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第9話

 

 だがイトラは驚いた様子もなく、チャイムの音だよね、と玄関に向かおうとする。


「ま、待って」


 力ない声に、自分が動揺していると自覚した。


「誰が来たのか、分からない…。ここは人が簡単に来れるような場所じゃないんだ」


 このままではイトラが見つかって、二度と会えなくなるかもしれない。

 だが、倉庫にある武器を使うにしても、普通に考えれば訓練された兵に自分が勝てるとは思えない。

 とにかくカイクラフトまで逃げて、しばらく上空で姿を晦ませるべきか。

 できるだけ現実的な方法を探す僕に「うん、人じゃない」と言って、イトラは足を進めた。

 人じゃないってどういう………。


「…そっか」


 でも、それなら人間よりずっといいのかもしれない。


 イトラが躊躇いなく開けたドアの先。

 立っていたのは、美術館でシルバーに乗っていたイリセンスの一体だった。

 小さな子どものような見た目で、薄緑がかった長髪をポニーテールにしている。


「~~~と人間。突然申し訳ない」


 挨拶をする声も少年のようだが、話し方は落ち着いており、立っているだけで武士のような貫禄を感じさせた。


「いいよ。ちゃんとチャイム押せたから」

「うむ、中々にない文化体験だった」


 イトラたちの会話を聞きながら外の様子を伺うが、シルバーや他のイリセンスは見当たらない。

 まさか、飛んできたのだろうか。

 でも、外にあるレーダーは反応していない。事前に確認したときは問題なく作動していたのに…。


「では、次の用意をお願いできるか」

「……面倒だ」


 僕が状況を把握しようとする間に話は進んでおり、僕を見上げたイリセンスたちが言う「次の用意」が理解できずに首を傾げた。


「人間はお客さんが来たらお茶を出しながら話をするんでしょ? つまり、この小さいのは中に入れてお茶を出して欲しいって言ってるんだ」


 イトラは少年のようなイリセンスを見下ろした。

 言葉通り、面倒くさそうなイトラだが僕にとっては都合が良い。

 イトラのために買ったお菓子や飲み物がたくさんあるし、小さなイリセンスに聞きたいこともある。


「僕が用意するもので良かったら、ぜひ」

「かたじけない」

 

 そう言って軽く会釈をするイリセンスは言葉遣いまで昔というか…、ドラマなどで観る時代劇を感じさせた。

 

「じゃあ用意してくるね。飲み物は何が良い?」

「抹茶を頼む」

 

 即答する小さなイリセンスと対照的に、イトラは相変わらずの無表情に加えて少し不服そうな気もするが「……同じものを」と言った。

 折角抹茶を飲むならと、洋館の家に一部屋だけ設けた和室をイトラに案内してもらい、僕は地下の倉庫へ向かう。

 整頓されている倉庫は広く、いろいろなものが置いてある。

 イトラが何を好きか、興味があるか分からなくて本当に色々買い込んだが、早速日の目を見てくれることを嬉しく思いながら必要なものを手に取った。

 キッチンに行くと和室の襖を開けたままなのか、イトラたちの話し声が微かに聞こえる。

 といっても、イリセンスの言語なので話の内容は分からないけれど。

 BGM代わりに聴いているうち、不思議だなと一人笑いが零れる。

 人間が圧倒的に多い地球で、この空間だけは僕の方が特異な存在なのだと。

 そんなことを考えながらお皿を用意していると、熱いお湯が音を鳴らした。



「お待たせ」


 和室に行くと、2体の話は既に終わっていた。

 イリセンスを「体」と呼ぶのは、イトラが元々その助数詞を使われていたと教えてくれたからだ。

 お茶を出し終わって、長机の短辺に座る。

 僕から見えるものは、床の間に掛け軸、座布団と障子。

 抹茶と和菓子、そして両側にいる地球外生命体。

 イリセンスがいるだけでどこでも異世界になると思いながら、きっと着物もよく似合うんだろうと勝手に想像する。

 小さなイリセンスは用意した練り切りを口にすると、美味いと言ってくれた。


「それは良かった。ところで、あなたの名前を伺っても…? 僕は沫時真といいます」

「うむ、名前か……では貴殿が」

「名前は自分で考えないと」


 何か言いかけたイリセンスにイトラが声を被せる。

 スカイクラフトに乗っていたときと言っていることが違う気がするが、小さなイリセンスは「うむ…」と悩み出したので僕も黙って待つことにした。


「…スイと呼べ。多分、そんな言葉で合っている」


 結局、1分も経たずに決まった名前。

 イリセンスは向こうの言葉を地球の言葉に変換するのが大変らしいが、地球上でも翻訳不可能な言葉があるくらいなのだから、当たり前と言えば当たり前の話で。

 こちらが知っている言語で話してくれることを感謝しながら、よろしくねと伝える。


「よろしく頼む」


 スイが伸びた背筋でお辞儀をするとイトラは立ち上がった。


「じゃあさっきの話、真にしておいて。ちょっと外に行ってくる」


 僕がどうしたの、と聞く間もなく閉められた襖。

 スイは気にせず抹茶を啜ると「これも美味い」とまた褒めて、なんてことはない様に言い放った。


「恐らく、これから我らと人間の戦争が始まる」

「…………え?」


 思ってもみない話に声が漏れる。

 BGM代わりに聞いていた会話の内容は、どうやら随分と物騒な話だったらしい。



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