第117話 寄り添いたい
朝食も摂り終わり出発へ向けて旅支度を整えるべく食堂を出る。
その前に「みなさん……済ませておきたいことがあるのですが」とリィナが言う。
「済ませておきたいこと?」
「はい……みなさんも一緒に来てくださいませんか?」
「行く分にはいいけど、どこに行くんだ?」
「レイーネ様にご挨拶をしようかと」
「ああ、そうだね。明日旅立つんだから挨拶くらいしとかないとな」
しばらく世話になったし……リィナにとっては随分長く過ごした恩師だ。
いろいろと思う所は多いだろう。
「ニャーさんとザンカさんもいいですか?」
ニャーは快く「いいにゃ」とお鬚をちょんちょんしながら答える。
ザンカは相変わらずのほほんとしながら「おう、いいぜ」と返事をした。
それから長い廊下、僧侶達に挨拶を交わしながら歩く。
静かな聖堂を通り抜けて奥へと進むと古く重い扉が見える。
そして、その扉をノックするリィナ。
「どうぞ」
「失礼します!」
中へと入り「レイーネ様、おはようございます」とその挨拶に続き俺達も「おはようございます」「おはようにゃ」「おはよう!」と朝の挨拶をする。
整理整頓された机の上に並べられた本。
お茶を淹れるための変わった形のサイフォンが火にかけられゆっくりと茶葉が煮だされている。
良い匂いとそのぐつぐつという音が静かな室内を賑わせる。
書類仕事をしていたレイーネは手を止めて俺達を一瞥し頭を下げてからリィナを見る。
「あら、みなさん。おはようございます。どうかされましたか?」
「はい。レイーネ様、実は……明日、ここを立とう思い……挨拶にきました」
するとレイーネはどこか……なんといえばいいのかわからない。
哀愁漂うといえばいいのかよくわからない面持ちの後に優し気な表情を作ると「そうですか」とだけ返した。
「今まで……本当に、本当に大変お世話になりました!!」
「おや……まるで最期の挨拶でもしているようですね?」
「……もしかしたら、いえ……そうはならないと思います。ですが────」
リィナがそう言いかけたところでレイーネは話す。
「リィナ。大丈夫ですよ」
レイーネは優しくニコっと笑った。
「思えば……最初にあなたがここへと来た時とは大違いだこと……あのやんちゃな娘が、しっかりと淑女となって、その覚悟のまま今に至るのですから」
やんちゃ?
リィナがやんちゃ?
「それは……昔の話ですよ。礼儀はそうですね……欠いていたかと思いますけれど」
横にいるリィナを見るとちょっと恥ずかし気に目が泳いでいた。
まあ、マリィ王女との話を聞いている限り小さいころに二人で議会中に悪戯をするというとんでも事件を起こしたと聞いてたから、なんとなくそうなのではないかとは思ってはいたけれども。
今のリィナを見る限りそうは見えない。
「ふふ、そうですね。あなたが『妹の病を治したい。どうか私にルクサーラ様の光を教えてほしい』といきなり来た日はびっくりしたのを今も覚えていますよ」
「あはは……すみません。お恥ずかしいかぎりです。家族の反対を押し切って無断でここまで冒険者伝いにきましたからね」
「そんなとんでもないアメリア家の令嬢が……今は聖女にまで成長しましたね。やはりリーア様やラウナさんの血を引いてるだけあります」
「血も……そうなのかもしれません。ですが、これはレイーネ様のおかげだと思っています。本当になんてお礼の言葉をいったらいいのか……今の私では『ありがとうございます』と、これ以上の言葉をレイーネ様に申し上げることができないのが……」
俯くリィナ。
「リィナ。顔お上げなさいな。いいのです。それでいいのですよ。師とはそういうもの弟子とはそういうものです。あなたもいづれわかる時がくるかもしれませんね。ですがこれだけは覚えておきなさい」
「はい」
「あなたの今の力は私のおかげでもなんでもありません。あなたがひたむきに……ここまで努力し続けたおかげなのです。あなたなら十分に妹を助け出せるための光を宿せることでしょう」
「ありがとう……ございます」
「それに……昨日とは違い良い顔をするようになりましたね?」
「そう……ですか?」
「ええ。あなたが何で悩んで苦しんでいたのかはわかりません。ですが大体の察しはつきます。本当に、この手の話は難しいものですからね?」
そう言うと俺の方をなぜか見るレイーネ。
ああ、年の功ってやつなのかな。
なんか薄っすらとどういう状況だったのか見透かされてそう。
いやほんと申し訳ない。
キョトンとしているリィナを差し置いてレイーネはつづける。
「さて……ですが、あなたの旅がどうなるかはわかりません。本当に桃源郷の果実というお伽の物があるのかもわかりません。ですが石化の病を治す手立てを探るのにはいい旅となるはずです。結末がどうであれ後悔するのなら全力で向かってからになさい」
「はい!」
「私から教えられることはある程度は、あなたに叩き込みました。ここ数日は、あなたの祈りが異常なほどに力を込められるようになっていましたので、少しきつめにしましたけれど……まだまだ鍛えがいのある状況なのも事実です」
「少し?! あ、あれで少しなんですか?!」
「おや……まだまだできましたか?」
笑うレイーネの言葉に対し顔を横にぶんぶん振ってリィナ。
「いえいえいえいえいえ! 私にはちょうどよかったかと!」
「根性があるのかないのか本当にわからない子ですね。それではソラさん、ニャーさん、ザンカさん……不出来な弟子ですが、よろしくおねがいします」
深々と頭を下げるレイーネ。
その姿に俺は姿勢を正した。
「はい」
「まかせるにゃ」
「お、おう?」
