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最後通告 天女の調べ  作者: 皐月
9章 月神の教え

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73話 目覚める時

 ——糸麻(イトマ)にて。

 ちょうどマカが飛騨の都に到達し、蛙人であるアマを大王の元に送ったのと同時に、宮殿の大広間には大勢が集まり、皆深刻そうな顔をし俯く。

 左には大臣(オホオミ)諸族、右には大連(オオムラジ)諸族が並びその所属の後ろにはさらに国造たちが派遣した代理が並んでいる。

 そして二つに分かれた人の列の間には大国造と呼ばれるユダンダベアに封じられながらも独立を許された諸国の王が大王に皆膝をついていた。

 ユダンダベアは数多の有力豪族が集い、ウガヤの大王を中心に国の政を担ってきた。

 だが、それはここにきて国体に意義を問われ始めていた。


 ウガヤの大王、イホブキは上座の上で悩ましい顔を浮かべる豪族たちを表情を変えずに見る。

 今この場にいる豪族は古来ユダンダベア建国時より大王一族に支えてきた五王家と呼ばれる名門の一族。

 そんな彼らが悩ましい顔を浮かべるのはまさに国家存亡の時だけだ。


 イホブキが五王たちの正面に座る老臣、アバナを見るとアバナは即座に頷き五王家一門を見る。


 「皆の衆。すでに話は回っていると思うが、飛騨国が禍の呪いを扱い、また飛騨にで禍の神の復活したことが天狗(アメノイヌ)より知らされた。これを受け大王は既に禍の神を鎮魂すべしと各地に触れを出したが皆動こうともしない。ましてや天人討伐と主張し他勢力を襲撃する輩までいる。それをどう説明する。——特に、道奥の大国造たち」


 その言葉に毛皮を羽織っている道奥諸国の大国造の筆頭、伊治大国造(イジオホクニノミヤツコ)、伊治津風春(イジカゼハル)は自慢の髭を震わせながら冷や汗を飲み込んで答える。


 「む、無論。我ら道奥の者どもは蝦夷の国。蝦夷の地では今を生きることが大事で、中々統率が取れぬのです。なので禍の神の鎮魂に協力するのも難しいと——」


 その伊治津の言葉を遮るようにアバナは大王を見て頷きながら怒りを込めた言葉を放つ。


 「聞こえぬかな。坂東の毛野君殿はこう話されたぞ。もしや、禍の神に謀られてユダンダベアに反旗を翻そうとしているんじゃないかとな」


 そのアバナの言葉に伊治津が汗を撒き散らすように必死に首を横に振り「いえ、そんな訳は!」と叫んだのと同時にイホブキは「もう良い」と口にした。

 イホブキは重い腰を上げると伊治津の前に来て床に膝をつくと哀れみの目で彼を見下ろす。


 「なるほどな。これを見て分かった。我は決めたぞ」


 イホブキはそう口にすると再び立ち上がると諸侯に向けて腹の底から声を出した。


 「これよりユダンダベア全ての国を七国に分けて取りまとめ、一国一国を管轄する将軍を派遣する! されど、このイホブキに忠義を示すものがいればその者を将軍と致す。各々それを胸に入れよ」


 イホブキの突然の言葉に動揺が走るも大王の風のような即決に誰もが一斉に首を垂れ御意を示した。

 マカが預かり知らぬ場所でユダンダベアでは静かな革命が起きていたのだ。


 ————。


 飛騨の寒い朝風と共に目が醒める。

 私は、源マカ。兄は源ゼロ。兄は死んでいた。だから私はもう源マカとして生きていいんだ。

 目を開けた時一瞬だけそう心の中で呟いてしまった。

 

