72話 変わることはない道
動じない血の匂い、嘲笑う血潮の風。憎しみの血の空。
禍の神が少なくともここにいた時はそんな不穏な気があたりに立ち込み何か大事なものが失うんじゃないかとそんな気持ちとなった。
たとえ兄が禍の神を今一時的に封じ辺りの光景を元通りにしたとはいえそれは人が瞬きする程度の短さでしかない。
溢れ出た人、獣、妖、神の負の気持ちは世の理を乱す。
獣道を使い飛騨の都に向かって山を駆け下りる最中、あたりの光景は灰燼という表現が似合う凄惨そのもの。
辺りには人、獣、妖怪の亡骸が散乱し木々は黒く朽ち果て錆びた鉄の香りを解き放っている。
道を下るなか、柔らかい何かを踏み潰す感触が足に直接伝わる。
少なくとも兄はこれ以上凄惨な900年前という気が遠くなるほど昔の時代に降りてもなお心を壊さずナビィさんと共にいた。いや、ナビィさんがいたからこそ心を壊すことはなかった。
——代わりにナビィさんがいなかった私は十歳の頃に心を壊した。
だけど、今は違うんだ。もう、何を失っても失ったものは掴まない。失ったら失った分取り戻す!
私は走りながら深く息を吸い力一杯地面を蹴って一気に山を下った。
————。
それからようやく山を下り、足が事切れそうになる寸前の昼前にようやく都に着く。
そして門の前に来るとそこには兵士たちがあたりを警戒し、門前にはアマさんたちがおりアマさんは兵士たちと何やら話していた。
けど、門の前は辺りとは違い明らか塩が少し巻かれた跡があり若干血らしきものが見え、何かを隠しているのか?
するとアマさんが私に気づく手を振る。
「マカ殿! 先ほど空が真っ赤になっていたのですがもしかして——復活しました?」
アマさんはきょとんと首を傾げてそう聞いてくる。
この人は多分気づいているんだけど改めて口にして欲しいのだろう。
「はい。けどある人が暫く禍の神を大人しくしてくれているので今のうちに対処しないとダメです」
「なるほど。では、私ども先にどこか言っておきましょう——」
アマさんが何か言おうとしたその時ちとせは私の前に来るとアマさんの目に顔を近づける。
「ウガヤに行って大王にごめん蘇っちゃった。けど、頑張ってなんとかしますって言ってきてくれる? 言い方は任せる」
チトセの言葉にアマさんはえぇ、と言いたげな顔をする。
それはそうだ。
アマさんは呆れて頭を掻く。
「その言い方だとなんとなく私が手打ち確定なんで言い方は変えますね。けど、私大王になんて会ったことないんですけど」
「大丈夫。えっと、マカ? 何かアマさんに渡してくれる? 大王がすぐマカの関係者だってわかるもの」
「——え? でしたらこの猿神の毛皮がありますけど」
私は腰に巻いていた毛皮をアマさんに渡す。
それを受けたアマさんは少し考えると「では、行ってきます! 私の武運祈っていてくださいほらみんな行くぞ!」
アマさんの声に他の蛙人は「ヒィ! 休ませろよ!」と文句を言いながら全員がアマさんの後ろに張りつくようについていき、気づけ山の麓に向かってあっという間に点となった。
アマさんには申し訳ないけど多分この中ではアマさんが一番足が早い。
先に大王に知らせておいた方が大王もきっと何かしら対処してくれるはずだ。
私がそう思っていると兵士の一人が私に近づいてきた。いや、兵士の一人と断じるのは失礼だろう。そう、タカヤマビコの側近であるウグイタケルだ。
「マカ殿。良くぞご無事で」
「——っ! タカヤマビコ様はご無事ですか?」
「はい。なんとか。——が、恐らく我が国はユダンダベアに滅ぼされるでしょうね。きっと」
「——どういうことです? なんで滅ぼされるって?」
私が詰め寄るとウグイタケルが言いにくそうに後退りする。その時、先ほどから後ろにいたチトセが肩を触手でひっぱり私を止める。
「マカ。そらそうだよ。この国は禍の呪いを知る術があった。いくら封じる術があると言ってそれは扱う上で暴走した際の止める手段なだけ。どっちにしてもあれは禁忌の呪いを知った時点でこの国はもう許されることはない」
チトセが口にするひたるら冷徹な言葉を耳に入れるも胸を抑えて胸には行かないようにする。
もしここで胸に入れて仕舞えば引き下がれるとは思う。だけど、何か違うんだ。
私は心を落ち着かせて自分の右腕を爪を立てて握りしめて息を整える。
