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第11話 遭遇戦

 爆発にも似た衝撃が目の前で起きる。


 揺れる地面、飛び散る土埃。


 それが起きたのは馬車から降りながら馬を休ませつつゆっくりと歩いている最中だった。


 甲高い鳥のような鳴き声が響き渡る。


 鋭い三本の爪が地面を抉るのが見えた。


 土埃の隙間から鷹の目のような眼光が俺たちを覗いている。


 白銀の頭部と落ち葉色の体。


 首から下は鳥のそれであるがお腹から先は獅子の後ろ姿。


 これは────


「グリフォンです!!」


 リィナは焦って馬を反転させようとするが止まった馬はグリフォンの恰好の的になってしまっていた。


 俺は馬へとのびる前足に自然と体が動いていた。


 あのゲームをしている時と同じ感覚が俺の体を突き動かし思考するより先に体が動くのだった。


 刀を上段へとはこび前足を弾くことができてしまう。


 間一髪、馬への攻撃は避けることができた。


 本当であれば敵のパターンや攻撃行動の予測を織り交ぜてからでないと死んでしまうのにも関わらず手が足が前へと言う。


 そんな自分に驚きつつ、こんな緊急事態ではそんなことを悠長に考えている暇などない。


 眼前の敵に集中するんだ。


 鋭い前足の攻撃や巨体を生かした自重の技、後ろ足に長い尾も攻撃手段になりえるだろう。


 それにあの巨体を飛ばすほどの翼はより大きな力を持っているに違いない。


 獲物を馬から俺に変えるようにその鋭い眼光はこちらを見つめていた。


「……すみません!!」


 その言葉を残して馬車を反転させ去っていくリィナ。


「行ってくれ!! そのための護衛だ!」


 刀を再度構えて目と目が合う。


 俺の体は震えていた。


 さっきまでの威勢はどこへいってしまったのだろうか。


 これはゲームじゃない。


 今更そう考える。


 グリフォンの息遣いや筋肉の動きや匂いは実に生々しい。


 召喚されたあの日のに感じた何かに突き動かされて思い出すような感覚はもうない。


 しばらくにらみ合いが続き、たまらずグリフォンは崩れるように横へと駆けだす。


 視線を外すようにリズムを変えてくる。


 小賢しくに俺の意識を外してから前足の横薙ぎを放つ。


 ぎりぎり刀で受け流す。


 また同じように繰り返される攻撃は慣れてしまえば単調だった。


 俺は右に左にと避けていった。


 グリフォンの鼻からこぼれる息遣いが増す。


 背より伸びる羽は折りたたまれているが羽毛の一枚一枚が逆立っていた。


 目の前の敵が次に何をしてくるのかわからない。


 けれど動き出した瞬間にどう出るのかだけはわかるような気がした。


 左前足を出すのかと思いきや右前足が勢いよく飛び出てほほをかすめる。


 驚いてはいられない。


 すかさず俺は前傾を取って腹部へと飛び、次に後ろ足に一撃、二撃と斬るのだった。


 グリフォンの悲鳴。


 しかし決定的な一撃とはなるはずもなく激高するグリフォン。


 余裕のある攻撃から苛烈な攻撃を仕掛けてくるようになる。


 先ほどのスピードとは段違いの速さで俺を追い込んでくる。


 徐々に後ろへ、後ろへと後退しながら前足の爪のかわしていく。


 前足の横薙ぎを繰り返し、ここぞとばかりに一回転するような大振りの蹴りを放ってくるようになる。


 後ろ足を見送りざまに爪はネコ科特有の鋭い爪が伸びているのが見えた。


 そんな鋭い爪のついた足で地面をつかんで勢いよく動き出すのがこいつの俊敏さの正体だろう。


 後ろ足を使った動きは大振りで隙が大きいように見えるため、その隙に刃を忍ばせて斬りつけようとした途端に羽ばたかれたしまう。


 風を起こし飛びながら後ろへと後ずさり距離をとるグリフォン。


 にらみ合う目と目。


 向き合う刀と爪。


 互いに態勢を立て直して再度向かい合うのだった。


 そして密着するような間合いでの攻防が再開する。


 爪と刀が交わる。


 とてつもない威力であることがわかる衝撃。


 奴の攻撃を寸でのところで避けている最中。


 前足の一撃を避けるも後ろ足の蹴りが岩を砕き飛ばしたのだった。