 私はゆっくり起き上がり、風が吹き込んでくる縁側を見る。空はまだぼんやりと暗く鳥たちも寝ぼけているのかもまだ声は小さい。

 あの日、タカヤマビコの覚悟を聞き屋敷に戻りナビィさんを見て安心のあまり疲労がどっときて眠ってしまったのまでは覚えている。

 そして兄が己の魂を代償に禍の神の力をほんの一時消したことも。


 私は固くなった右手を見る。

 あの日、確かに禍の神と手応えのある戦いができた。

 兄ほどではないけど、確実に手応えのある戦いはできるはず。勝つことは出来なくても大きな傷を負わせることは無理ではない。


 「……ん」


 「声?」


 ふと隣からする声に顔を向けるとそこには腰まである長い髪に、まるで女神みたいに綺麗な顔の女性。それは絶対に間違えるわけもない人——ナビィさんが私の隣で眠っていた。

 ナビィさんは気持ちよさそうに顔で横を向いて寝息を立てている。私はそっと髪の毛に触れると都がゆっくりと開き片目を向けるとチトセがそろりそろりと入ってくるとタラタラとヒラ汗を流す。


 「あ、ごめんね。決して寝てる二人の間に入って寝ようとしただけだったから」


 「——下心満載じゃないですか。で、本当は別にあるんですよね?」


 私の言葉にチトセは冷や汗を流すのを止めるとゆっくり宙に浮きながらナビィさんの上に乗る。


 「あのね。まずナビィが生きていたことを喜ぶべきなんだけど君に言わなきゃ行けないんだと思ったの。まず、君一人に聞いて君の意見だけを聞きたい」


 「——ナビィさんの間近でいいんですか」


 「まぁ、どうせ狸寝入りしてるだけだし良いよ。だから言うね」


 チトセがそう言うとナビィさんは体を動かし丸めた。

 本当に狸寝入りしているのかな。


 ゆっくり深呼吸し再びチトセを見る。チトセはうんと頷くとゆっくり声に出した。


 「マカ、月神と会って話したんだ。今の禍の神はもう手に負えない。だから有給の時まで封じその魂を清めるしかないって」


 チトセは時にはしんどそうにしながら触手をナビィさんの体に絡めながら私の目だけをじっと見る。


 「その方法はカグヤを天人のカラクリに禍の神もろとも入れて遠い時を超えさせるしかない」


 ——カグヤを封印。


 私は右手を握りしめる。

 荒くなる息と怒りで激しく震え飛びそうになる意識をかろうじて保たせる。


 「——その方法しかないんですか?」


 私の言葉にチトセは残酷なまでに迷いなく首を縦に頷く。なるほどそれしかないのか。

 

 「私では倒せないってことですよね。なら今までの旅の意味はありましたか」


  私は自分の腕を強く掴むと声を震わせる。


 「剣を目覚めさせ、天人が来ないように結界を張って。禍の神の僕を各地に回って討伐をしたのに気づけば禍の神は復活して飛騨国はめちゃくちゃに。私のこの戦いは本当に意味はあったんですか。ただ私は、何の意思もなくカグヤのための一つばかりで言われるがまま戦っただけ。兄のように、己の意思で戦ったんじゃない。それでも意味はあったんですか?」


 その時、私の右をナビィさんが握る。

 ゆっくり顔を動かすとナビィさんは横目で優しい目で私を見つめていた。


 「——意味はありましたよ。それは本当です」


 ナビィさんが起き上がるとチトセは情けない声を出して転げ落ちるもナビィさんは気に止めずナビィさんは私に両手を力強く握るとうんうん頷く。

 私は続けてナビィさんが何か言おうとした時、ナビィさんの手から離れるとゆっくり立ち上がった。


 「意味は無くていいです。ただ私は守りたい者を守るために戦います。チトセ。カグヤはいつまでカラクリの中に一人なんですか?」


 私が視線を向けるとチトセは顔を俯かせる。


 「分からない。多分、千年。もしくはずっと遠い未来になるかも」


 その言葉に私は胸に手を乗せて大きく息を吐く。


 「なら、まず今守れる人たちを守り。もしカグヤがカラクリから解き放たれるまで兄にようにこの身が滅びてもそばにいます」


 そして私は二人から目を逸らし縁側まで歩くと空を見る。


 「チトセ、ナビィさん。カグヤを守りずっと過ごすことは叶いませんでした。だからその意味では私の戦いは意味はないです。けど、今守れる人だけでも守る意味で戦う。それだけでもいいんですよね」