「けど、ハルメが知っているだけでアハバから教わった可能性が」
「それだと良かったのだがな」
門から聞こえたその声は私に一握りだけの希望を打ち壊した。
人望が豊かな猿顔は冷徹な顔に変わり、服装も庶民的な甲冑から豪華なものに着替えたのか王の威厳さを感じさせる甲冑に見える。
その男——タカヤマビコは深く息を吸って門の奥から出てくると私に近づく。
周りにいた兵士たちはタカヤマビコに気づくとその場に膝をついた。
「マカよ。ワシとておうだ。謀反人の始末はする他なかった。我が父は飛騨を守るべく悍ましい呪いを取り扱った。その結果が今この国の惨状だ」
タカヤマビコの言葉に私は口は震える。けど、これから彼が話すことは胸の中に必ず入れておかないといけない。
「分かりました。飛騨の都で今起きたことを教えてくれませんか?」
私の言葉にタカヤマビコは笑みを浮かべずゆっくりうなづいた。どこか言いたくない顔をしながらも、罪の重い息を吐くと話し始めた。
「ワシはアカバネヒコを処刑した。それに合わせ家臣たちもまた首を刎ねた。彼らだけではない、我が父の側近たちもまた皆殺しにした。そして亡骸は郊外の地面に埋めた」
「——ハルメの敵討ですか? ハルメも言っていたんです。親に無理やり禍の呪いを学ばされそれで妹が殺されたと」
「——そうだな。それもあるが。事実アカバネヒコがここを守り、アハバの動きを封じハルメのみの暴走に抑えれたからこそ飛騨は一応国として人々は生き残れた。たとえ眉唾とはいえ奴は責任は果たしていた。が、その男を私は、国の英雄を私はこの手で処断したのだ」
タカヤマビコは背中を向けると飛騨の都の門を見る。
「小国というのはこういうことだ。たとえ英雄とはいえ禍の神という世の中に被害をもたらす神の呪いを使い、それの僕となったからには英雄とはいえ許してはいけないのだ。が、ワシものちの処刑だろうな。ユダンダベアの理を破ったのだからな」
タカヤマビコの切なく、弱々しい声が私の胸を締め付ける。
王子とは言え一国を滅ぼす謀反人を討ったとしても己もユダンダベアは逆臣となり
処刑されるのも辞さないそんな覚悟があるとは言っても。
私はその場に膝まつく。
「タカヤマビコ様。これから私はウガヤの糸麻に向かいます。そこで大王と謁見しますので飛騨が生き残る計らってもらいます」
私の言葉にタカヤマビコ絵は鼻で笑った。
「マカよ。たとえ大王が許したとしても諸豪族は許さぬだろう。まして、我が国の権益が欲しい高志が黙っているわけがない。それに南より度々我が領地を狙っている和織の一族もまた諦めないだろう。いいな、禍の神は確かに世の脅威。しかし、それは同時に弱小が強国に成り上がる絶好に機会にもなってしまうのだ」
「——っ!」
私は地面を強く叩き、叫びたい気持ちを腹に留める。
こうなることが分かる。その後の処置もそうなる訳も分かる。
私は深く深呼吸すると顔を上げた。
するとタカヤマビコは私の顎に触れた。ゆっくり顔を上げると彼は優しい笑みを私に向けていた。
「マカよ。お前はいい女だ。もし許嫁がいればはよう戦を終わらせ、そのものと幸せに過ごせ。今生短い我が望みはこれぐらいささやかなもので良いのだ」
その言葉に気づけば私は涙が溢れ頬を伝っていた。
きっと彼とは本当に今生の別れとなる。その優しい死に顔が二度と忘れることはないだろう。
————。
それから私は飛騨の都を後にしてチトセとともに最初に出発したタカヤマビコと出会った屋敷に向かう。
それはタカヤマビコがあのあと私にあの小屋にいる兵たちに飛騨の都に向かうように指示をして欲しいと言われたからだ。
チトセは私を見ると頬すりをしてくると触手で体にまとわりつく。
「マカ。強くなったね。あのまま泣きじゃくって去年みたく意固地になるんじゃないかって日ヒヤヒヤしたよ」
「茶化さないでください。今でも泣きそうなんです。けど、あの人の顔を見たらもし嫌々と泣いたら彼の面子がないじゃないですか」
私の言葉にチトセは少し固まると触手を私から離す。
「——ごめん、もう茶化さないよ」
チトセは少し申し訳ない顔をした。
それから山を再び超えて獣道を通り、急な斜面を駆け上がったりしてようやく小屋に到着した。屋敷は確か少数の人しかいなかったはずだけど今目の前に広がる光景は説明が難しい。
門にはは色々な人が出たり入ったりと慌ただしく、あたりにいる人は兵士だけでなく神職などがいた。
