだったのでどうぞ!」
そう言ってリィナはすっと俺の口元にサチュムクロカを差し出してきた。
「え? えと……これは?」
不敵な笑みを浮かべるリィナ。
「ふふん? さっきの仕返しです。あーってしてください!」
え、仕返し? さっきの? いやちょっとまってだめだ。見つめられてるのだめだ。それは反則だろ。ここへきてこんなイベントがあるの? いや幸せすぎか? なんか俺良いことした? リィナに告った次くらいには幸せを感じてるぞ?
だめだ。
俺のキャパが耐えられない。
だからと言って、こんな可愛らしい瞳を向けられて、この一口……あーんを退けられようものか。
いや……できるはずがない。
従うしかない。
それはまるで首輪でつながれた犬が主人の行くべき方向へと不本意でも行かないといけないように。
至高な思考をした刹那。
俺は決心した。
「じゃ、じゃあ……ありがたく。いただきます」
まさか……恋人同士しかできないあの……《《あーん》》がここで味わえるだなんておもいもよらなかった。
パクっと一口。
感動した。
サクッとした食感、ふわっと広がる香ばしいパンの匂い。
衣にまぶされた砂糖のシャリシャリ感も食感に一癖入れてとても良い口当たり。
加えて中から出てきたのはカスタードのような甘い蜜。
卵をベースにしている。
でもそれだけじゃない。
どうやってこの味を出しているのかが気になる。
そして、そのとてつもない美味しさ以上に食べてるところをリィナに見られ、あーんというご褒美まで……
「どう……ですか?」
「生きて……てよかった」
「え? 生きててよかった?!」
「うん……一生分の幸せが乗っかってた」
「もう、そんな大げさですよ?」
なんだかそっぽを向いて頬をぷくっとするリィナ。
どうやら思ってた反応とは違っていたらしい。
ならば……
ここからは俺のターンだ。
「じゃあ、リィナにも!」
「え、ええ?! いや私は自分の分は自分で」
「逃がさないよ?」
「あ、ああ!」
俺はリィナの持っているサチュムクロカをさっと取ってリィナの口元へと突き立てた。
「さあ!」
「はぁあぁあぁ! え、ええっと、その……私はそのええっと!」
「俺のは嫌だ?」
「ぬぅ……んんんん! 敗けました!!」
パクっと俺の手にあるものを食べるリィナ。
小動物かなにかかな?
そして俺と目が合ってみるみる顔を赤くする。
「おいしい?」とそこに追い打ちをかける。
「……はい。とても……とてもおいしいです」
「うんうん。そうかそうか」
よし、この勝負痛み分けだ。
すると、ザンカが不思議そうに言う。
「そうするともっと美味しいのか?」
その一言に周囲の目を忘れていたことに気づき一瞬で俺の羞恥心が爆発した。
それはどうやらリィナも同じだったらしくもじもじとしてしまっている。
その疑問を解消するべくリィナに詰め寄るザンカ。
「なぁ、どうなんだ?」
「あぁ……いや……その……」
どんどん追い詰められるリィナ。
そして、なんとそこに助け船を出したのはニャーだった。
「ザンニャ……味というものはだにゃ? 誰かに聞いてわかるものじゃないのにゃ」
しばらく何かを考えているザンカはようやく何かを理解したようでニャーに言う。
「まあ……そうだな?」
「なら、やってみるしかないのにゃ。あーんにゃ!」
すっと差し出されたニャーの右手に握られているサチュムクロカ。
突き出された甘い誘惑にザンカは食いつく。
「あーん」
こいつら……なんだか、微笑ましいな。
「おいしいかにゃ?」
もぐもぐと味わうザンカ。
まさか半裸と猫のあーんを見れるとは思わなかった。
「んー? ん……んー?」
じっくり吟味している。
するとザンカはニャーの持っていたものを取って「ニャーもほら。あーん」と俺と同じことをするのだった。
「にゃーん」
言い方よ……それでパクっと食べるニャー。
「んー……にゃ? んー……」
こちらも考え込んでしまっている。
そして二人して何か答えが出たらしく同時にこっちを見た。
「ふつうにおいしいだけだったぞ?」
「そうだにゃ。ふつうに美味しいだけだにゃ」
なに、この公開処刑。
恥ずかしそうに縮こまるリィナに変わり俺が答える。
「こ、こういうのは気持ちが大事なんだよ」
「気持ち?」
「そ、そう! 気持ちだ!」
「にゃー……おいしくなーれという気持ちかにゃ?」
いや間違ってはいないよ?
でもあってもいないような気もするけど……
「まあ……そんなところだ」
「ザンニャもう一回ためしてみるにゃ!」
「おう! うまいもんになるならやってみるぞ!」
そんなほっこりとするやりとりをしながら買い出しをして一日が終わる。
その日の夜はなんとリィナの送別会をすると言うことで教会内はとても賑わった。
リィナも感極まって泣き出してしまい不意に俺の胸に飛び込んできて大惨事になったのは、まあ良い思い出だろう。
盛大に送り出してもらった日の次の朝。
皆に送り出され俺達は桃源郷の果実を探すべく新たな一歩を踏み出すのだった。
目指すはルロダン。
最初に王都を出た日からどれくらい経っただろう。
あの大門を潜り抜けリィナじゃなく今度はニャーが操る馬車に揺られて俺達の旅が始まった。




