11 キャリー・ディラクール――妹――そういうものだと思っていたのに
アガサ姉様がいなくなった。
そう聞いた時、私はまず「え?」と言った。
たぶん、すごく間抜けな声だったと思う。
いなくなった、とは何だろう。
寝込んでいるのでもなく、庭へ出たのでもなく、誰かの屋敷へ行ったのでもない。
部屋には姉様の姿がなく、外出着と靴と鞄が消えている。
父上と兄上は執務室を何度も出入りし、母上は顔色を悪くして、使用人達は廊下の端で口を閉じる。
屋敷全体が、ばたばたしていた。
扉の開け閉めが早い。足音が多い。誰かの名を呼ぶ声が低い。
女中頭がメイド達を集めて、いつもよりずっと怖い顔をしている。
なのに、私の部屋だけはいつも通りだった。
机の上には刺しかけのハンカチがある。窓辺には婚約者から贈られた小さな花鉢が置いてある。
棚には、結婚後に持っていく本をより分けて積んであった。
春から少しずつ支度している。母上は早すぎると言ったけれど、遅くなってから慌てる方が嫌だ。
私は十八歳。アガサ姉様より二つ下で、それでももう婚約者がいる。
相手は悪い人ではない。家もいい。年も離れすぎていない。
話し方は少し堅いけれど、私の言うことを最後まで聞いてくれる。贈り物も派手すぎないし、こちらの好みを外しすぎない。
だから、うまくやっていけると思っていた。
というより、うまくやるつもりだった。
結婚なんて、そういうものだと思っていたからだ。
家と家が決める。条件を見て、釣り合いを見て、将来を見て、本人達はその中で少しずつ慣れていく。
好きになれるならよい。ならなくても、嫌いでなければどうにかなる。
どうにもならないほど嫌なら、早めに言う。言って駄目なら、次の手を考える。
そういうものだ。
私はそう思っていたし、今でも半分くらいはそう思っている。
メリア姉様もそうだった。嫁ぐ前は、ロイズ子爵家の方とそこまで親しく見えたわけではない。
それでも今は子供もいて、手紙には嫁ぎ先の魚の匂いに慣れたと書いていた。
最初は朝から市場の話を聞かされて参ったけれど、今では値のよい魚と悪い魚の見分けがつくようになった、と。
――たくましい。
私はその手紙を読んだ時、そう思った。
だから、アガサ姉様もそうするのだと思っていた。
姉様は私よりずっと聞き分けがいい。
母上が言えば、まず聞く。父上が決めれば、うなずく。相手の方に会う日には、少し早く支度を済ませている。嫌だと言って騒いだところを、私は見たことがない。
だから少し、じれったかった。
――嫌なら嫌と言えばいいのに。
そんなふうに、私は思っていた。
思っていたけれど、たぶんそれは私が言える側だったからだ。私は割と、言う。
母上に「そのドレスは少し子供っぽいわ」と言われれば、「では子供っぽくないリボンを足します」と返す。家庭教師に「もう少し控えめに」と言われれば、「控えめにして覚えてもらえないより、多少目立って覚えていただく方が得です」と言う。
父上には、あまり強く言わない。そこは相手を見る。
だって父上に正面から言っても、だいたい商談みたいに返される。だから母上か兄上を挟んだ方が早い。
兄上は父上に似てきたけれど、まだこちらの言葉を聞く余地がある。母上は先のことを考えすぎるから、その先にこちらの希望を混ぜればいい。
そういうことを、私は何となく覚えた。
アガサ姉様は、覚えなかったのだろうか?
それとも、覚える前に諦めたのだろうか?
「キャリー」
部屋の扉が叩かれた。
入ってきたのは、私の侍女のネイラだった。私より四つ上で、もうすぐ結婚して屋敷を出る。ずっと私についてくれていたので、姉のようなところもある。
「奥様から、今日はお部屋でお過ごしになるようにとのことです」
「でしょうね」
「外へ出てはなりません」
「庭も?」
「庭もです」
「まあ、そうよね。私がうろうろしていたら、使用人達が余計に話しにくいもの」
ネイラは少し困った顔をした。
「お分かりなら、大人しくしていてください」
「分かっているから、こうして部屋にいるのよ」
「お嬢様」
「はいはい」
私は椅子に座り直した。
でも、じっとしていろと言われると、余計に落ち着かない。
刺しかけのハンカチを手に取る。白い布に淡い黄色の花を入れていた。
婚約者の家の紋章に使われている花だ。母上はよい心がけだと言った。ネイラは「お嬢様にしては素直な贈り物ですね」と言った。
ひどい。
でも、少し当たっている。
「ネイラ」
「はい」
「アガサ姉様、本当にいなくなったのよね」
ネイラはすぐには答えなかった。
「今、お探ししています」
「それは分かっているわ。私が聞いているのは、姉様が自分で出ていったのかどうか」
「それは、わたくしには」
「そうよね」
私は針を布に刺す。少し曲がった。気に入らないので、すぐ糸を抜く。
「外出着と靴と鞄がないなら、自分で出た可能性は高いわ」
「お嬢様」
「誘拐なら、もっと部屋が荒れるでしょう。窓も扉も壊れていない。宝石も残っている。なら、姉様は必要なものだけ持って出た。少なくとも、そう見える」
「そのようなことを、あまり」
「言わない方がいい?」
「はい」
「分かっているわ。ここでしか言わない」
ネイラはため息をついた。
私は少しだけ笑いそうになったけれど、笑えなかった。
いつもなら、こういうやり取りで少し気が軽くなる。でも今日は、どこかで止まる。
――アガサ姉様がいない。
その事実が、部屋の隅にずっとたたずんでいるようだった。