チトセを見るとチトセも理解9が追いついていないのか唇を噛んで困惑している。
「あの、チトセ。これどういう状況ですか?」
「あーうん。ツムグが確か言っていたよ。ちょっと非常事態だから話せない。けど危険じゃないからってことで黙っていたけど」
「そういうの早く教えてもらいたかったです」
私はチトセの言葉に呆れながら門前で言い争っている兵士と神官に近づく。
「あの、いいですか?」
「「あ!?」」
私が声を掛けた瞬間兵士と神官が私にガンをとばすと兵士は気が立っているのか私に詰め寄る。
「今見てわからんか? 今かなり面倒くさいこと起きているんだ!」
「はぁ!? 何がめんどくさいことだ! いい加減こっちは都に行かないとダメなんだよ!」
「だから行けないって言ってるだろうがこのくそ神官! お前たちがうだうだしていたからここでタカヤマビコの軍勢に捕まったんじゃねぇか!」
相槌で兵士に罵声を神官が浴びせると兵士が剣を振り上げる。流石にまずいと思って私は兵士の腕を掴んだ。
「待って! とりあえず話を聞いてください!」
「うるさい引っ込んでろ!」
次の瞬間兵士は私の急所を蹴り、足の力が入らなくなった瞬間に腕を振り解くと後ろに蹴り飛ばされてしまった。
私は後ろに倒れ尻餅をつくといた股を押さえて一言言ってやろうと兵士を睨むとチトセがすでに兵士の目の前に来て睨んでいた。
「あのさ、みっともなくない? 子供相手に大人気なくしかも人の急所を狙うなんて」
「何がみっともないだ! この女が男同士の争いに邪魔立てしたからだろ!」
チトセに兵士が激昂して言い争いを始めたあたりでゆっくり立ち上がるとさきほどまで兵士に詰められていた神官がやってくくると肩を貸してくれた。
「す、すいませぬ。こちらの争いに巻き込んでしまい」
「い、いいえ……。けどこれどういうことですか? ここ、タカヤマビコ様の拠点で関ではないはずなんですが」
「えぇ、そうなんですがここで私どもは足止めされているんです。その、ツムグさんという人がどうやらタカヤマビコ様から直々にここから先通ろうとする者がいたなら全力で止めるようにと言われたみたいで」
「え、ツムグさん?」
そう私が口にした門の奥から聞き馴染んだツムグさんの声と複数人に男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減観念しろ赤毛娘! 俺たちは今すぐにアカバネヒコ様の元に行かねばならないのだ!」
「だから通ったらダメなの! タカヤマビコ様はあなたたちの国の偉いさんでしょ!? なんでその人の命令を聞けないの!?」
「あんな高志に腰を振って媚びるやつのどこを王と認めないといけないのだ! 我々飛騨の者はどこにも媚びぬ!」
「ヒィ!」
声だけで激昂して会話が通じない兵士たちに襲われている姿が想像できる。
私は神官から離れ門の中に進んだ。
屋敷に入るとドタバタと騒がしい音が鳴り響いたと思いきや二股に分かれた通路の右側から女中が走って逃げていると思えば見覚えのあるすばしっこい赤髪に動きやすそうな服装。うん、あれはツムグさんだ。
ツムグさんは一瞬後ろを見て私を見ると笑みを浮かべたけどすぐにいきたい気持ちでいっぱいの顔に変わると私の背中に隠れた。
「ツムグさん?」
次の瞬間五人の兵士が剣を抜いたまま重い足音を大きく立てながら右からやってくると私を見ると剣を強く握りしめ近づいてきた。
私はツムグさんを守るように身構えると先頭を歩く兵士を見る。
「止まってください。事情は分かりませんが一人の女子をここまで追い立てるのは恥とは思いませんか? ましてや、無関係の女中たちも怖がらせて」
「——」
兵士は冷徹な眼差しで私を見る。
「タカヤマビコの味方か? 俺たちはアカバネヒコ様に言われて動いてんだ。早く女を引き渡せ。このクソ女。アカバネヒコ様のお味方を示す宝玉を盗みやがった。それがねぇと都に行けないんだよ」
私は後ろを向くとツムグさんは懐から手のひらぐらいの大きさの丸く綺麗な宝玉を取り出す。
「これないといけないんでしょ? なら、女中たちで守るしかないこの館で君たちを止める術はこうしかないじゃないか」
ツムグさんの言葉に兵士は血管を頭に浮かべると「お前の遊びに付き合っている暇なんかねぇんだ! 早くアカバネヒコ様のところに行かないと!」とさらに激昂する。
