第122話 どう言おうか
ルクサリア教会にいたみんなとの感動的なお別れ会も二日前。
以前に通りかかったことのある景色を横目に流れて行く街道はのどか。
そういえばあまり気にしていなかったけど馬車が通りやすいようになだらかに道が整備されている。
これって自然にできるものなのかな。
そんな綺麗な道に生い茂る草木が風で揺れる中をゆっくりと馬車は進んでいた。
しかし穏やかに進む日常は奇妙な感覚と変な視線を感じるところから崩れていく。
こう、誰かに見られているような……変な違和感。
まるで自分があのロボットアニメに出てくる新しいタイプにでもなったかのような……
変な違和感とふんわりとした物言いだけれどなぜかこういうのを感じるようになってしまった。
自分でもとても不思議に感じる。
俺は周囲を見た。
けれどその視線の主の姿はない。
でもわかる。
だいたい4匹……くらいだろうか。
俺はリィナを見た。
するとリィナもそれを察してくれたようで聖天の杖を構える。
リィナの前へと数歩。
長短二つの刀の長い方に右手をかけて構える。
馬車が止まる。
ニャーもこの視線に感づいているのがわかる。
そして帆の上で仁王立ちするザンカのぽきぽきと手を鳴らす音が響いた途端、状況は動いた。
「一体来ます!」
リィナが声をあげる。
まっすぐと飛び出した一匹。
現れたのはこの街道でよく見る魔物。
ガジャネズミ。
細長い鼻。
小さい口には鋭い牙がある。
手や足の先には鋭く太いかぎ爪。
茶色とこげ茶色のまだら模様がどこかうり坊を彷彿とさせる。
「まかせろ!」
帆馬車の上から飛び降りるザンカ。
真上に足を構え、その勢いのままにかかと落とし。
『まかせろ』と言ってからここまで至るにとても速い。
速いけれど、しかし魔物も馬鹿じゃない。
魔物の命をもぎとらんとするザンカの攻撃に対し足を止め横へと飛ぶガジャネズミ。
ザンカの攻撃は残念ながら外れてしまう。
しかし外れたけれど、それだけで終わるようなザンカじゃない。
外したかかと落としは綺麗に地面を割ることなく空を切りその勢いを殺さず横へと避けた魔物に回し蹴りを決め込んだ。
鈍い悲鳴が響き、吹っ飛ばされたガジャネズミはもう動くことはなかった。
「ザンカさん左!」
リィナの声。
一匹を倒した瞬間。
ザンカにきっと隙ができているだろうこの瞬間をもう一匹のガジャネズミがザンカを狙おうとしていた。
「おう!!」
ガジャネズミの長い前足のかぎ爪がザンカへと伸びる。
しかし、ザンカにそんな攻撃は通用しない。
ザンカは鋭いかぎ爪が迫っていることなどどうでもいいかのようにガジャネズミの頭を鷲掴みにしたのだ。
きっとザンカのその流れるような動きに技名などはないのだろう。
ごく当たり前に、ごく自然に、淡々と感情もなくガジャネズミを地面へと叩きつけた。
その一撃でガジャネズミはもうピクリとも動かない。
相も変わらず戦い方がとんでもないな。
これで終わったかと思いきや次は二匹同時に俺のところへと飛んできた。
あっちがダメならこっちということだろうか。
しかし、その視線の先にいるのは俺じゃない。
どうやらこいつらはなかなか狡猾なようだ。
狙いはリィナだ。
誰が狙いやすいのか。
誰を狙えばいいのか。
なにかをこの二匹は分析して判断でもしているのだろうか。
でもそうだとしたら理解できない。
だって────
俺は踏み込む。
「あまり傷つけないでにゃ!」
「わかってるよ」
一刀。
一匹のガジャネズミがリィナへと向かう軌道の前に出る。
邪魔だと言わんばかりにガジャネズミは俺を避けようとするけれど、でも……遅い。
鞘を押し出し刀を抜き放つ。
峰で首元、そして頭を叩いて終わった。
まあなんと嫌な感触だこと……
そして、もう一匹がリィナのところへと行ってしまう。
俺はそれを横目にその場で鞘にゆっくりと刀を収めた。
リィナを守ると約束した。
守りたいと俺も決意した。
しかし、それは守ると一概に言っても俺は、そもそものリィナの強さを信用していないということではない。
俺はリィナを見る。
表情に焦りもなければ不安もない。
聖天の杖を巧みに操り「せい!」っと一突きしガジャネズミをひるませた。
くるりと回転させた杖は振り下ろされる。
かぎ爪が届くよりも速くリィナはガジャネズミを制圧したのだった。
まあ、こんな感じに普通の魔物相手くらいならこうやって聖天の杖を駆使して戦えるのだそうだ。
「すごい杖の使い方だね」
「ふふん! 鍛えましたからね!」
得意げなリィナ。
以前、リィナが身体能力は基本的に自分の魔力を体中に巡らせることで強化できるってことを教えてくれた。
こういう近接戦闘は神官は不得意な人が多い。
