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第22話


「…とりあえず、俺たちが沫時家に対してこれ以上割く時間はない」


 桐谷の言葉に煮え切らない表情をする笹原だが、時間がないことは嫌というほど分かっている。


「…時間がなくても、青年のことが分からなくても、絶対にイリセンスの思い通りなんかになんかさせない」


 いつもより数段低い声で、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

 一日で随分とやつれたように見える笹原に、桐谷はパソコンから目を離さず話しかける。


「子どもたち、何歳になったの」

「…5歳です」

「そうか。じゃあ、明日休むか? 有給はまだ余ってるだろ」

「何言ってるんですか、こんなときに一日も休んでいられません。私は……!!」


 ガタッと音を立てて立ち上がった笹原は、荒げそうになった声をピタリと止めた。

 視線の先には、感情的になる自分と反対に、静かに手元を動かしている桐谷。

 笹原は高ぶった感情を吐き出すように深く息を吐いた。


「申し訳ありません。あまりの進捗のなさに焦りました。日本のこともそうですが、…家族に何かあるかもしれないと思うと、恐怖を感じていました」


 パチン、笹原は自身の両頬を本気で叩いた。

 桐谷はパソコンを閉じて机に両肘をつくと笹原を見上げた。

 その動作は桐谷がよくするものだが、今の相貌に普段の柔らかさはなく、皆を牽引する力を持つ軍人としての強さが感じられる。


「俺たちが考えてることは同じだろ」


 笹原はピシッと直立して、桐谷に負けじと強く答えた。


「はい。絶対に生きて家族を守ります」


 先程まで握りしめられていた笹原の指先が、今は腿の横で綺麗に伸びている。


「じゃあ今日はもうひと仕事だな」


 言いながら立ち上がる桐谷は、既に穏やかな表情に戻っていた。


 時間はすでに21時を過ぎているが、まだ明々と電気が付いている部屋をいくつも通り過ぎて各自の仕事場へ向かう。

 では、と別れる前、笹原は連絡事項を思い出す。


「お伝えし忘れていたことが一つ。先程面談の前に聞いたのですが、文月秀弥と一宮咲久が自身の管轄で少し揉めたそうです。千歳とアリサ、武見さんは問題ないそうですが」


 そうか、と言う桐谷が特に心配している様子はない。


「まぁ、あいつらならうまくやるだろう」


 軽い返事に笹原も疑問なく同意すると、報告はすぐに終了して今度こそ持ち場へ向かった。





                 ◇◇◇





「………ふふ……」




 パソコンの明るさのみが頼りの研究室で、一人不気味に笑うのは影井麻美子。

 自身の研究室で撮られたN2の映像と、セレスト美術館の荒い監視カメラ映像を何度も見返していた。


「………あ、」


 逆再生ボタンを押すと、どうやら巻き戻し過ぎたらしい。

 まだカメラが通常に動いているときの高画質で撮れていたN2がよく観える。

 監視カメラは展示室の北方向から撮られていおり、N2はカメラ側を向いて本を読んでいた。


 その姿も美しいけれど、もう一度、N2が動いている様子を早く…!


 そう思いながら映像を進めると、荒い画質になる瞬間、影井はピタリと映像を止めた。

 再度巻き戻して、何度も何度もスロー再生を繰り返す。


「ふふ…、あは、あはは…!」


 笑いが堪えきれないというように、恍惚とさせた目を歪ませた。


「…見たわ、見たのね。…あなた、知っていたんでしょう……ふふ…」


 監視カメラ映像の画質が荒くなる寸前、N2の視線はほんの一瞬カメラを捉えていた。

 今までN2がカメラに視線を送ったことは、最初に監視カメラの存在を説明した一度きり。


「本当に、あなたは私を飽きさせない」


 スペースキーを押すと再生を続ける荒い映像。

 入り口から入ってきたのは黒いスーツらしき服に黒い髪、アタッシュケースを持った一人の青年。

 N2は立ち上がり、手を引かれて鳥籠を出る。

 天井が落ち、見たことのないイリセンスが現れ、人が倒れて、N2たちは部屋を出る。

 そこまでいくとまた映像を巻き戻す影井。また部屋に入る沫時真。


「あなたは…、何?」


 元々大きい目をさらに見開く影井は、沫時真を睨んでいるようにも羨んでいるようにも見える。

 そして、N2を見ているときと同じくらい、狂気ともいえる興味を宿した瞳をしていた。




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