77話 戦いの始まり
『たった今禍の神に従う天人達との戦争の火蓋が開いた』
——その時のツキマロの言葉に「悍ましい」なんてそんな言葉を出す暇もなかった。
ただ冷たい空気の中、息を整えるとツキマロを見るも彼女は表情を少しも変えなかった。
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今、私は腰が抜けたフキヒメを背中の乗せ、ナビィさんと二人で先を進むツキマロの後ろを追いかける。
ツキマロが言うには今月神はここの近くの穴蔵に避難しているようで禍の神に付き従う天人たちが伊予島中を探し回っているようだ。
だけどやろうと思えば各地を焼き払い探すこともできたのに何故しなかったのだろうか。
いくら天人相手とは言え、手慣れて戦えるのはまだ多くない。
本気を出せば一瞬にしてこの国を吹き飛ばせたはず。
私は前を進むツキマロに走りながら声をかける。
「ツキマロさん。なぜ天人は家具屋を探そうと思えばできたのにしなかったのですか。いくら結界を張っていたからと言って穴から入れたなら全てを破壊して進めば見つかったはず」
私の言葉にツキマロはしばらく考えると首を動かす。
『禍の神に付き従ったとは言え天人なのには変わりない。けどアタベのように大地を汚しに行くものもいる』
「ならなぜアタベ以外はそうしなかった?」
『テレイルがあの後、皆殺しにしたからです。禍の神に付き従うならずものたちを大半』
「——皆殺し?」
それからツキマロはゆっくり私が禍の神をめぐる戦いの最中、星神の島での戦い以降何があったのかを話し始めた。
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それから話を聞きながら気づけば山奥にポツンとある岩殿とツキマロが呼ぶ洞穴に到着し休む間のなく中に進んだ。
灯はツキマロが不思議な術を使い手のひらに炎を浮かべているため要らなそうだけどもし彼女が反旗を翻したらどうなるのか。
ここまでの道中話を聞くとどうやらテレイルが星神の島にて私と安雲の諸豪が協力して結界を張った後、いい機会だとアタべとともに行動した天人と禍の神に臣従した天人を殺しその中で一部が伊予島から逃げ出したのが真相のようだ。
だけど想定外だったのは地上では禍の神がすでに復活し月にあったのは力の源だけと言う事実。
続けてツキマロはこう話した。
本当は私がカグヤを守るための行動をしなければ禍の神は地上にのみ復活し月は安泰だったと。
ふざけないで欲しい。もし本当にそうなったら私は兄と同じになる幻を求めていた余り旅路の中で土に帰っていたに違いない。
私は乱れそうになる息を整える。
すると背中から洞穴の中だからかスヤスヤと背中から寝息が聞こえると思ったのと束の間、フキヒメの目を覚ます声が聞こえた。
「あれ? ツキマロ様? 私いつから?」
『——だいぶ前から眠っていました。私たちが気付かないぐらいすんなりと』
てっきり私は起きていると思っていたけどやはり眠っていたのか。
後ろを見るとナビィさんは最初から気づいたのか呆れたような顔をしている。
私は視線をツキマロに戻す。
「ではツキマロさん。ここに月神が?」
『えぇ、その考えは正しい。月神様はこの奥です。ここは昔は人々はトンカラリンと呼びました。トンカラリンと言うかつて人々が度重なる禍の神より逃れ己の神に縋るために作って神殿。まさにここは月神様への信仰心が集まった清らかな地なので逃れるにはうってつけなのです』
ツキマロの言葉は要約するととりあえず月神がいる場所か。
そして大きな木戸の前につくとツキマロは足を止めると体ごと振り返り私たちを冷たい眼差しで見る。
『これより先は月神様のいる場所。無礼は承知しません。マカ殿。この奥にテレイルもいますが暴れないように』
「——分かってます」
ツキマロが城戸を開けるのと同時に私は唇を噛み締めながらそう答えると後ろに続いた。
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木戸の奥には大きな空洞が広がりその中央には不気味な青い光に灯されている。
そしてその中央にはポツンと石で作られた神楽の舞台がありそこには何かが鎮座しているのがわかる。