だから、この弱点を補えればより生き残れる確率は格段に上がるから魔力が尽きるまでレイーネ聖母と修行させられてたのだとか。
魔力を伸ばすことで祈りの質も増すから神官として上を目指すなら避けて通れない修行らしい。
今の俺は魔力を扱えていない。
つまり、魔力が際限なく使えれば俺ももっと……
「でも、ソラさんはすごい余裕そうですよね?」
「まぁ、そうだね」
「すごいですね。やっぱり私はまだ、少し勇気がいります」
「普通は俺やザンカが前に立たないといけないからさ。こういうことはないようにはしたいんだけどね。手ごたえはどうだった?」
「はい、ばっちりだと思います! ありがとうございますね!」
まあ、こうやって簡単に倒せそうな魔物がいたらあわよくば対峙してみたいというリィナの要望に答えたのだけれども……
やっぱり心臓に良いものじゃない。
心臓に良いものじゃないけど、こうして前へ進もうと努力するリィナを見るのは、なんとも心強いのは確かだ。
「ああ。これなら安心してリィナに背中を預けられるよ」
「ふっふっふ。任せてくださいね?」
それからザンカは周囲を一瞥した後に、つまらなさそうにしてから帆馬車の帆の上へと飛び乗って行ってしまった。
ニャーがザンカの仕留めた得物をかき集める。
そして馬車へと運んでから俺達のところへと来た。
「今度は無事だったにゃ!」
さっき遭遇した時に俺が次々と真っ二つにしちゃったせいでニャーは少し神経をとがらせている。
「ごめんって」
「んにゃ。ニャーも言ってなかったからいいにゃ」
「まさかさ。こいつらの皮をなめして売り物にするとは思わなかったよ」
「ガジャネズミの革は丈夫なのにゃ。かばんなんかの品に重宝するものなのにゃ」
「へぇ……ここまで来るのに結構倒したけど、そんなに高い代物じゃないんじゃない?」
「確かに安いにゃ。でもちゃんとした素材として届けられる冒険者は少ないらしいのにゃ」
「あぁ。確かにちゃんと処理しないとすぐ痛んじゃいそうだもんね」
「そうにゃ。安くて丈夫な物はきっと他の人の役に立つと思うのにゃ。利益は少ないけどやる価値はあるにゃ」
「へぇ、王都でそんな情報を?」
「そうにゃ。いろんなお店の店主さん達とお話してたにゃ」
「さすがはニャー……しっかりしてるね」
ニャーは*ミダスの商人だ。
だからこういう素材の価値に関することには、なかなかにうるさい。
なんとまあ頼もしい限りだろうか。
しかし、この魔物の襲撃はこれで何度目だろう。
リィナと最初に通った時はこんなに魔物と会わなかったから少し驚いている。
グリフォンがいたのって本当に不自然なことだったんだな。
それからは着々とルロダンに向けて歩みを進めて行った。
良い天気に綺麗な景色を眺めながら一歩一歩と進んでいく。
魔物に襲撃されといてこう言うのはおかしいことなんだけれど、こんな穏やかな日常が続いてくれたらなぁ。
なんて思うのは感覚がおかしいのだろうか。
そんなことを考えていたところで、俺はあることに気づいてしまった。
これから向かうのはアーグレン国、東方の領、アメリア領の領主の住まう街ルロダン。
以前、メールヴァレイの激戦区で生き延びた兵士達が反乱を起こし首謀者であるナヴァルタスの亡霊ことダンテを倒した場所。
その結果、葉っぱの英雄様という不名誉な二つ名をいただいたのもなかなか昔の出来事のように感じる。
そんなリィナの故郷に立ち寄るとはつまり……リィナの両親にもお会いするということだ。
いや、前に会ってるし屋敷に泊めてもらっていたから今更こんな戸惑うこともないっちゃないんだけれども……
でも、その時とは違う決定的な差がひとつある。
俺がリィナの方を見るとそれに気づいたリィナが微笑んでくれる。
まあ、なんと可愛らしいことでしょう。
なんかずっと見ていたいけど問題なのはこの関係性だ。
俺は生誕祭の夜にリィナに想いを告げた。
そしてリィナも同じ気持ちであると告げられた。
これで晴れて俺達はお付き合いをしているという関係なんだけれど……
アーグレンではこういう関係ってどういう感じに解釈されるんだろ。
リィナは貴族だ。
貴族の娘にアプローチして了承を得るって……それって暗に婚約をしたとか、そう言う風に解釈してもおかしくはないかもしれない。
やばい。
異世界難しい。
これから俺はリィナの両親に『お義父様娘さんを俺にください!』なんてことを言うのだろうか。
いやこれは日本式か……
そんな絆を深めたリィナに俺は、さっきとあんまり変わらないような視線を送っちゃったんだけどリィナは微笑んでくれた。
アイコンタクトだけでもこんなに伝わってしまうものなのかな。
するとリィナが俺のところへとトコトコと寄ってくる。
「どうしました?」
さて……どう言おうか。




