第21話 沫時光
画面に映るのは沫時光と桐谷、笹原の三人。
「ご連絡いただきありがとうございます。既にメールを確認いただいたかと思いますが、あなたのご兄弟である真さんがウィズダム美術館から『天使』を盗みました。先程ご両親にもお話を伺いましたが、光さんにもいくつか質問させていただけたらと思いまして」
光は桐谷の挨拶に頷くものの、少し困った笑みを浮かべた。
「俺は真が14歳のときに家を出て行って、その後に会ったのは真が18歳になった一度きりです。なので、力になれるかどうか」
「連絡は取られていませんか?」
「それもあまり…。よければどうぞ」
光が画面越しに見せた真とのメッセージ画面には、お互いの誕生日を祝い合うやり取りと、たまに光から海外の写真を送っている程度だった。
「では、18歳のときにはどんなお話を?」
「んー、最近どうしてるとか、そんな話でした。2年前なのではっきり覚えていませんが」
光がペタリと張り付けている笑顔に不自然さはないはずだが、桐谷たちの仕事でなければ話を掘り下げることが憚られるような、どこか冷たく人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。
実際、隠し事をされていたら厄介な相手だろうと思いながら、2人は話を聞いていた。
「そのときの写真はありますか?」
「料理の写真は撮った気がしますけど、真の写真はないですね…。弟は写真を好まないので」
ここにもないか、と桐谷は痒くもない頭を掻く。
沫時真は写真を好まず、最新のものは高校の卒業アルバム1枚だけ。
沫時夫妻もあまり写真は撮らなかったので…、と提出された家族写真は数枚だけで、最後に撮られたものは小学校の卒業写真だった。
既に部下が家を捜索しているが、発見された報告もないため、本当に写真自体がほとんど撮られていない、もしくは処分されたのだろう。
友人から貰えた写真は中学生時代のもので、捜索の手がかりになるはずだった大学の証明写真はデータから消去されていた。
本来、美術館の監視カメラ映像で確認できたはずなのだが、正面から映るものはない。加えて、偶然なのか仕組まれたのか、機械に不具合が生じてどのカメラも高画質とは言えない映像だった。
AIを使って過去の容姿からある程度の顔は予想できるが、やはりそれも完璧ではない。
桐谷は「…分かりました」と頷くと質問の方向を変えた。
「では覚えている範囲でいいのでお答えください。光さんから見て真さんはどのような方でしたか?」
「んー、俺のしたいことには何でも付き合ってくれるような優しい子、ですかね」
それが本当に優しさだったのか、何にも執着していなかっただけなのか、俺には分からないけれど、と心の中で付け足たした光はクスッと笑う。
その笑顔は桐谷たちから見れば、懐かしい幼少期を思い出して笑いが零れたように見えただろう。
「喧嘩したことは?」
「ありません。有難いことに、両親が物を買ってくれるときは二人に同じものをくれましたし、俺も真もお互いに譲り合うことを苦としていませんでしたから」
「…では、真さんとご両親の関係はどのように見えましたか? 光さん自身もご両親をどのように思っておられるのか、お聞きしたいのですが」
「どのような様子と言われても、最近を知らないので…」
そう答えかけた光は、二人が何を言いたいのか察したように目を細めた。
「あぁ、両親は俺にも真にも興味がないと思いますが、俺たちはそれを苦痛だと感じていません。生活に不自由することはなかったので、むしろここまで育ててくれて感謝してます」
”俺たち”という一人称に、真さんもですか、と笹原がすかさず突っ込む。
「はい、おそらく。…というのも、そういった話をしたことすらないんですよ。俺もですが、真も一人で寂しがっている様子はなかったですし…。
例えば幼いころ、家を空けていた両親と久しぶりに会っても取り合うといったことはありませんでしたし、真が両親と会いたいと言ったり、寂しくて泣いたりしたところも見たことがありません」
滞りなく答える光は、薄っすらと浮かべる笑顔を絶やさない。
「……。」
三人の間にしばしの沈黙が流れる。
もちろん、桐谷と笹原は光の言葉を全て信じてたわけではない。
光の本心は掴めず、もしかしたら真とのメッセージ内容が消されていたり、真を庇っている可能性だってある。
しかし、このまま話していてものらりくらりと答えられるだけで、光が尻尾を見せるとは思えなかった。
「…分かりました。お忙しいところすみません。ではまた何かあれば、」
言いかけた桐谷の言葉を笹原が奪う。
「光さん。あなたの記憶が重要になるかもしれません。なんでもいいので、どんな小さなことでも思い出したことがあれば教えてください。
…世界がどうなっているかは既にご存じでしょう。もし、連絡が付いたらすぐに教えてください。弟さんを傷つけたくはありません。接触して話し合うことができれば、誰も傷つかずに済むかもしれません」
笹原は遠回しに武力行使に出ることもあると伝えたかったし、光は言われずとも理解していた。
しかし、だからといって光に響くものは何もない。
「分かりました、何かあればご連絡しますね。では失礼します」
最後まで笑顔を張り付けたまま、あくまで普段通りに見える桐谷と難しい顔をした笹原を残して通信を切った。
光はんーっと軽く伸びをして、明々とついていた電気を間接照明に戻す。
地上40階の大きな窓から見える、星よりも強い光を放つネオン。
光は窓の近くにあるキャビネットから、もう使わなくなった携帯を取り出した。
小さなタップ音が数回。
写真フォルダーには幼いときに撮られた数少ない家族写真と、真の18歳を祝ったときのディナーで撮ったの写真が入っていた。
両親のいない、兄弟二人の食事会。美味しそうなコース料理の写真と、真が写った写真が2枚。
1枚は、レストランがあったホテルの最上階から夜景を眺める真。
そして、もう1枚。無理やり肩を寄せて撮った、不服ながらも楽しそうに笑っている真と、無邪気に笑う自分の写真。
「真は、見つけて、選んだんだね」
その声は、写真を見つめる瞳は、ただ優しかった。




