78話 恨む者
——飛騨の戦いを経たマカは古の源氏の勇者さながらの心構えを持ち始める。。
そして月神とカグヤの仇であるテレイルと協力し分担での作戦でマカは飯織国から西にある愛夜比賣という神がいる国に向かうのだった。
——飯織国から西にある愛夜比賣という神がいる国。その名前は月神様が言うには美海原国と言うらしい。
昔は違う名前だったそうだけどかつて筑紫に渡ったちゅらの子孫が筑紫に向けて兵を進めるためここを拠点にする際国の名前を改めたそうだ。
無論、それが要因で筑紫に渡る前にしばらくそこの国の大豪族との一悶着があり三ヶ月は動けなかったのは少し情けないけど面白い話だ。
そして今、私とナビィさんは月神様がいた洞穴を後に、険しい山道を渡しながらひたすら美海原国に歩きはじめて一日半が過ぎる。
時もすでに夕刻に近づいている。
足は血が滲み布は赤く染まり、ナビィさんは汗を流しながら杖を駆使して先に進む。
最初は海岸に沿って歩くも道中にフキヒメがかつて失態していたのか領内の門戸を閉ざした豪族がちらほらいたせいで道を使うことが出来なくなりナビィさんとたまたま顔見知りの妖が山道を紹介してくれてなんとかなった。
全身を走る寒気と共に額の汗を拭うと山の頂についたのか木々が切り開かれた場所に出て崖の淵に近づくと下に大きな人里が広がっていた。
近くには海があり夕刻間近にもかかわらず人々で賑わってい流のが見てわかる。
「ナビィさん! 人里見つかりました」
後ろにいるナビィさんに声をかけるとナビィさんは力を振り絞って駆け足になって私に近づくと下を見下ろす。
「——けど月神様からの話だとこの国は今も源氏を恨んでいるか分かりませんね。月神様の話し方だとかなり確執がありそうですけど」
「ここ飯織国との国境に近い場所なのでそこまでとかありそうじゃないですか?」
ナビィさんは少し考えた後崖から下がる。
「マカさんの言う通り一度見てみますか。断られたら野宿でもなんでもしましょう」
ナビィさんは少し肩から力が抜けたように言う。
そして私たちは崖下のひと里を目指して山を降りた。
————。
それから夕陽が落ちたのと同時に里の門に着くと門番がちょうど門を閉めようとしており私たちに気づくと手を止めて剣を鞘から取り出すと睨んでくる。
「おい。どこのものだ? 飯織国の奴らと服装と雰囲気が違うが」
「私は……。私は安雲の源マカと申します。隣にいるのはナビィです。その、無理強いではないのですが村に止めてもらう事ってできます?」
「食後飯を食って眠っている時に来た客人を迎える人がいるとでも?」
門番は明らか不審者を見る目をしており剣を握る手が徐々に強くなるのが分かる。
剣を握る右手にはぎっしりとシワが見え、剣先はいつでも私の首を切れるように向けている。
負けることはないとは思うけど下手に確執を作ってしまうと今後この国で動くのが難しくなる。
ここは穏便に行こう。
私は門番から目を少し下に向けて一歩下がるとその場に平伏する。
「ご無礼申し訳ございません。ならこの里を迂回して野宿でもします」
私は頭を一度だけ下げ、立ち上がるとナビィさんをみて会釈をする。
そしてナビィさんと来た道を引き返そうとすると門番の声が聞こえた。
「待て。野宿するなら長にお伝えする。娘、源と言ったな? なら尚更だ。無碍には出来ぬ」
門番はそういうと櫓の上で先ほどから私に矢を向けている兵士を見る。
「お前! 長に源氏の娘が来たとお伝えせよ!」
門番の言葉に櫓の兵は返事を返すとそのまま闇夜に姿を消す。
門番は手に持った焚き火で私を目を凝らしてみる。
「にしても源氏とは。飯織国から来たのなら話は知らないはずがない。くるならそれなりの理由があるのだろう?」
門番の言葉にナビィさんを見るとナビィさんは頬をかきながら私に任せると目配せをする。
あのナビィさんがそうするなんて珍しいけど何か理由があるのだろう。
そして私は門番に全ては話さず大方嘘と本当を混ぜながら伝える。
内容としては愛夜比賣に外交的なことでお会いする必要があるという話。
門番はうんうん頷くと剣を地面に突き刺す。
「まぁ良いが。筑紫原の源氏はかつて我が国の名を無理やり変えたことがある。その時に反乱を起こした豪族と共に立ち上がった愛夜比賣様は筑紫原によって天にまで届く大きな神殿に封じ込まれてしまった」
「はい? え?」
門番の言葉につい変な返しをする。
門番はまぁ、落ち着いてくれと口にして話を続けた。
「けど今ではすでに封印もかなり緩くなり愛夜比賣様はたまに境内を歩いておられる、ただ源氏に未だにはかなり苦手だ。が、安雲の源氏は知らん。筑紫原の連中には会いたくないと拒絶はするがな」
「——」
門番の言葉に私たちはひたすら固まるしかなかった。
————。
——————。