その何かは暗闇そのもののようでもあり何か温かい何かのように感じる。
この空洞の中には私たちの草鞋と岩肌が擦れる音と水滴しか聞こえない。
そして舞台の近くまでくるとツキマロはその場で平伏する。
『我らが月神。ここに源マカとその一同をお連れしました』
この言葉と同時に舞台に座っていた何かは立ち上がると徐々に眩い白い光を放ち始める。
その何かの姿は足から徐々に明らかになる。
木の靴に清らかさを示す神々しい白袴に白衣。そして黄金の鞘に収められる剣。
さらに首に鏡と勾玉。髪はこの世の全ての誰よりも立派な角子。
私がこの何かが本当に神様と認識したのと同時にフキヒメは私からの背中から飛び降りた。
「つ、月神様!」
そう声を出すと平伏し見ればナビィさんも平伏し私だけがこの場では平伏していなかった。
このことに気づいた時には顔が熱くなり「あ」と言う一言しか出すことができなかった。
そう声を出した時、月神は大笑いしながら話し始めた。
「ふはははは! 良い、源マカよ。お前たち一族はこう礼儀知らずなのは古今東西。まだユダンダベアがなかった頃より存じている」
「も、申し訳ございません」
私はそう口にしながら即座に平伏する。
そして月神が立ち上がる声がしたのと同時にツキマロが「皆様。もう顔を上げても大丈夫です」と口にしたのと同時に私たちは顔を上げる。
月神はおおらかな中年の顔でどこかダヨイの祖先というのがわかるぐらい面影が見え健康そうにも見える。
月神は舞台の柵にて多くとツキマロを見下ろした。
「で、この一団はチトセの徒党か?」
『はい。間違いないかと』
「チトセめ。あの策根に持っているのか?」
『その可能性はないかと』
月神とツキマロは二人で何やら話をしているけどこの感じ恐らく例のカラクリの話だろう。
禍の神を封じるためにできる手段。
私は息を吸う。
「失礼します。割って話させていただいてもよろしいでしょうか?」
私の言葉にツキマロと月神は静かになる。そして月神は頷くと私は口を必死に動かした。
「私はもう覚悟しています。カグヤとは本当はずっといたかった。カグヤとは会えなくなるのは辛い。けどこれしかないのでしたら——カグヤ自身がこのやり方を望むのであれば私はもう何も言いません」
「——マカよ。その言葉、神前であれば貯めなくてもいいんだぞ」
月神はポツリと言った。
意味が分からなかった。
「お前は怒らなすぎではないか。神とはいえ、人の願いを叶えなくてならぬ神が世の理のためとはいえお前が妹と慕っていたカグヤヒメを生贄にしようとしているのだぞ。確かに、我らはカグヤヒメを使って禍の神を封じようとは古の頃よりしてきた。しかし、我らが彼女の逃すために地上に送るもお前と出会いお前がこの子を心の拠り所にした。それは揺るぎない事実なのだぞ」
「けど、けど。他には手段はないんですよね?」
「ない。断言できる。あの禍の神は天地の神々の過ちだ。月と地上に禍の神を分けてもただ禍が二つに分かれ取り返しのつかない存在となっただけだ」
「ならなぜカグヤが地上に降りたのかを教えてください」
「——」
月神は静かになる。
ツキマロとこの場にいる全員も息を呑む。
そしてしばらく間がたった後月神は声を出す。
「カグヤヒメが地上に降りたのはあの時、禍の神が月で暴れたのだ。そこで我がお会えている時にテレイルが一度地上に逃したのだ。そして本来は——」
「月神様。このナビィもそのこと知らずに、日向神の命令にて加担しました。なので罰するのは——」
ナビィさんは月神の言葉を遮る。
月神は突然遮られても怒りを見せずもう過ぎたことだと私たちに立ち上がるように仕草をする。
「姉上が警戒したことは大体はあっている。もしカグヤヒメが月に戻ったとしても結局は死ぬしかなく世界の理は滅んでいた」
そして月神はナビィに手のひらを向ける。
「姉上の愛称を冠する神霊なら分かるはずだ。これは誰も悪くない。カグヤヒメもマカも、ましてや罪なき者たちは。だが、償いためには何かを奪わなけれ——」
「待ってください」
「なんだ、マカ」
つい、言葉を出してしまった。
辺りは冷たい。風がないはずなのに全身をゾワゾワとさせる何かを感じる。
