第8話
『間もなく到着いたします』
着いた先は獣道もない山の中、遠くでは海が凪いでいる。
ここは存在も忘れ去られていた場所でとても安価に購入できた。と言っても、自分の名義で購入したわけではないけれど。
「イトラが住むために建てたんだ。ここなら空からしか出入りできないし、静かで空気も濁ってない。誰にも見られることなく自由に歩ける」
視線の先には外壁を石造りにした洋館。
腰窓が多く、2人が住むには十分な大きさだ。
この環境下で家を建てられたのは急速に発展している技術力が大きい。最終的には人力も必要だったが、全ては他言無用という契約で依頼した。
もちろん、それだけの報酬は払ったわけだが。
「いい家だ」
褒めてくれるイトラを玄関へ案内する。
建物の中心にある扉を開けると、真先に視界へ飛び込んでくるのは2階へと続く青い階段。
家全体は象牙色のように温かみのある白色に統一しているため、青はより鮮やかに映る。
階段に足をかける前に玄関で靴を脱ぐ。
見た目は洋館なので土足でも良いのだが、何となく落ち着けない気がして一畳ほどの段差を玄関にした。
「イトラが今履いているのはスリッパだから靴はまた用意するとして…。とりあえず、家ではこれを履いて過ごしてね」
用意したのは白のベルトスリッパ。
この地域には四季があり、服装は日本とあまり変わらないため楽でいい。ちなみに、僕はちゃっかり色違いで購入した黒色を履く。
「先に部屋を見たい」
興味を持ってくれたイトラの要望で一息つく前にルームツアーを行う。
特段変わった部屋があるわけではなく物も多くないが、所々に観葉植物を設置しているため、シンプルながらも寂しい雰囲気は感じないだろう。
「次が最後だよ」
居室は6部屋のため、すぐ一番見せたかった部屋に辿り着いた。
2階にある、イトラの部屋にと用意した場所。
そこから見える景色が一番綺麗だと思ったんだ。
「どうぞ」
ドアを開けると真正面には大きな出窓。
空の澄んだ青と、海の深い青が水平線を描いている。
今日が天気のいい日で良かった。
15畳ほどある部屋は他と同様に白で統一されていて、ベッドにテーブル、大きめの本棚もあり生活するには困らないはずだ。
「僕の部屋…」
イトラはぽつりと呟き中に入ると、外へ繋がる窓を開けた。
「…心地いい」
入ってくる微風が白く艶やかな髪を揺らし、羽は動いていないのに風を纏う。
僕は死後の世界を分からないと言ったけれど、もし天国があるとして、そこは今以上に安らぐ場所なのだろうか。
靡く髪を指先で流しながら、イトラはこちらに振り返った。
「とても素敵だ、ありがとう」
きっと、これは本心だ。
微笑むイトラは精巧に完成されているけれど、とても自然だから。
目の前にいるのに現実だと思えない。
確かめるために触れたくて、けれど夢から覚めないように触れたくない。
あぁ、本当に、何度だって見惚れてしまう。
「真?」
イトラの特別な声を思い出にしたくない。
僕は顔を見られないよう下を向く。
泣かないように唇を噛んで、強く、強く思う。
イトラを鳥籠から盗み出したこと、後悔などできないと。
一歩、一歩、足を進める。
その先に、ロープパーテーションもガラスもない。
「一緒に来てくれて、ありがとう 」
イトラはゆっくりと瞬きをした。
全ての瞬間が絵になるように美しい。
「連れてきてくれてありがとう」
僕はこの時をどれほど待ち望んでいただろう。
数時間前は命の危険に晒されていたのに、今は嘘のように静謐な時間が流れている。
このままずっと、誰にも見つからなければいい。
「とりあえず1階に、」
ピンポーン。
そんな願いは届かない。
どうして。
鳴ることはないと思っていたチャイムが家に響く。
だって、イトラと僕がここにいるのに、鳴るはずがないじゃないか。
ここは獣道もない山の中。
仮に誰かが来たとしても、半径2キロ以内に設定してあるレーダーが反応するはずだ。もちろん、空から来た場合も同様に。
しかし、仮に美術館から追ってきたとしてもこんなに早く到着することが可能なのか。
脳内で嫌な音がする。
やはりこれは夢ではないだろうかと、僕は無意識に口を押えた。