それから私は里の長から一晩の滞在を許され一夜を明かす。そして明朝、朝食を頂き里を後にする。
その際里の長が退治なことだと二つのことを教えてくれた。
一つ目は愛夜比賣様に会う方法とその際の礼。
二つ目は源氏であるので御目通りが叶うのは厳しいかもしれない言われるかもし無いこと。
下手なことをしたら戦いになるかもしれない。
そう胸の奥で思いながら私たちは美海原国の北の海岸に沿って愛夜比賣がいるという都に足を進める。
それから都までは里の長から海岸沿いでいくのが安全と言われその言葉に従ってみたけどどうやら本当みたいだ。
海沿いには海人の集落が点在し、海人たちは気さくに私たちを止めてくれるおかげで都までの二日間は順調だった。
だけど気がかりなのは道中天人らしき者が伊予島中の各地の里を襲撃しているという話を聞いた。
美海原国にはまだ襲来していないけど南の方では激しいみたいだ。
もしかしたらテレイルの軍勢が天人たちを惹きつけているのかもしれないけど万が一こちらにやってきても良いように対応は決めておこう。
そして国境の里を出発し、二日後の昼頃、ようやく美海原国の都『夜鏡都』に辿り着いた。
都の周りは大きな土塁に囲まれ、門には壮大な櫓に数え切れないほどの兵士が塀の周りにいるのが見える。
そして門を潜り中に入るとやはり海に近いだけあって上半身を裸にした商人の大群がカゴいっぱいに載せた品を持ってバタバタと張走り回り夕方なだけあってあたりに香ばしい匂いが広がっている。
私は歩きながらナビィさんを見る。
「ナビィさん。とりあえずどうします? 都には着きましたけど」
「そうですね。愛夜比賣という神が封じられた社に行ってみたくはありますがあそこは……」
その時、私のそばを通った貴人らしき風貌の男が足を止めた。男は首に綺麗な光沢を放つ貝殻の飾りを掛け、立派な角子に立派な髭。
うん、この国の主の一族の人だろう。
迂闊だった。
そう気持ちが整い平伏しようとすると貴人は野太い声で「良い良い」と笑みを浮かべると手を振った。
「お主ら、筑紫か安雲か? どっちだ?」
貴人に顔を向けるとひたすら不気味な笑みを浮かべる。多分、源氏と争った一族は彼の祖先なんだろう。
私はその場に平伏する。
「安雲の源氏。マカと申します。突然の来訪と古の争い——」
「安雲か。まぁ、言わずともお主の胸にある勾玉に宿るヒヌカンという神がワシに言ってくれたわ」
「分かるんですか?」
私がそう口に出すと首にかけていた勾玉から灯火の神、ヒヌカンが飛び出したかと思えば私と貴人の間に割って入るとふわりと浮く。
ヒヌカンは一見火の玉で何そ言っているのかが分からないけど貴人には分かるらしい。
貴人はヒヌカンをじっと見ると笑みを浮かべた。
「ふむふむ。禍の神か。つまりダヨイ様が去年源氏のものが各地に飛び回っている文を伊予中に送っていたのはそんな理由か」
貴人はケラケラ笑う。
これで大体納得した。
伊予島は禍の神に一番攻められそうで意外と保っていたのはダヨイ様がかなり対策したからなんだ。そして明らか私を殺しそうなこの国の人が意外と何もしないのはダヨイ様が私の話を事前にしていたから。
これを聞くだけでも罪悪感が湧いてくる。
貴人は満足げに私を見ると姿勢を正して堂々と私を見下ろす。
「挨拶が遅れたな。ワシはこの国の主の又従兄弟、愛夜稲毛と申す」
——イナゲ、貴人は髭を触りながら私に顔を近づける。
「で、愛夜比賣様の話をしていたお前たちにワシが食いついた理由はな、ワシはそこの神官をしているからじゃ」
「し、神官様!?」
ナビィさんは素で驚いた声を出す。
確かに、神官より普通に都の主をしている感じがすごいけど神官なんだ。
イナゲは私たちの反応に特に不愉快感を出さずにふふふと笑い、一歩後ろに下がった。
「ダヨイ様からの指示でもし源氏がくれば私が直々にお助けせよと美海原君より言い付けられておりますので今日はとりあえず我が屋敷に。ちょっと社に問題が起きまして群を整えないといけないのですよ」
イナギは一人でそう話しながら歩き始める。
私とナビィさんはお互い一瞬顔を合わせた後イナギに着いていくとイナギは独り言のように話し始める。
「まさか社に大昔に現れたという火を吹く大蛇が住むとは。お二人はご存じで?」
「火を吹く大蛇?」
私がきょとんと返すとナビィさんは私の脇腹を優しく突く。
「かつてちゅらの時代に、ちゅらが討伐したとされる神です。禍の神と手を結んで吉備国の火を吹く山を奪い取り大地を揺るがそうとしているところをちゅらに討たれたみたいです。だけどその大蛇って生きていたとしてもどうして……」
「ワシも知りませぬが乳母が言うには実は生きていて、改心してちゅらの子分になりその子孫が筑紫に渡る際に火を吹く大蛇を使い脅して我が国の名前を無理やり変えたそうなんです」
——やっていること賊軍かな?
