第11話 紡がれる勇者の物語
肩の力が抜ける。
つい刀を落としてしまった。
ひと段落ついたからって気が抜けているにもほどがある。
もしかしたら周りに魔物だっているかもしれないというのに。
そこでさっと刀を拾おうとした瞬間だった。
「いっ?!」
両腕がとても痛い。
どう考えてもあの技の衝撃のせいだろう。
「ソラさん!!」
リィナがこちらへと駆け寄ってきた。
だいぶ息を切らしている。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、なんとか」
「って大丈夫じゃありません! 怪我をしているじゃないですか!」
「え?」
「待っててくださいね。今奇跡で」
リィナは左手で杖を掲げ右手を俺にかざした。
「遍く光の主神よ。奇跡を我が手にもたらし、かの者に治癒の恩恵を与え給え。サンテイル」
緑色の魔法陣のようなものが現れて光が俺を照らした途端に腕の痛みが引いた。
加えてひりついていた頬が治るのを感じる。
あいつの爪が頬をかすめていたんだ。
緑の光が消えてリィナはその場にへたり込んでしまった。
「よかった……よかったです。グリフォンが現れた時はもうどうしようかと思いました」
「グリフォンってそんなにやばい奴なのか?」
「やばいどころじゃないです!」
「そ、そうなのか?」
「はい。出くわしてしまえば命はほぼありません……」
「へ、へぇ。そんなやばいやつだったのか」
「それにこんな南の……しかも平原に姿を現すだなんてことはないはずです。もっと北のグランラスン山脈にいる魔物のはずなんです」
「へぇ……魔物が出てこなかったのもこいつのせいか」
「そうですね。まさかこんなことになるなんて思わなかったです」
俺は立ち上がろうとするリィナに手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
それから改めて動かなくなったグリフォンを二人で見つめた。
大きな獅子の胴体。
鷲の顔に鋭い前足の爪。
広げれば俺3人分くらいはありそうな羽。
ほんとよく勝てたな。
「すみません……」
なぜかリィナは申し訳なさそうにしている。
「どうしたの?」
「いえ、まさかグリフォンなんて魔物が出るとは思わず。私が急ぎたいがためにソラさんを危険に巻き込んでしまって……」
この世界やこの国がどういう価値観でどういう人生が一般的かなんて知らない。
けれど荒んだ考え方をするなら、こんな強い敵に不意に遭遇してしまえば俺をおとりにして逃げたってよかったわけだ。
けどリィナはそうしなかった。
間一髪のところで俺を守る不思議な光の壁でグリフォンの攻撃を退けてくれた。
もしかしたら自分だって死ぬかもしれないというのにだ。
余裕がない中で俺はその選択ができるだろうか。
「いや、不測の事態だったんだろ? しょうがないよ。生き残れたんだし結果オーライだ」
「はい。でも生き残ることができたのはソラさんのおかげですね。ありがとうございます」
「いやいや、リィナのあの壁? シールド? の魔法が決め手だったよ。助かった。ありがとう」
「役に立ててよかったです。ですが、あれはルクサーラ神様の恩寵たる奇跡です! 魔法じゃありませんからね?」
「いまいち魔法と、その奇跡っていうのの区別がつかないな」
「んー。そうですねぇ……ひとまずこれを片付けて馬車を走らせますか」
「そうだな」
それから俺とリィナはグリフォンを解体した。
解体とは言っても必要な素材を最低限確保するためやるのだとか。
なんでもこういった素材はギルドや鍛冶師、教会の間で重宝されるのだそうだ。
これを元に防具を作ったり武器の材料にしたり魔法の触媒や薬にも使うのだそうだ。
魔物の利用は結構幅が広いらしい。
あらかた解体素材を馬車に積んでいざルロダンへと再出発した。
「薬って言ってたけど風邪ひいたりとかさ。さっきのサンテイル? って奇跡でどうにかなったりはしないのか?」
「そうですね……サンテイルは損傷した所の再生をする奇跡なので風邪に効果はありませんね」
「へぇ。用途はしっかりしているんだ」
「ですが風邪を引いた時にリキュフィレーティオなんかがありますね。他にも魔法ですとキュアでしょうか」
「え、それで治せるなら薬はいらなくない?」
「ん? そういえば……ソラさんって魔法を使ってないですよね?」
「え?! ああ。その……」
「何か魔法を使えない理由ってあったりするのですか? 呪い……とか」
呪い?!