 俺は不覚にもその破片をいくつか腹にもらってしまう。


「うぐ!!」


 とてつもなく痛い。


 それが効いたのをわかっているかのように爪は勢いよく何度も振り下ろされる。


 痛いと言っている場合じゃない。


 痛みを感じている暇があるのなら体を動かせ。


 その隙に迫るくちばしが頭を貫かんとするが刀で受け流し致命傷を避ける。


 前足による切り裂きは続く。


 受け続けて弾いて避けて受け流す。


 まるでマシンガンのように繰り出される攻撃。


 精いっぱいの防御を試みるが前足を刀で弾いた時。


 俺の防御の姿勢は崩れ奴の鋭い爪が目の前にまで迫るのだった。


「しまっ────」


 走馬灯という奴だろうか。


 小さい頃の記憶がよみがえる。


 ろくな人生ではなかったがろくでもない人生ではなかった。


 遠い記憶だ。


「母さん死んじゃいやだ。俺が……俺が絶対になんとかできるようになるから! それまで生きて!!」


 世の中にはろくでもない親がいるようだ。


 そんな親の元で育った人に親孝行は大事なんて言えたものではないのかもしれない。


 けれど俺の親はとてもやさしかった。


 一緒に買い物に出かけた帰り。


 夕焼けを見ながら手をつなぎアイスを買ってくれたりした思い出。


 自分のことでいっぱいいっぱいだろうに一生懸命育ててくれた。


 それにこたえようと努力した。


 だが、母は病に倒れてしまった。


 自身の無能さと無力感を呪った。


 大切な家族すら一人では守れない。


 なにもできない。


 守るという選択肢がない。


 努力しようとも抗えない死に立ち向かう母に向ける言葉はなかった。


 しかし否が応でも時は過ぎていく。


 その日が来た時に俺は泣き崩れていただけだった。


 最期が迫る中できっと自分が何を言っていることもわからない状態だったはずの母。


 俺も支離滅裂な会話と思い出話をする母を見てもう駄目なのかと覚悟を決めた時。


 最期に交わした言葉は「ありがとう」だった。


 この世界に召喚された理由なんかわからない。


 日本では努力した結果、社会に打ちのめされた。


 気が付けば何もできずに酒屑に落ちている。


 無限に続く労働。


 無限に蓄積される疲労。


 おかしくなる心は日々の感動を薄れさせた。


 けれどそんな仕事の中で唯一の救いはたくさんの「ありがとう」をもらったことだった。


 母が言っていたのも「ありがとう」だった。


 なんでこんなに理不尽なんだろうな。


 俺はその理不尽を覆したい。


 気が付くと刀は熱くなっていた。


 刀は叫ぶ。


 そんな現実など一刀両断に斬り伏せるのだと。


 そのために今までも足掻いて藻掻いて苦しみながらも全てを覆す力を蓄え続けた軌跡があるのだと。


 その礎の上で紡がれる人の道の軌跡を今度は俺が歩く番であるのだと。 


 迫りくる太く鋭い爪が俺を捉えたと思われる瞬間に光の壁が俺を守るのだった。


 俺の胴体を引き裂かんとする攻撃は弾かれたのだ。


「今です!!」


 リィナの声。


 内心見捨てて逃げていると思っていた。


 こんな怪物が出現する可能性があるから得体のしれない人間を雇う。


 そして、そいつを餌にすれば安全に通れる確率は上がる。


 切羽詰まっている事情があったからそれも已む無しかと考えていたが彼女は来た。


 刀に集中する。


 動けるはずのない体が動いた。


 刀と力を奮えるはずのない手が動く。


 ふるっているこの刀、剣技が実際に自分の実力ではないというのはわかっている。


 だが生き残らなければ次はない。


 今一度その記憶を使わせてもらいたい。


 自然に脳裏をめぐり蘇る言葉が舞い降りる。


 それをなぞる様に身を任せた。


紫電華撃シデンカゲキ


 俺は勝手にそう呟いた。


 下段より振り上げた刀は上段より急降下する。


 その速度は通常のふるう速度の比ではなかった。


 すっと入った刃は静か。


 俺はグリフォンとすれ違い着地する。


 両者動かず。


 しばらくして倒れる音がするのだった。

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