——そうか、彼らは知らないんだ。
私はツムグさんからさらっと宝玉をとる。ツムグさんは「ちょっと!」と声に出したその時、その宝玉を床に落とした後剣を鞘から抜いて叩き潰した。
それを見た兵士が「貴様ぁ!」と剣を振り上げたのを見て「アカバネヒコ様は処刑されました」その一言を言うと兵士は「え」と力が抜けた声を出した足を崩し後ろに倒れた。
私は息を整えるとその兵士に近づき剣を鞘に戻す。
「アカバネヒコはタカヤマビコ様の判断で処刑です。罪状は禍の呪いを飛騨王と共謀し扱い娘を禍の神の僕にして禍の神の糧になったこと。これで分かりましたか?」
床に倒れた一人の兵士は全身を震わし顔を真っ青にしながらゆっくり立ち上がると私の肩を掴んだ。
「ま、待ってくれよ。それは本当か? 本当なのか!?」
「——赤くなった空を見たはずです。それが、証拠です」
兵士は私の言葉に涙を必死に堪え私に肩に爪を食い込ませる。
私は両手に握り唇を噛み締めて痛みにしばらく堪えると兵士は私から離れた。
「——分かった。撤退しよう。どうせ、この国はウガヤに滅ぼされる」
兵士はそう口にして離れるとそのまま後ろの他の兵士たちを連れて私たちを素通りしていった。
後ろを見て兵士が見えなくなった瞬間ツムグさんは何も言わず私に抱きついた。
「——ツムグさん」
「良かった。無事で」
ツムグさんは声を震わす。
私はそんなツムグさんの声を聞いて安堵の息をつく。
「はい。帰ってきました」
「そうだ! ナビィさん生きているみたいなんだ!」
それからツムグさんはかなり早口にで話し始めた。
まず、さっきの兵士たちはその隣の集落にいた一団の一派のようで、三日前から彼らがこの館を通りたがっていたようだけど事前にタカヤマビコに言われてここを守るため必死に食い止めていたようだ。
だけど今日彼らの堪忍袋が切れて今日突入してきたため宝玉を盗んで逃げ回っていた顛末だ。
その話を聞いた後、私はツムグさんと門前まで歩きその一団が全員館から出ていったのを見届けてから話を振り出しに戻す。
「で、ナビィs何階来ているってどう言うこと?」
「うん。神官さんが教えてくれたの。そこで神輿を女中たちにいってこっそり入れ替えたんだけど開けるのが怖くて厠に隠して置きっぱ。もし干された死体だったら嫌でしょ」
「それはないですけど。確かに隠し場所には最適ですけどこの季節にそこってナビィさん起こりません?」
「——うん、待ってね」
ツムグさんが深呼吸をしてると先ほどまで神官を口論になり姿をくらませていたチトセがやって来ると私たちを呆れてみる。
「——あの、ツムグ? 流石に、厠に隠すのはどうかと思う。さっき神官に開けてもらったんだけど酷く衰弱していたから今館の奥で寝かして——」
私はチトセが言い終える前に自然と体が走り出した。
————。
そのまま館に入り、奥に進んで女中たちが出入りしている部屋につく。女中は私を見て「あ、ダメです!」と静止するもそのまま奥に入る。そこには気持ちよさそうに寝息を立てて眠っているナビィさんの姿があった。
それを見てか私は膝が崩れ視界が狭くなる。頭と呂律が急に回らなくなる。全身は震え身体中が痛い。おかしいな。
そしてそのまま床に倒れ込むと女中たちが私を協力して持ち上げて部屋から出した。
「待って、まだナビィさんと——」
「そうじゃないです。あなたの方が一番危ないです。死にますよ」
「え?」
私が変な声を出すと手の空いた一人の女中が鏡を渡しに向ける。するとそこには顔が真っ青で唇が紫っぽくなってる私の姿があった。
あぁ、そういえば私、ずっと気張ってたな。
その時次女中の一人が私の頬を撫でる。
「とりあえず今は安静に」
その時の女中の顔を見ると体が安心したのか自然と笑みを浮かべる感触がする。そうか、飛騨の騒乱は一応は片付いたのか。
私はゆっくり目を閉じる。ホットひと息をつく。
「——ありがとうございます。ちょっと休憩します」
私はほんの束の間の心地よう時間を安らいだ。
タカヤマビコのその後:
後世、口伝によればタカヤマビコは大王より両面宿儺と呼ばれのちに処刑されたと書いてあるが別の話では両面宿儺を倒した和織高彦のという後の飛騨国造のなった者がタカヤマビコであるという話もある。しかし、真実は定かではない。




