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第6話 イリセンス


 僕は驚いてピタリと固まる。

 

「基本はさっきの翼。でも、形は自由に変えられる。地球ではあの姿を天使と言う人間がいるけれど、僕は地球の生命体ではないし、翼も目も多くは持たない」


 美術館の『天使』というタイトルプレートは、誰かが勝手につけたものらしい。


「それに翼を失くすこともできる」


 そう言うと、背中の羽は跡形もなく消えた。


「ほら、こうすれば人間と大差ない」


 イトラは腰を後ろに捻ると、翼が出ていたであろう服の穴から肌が見える。肌には白い線が入っており、翼があったという跡が見えるだけだ。

 確かに、翼のない姿は人間と似ている。けれど、決して同じではなくて。

 瞳はもちろん違うけれど、翼がなくても人間とは違うものを纏っている。

 まぁ、纏っているというのは僕の感覚的な話で、言葉にするのは難しいけれど。


「でも翼を隠すのは疲れるんだよね。もともとあるものを閉じ込めておくのは限界がある」


 そう言うと、また一瞬で綺麗な双翼が現れる。イトラは自身の羽を撫でながら、視線だけをこちらに向けた。


「天使がよかった?」


 答えの分かりきっている質問に首を振る。


「君だからよかった」


 イトラは僕の答えを知っていたかのように小さな笑みを浮かべた。作り物のように美しい。けれど、命ある生命体には作り物にない美しさがある。


「でも天使じゃないのなら、イトラたちのことはどう呼んだらいい?」

「イリセンス。地球ではそう呼ばれている」


 イリセンスはイリデッセンスが略された呼び方らしく、イリデッセンスは光の干渉によって色が変化する現象のことだ。

 イトラの瞳は見方によって色が変わる宝石のようだから、という理由で名付けられたらしく、その人もイトラを美しいと思ったに違いないと届かぬ共感をした。

 イリセンス、…というよりイトラについてもっと知りたくて、どういう生命体なのかと問う。


「人間は死後、どこに行くか知ってる?」


 思ってもみない質問に僕は「知らない」と首を振った。

 宗教では天国や地獄、極楽浄土などと言ったりするけど、実際のところは分からない。もちろん、そういった考えを否定するつもりはなくて、ただ自分の目で見たことはないから知らないと答えただけだ。

 ゴクリ、と一杯目を飲み干したイトラは、説明を始める前に新しいワインを所望した。

 ワインのことはよく知らないので、何となく目についたものを用意しながら僕は耳だけを傾ける。


「人間に限らず認識できない生物が多いけど、宇宙の全生物には魂がある。人間でいうと肉体が死んだあと、魂は肉体から抜けて宇宙を彷徨う。地球以外にも宇宙には生物が無数にいて、イリセンスはそれらの魂を無意識に取り込んで生まれるんだ」

「じゃあイトラにも人間の魂が混じってるってこと?」

「うん。“人間の性質が混じっている魂”だと言った方がいいかな。厳密に伝えるのは難しいけど、彷徨っている魂から持ち主だった者の記憶を受け継ぐことはなく、生物としてその種に元来備わっている感覚のみが理解できる」


 だから、人間的な感情も理解はできる、とイトラは言った。

 そして、僕が時折イトラたちに感じる違和感のようなものは、無意識に知覚している別の生物の影響だという。

 イトラはワインを片手に他の生命体についてもいくつか教えてくれたが、どれもフィクション作品に登場しそうなものばかり。そのすべてが現実に存在すると思うと、宇宙は本当に広いのだとなんだか感動した。


 その後も、イトラはのらりくらりと質問に答えたり答えなかったり。

 楽しい時間が過ぎていき、…そんな時間を壊したくはないけれど。

 でも、どうしても答えて欲しいことがある。聞きたいけど聞きたくないこと。

 けれど、聞いておかなければならないと思うこと。


「美術館でのことなんだけど、」


 思ったよりも硬い声が出たが、イトラの様子は変わらない。

 

「展示室で人に囲まれたとき、最後に走ってきた人たちの首を切ったのはイトラ…?」


 自分でした質問に、静かだと思っていたスカイクラフトの機械音がやけにうるさく聞こえた。


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