第109話 目に見えない不安
「何も……感じない?」
「はい……」
「それってどういう────」
するとレイーネはさっと俺とリィナの間に割って入る「リィナ見せてごらんなさい」とリィナに手を差し出した。
「はい」
レイーネが両手でリィナの指輪をはめている手を包むように握って目を閉じた。
「ふむ……ちゃんと奇跡は行使されてますね。ソラ殿も手を」
「はい」
二人の真剣な表情から事の重大さは雰囲気だけでわかる。
それから俺の手も同様に何かを感じ取ったレイーネはゆっくりと話し始めるのだった。
「何が起きているのでしょうか……互いの指輪はちゃんと祈りが作用しています。ソラ殿は何か感じませんか?」
「感じる?」
「はい。何か暖かいでしたり薄っすらとでもいいのです」
とはいうものの。俺はその何か変わったというよくわからない感覚すら感じられていない。
物は試しとそっと目を閉じて意識を指輪に集中してみることにした。
すると不思議と何かを感じることができた。
「おお……とても暖かいです。太陽のような……そんな心地良さと気持ちの良い温盛を感じますう」
とりあえず不思議な指輪から感じられたことをそのままレイーネに伝えた。
ゆっくり目を開けるとますます考え込んでしまっているレイーネの姿があった。
「これは……」
「これは?」
「わかりませんね」
溜めた挙句にレイーネは首を傾げてしまった。
「レイーネ様。私は……私はどうしたら」
「リィナ?」
リィナがなぜか涙ぐんでしまう。
「少しお待ちなさい」
レイーネはそっとリィナを抱きしめた。
「これは少し不可解です。答えを急くにはまだ判断材料が少なすぎます」
「ですが……」
「気持ちはわかります。普通ならそう考えるでしょう……ですがソラ殿にはリィナの心が伝わっている。臨天の指輪はそう誤魔化しのきくものではありません。互いが互いを想いやらなければ指輪は答えることはありませんから」
それを聞いてようやく理解できた。
この指輪は互いの絆というよくわからないものを感覚で共有できるんだ。
何もないと言うのはそう言うことだったのか。
俺がリィナを守りたいという意志も仲間だということも。この……好きだと言う気持ちも。
全てないものとされているということなのだろう。
だから、リィナはこんなに……いったいどうしたらいいだろうか。
レイーネの口ぶりから察するにこれは前例がないことのようだ。
となれば原因を考えると……もうあれしかないだろう。
「もしかしたらだけど……俺が魔法を使えないこととこれも関係があるんじゃないか?」
するとレイーネは間もおかずに聞き返す。
「魔法が使えないのですか?!」
その驚く様に俺は思わずびくっと一歩下がってしまった。
「えと、はい。俺はそのせいで龍脈の秘跡の機能を十分に使いこなせてないんです。もしかしたら……この指輪も魔力があって初めて機能するとか……」
「ふむ……考えられなくはない話ではありますね。奇跡とは自身の魔力が祈りにより天に捧げられてから賜わるものなのです……ソラ様、少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
「いや、あの?」
レイーネは急に俺の胸に手を当ててきたのだった。
そりゃもういきなりなのだからドキドキである。
目をつぶるレイーネ。
すると何かを感じ取ったのか俺の事をまじまじと見つめてくるのだった。
「……無いというわけではないようですね。しかもこの大きさで……信じられませんね。リィナはこのことを知っていましたか?」
「はい。前に一度……その……」
するとリィナは言いずらそうにレイーネと俺を交互にチラっと見ながら話すのだった。
「アメリア領での騒動があった時に……イージス・ウル・ルミニスを行使した時に……」
するとレイーネは目を丸くしてリィナへと詰め寄る。
「あれを?!」
「は、はい」
レイーネは頭を抱えている。
「そんな大奇跡を……なんて無謀な」
あの虹のカーテンのような奇跡はどうやらとんでもないものだったらしい。
「すみません。とても切迫した状況でしたのでとっさに思い浮かんだ奇跡がそれしかなく……」
「切迫した状況ならなおの事です」
「はい。とても軽率だったと反省してます……」
あの時はどうやらレイーネ曰くそこそこまずい手であったようだけれどどういうことなのだろうか。
「それって結構まずいことなのですか?」
するとレイーネは急に「リィナ」と話をリィナへと振ったのだった。
「は、はい! 魔力は、その人の精神性を保つ。あるいは生命を保つといった役割があると言われているんです。それでその……魔力を祈りにより奇跡を賜ります。それでその魔力を大きく失うと言うことは……」
「精神性、あるいは生命を保てないと……」
おふ。
俺はどうやら相当やばい目に合っていたようだった。
そりゃリィナも慌てていたわけだ。
ふとリィナに視線を向けるとリィナは、そっと俺と目を合わせないように顔を横に向けてしまった。
「あれって……俺の命危なかったの?」
「いえ、基本は気を失ってしまうの魔力切れで命を失うことはありません。ですが……えと、ご、ごめんなさい! あの時は必死で……」
「いや、別に責めるつもりはないよ。おかげで死傷者も抑えられたわけだし。はぁ……とりあえず当面の俺の目的は決まりました。レイーネ聖母様ありがとうございました」
「いえいえ……納得されたようですがどうするおつもりなのですか?」
「この魔力が使えないって言うのはどうやら俺の体質みたいなものらしいんです」
神からの呪いとでも言えばいいだろうか。
「体質……ですか?」
「はい。なんとかできる方法はあるにはあるのですが……それがとてもリスクがありまして……」
タマさんを使うという手段だ。
暴走して周囲を傷つけてしまうような程のものだとは思いもよらなかったからな。
正直タマさんを使うのは怖い。
意志のあるお面を使うって表現はなんだかあまり好きではないけれど、この刀がリィナに向いてしまわないかと考えるだけで怖い。
あの魔王ゲーテは長くても5分だけにしとけなんて言っていた。
でも今はその5分どころか1分も使えない状況だ。
ここはひとつ何とかこの力をものにする必要がありそうだ。
さて……どうしたものか。
でもまずは……
「リィナ」
「はい」
「こういう文化に疎かったから気づくのが遅れちゃってごめん。リィナは何もないって事にすっごい不安だったと思う」
「いえ……」
「だけど俺があの時、リィナの騎士となるって誓った気持ちと心は嘘じゃないよ。ちゃんの俺のここにある。だから安心してほしい。伝わらないのなら頑張ってリィナに伝えてみるからさ」
「ソラさん……」
「まあ魔力使えないって今後にすごい支障をきたすだろうからなんとかしないといけないしなぁ」
「そうですね。結局、龍脈の秘跡では何もできずに帰ってきちゃいましたからね」
「ほんとにね」
「ソラさん……ありがとうございます」
「ん、どうしたんだ?」
「私を気遣ってくれて……」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ」
そんなリィナと向き合っている最中、「ゴホン」っと咳払いをするレイーネ。
「さて……これで儀式は終わりです。私は祈りの時間がありますので戻ります」
「はい。レイーネ様……ありがとうございます」
するとレイーネは立ち去り際にどこか安心したような表情で振り返った。
「ふふ……絆とは結ぶのも難しければ結び合い続けるのはなお難しい。これをお二人は肝に銘じて今後を歩んでください」
そんな意味深なことを言い残してこの場を後にしたレイーネ。
ほんと年長者の言うことは重みがちがうな。
俺達は、しばらくの沈黙の後にその場を後にするのだった。