 すると気のせいか、この場にはいないカグヤの声が頭の中に響き渡った。


 『うん、それでいいんだよマカ。私に拘らなくていい。こだわるならそれは先にしていいんだよ。だから今は勇者として、今を生きこれらかも生きる人々のために戦って』


 そう聞こえた気がした。

 私はもう、勇者なんだ。


 ————。


 それから昼過ぎにご飯を食べてナビィさん、チトセ、ツムグさんの四人で小屋を後にすると糸麻を目指して歩き始めた。

 飛騨国から糸麻までは険しい山々を越える必要がある。

 それを超えた後は琴峰(コトミネ)の平野を通り東関(アズマセキ)を超えたりで早くて十日。遅くとも十五日は掛かると思った方が良い。


 私はただひたすら早歩きで三人を置いて行かないように気をつけながらひたすら歩き続けた。


 ————。


 それから六日ほど歩き続け、ほんのりと夕暮れに近づいてきた頃合いにようやく東関がある大関原に到達した。

 そして近くの集落に訪れ豪族の元を訪れた飲み込みなんとか宿を借りることができそこで荷物を下ろすと道中珍しくあまり話さなかったツムグさんが私の着物の袖を掴んできた。

 その時ツムグさんの顔を見るとどこかしんどそうだった。


 「どうかしました?」


 「——マカ。マカがどうかしたと思うよ。チトセ様からの話を聞いて。確かに、成長とは思うんだけど」


 私はツムグさんの袖を掴む手を払う。

 この六日間の間私はずっとツムグさんに同じことを言われている。

 そして次にチトセに本当に他の方法はないのかと聞きないと言われるとそれでも見つけようよと。

 だけど、すでに禍の神が復活し力もすぐに取り戻せる状態だとそんな猶予なんてない。もし、本当に他の方法があればそっちをやりたい。だけど肝心の飛騨はめちゃくちゃだ。禍の神を封じる呪いを知っている人は死んでしまったんだ。


 私は震える口角を無理やり上げてツムグさんを見る。


 「何度も言いますが平気です」


 私は剣と盾など身重のものを全て置いた後改めてツムグさんと正面で向き合う。


 「カグヤがいなくなっても。今、これからも共に生きてくれる人がいます」


 「——マカがそう言うのなら僕はもう何も言わない。だけど、寂しくなってまたうだうだ言われたら嫌だから全てが終わった後もそばにいてあげる」


 ツムグさんはそういうと寝床からそそくさと出ていった。

 その光景を黙っていた二人は苦笑した後チトセは私を見た。


 「マカ。許したげて。ツムグは心の奥底からマカのこと妹だと思って面倒見ているつもりだからつい本気になっちゃうんだ」


 「分かってます。ツムグさんはそう言う人なんで」


 私は床に座ると剣の鞘を撫でる。

 時期に来る大切な妹(カグヤ)との別れ。ツムグさん言う通り他のやり方もあるかもしれないけどもうチトセの口ぶりからないんだろう。

 カグヤを狛村にある祠に封じて、わざわざ月神に会いに行ったそんなチトセが嘘をつくなんてあり得ない。


 「ナビィさん。チトセ。ちょっと聞きたいことが——」


 ——次の瞬間全身に悪寒が走りそれに高王するかのように体が勝手に鞘から剣を抜き空に視線を移す。

 この感じは天人!


