006 能力の検証
次の日の朝。
メイドの声により目を覚ます。
昨夜は遅くまで『魔法』についての考察を行っていた。
なのでつい寝坊をしてしまう。
俺はメイドに返事をし部屋を出る。
(……いや、俺は何をしている。今までとは、もう違うというのに)
身体に染み付いてしまった癖に苦笑する。
何もメイドの指示通りに部屋を出る必要など無いのだ。
しかし――。
(……違うな。このままでいいのだ。俺は力を隠し、徐々に周りに格の違いを見せ付けるのだ)
長い中央階段を降り、リビングルームへと向かう。
ミリアの姿が見えないが、きっともう訓練学校に向かったのだろう。
彼女の通うグランディア訓練学校は伝統的な『技』の伝授に長けた学校だ。
そこで上位の成績を納めているミリアは『裁縫技』を専攻としている。
この世界で無数に存在する『技』。
その中で自身の最も得意とする『技』を極め、人々は生活をしている。
どんな人間も生まれたときから『技』の才能を秘めている。
戦闘に秀でた『技』、商売に適した『技』、作物を育てる『技』――。
しかし稀に、まったく『技』の素質を持たない子供が生まれてくることがある。
一説には100万人に1人とか1000万人に1人とか言われているが、詳しいことは分かっていない。
こういった『異端児』は、通常ならば生まれた後にすぐに殺されてしまう。
『技』の素質を持たないことには、この世界を生きていくことは難しいのだから。
だが俺は生きている。
アースガルド家に生まれた長男として、その財力と知名度のお陰で殺されることなく生きてきた。
しかし両親が死に、アースガルド家は崩壊。
それから俺の人生は奈落の底へと落ちていったのだ。
もはや人間としては扱ってもらえなかった。
テレミウス家の一員とは言っても、雑用のメイドから白い目で見られ。
ギルドに出向くも、仲間やギルド長からは馬鹿にされ。
街の住人もまともに俺に話し掛けてくる奴などいなかった。
ブッカの奴は面白半分に俺に絡んできていたが。
「どうぞ」
席に着くと先程俺を起こしにきたメイドのシイラが朝食を差し出す。
メイドとして働いている彼女だが、元々はレイノルム家の令嬢だ。
テレミウス家に教育の一環として、一時的にメイドとして働いているに過ぎない。
綺麗な銀髪をさらりと撫で、シイラは冷たい表情で俺を見下ろす。
彼女はこう考えているのだろう。
『どうして技も使えないような出来損ないに、私がメイドとして食事を用意しなくてはいけないのか』。
彼女の表情を見ていると手に取るように分かる。
「いただきます。シイラさん」
俺はフォークを手に取り朝食を頂く。
サラダとベーコンエッグ、それにコーンスープ。
彼女なりのプライドなのか、俺のことを見下している割には料理に手は抜かない。
きっとテレミウス伯爵に俺が何か言わないかと恐れているのだろう。
出来損ないでも、俺はテレミウス家の一員なのだから。
全て食べ終えた俺は席を立ち上がる。
その様子を横目で見ていたシイラは、何も言わずに食器を下げる。
昨日までの俺ならば、その行為に腹立たしさを覚えていたのだが、今朝は何とも思わない。
人は、一日でこんなにも変わるものなのか。
それとも『神の力』が、俺の精神にも影響を及ぼしているのか――。
「今日もギルドで仕事があるので、自室で少し休んだら出掛けます」
台所で洗い物をしているシイラに声を掛け、俺は部屋へと戻っていく。
特に何も返事をしないシイラは、黙々と食器を洗っている。
いつか、彼女にも『魔法』の力を試してみよう。
そんなことを考えながら俺は、ギルドの出発時間まで『魔法』の考察を続けることにした。
◇
頭の中にある『説明書』から徐々に情報を引き出していく。
やはり『氷の魔法』の力を最大限に行使出来るようになるには、ある程度の熟練が必要らしい。
しかし、ヴィゼンド洞窟で初めてこの力を使ったときには、すでに神に匹敵するほどの力を得ていた。
千切れた腕は再生し、撒き散かった臓腑も元通り再生した。
念じるだけで獰猛なモンスターを一瞬で凍りつかせ、弓撃士でも狩ることが難しいとされるモンスターもいとも簡単に狩ることが出来た。
俺はこれから、これ以上の力を手に入れることになる。
その気になれば、世界全土を凍らせることも可能かも知れない。
(まずは、この街のギルドとこの屋敷を手に入れるか……)
テレミウス伯爵は今夜には戻ってくるだろう。
伯爵夫人はそろそろ帰ってくる頃だろうか。
ならば、まずはレグザと夫人を支配下に置くか。
そのためには、早急に『命令』による魔法の副作用の低減を身につけなくてはならない。
昨夜、ミリアに最後に使った魔法はちょうどいい魔力量だったらしいから、そこから微調整して――。
俺は思いついた内容をメモに取っていく。
(後は、俺自身の能力をいかにしらしめるかだな……)
『魔法』の力をしらしめるのでは無い。
それでは俺が世界中から本物の『異端』として命を狙われる可能性がある。
そうではなく、もっと良い方法が――。
(……そうか。まだ誰も発見したことのない『技』の一種だと思わせれば……)
今でも稀に新種の『技』が発見され、世間を賑わすことがある。
そこに俺の『氷の魔法』の力を上手く紛れ込ませることは出来ないだろうか。
『技』の使えない俺でも、一瞬だが武具の紋章を輝かせることは出来る。
その瞬間に『魔法』を発動して――。
俺の脳内の『説明書』は可能だと返答する。
氷の結晶に光を宿して、紋章師に刻ませた紋章内部へと入り込ませ、『技』発動時に発生する特有の閃光に似た光を発生させる。
そうすれば、あたかも俺が『技』を発動させたと思わせることが出来る。
今までずっと『異端児』としての烙印を押されていた俺が、皆をあっと驚かせる『技』を身に付けたとしたら――。
俺は身震いをする。
今まで俺を虐げてきた連中を、これで見返すことが出来る。
そしていずれは、世界の全てを手中に収めてやる――。
俺はペンを置き、中空に視線を泳がす。
大きく息を吸い、吐く。
しかし高ぶりは収まる様子が無い。
どこかで発散させなければ、叫び出してしまいそうになる。
「……シイラ……」
俺はのそりと立ち上がり部屋を出る。
この高ぶりを、シイラで発散させよう。
彼女はまだリビングにいるはずだ。
今まで散々、俺を馬鹿にしてきたのだ。
こういう時こそ発散させて貰わないとな。
「くくく……」
俺の押し殺した笑い声が渡り廊下に響き渡った。