胸からするバクバクと言う音は私の耳の奥から聞こえる。
私は胸を手で一度叩くと月神と視線を合わせた。
「とりあえず、ツキマロ様がおっしゃっていた天人同士の火蓋をなんとかしませんか」
「——そうでしたね。月神様。カラクリに関する話はフキヒメ様やチトセよりすでに聞いています。無論、詳しくはないので詳しいことを聞きたいのも山々ですが今はこの状況をなんとかしましょう」
「——このままはぐらかせてカラクリを渡して帰そうとしたかったのだが。戦いたいのか? ツキマロ、こやつらはその気か?」
そう言われたツキマロはフキヒメをしばらく見た後、フキヒメは頷いた。
ツキマロは月神を見る。
「本来は彼らにカラクリを譲渡して糸麻に届けたかったのですが、月神様がよろしいのでしたらテレイルには私から話しておきます」
月神はツキマロの言葉にしばらく考えると諦めたように頷く。
「そうだな。今はまだ地上には被害が出ず空の彼方で行われている。この間に地上では星神と天津翁に来てもらう他ない」
「——星神の島の同じような感じですか」
「想像の通りだ」
それから月神は作戦について話し始める。
まず、伊予島の四面国の神々に神器を奉納しそれが終われば伊予島の中央に高くある大日高山の頂上に行き、月姫舞をすることで星神の天津翁を呼ぶことができるそうだ。
そこで早速手始めに飯織国の神、伊保志神を祀る社に行き、次に飯織国の南の二国にいる二柱。大渡渦神、健勇魚主。次に西にある国の愛夜比賣。この神々に神器を奉納する。
この神々の元に行けばなんとかなるようだ。
だけどこの戦いの中でこんな広い範囲を回れるの?
私がそう考える中、フキヒメも悩む。
「月神様。これは分担にしても我らにはそんな余裕が……」
「なら、一年はここで戦わねばならぬ。だが禍の神相手一年は我らが死んでしまっている」
『南の二柱の神々の元には我ら軍勢が向かいます。源氏の者はこの国の神と西の国の神に神器を奉納せよ』
聞き覚えのあるどこか無機質な恐ろしい声。
後ろを見ると月を模したどこか高貴な男——テレイルだった。
テレイルは私をじっと見る。
『天から見ていたが、この源氏はあの時と比べてはるかに強くなった。今では我らが束になっても勝てませぬ。月神様。如何でしょう?』
「——っ!」
一瞬、テレイルに対して湧き出した感情を抑える。
その時ナビィさんが私の着物の袖を引っ張る。ナビィさんの顔を見るとほんのりと笑顔で私を見て心の奥底のざわめきを抑えてくれる。
テレイルはじっと私を見た後、私に近づくと首を傾げる。
『月神様。これは人の言う謝罪というものをすべきでしょうか? 人は謝らねは斬ると言います』
「……テレイル。お前の案を採用するから早く行け。マカたちは後から行かせる」
『ハハっ』
テレイルは月神に少しお辞儀をするとそそくさにこの場から去っていった。
月神は申し訳なさそうに舞台から飛び降りると私に近づきテレイルが去っていた方向を見る。
「奴は昔からバカ真面目なのだ。いい意味で天人らしくいい意味で地上とは釣り合うことができない奴だ」
続けてフキヒメが私の前にくると全力で首を横にふる。
「あの! テレイル様はっ!」
「良いんです。アイツのせいで最初に会った頃の——幸せだった頃の記憶は消え、今あの子にあるのはただ」
私はこれ以上口にするのはやめる。
そして息を呑むとツキマロが私とフキヒメの間に割って入る。
『とりあえず、フキヒメ。あなたはこの国の神に神器の奉納を。マカ様はここより西の国にいる神、愛夜比賣に神器を奉納してください。それが終われば大日高山の麓の村で待っていてください』
「——分かりました。フキヒメ様はこれで良いんですか?」
私がそういうとフキヒメは心配ご無用という感じに胸を張る。
「大丈夫です。伊保志神とは旧知の友なので。むしろ愛夜比賣様とナビィ様は仲が宜しかったみたいなのでしたよね? すまし顔のナビィ?」
ナビィさんはフキヒメの言葉に「えぇ、そうですね」と顔に皺すら作らず冷たく言い返した。
私は着物、荷物を整えると月神を見る。
「では、行って参ります。ナビィさん」
「えぇ。それでは月神様。どうかご無事で」
私は少し早歩きでこの場を後にし、西のある国に向かった。