そんなものまであるのか。
なんて怖い世界なんだ。
しかし、いろいろ知らなさすぎるのはあれだがもう恥を忍んで聞くしかない。
「いや実は……魔法がそもそも使えないんだ」
「え?! ということはソラさんって修羅人ですか?」
「しゅ……しゅらなんて?」
よかった一応魔法の使えない人種はいるようだ。
いやまてよ。
魔法が使えるのが一般的って感じの口ぶりだから使えなかったりすると差別の対象になったりするだろうか。
「ちがうのでした鬼人ですか?」
「いや、そのどちらでもないよ。ただの人だ」
「ええ?! ですが魔法が使えないって……ちょっと失礼しますね」
そう言った途端にリィナは俺の胸にてを当ててきた。
「え?! な?!」
戸惑っている俺を他所に何かを探るリィナ。
「いえ、だいぶ……でも……とても」
なにやら意味ありげなことを言っているが俺からしてみれば何をしているのかさっぱりわからない。
「あ、あの。リィナ……さん?」
「あ、すみません。変ですね。魔力は感じますし……右手をかざしてみてください」
「こう?」
「そうです」
「それで唱えるんです。魔法は体内にある魔力を元に術式を組んで事象を具現化するって本に書いてありました」
「へぇ、それでどう唱えるの?」
「アイス!」
するとリィナは手のひらから氷を出して見せたのだった。
「おお、すげえ!」
「あまり感動するところではないのですが……今まで飲み水はどうされていたのですか?」
「いや、その……川の水を沸かして水筒に詰めてた」
「それは魔力がなくなってどうしよもない時の対処方法ですね……ソラさんも私のマネをしてやってみてください」
「できるかな……」
思えばちゃんと意識して魔法なんて使おうとは思ってなかった。
今ならうまくいく気がする。
「アイス!」
「…………」
「…………」
「うん」
「だめでしたね」
「リィナ先生。なんででしょうか」
「私にもわかりませんね……ですがそのままだと不便なので飲み水がなくなったりした時は遠慮なく言ってくださいね? 飲める水がないのは死活問題です」
「はい」
「よかったですよ。言わないと気づかないものですね」
ああ、まったくだ。
魔法が使えないことに何か嫌悪を示されたり驚かれはしたものの奇異な目で見たりはしなかった。
リィナが特別優しいからな気もするけど本当に助かる。
それから夜も更けて暗闇が訪れ星々の明かりが大地を照らす頃。
俺達は焚火を囲んでいた。
「まさか。こんな少ない調味料で、こんなに美味しくできるなんて思いませんでした」
「いやぁ、煮込みってやってみるもんだね。あの鶏肉? 獅子肉? が何かに使えないかと思ってたけど正解だったよ」
題してグリフォンの煮込み汁。
野生のあの鳥だから獣臭いし硬くて食えたもんじゃないだろう。なんて思って煮込みにしてみた結果。
まさかこんなにほろほろに崩れるところまで柔らかくなってほんのり香ばしい匂いがするとは思いもよらなかった。
初の魔物食がうまくいって良かった。
食あたりにならないかは心配なところだけれども。
けれどリィナ曰くグリフォンは食べられる魔物だそうで安全はきっとお墨付きだ。
硬いパンを柔らかくして食べる。
そこらへんにあった良い匂いの薬草のおかげもあっていいアクセントになっている。
それから食事も終わり後片付けを終えてから星空をゆっくりと眺めているとリィナ。
「ソラさんって本当に知らないことが多いですよね?」
「え、あ。まあ……まあね」
「遠い東の国からよくアーグレンへ来れましたね?」
「う……うん」
すると何故かリィナはクスっと笑いだすのだった。
「ふふ。しょうがないですね?」
「いや、ごめん」
「まるで十二勇者の伝承に出てくる勇者様みたいです」
「十二勇者?」
「知らないのですか?!」
「それはもちろん……」
これまた驚いたと言わんばかりのリィナ。
けれどどこか満更でもなくその伝承について語り始めるのだった




