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失踪令嬢の恋愛~どうして誰も気付かなかったのか?  作者: さんけい


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9 ラリー・ディラクール――長兄――外へどう伝えるか

 母上からリルに暇を出すと聞いた時、私はまず、それは早すぎるのではないかと思った。

 思ったが、口にはすぐ出さなかった。母上は疲れていた。


 それは見れば分かる。もともと細かなところまで気にする方だ。

 ひとつの話を聞けば、その先に起きる五つか六つの厄介事を考える。アガサの失踪などというものが起きてしまえば、ただ心配だけをしていられるはずもない。

 いや、心配していないわけではないのだ。

 ただ、母上の心配はいつも少し先へ行く。アガサが今どこにいるかより、アガサが戻った後にどうなるか。戻った時に噂がどう広がっているか。親戚が何を言うか。マダラール家がどう出るか。次の縁談に響くか。響くとして、どこまで食い止められるか。

 それを薄情だと責める気にはなれなかった。

 私も同じことを考えたからだ。


「リルを出すのですか」


 私は母上に尋ねた。

 母上はソファに腰掛けたまま、はい、と答えた。テーブルの上には冷めた紅茶のカップが置かれている。母上はそれに手をつけようとして、結局やめた。


「本人が強く望みました」

「今ですか」

「今です」

「屋敷の外へ出すには時期が悪すぎます」

「分かっています」

「なら」

「置いておくにも、時期が悪いのです」


 母上はそう言って、私を見た。


「屋敷の者達の目が、あの子へ向いています。誰も責めていないと言いながら、皆、何か知っているのではないかと思っている。ハリヤーも、きっとまた尋ねるでしょう。あなたも、こうして尋ねに来た」

「私は確認に来ただけです」

「それも、あの子には同じことです」


 母上の声は静かだった。

 その静けさが、かえって弱っているように見えた。普段なら、もっと先回りして言葉を重ねる方だ。こちらが何か言う前に、三つくらい理由を並べる。それが今は、一つ一つ選んでいる。


「母上、リルがアガサを手引きした可能性はあります」

「ええ」

「認めるのですか」

「可能性だけなら、何でもあります」


 そこで私は少し黙った。

 母上は疲れているが、考えていないわけではない。むしろ、考えすぎている。


「もしそうなら、外へ出すのは危険です」

「もしそうでなくても、ここに置くのは危険です」

「家の外へ出れば、こちらの管理から外れます」

「家の中に置けば、疑いの中心に置き続けることになります」


 母上は膝の上で指を組んだ。


「ラリー。あなたは、この屋敷の者達が、リルをいつも通りに扱えると思いますか」


 私は答えられなかった。

 扱えないだろう。

 女中頭も、執事も、古くからいる使用人達も、表向きは落ち着いている。だがアガサ付きのメイドが、アガサの失踪に気付かなかった。昨日一日、声も聞かず、姿も見なかった。それを皆が忘れるはずがない。

 しかもアガサは、ただの令嬢ではない。この家の次女だ。私の妹だ。

 そう考えてから、少し遅れて胸の中に引っかかりができた。


 ――私の妹。


 その言い方を、私は今日までどれくらい真面目に考えてきただろう。

 私とアガサは五つ違う。幼い頃には、確かに同じ屋敷にいた。

 けれど私が後継ぎとして父上に連れられて出入りするようになると、妹達との時間は自然に減った。

 メリアは姉らしくよく喋る。ビリーは面倒な理屈を言う。キャリーは年のわりにさばけている。エルクは、何を見ているのか分からない時がある。

 アガサは、その中で一番手がかからなかった。そう見えた。

 だから、私もあまり構わなかった。


「兄上はお忙しいから」


 いつだったか、アガサはそう言った。

 何の時だったか思い出せない。私が何かの約束を忘れたのか、家族の茶会に遅れたのか、庭を一緒に歩く約束でもしていたのか。ともかく私が謝ると、アガサはそう言った。


 ――兄上はお忙しいから。


 それが聞き分けのいい言葉に聞こえたので、私は助かったと思った。

 今思えば、助かったと思った時点で、私はそれ以上考えなかったのだ。


「ラリー」


 母上に呼ばれて、私は目を上げた。


「あなたはどう思います」

「リルの件ですか」

「ええ」

「外へ出すなら、こちらで理由を整えるべきです。責任を感じて自ら暇を願い出た。屋敷としては、長く仕えた娘なので支度金を持たせた。行き先も確認している。そういう形なら、まだ通ります」

「女中頭にも、そのように伝えます」

「行き先は」

「港町に、乳母の知り合いがいるそうです」

「港町」


 私は眉を寄せた。


「よくありません」

「私もそう言いました」

「人の出入りが多い。噂も早い。今、うちの関係者を港へ出すのは」


 言いかけて、私は言葉を止めた。


 ――港。


 アガサがどこかへ向かったとして、港は当然考えるべき場所だ。マインカ王国は海で商いをしている。船に乗れば、国内の別の港へも、海の向こうへも行ける。

 だが、アガサが一人で港へ向かうだろうか。

 いや、一人でなくとも。


「父上は港を調べていますか」

「ハリヤーは商会の出入りを調べさせています」

「港の船名簿も必要です。昨日と一昨日、出港した客船、商船、定期便。女連れ、または若い女性の客を乗せたもの。手配します」

「ラリー」

「はい」

「アガサを探すために?」


 母上にそう聞かれて、私は一瞬、返事に詰まった。

 何故詰まったのか、自分でも分からなかった。

 探すために決まっている。妹がいなくなったのだから。だが、同時に私は、外へ噂が出る前に動くため、とも考えていた。船名簿を押さえれば、外に妙な話が広がる前にこちらが先に知ることができる。もしアガサの名があれば、どう扱うか決められる。なければ、港へ出たという噂を抑えられる。

 どちらが先だったのか。妹の行方か、家の体面か。

 たぶん、私はその二つを分けずに考えていた。


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