75話 波速(ナヤ)の海賊
伊予島に向かってからあっという間に三日間が経過した。
道中は森が深く、盗賊や獣に襲われながらも撃退しながら歩き続けた。
そろそろ履き物が限界に近づいてきてようやく明朝に船が多く行き通っているユダンダベア一の港、波速の津にたどり着いた。
波速の津は今思えばこれまで安雲と糸麻までの道なりの近くにはあるけど今思えば一度も通っていなかった。
理由は何も先導がなぜかここを外す経路を使ったからだけどナビィさんを見ると少し嫌そうに辺りを見る。
けど私が見る限りあたりにはなんも変わりがない。
むしろ大きい集落ゆえに数多の人々が生き通っており、妖の商人や異国の言葉を話す人などが市で品を出していたりと大賑わいだ。
地面には布を敷いて遠方の品を揃えた商人たちが元気な声を出して手を叩いている。
ナビィさんは私の着物の袖を握ると珍しく肩をくっつけに来た。
「あの、ナビィさん。何か嫌な思い出があるんですか?」
「——昔、と言ってもゼロと来た時にぼったくられました」
どうやら九百年前に嫌な思い出があったそうだ。
「けど糸麻を出る際にユミタレさんからここが一番だって言われたんですから行きますよ」
私の言葉にナビィさんは肩の力を抜くと私の裾から手を離した。
「まぁ、そうですね。私とゼロの時よりかは健全で賑やかで嫌いではないですよ」
ナビィさんの変わり身の速さに少し笑いそうになるのを堪える。
辺りを見渡すけど息通う人々は特段私たちを不審な目で見ておらずあたりの露店の近くにちょこちょこ兵士が屯している程度だ。
その時、近くを通りかかった老人が急に足を止めたかと思えば私の脇腹を突いてくると話しかけてきた。
「お嬢ちゃんら、旅人かい?」
「はい。そうですけど。お爺さんは?」
お爺さんはケラケラ笑うと私の腰に手を回そうとして来たため叩き払い距離を取る。すると急に懐から剣を取り出したかと思えば私に剣先を向ける。
「——お嬢ちゃんら。ちょっと人気にない場所に行こうか? 私としては買ったばかりのこの剣。魚を切る以外に使いたくないんだ」
私がそう口にするとお爺さんの首に勾玉がかかっているのが見える。それも普通の人には付けれない貴人が身につけるもの。
「——ナビィさん。普通にこの人」
「ここは従いますか」
私とナビィさんはおとなしくお爺さんに従うことにした。
————。
それから人気のない場所に移動するとお爺さんは私たちから離れると懐に剣をしまうと背中を向けたまま話し始めた。
「——お嬢ちゃんら。すまなかったな。ワシはこの地を納める波速県獣人。今は隠居した身で大王からは其方らが来ることは聞いておる」
その言葉にナビィさんはまだ警戒を解かず杖を握る。
ここは私だけでも冷静に対処しよう。目的が分からなすぎる。
「あのシシヒト様。これは何のつもりですか? 理由を説明してください」
「——何のつもりか。それは私のセリフは。大王もお前たちもここをどのような場所と心得るか?」
シシヒトはそういうと体を私たちに向ける。けど不思議と殺意はない。これは私たちに警告ということでもなくただ何かを教えたいという目だ。
シシヒトゆっくり私たちに近づく。
「この集落は今から九百年前に蘇った禍の神に備えるべく当代の大王が我ら一族に貢物の免除や大王に従う氏族としての地位も高く置かれた見返りに我らは大王のために西国中の兵糧などのものの流れを作り物部のものたちと禍の神討伐に貢献した」
シシヒトはそう言うと気味の悪い笑い方をすると大きく手を空に向かって掲げると嬉々に叫び始める。
「だからこそ、今回大王の使命でまた活躍できる喜びにお前たちに感謝をしたかった! あれから九百年! 我が一族は飽きないばかりに儲け戦を嫌うものが増えた! ほれ、あの大きな市場でグータラしている兵士がいただろ? だらしない。蝦夷たちが一人で十人力なら我が兵は百人で一人分の力があるわ!」