「さて、私から言えるのはこれくらいでしょう。無事帰ってくるのですよ?」
「はい! 長い間大変……お世話になりました! ありがとうございました!!」
「ふふ、あなたの行く道が光のお導きに照らされることを祈ってます」
「はい!! では失礼します」とレイーネへの挨拶も終わり部屋の外へと出ようとした時だった。
「ああ、それとせっかく旅へ出るのです。すみませんが私から一つみなさんにお願いをしてもよろしいですか?」
扉に手をかけたリィナがレイーネへと向き直り首を傾げる。
「お願い……ですか?」
「ええ。とは言っても言伝をお願いしたいだけなのですがね」
「言伝?」
「はい。私の夫、アブダル・ルルナルトに会いましたら私が『それはそれは大変な《《笑顔》》でお帰りを待っていますよ』とだけ伝えてください」
するとリィナが思い出したかのように言う。
「あ! あのつるつるのすごい方ですね?」
つるつるのすごい方……
「はい。あのつるつるのクソ坊主です。各地に光を灯すべく巡礼の旅に出たっきり連絡もなく、もう6年となりますね」
「もうそんなに経つのですね……」
「ええ。私の指輪は、まだ彼が生きてると答えてくれますが、さすがに帰ってこなさすぎるのでね。互いに寿命というものがあるのですからわきまえて帰ってきてほしいものです」
「寿命……」
「そんなに悲しそうな顔をしないでください。これも人としての道です」
「はい……わかりました! レイーネ様の伝言、アブダル様にお会いしましたら必ず伝えます!」
「頼みましたよ?」
「はい!」
それからレイーネの執務室を出て俺はリィナに聞く。
「レイーネ聖母に旦那さんいたんだね」
「はい。6年前に一回だけ私もお会いしただけなのであんまり記憶にのこっていないのですけどね」
「頼まれたは良いものの会ってわからなかったらなぁ。言えないよなぁ……リィナの覚えているかぎりだとどんな特徴がある?」
「んー。とりあえず頭がぴかっと光ってます! とだけ……」
「それってさっきつるつるって言ってた……」
「はい。あの方に『つるつるぅ』って言ったら『髪がなくなり神は私を見放した』なんてことを言いながら頭を磨いて『だが光は私に微笑んだ!!』と言っていたのがとても印象に残ってますね」
「とんでもないキャラの濃さをしているな……」
するとリィナはクスクス笑う。
「ほんとそうですよね。お会いできればわかりそうですが……他の特徴はと言うと結構、体が大きかったことくらいですね」
「大きかったってどのくらい?」
「ソラさんが見上げる程には大きかったと思います」
「そんな大きいのか……」
「後々知ったのですがルクサーラ教の中でもかなりの過激派の方なのですよ」
「え、ルクサーラ教にも過激派なんてのがあるの?!」
「はい。ルクサーラ神様は愛と護りの女神様ってソラさんも認知しているかと思いますが……その護りの考えを全てに当てはめているんです」
「ほほぅ……つまり?」
「全てを護る。光の届きうる限りの全てを護るので危害を加えようとする人がいれば絶対に成敗します……なんて」
「なんだか……すごい良い人っぽいのに武闘派なんだな」
「そうなんですよね……」
そしてニャーとザンカが前へと歩いていく中で急にリィナが俺の羽織の袖を引っ張り立ち止まった。
「ソラさん……」
「……どうした?」
「ぎゅって……して、いいですか?」
一瞬、何を言われているのかとわからなかった。
数秒止まってから俺は、なぜ急に?! と、疑問に思うも、とんでもなく嬉しい反面……心配になる気持ちがあった。
俺はそっと振り向く。
すると心細そうな……どこか寂しさがある表情をしたリィナ。
俺は何も考えず、それに応える。
そうだよな。
「……寂しいよな」
「はい……」
声が震えている。
ずっと我慢していたのだろう。
この執務室までの廊下は誰も通らない。
ニャーとザンカは別にいいとして立派になった弟子の姿をレイーネに見てもらおうと頑張ったのかな。
柔らかい感触が伝わるとリィナの肩が震えているのがわかった。
俺はリィナの背中をポンポンっと優しくさすり、そっと落ち着かせるように抱きしめた。
「急に……すみません」
謝る……か。
俺は何も話さなかったからリィナを困らせたけど話過ぎるのもどうかとは思う。
だけど────
「がんばったな。何も言わないよりそうやって言ってくれた方が俺はいい……俺はリィナが寂しいならなるべく埋めるようにしたい。悲しいなら一緒に泣くくらいの事もしたい。俺は……リィナの気持ちに寄り添えて、とても嬉しいよ」
「はい。ありがとうございます」
「なに……お互い様ってやつだよ」
時が止まるほどの瞬間。
しかし時など止まることはない。
時間は進んでいるのだと鼓動は教えてくれている。
ただ、それは無粋にも鼓動が早いことも教えてくれた。
互いに、抱きしめる腕を解いて向き直ると笑顔でリィナ。
「さて、行きましょうか!」
「ああ、行こうか」
それからいつもの中庭で俺とリィナ、ニャー、ザンカで話し合いを始める。
旅の準備についてだ。
旅支度とは言うものの俺はあまりやることはない。
荷物はあらかたニャーの馬車に置いといているしニャーはちゃんと馬車の管理をしている。
それにザンカは手ぶらだ。
あるとしたらリィナの支度を手伝うくらいだろうか。
そんな状況を話すとリィナ。
「思いの外、みなさんすぐに旅にでれそうなんですね?」
「まあ、荷物は少ないしなぁ」
「ニャーもいつでも出れるにゃ!」
「俺はまあ付いて行くだけだからな」
「それでは早速ですが、ギルドに向かいましょうか」
というリィナの唐突な提案に俺達は首を傾げるのだった。
「ギルド?」




