10 ラリー・ディラクール――長兄――都合のいい言葉
「両方です」
私は答えた。
「アガサを探すためにも、外で勝手な話が形を持つ前に押さえるためにも、必要です」
母上は少しだけ目を伏せた。
「あなたは、ハリヤーに似てきましたね」
「そうでしょうか」
「ええ。よいところも、困ったところも」
母上の声には、責める響きはない。だから余計に返しにくかった。
「父上にも伝えます」
「お願い」
「メリアには」
「これから手紙を書きます」
「私からも書きましょう。ロイズ家へ入っていますから、母上からだけでは弱い。私の名で、家としての説明も添えます」
「ありがとう」
「親戚筋には、まだ伏せるべきです」
「どこまで」
「少なくとも今日中は。明日になれば、いずれ漏れます。それまでにこちらの文言を決めます。アガサは体調を崩して静養中。婚約の件で心労があった。表向きはそれで通す」
「失踪とは言わないのですね」
「言えません」
即答する。
「未婚の令嬢が行方知れずなどと出せば、戻った後に困ります。無事に戻っても、皆、何があったのかと聞く。誰といたのか、どこにいたのかと考える。アガサ本人がどれほど傷つくか分かりません」
言いながら、私は自分の声が少し強くなったことに気付く。母上も気付いたのだろう、こちらを見ていた。
「心配しているのですね」
「当然です」
「そう」
母上は小さく息を吐いた。
「……当然なのに、どうしてでしょう。今こうして言葉にしないと、分からなくなってしまうのですね」
「母上?」
「私は、アガサのために評判を守ろうとしているのか、評判を守るためにアガサを使っているのか、時々分からなくなります」
「どちらも同じでは?」
言ってから、違うかもしれないと思った。母上は苦笑する。
「そう言うところが、ハリヤーに似ています」
「父上なら、もっと上手く言います」
「あなたは少し正直すぎます」
「ディオ・マダラールも、正直すぎて揉めたようですが」
「ええ」
母上の顔が少し曇る。
「彼は、アガサに直接言ったそうです。婚約を白紙に戻したいと」
「順番を間違えましたね」
「ええ」
「ただ、本人同士の話を無視しなかったという点では、間違いきってもいない」
母上が私を見ました。
「あなたは、そう考えますか」
「手順としてはまずい。ただ、私達は本人の気持ちをどこまで見ていたのか、と言われると」
そこで言葉が止まった。私は、アガサとディオが合わないことに気付いていただろうか?
……気付いていなかった。
いや、会った時に少しだけ思ったことはある。ディオはよく喋る。アガサは聞く。ディオは楽しそうに見えた。アガサは穏やかに見えた。なら悪くないのだろうと、私は判断した。
――穏やかに見えた。
最近、その言葉ばかりが出てくる。
皆、アガサをそう見ていたのかもしれない。
――穏やか。
――聞き分けがいい。
――分別がある。
――合わせられる。
どれも、こちらに都合のよい言葉だった。
「ラリー」
「はい」
「アガサは、あなたに何か言っていませんでしたか」
「私にですか」
「ええ。兄妹でしょう」
――兄妹。
母上にそう言われると、妙に落ち着かない気持ちになった。
確かに私は妹達の兄だ。家の後継ぎとしても、長男としても、そのつもりで振る舞ってきた。
メリアの結婚の時には相手方とのやり取りも手伝った。キャリーの婚約にも意見を出した。エルクの絵の件では、父上にあまり強く否定しない方がいいと一度だけ言った。ビリーの大学の費用についても、父上と話した。
では、アガサには? 何をした?
「特には」
私は答えました。
「アガサは、あまり私に相談をする方ではありませんでした」
「あなたも、あまり聞かなかったのでしょう」
「そうですね」
そこは否定できなかった。母上も否定を求めてはいなかったようだ。
「イヴリーは何と」
「妻は、アガサのことを心配しています」
「それはそうでしょう」
「それから、こう言いました」
私は少しだけ言いづらくなる。
「私達は、アガサ嬢が何を好きなのか、どれくらい知っているのかしら、と」
母上は黙った。
イヴリーは政略で私の妻になった。だが、気質は合った。少なくとも私はそう思っているし、彼女もたぶんそう思っている。結婚前からよく話し合った。商会のことも、子供のことも、互いの家の癖も。
それを可能にしたのは、私が有能だったからではない。イヴリーが、思ったことをきちんと言う女だったからだ。
それを私は面白いと思った。頼もしいとも思った。時には手強いとも思う。だが、黙って合わせられるよりずっといい。
――アガサが黙って合わせていたのなら。
それを、私は良いことのように見ていた……?
「アガサは、何が好きだったでしょうね」
母上は言う。
「本」
「ええ」
「港の話。異国の品。庭の白い花。子供の頃は、地図を見るのも好きでした」
「あなたは知っていたのですね」
「断片だけです」
私は首を振りました。
「知っていたとは言えません」
その時、廊下から足音が近づいてきた。執事が扉の外で声をかけてくる。
「若旦那様、旦那様がお呼びでございます。港の船名簿について、至急ご相談があるとのことです」
もう父上は動いている。さすがだと思うと同時に、少しだけ嫌な予感もした。
「分かった。すぐ行く」
私は返事をして、母上へ向き直りました。
「リルの件は、女中頭に確認を。港町の相手の名も私に回してください。船名簿を見るついでに、調べます」
「ええ」
「母上は、メリアへの手紙を」
「書きます」
「アガサの体調不良という形で」
「分かっています」
母上はそう言って、ようやく少し背を伸ばした。
私は一礼して部屋を出る。廊下を歩きながら、私は頭の中で順番を組み替えていた。
昨日と一昨日に出た船。客船、定期便、商船。港で乗客名を残すものと、残さないもの。フライト・バンスワン卿の荷。ワイホト行きの取引品。リルが口にした港町の下宿屋。
調べることは多い。だが多い方がいい。手を動かすものがある間は、余計なことを考えずに済む。
――アガサがどこにいるのか。
――何故、何も言わずに出たのか。
そこへ考えが戻りかけるたび、私は次に誰へ使いを出すかを考えた。父上ならそうする。私も、そうする。
角を曲がると、父上の執務室の扉が見えた。
――まず船名簿だ。
そう口の中で言ってから、私は扉を叩いた。