だけど筑紫原の人には助けられたから悪くは言い切れない。
「では、筑紫原が送ったのではとイナギ様はお考えで?」
私がそう聞くトイナギは笑いながら「それはございませぬ」と言う。
「あの火を吹く大蛇の故郷は高志でございます。もし、ちゅらによって改心されたなら高志に帰ったはずです。そしてここに来たのなら。マカ殿に関係があるかもしれなせぬ」
「——」
イナギの一瞬垣間見えた冷たい言葉に私は身構えるしかできなかった。
————。
それからイナギの館へと案内され、軽く宴を開いてくれそれが終わると寝室へと案内される。
宴と言っても周りはイナギの一族ばかりで私に関することを一方的に聞いてくるなど何処か圧を感じ食事は喉を通らなかった。
それはナビィさんも同じだったのか寝室に入ってからも腹を鳴らしている。
私は荷物を床に起きその場に膝を立てて座るとナビィさんを見る。
「ナビィさん。これ私たちかなり警戒されていますよね?」
「あれは別に敵意ではなく味方になる理由を探っている……とみても良いかもしれません」
ナビィさんはそう言うと荷物の中に入っていた地図を取り出すと床に広げる。
「伊予島でもこの国は源氏に恨みはありますがそれは筑紫原に対してで安雲には無いはずです。安雲の源氏は別にこの国を攻撃したわけでは無いので」
ナビィさんは地図に伊予島に指を置きながらそう言った。
だと良いけどあの圧の掛け方はどうにも気がかりだ。
私は頭の中で宴のことを少し思い出しながらも口には出さなかった。
————。
翌日、目を覚まし私は隣でナビィさんがまだ寝ているのを確認し寝室から出る。そして庭を見るとぼんやりと下半身が魚の尾で上半身が女性の何かが透けて見える。
その人は白い素肌を明朝の黄金の日の光に照らしながら私を見るとゆっくりと手をあげ私に向けると指を指した。
私は息を呑む。
「あなたは誰ですか?」
『——私は愛夜比賣。今社にきてはならぬ。火を吹く大蛇が社から去ればこの国が天人に焼き尽くされる』
「——貴様が愛夜比賣様」
そう口に出すと咄嗟にその場に平伏する。
「ご無礼をお許しください。では、どうすればよろしいのでしょうか。私は貴女様が持つ神器が必要なのです」
『我が神器か。それは我が尾鰭よりとれた鱗。使えば穢れた天人を清らかに戻すことができる。だが、そう安易と渡すことはできぬ故代わりに我が頼みを聞いて欲しい』
「無論です」
そして愛夜比賣は手を下ろすと自らの髪の毛を一本抜いて私の口に入れる。
『飲め。ここで語ることができぬことは髪を飲めばわかる。噛み締めれば噛み締めるほどより深く』
愛夜比賣はそう口にすると朝日の中へと溶けるように消え口に入れれた髪の毛を若干嗚咽しながら飲み込むと後ろから「何をしている」とイナギの声が聞こえ振り返るとイナギの周りには二人の兵士がおり私を見るや否や剣に手をつける。
「——」
私はイナギをじっと見ると頭の中に声が聞こえた。それは水の奥深くからのか細い女性の声。
声は徐々に鮮明になっていくと声の主の言葉が私の口を勝手に動かした。
「禍の神に憎しみを委ねるな」
不本意ながら出た言葉は、イナギを一瞬で鬼の形相へと変えた——。
裏話;
愛夜比賣は伊予島四柱のうち魚の女神で安産と象徴とも言われている。
かつては筑紫原源氏と戦い神力が衰えるも1000年近くの時を経て復活している。
その反面、禍の神からはその清らかな存在故かなり警戒されている。