 「すみません! 話は後で!」


 突然のことで呆気に取られている二人をおいてそのまま屋敷を飛び出す。

 そして門のそばにまで行くと兵士たちの静止の声を振り払って物見櫓の上に登る。

 上にいた兵士は驚いた顔で私を見て「あ、ちょっとここに入るのは!」と声を出したが私は気にせず先から身を乗り出すように前に出て空を見上げる。

 

 空は瞬く間に暗くなり始めると地平線の彼方から不気味なまでに透き通った綺麗な岩肌を持つ月がゆっくりと出てきた。

 そして辺りに死臭が漂い始めたのと同時に隣にいる物見櫓の兵士が何かを見つけたのか「敵襲だ!」と激しく鐘を打ち鳴らすと館からバタバタと弓や剣を持った兵士が慌ただしく出てくると門の外に走り始める。

 

 彼の見ている方向を見ると集落のど真ん中に八尺ほどの背丈がある髪の長い白く輝く仮面を被った天人が腹にある目玉を開き目に見えない力で取り囲んでいる兵士たちの首をへし折っているのがぼんやりと見えた。


 鐘を打ち鳴らす兵士は私の肩を揺らす。


 「客人! あなた方は寝床にとりあえず避難を」


 「この敵は私が倒さないと」


 「ちょっと!?」


 その梯子を滑るように降りるとそこにはナビィさんが待っていた。

 ナビィさんは意味深な顔をして私をしばらく見るとゆっくり首を傾げる。


 「マカさん。行くんですね?」


 「はい」


 「——では、私もお供しましょう」


 そして私はナビィさんと共に目指し巨大な天神の元に向かって走る。


 ————。


 すぐに集落の真ん中に着くと辺りは悲鳴が響き渡り、硬い何かが折れる音も混ざって聞こえる。

 集落はもはや機能しておらずなんとか誘導する兵士と戦いに向かい兵士に役割が分かれているのだけは分かる。

 それにしても天人がどこにいるのかが分からない。


 「——っ! マカさんあそこ!」


 ナビィさんが指を刺した方向を見ると目の前でちょうど子供が倒れた次の瞬間子供の首が真後ろに捩れるように折れ曲がったのと同時に地面に黒い影が現れると八尺もある天人が腹にある巨大な目玉を開いたまま飛び出してきた。


 天人は月を模した仮面を被り表情は分からない。けど異様に長い首と腕があるだけで話は通じない!


 「——っ!」


 天人の腹の目玉が一瞬青くなった瞬間何かに右腕を掴まれた。

 そして徐々に肘が曲がってはいけない方向に力を加えられ始めた。

 私はそれを必死に堪えると天人はもう片方の腕を伸ばすと私の首に手を添える。


 「——!」


 私は咄嗟に日照り手で天人の伸ばしてきた手を握りつぶすと右腕を力一杯振ると腕の拘束が解かれた。

 なるほど、目が青くなった時に目を潰さないとこっちが死ぬ。


 そして再び天人が目玉を青くした次の瞬間私は盾を目玉に向かって投げつけると目は一気に亀裂が入り一瞬膨らんだ後青色の血潮を吹き出し天人が狼狽えた隙に一気に詰め寄って首を切り落とした。


 天人が首長くなった状態でもしばらく暴れたため止めに心臓に剣を突き刺すと徐々に暴れるのをやめ、完全に死ぬとゆっくり光に粒になって消えていった。

 青色の血潮。この穢れは天人は持っていなかったはず。


 ゆっくり振り返ると人々は感謝より先に私に対して畏怖を込めたような目を向ける。

 その時、すっかり蚊帳の外にいたナビィさんが私の元に来ると布切れで私の頬についた血を拭ってくれた。


 「——ゼロみたいでしたよ。マカさん。こんなに早く倒せるなんて思ってもいなかったです」


 「禍の神はこれ以上です。こんなのに負けるなんて出来ません」


 私はかなり久々の笑みを浮かべた。


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