どうやら杞憂だったみたいだ。
シシヒトのあの深刻そうな顔は喜びを隠していただけだった。うん、それでおしまいだ。心配して損したと言うと失礼だけど私の隣にいるナビィさんなんかはシシヒトを蔑んでいる。気持ちはわかるけど亀裂走りそうなことはやらないでほしい。
とりあえず安堵の息を吐くとシシヒトさんに近づく。
次の瞬間シシヒトは私の体に密着すると頬を赤らめるとナビィさんは私に指を指す。
「あのシシヒトさん。この方どなたと?」
「え、大王がワシのお守りに派遣した子では……」
「源マカです。どんな説明を受けたのか知りませんが許嫁の方はかなり高貴な方なので斬られますよ」
「——すまん」
シシヒトは状況を把握したのか私から離れ船着場へと案内してくれた。
————。
船着場に着くといかにも荒んだ厳つい男たちが甲冑を身に包んで大きな声を出して荷物を船に乗せたり縄で縛られた人を船で運んでいた。
シシヒトは私たちに待つように言うと数人で固まるごろつきの元に走って行った。
「あの、マカさん。あの人自分のお守りだからって好きにしていいって思っているあたり……道中海に捨てません?」
「ナビィさん。別にちょっと触られるぐらい別にいいじゃないですか減るもんじゃないですし」
「乙女として言っているんです。なら減るもんじゃないからって好きでもない男の子供を産みたいですか?」
「それとこれとは話が別では?」
「そうじゃなくて——なんででしょう。マカさんに関しては早く男をユミタレさんに教えてもらうべきでした。肌を重ねないと分からないですよね。マカさんには?」
「だから何の話ですか急に」
私たちが少し揉めているとシシヒトさんが小走りで戻ってきた。
「ナビィとマカよ。ほれ、空いている船取れたぞ。いつ来るか分からんから何隻か空けといて良かったわ」
シシヒトの言葉に私は安堵の息をもらし、ナビィさんはいまだに懐疑的な目を向けていた。
————。
それから船に案内され、私とナビィさん。それからシシヒトが乗ったのを確認するとごろつき二人と船頭が船を動かし始めた。
その時、一人のごろつきが主人であるシシヒトの頭を叩くと軽く怒鳴る。
「シシヒト様? 私ども言いましたよね? あんたと女子は乗船禁止だって。今回は特例ですが次したら分かってますよね?」
その言葉にシシヒトは不貞腐れたように鳥のように口を尖らせる。
「別に良いじゃろ。ワシがいくら女好きとは言え人妻には手を出さん。銀髪の子は許嫁がおるだ。手を出すわけにはござらん」
「あんた昔した不手際でうちの航路が他国に取られたんですから本当にいい加減にしてください!」
ごろつきにしては真面目な怒りを投げる。
けど一体何をしたのかを追求するのは予想。
そう考えながら視線を前に向けると、波速にきてからずっと気になっていた海の向こうに見える大きな島が目に入った。
「そういえばあの目の前にある大きな島はなんですか?」
「あれは淡島といって神々の始まりの島と言われています。あの島で夫婦の神がこの国の礎となる神々を産んだと言われているんです」
ナビィさんは嬉々に丁寧に話し始めた。
「で、その淡島の奥が伊予島です。シシヒト様、航路としては淡島を伝っていく感じですか?」
ナビィさんの言葉にシシヒトはうんうんと頷く。
「如何にも。この道は太古の昔から変わっておらん。波速の豪族と淡島の豪族は蜜月であるのとこの辺りは淡島の海人の領域。お二人あまり粗相の無いようにお願いしますぞ」
シシヒトの言葉に私たちは返事をする。
次の瞬間、ごろつきたちは目の色を変え、私たちの船を守る周囲の船に貝を吹き鳴らして合図をした。
「どうしたんですか?」
私がそう声を出すとごろつきは振り返りもせず返す海の向こうに目を構えた。
「海人です。けどどうしたんでしょう?」
