表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失踪令嬢の恋愛~どうして誰も気付かなかったのか?  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/35

23 ハリヤー・ディラクール――父――読み方を変えた手紙

 メリアが到着したのは、リルが屋敷を出た翌日の昼過ぎだった。


 ロイズ家の馬車は、表の車寄せではなく、少し横へ寄せて止まった。荷を運ぶ者の出入りを邪魔しない位置である。

 嫁ぎ先の癖が出ているのだろう。メリアは降りる時、御者に短く礼を言い、続いて侍女へ手荷物を渡した。

 帽子のリボンはディラクール家で覚えた結び方とは少し違ってきっちりしている。

 私は玄関広間で迎えた。


「父上!」


 メリアは礼をした。


「急に来てもらってすまない」

「いいえ。母上のお手紙だけでは、かえって心配になりました」


 その返事で、まず一つ、こちらの用意した説明は使えなくなった。

 マリーナは、娘の姿を見るとほっとしたようで、言葉にする前に近づき、その手を取る。


「よく来てくれました、メリア……」

「お母様」


 メリアは母の手を握り返す。だがすぐに問いかけてきた。


「アガサは、こちらにいないのですね」


 マリーナの指が止まる。


 私は、二人を応接室へ通した。

 ラリーは港への確認で出ている。ビリーは大学関係の用で昼過ぎまで戻らない。キャリーはすでに呼ばせてある。エルクは、呼ぶかどうか迷ったが、まずは話を整理してからにすることにした。

 そういう順番で考えている時点で、私はまだ整理できると思っていた。

 応接室に入ると既に茶の用意が出来ていた。

 メリアは掛けると、カップを受け取り、一口飲み、ソーサーへ戻す。


「お母様の手紙には、体調を崩して静養とありましたが?」

「外向きには、そう伝えている」

「では、家の中には」

「アガサは部屋にいない。外出着と靴、鞄が消えていた。リルは責任を感じて暇を取った。港町へ向かったという」

「リルも」

「ああ」

「《《なら》》、アガサは一人ではありませんね」


 微妙にそこを強調した問いかけに、私は返事ができない。メリアは手元の小さな革鞄を開け、布紐で括った手紙を出す。


「無論、父上の説明は伺います。ですが、その前にこちらを読んでください」

「何だ」

「アガサから私へ来た手紙です」


 マリーナがわずかに身を乗り出した。キャリーは扉の近くで立ったまま、じっとその束を見ている。


「全部ではありません。最近のものだけ持ってきました」


 メリアは一通を選び、私へ渡した。

 便箋はアガサのものだった。見慣れているはずなのに、なぜか少し遠く感じる。

 屋敷で見る娘の字と、姉へ向けて書かれた字は、同じ線でありながら、紙の上で少し動き方が違う。


 ――ロイズのお屋敷からは、本当に海が見えるのですね。

 ――以前伺った時、夜の灯りがとても綺麗でした。

 ――姉様はもう、潮の匂いに慣れましたか。


 私は読み進めた。メリアの息子のこと、ロイズ家の魚市のこと、庭の土が違うかという問い。……それから、フライトの名が出た。


 ――フライト兄様が、先日、マインカの港は海の匂いより先に荷の匂いがする、とおっしゃっていました。

 ――ワイホトには海がないから、かえって港の匂いをよく覚えているのだそうです。

 ――そういう覚え方もあるのですね。


 私はそこで紙を少し下げた。


「フライトの名は、以前から手紙にあった」

「はい」

「これは、港への興味ではないのか」

「港への興味《《も》》あります」

「なら」

「それだけではありません」


 メリアの返事は静かだった。だが引かない。


「父上、アガサは海を見たかったのだと思います。でも、海だけではありません」

「……お前は、何が言いたい?」

「アガサは、《《フライト様の見ているもの》》を見たがっていました」


 マリーナは膝の上のハンカチを握る。


「父上は、アガサが何を好きかはご存じだったと思います」

「本、旅行記、庭の白い花」

「はい。でも、その先に誰がいたかは、ご覧にならなかった」


 スージー・リクウッド嬢も似たことを言ったと、マリーナから聞いている。


 ――その先にいる人。


 私は手紙へ目を戻す。

 娘の字は、父である私を責めては来ない。もちろん、どこにもそんなことは書かれていない。海の灯り、潮の匂い、フライトの言葉が並んでいるだけだ。

 だが、並んでいるだけなのに、読み方を変えると、まるで違うものになる。


「メリア」


 マリーナが言った。


「貴女は、知っていたの」

「はっきり聞いたわけではありません」

「では」

「けれど、父のご友人への敬愛というには、少し距離が近いと思っていました」


 母娘の間に、短い間ができた。マリーナは次の言葉を探していた。私はその間にもう一通を手に取る。


 ――お姉様は、ロイズ家へ移られてから、ご自分の部屋の窓から見えるものが変わりましたか。

 ――私は時々、自分の部屋から見える庭が、とても綺麗なのに、どこへも続いていないように思うことがあります。

 ――変なことを書いてごめんなさい。

 ――ただ、海は続いているのでしょうね。


 私はその紙を読んだまま、しばらく動けなかった。


 ――庭が綺麗なのに、どこへも続いていない。


 アガサの部屋から見える庭は、よく手入れされている。マリーナが季節ごとに花を選び、庭師が丹念に枝を整えてきた。アガサが白い花を好むと聞いてからは、あの窓の下には白い花を切らさないようにした。

 私はそれを、よいことだと思っていた。


「……この手紙を受け取った時」


 メリアが言った。


「私は、しばらくこちらへ呼びたいと思いました」

「なぜ呼ばなかった」

「あの子を呼ぶには理由が要ります。アガサはディラクール家の娘で、私はロイズ家の嫁です。姉妹だから、だけでは済みません」

「私に言えばよかったではないか」

「言えば、父上は理由を作ってくださいましたか? なぜ必要なのかをお訊きになったのではないでしょうか?」


 私は答えようとして、言葉を止める。おそらく、訊いた。

 なぜ必要か。どれほどの期間か。婚約の話に支障はないか。ロイズ家へ迷惑はかからないか。アガサの体調か、気分か、学びか。理由を求めたはずだ。

 理由がなければ、娘は姉の家へ海を見に行けない。

 そのことを、私は今まで不自然だと思っていなかった。


「父上!」


 キャリーが扉の近くから言った。


「エルクを呼んだ方がいいと思います」

「なぜ」

「たぶん、手紙の話と同じことを、エルクは絵の話で言います」

「それは分かりにくくなるだけではないのか」

「でも、今は分かりにくいものが要ると思います!」


 キャリーにそう言われるとは思わなかった。

 私はベルを鳴らした。使用人にエルクを呼ばせる。

 しばらくして、エルクはスケッチ帳を抱えて入ってきた。襟元に青い絵の具が少しついていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