ごろつきはそういうと大きく振って水平線の彼方に向けて叫んだ。
その言葉に私は船から身を乗り出し水平線の先を見ると小さな黒い点がゾロゾロと遠くから見え始めた。
そして目を凝らすと身体中に刺青を入れた船乗りたちがモリを大きく振っているのが見えると徐々に声が大きくなった。
「おー! 波速の方々! 我ら淡島の海人! 貴殿ら如何した?」
その声にごろつきは元気な声を張り上げる。
気づけば海人たちの船と私たちの船はあっという間に目と鼻の先にまで近づいた。
「おう! 少し伊予島に貴人をお連れするんだ。してその感じ漁の帰りか? 良いのは釣れたか?」
海人は何か言いづらそうにしながら空の籠を持ち上げると中身を私たちに見せる。
中身には魚はなく、ごろつきたちは申し訳なさそうな顔をした。
「あぁ、すまない。けど今日その様子だと何かあったか?」
「海がおかしいんだ。筑紫の方面で少し前に天から降りてきた大蛇が魚を食い荒らして以来夜になると海から啜り泣く声が聞こえるんだ」
「——それって」
私がそう口にした時、ごろつきは大きく息を吸うと海人に礼を言うと進み始めた。
気づけばさっきまでの和やかな空気はなくなりどこか張り詰めたようなものが充満する。
筑紫の大蛇はきっと私がツムグさんと筑紫に向かった際に私が倒したやつだろう。
その日からこの海がおかしいとなるとは思えない。
私はナビィさんに近づくとナビィさんは私の口を抑えた。
「——シシヒト様。先程の話は耳にしていましたか?」
「う、噂程度には聞いていましたが。あの様子だと本当でしょうな」
シシヒトがそういったのを歯切りにごろつきたちは辺りを警戒して慎重に船を進めている。
一体、伊予島で何が起きているの?
————。
——————。
それから淡島を北に大回りし。三日かけて伊予島の北東に位置する小さな国の飯織国の富田織津に到着すると私とナビィさんだけでなくシシヒトまで降りごろつきには波速に帰るように言った。
それから三人でシシヒトと知り合いの富田織の豪族、富田大鯵の居館に入ると広間に直ぐに通された。
そして至って簡素な広間に来ると顔に刺青を施した紋様が描かれた巫女装束を身に纏った少し老けた女性が大慌てでやって来ると上座に座った。
「おぉシシヒト。よう参られました。このお二人が大王が派遣した方々で?」
巫女はシシヒトを見てそういうと視線を私に移して満面の笑みを浮かべた。
「お初に目に掛かります。私は富田大鯵と申します。大王とチトセという変な方から話を聴いていましたが。目的はおおよそ分かります。シシヒト様。少し外れてくれませんか?」
シシヒトはそう言われると一瞬驚いた顔をしつつも不貞腐れた様子で立ち上がると広間から出ていった。
それを見届けた後ホアジは笑みを浮かべたまま話し始めた。
「月神様の座す場所ですよね? 教えて差し上げても良いですがこの島は古来より月神様を祀る島。天人については悪くは言わない方が良いですよ」
「——」
ナビィさんは直ぐに私の前に来ると盾になるとホアジに強い口調で話す。
「貴女、いや——」
ナビィさんはハッと何かに気づくとホアジの顔をじっと見ると体を徐々に震わしポツリ声を出す。
「——ホアジではなく。本当の名前は九百年前。あの時私とゼロを助けてくれたあの波速の元は天人だった海賊、飯伊吹比賣ではありませんか?」
ナビィさんの震える声にホアジは表情を変えずに「はい」とだけ口にすると一度袖で自分の顔を覆い隠し、袖をゆっくりと下ろすと先程の置いた顔とは打って変わり美しい若々しさのある顔へと変わった——。
波速県獣人に関する裏話:
彼の一族は元は海人で海部氏と名乗っていたが県主に封じられてからは波速県を名乗る。
九百年前彼の先祖はナビィ曰く刺青を身体中につけていたようでかなり怖かったらしい。




