004 最愛の義妹
ふと声がして俺は目を覚ます。
どうやらワインを飲んで眠ってしまっていたようだ。
「出来たぞ、ほら」
額に汗を掻いたブッカは一つの紅い宝石を差し出してくる。
多角形に磨かれたそれは、まるで血の色をした結晶のようだ。
『ヴァイオレッドウェンディ』。
結塊臓から作られた宝石の名だ。
「よくやったぞ、ブッカ」
俺は宝石を受け取り、ブッカの肩を軽く叩く。
すると魂でも抜かれたかのように、彼はその場で気絶してしまった。
これは『神の力』の副作用なのだろうか。
強制的に対象者に命令を下すのだから、これくらいの代償は仕方がないのかも知れない。
そのまま俺は店を出る。
命に支障が無いことは俺の脳内の『説明書』が証明してくれている。
そのうちに目が覚めるだろう。
その足で人気の無くなった中央通りを抜け、ギルドへと向かう。
窓から細く灯が燈っているのが確認出来た。
レグザはきっとまだ起きている。
さっさと任務を報告して家に帰ろう。
◇
「ん……? ああ、クレルか。遅かったな。どうだ? 依頼は達成出来たか?」
扉を開けると読書をしていたレグザが顔を上げた。
なにやら難しそうな本を読んでいるが、本を読む姿がまったく似合っていない。
俺は懐から《大眠兎の白紫毛皮》を取り出し、テーブルへと投げ渡す。
「ほう。一応倒せたみたいだな。どうせ寝込みを襲って耳の裏を一発、だろ?」
ケラケラと笑いながら素材を受け取ったレグザは依頼書に判を押す。
俺は何も答えずにその場を去ろうとする。
「おい、ちょっと待てよ。報酬はいらないのか」
依頼達成額である500Gを手渡そうとニヤニヤしたまま立っているレグザ。
俺は無表情で振り返る。
「ああ、金には困っていない。酒代の足しにでもしてくれ」
そう言い残し扉に手を掛ける。
しかし、レグザは俺を逃がそうとしない。
ゴツゴツとした浅黒い色をした手で俺の肩を掴み、強制的に振り向かせる。
「ああ? 何だてめぇ、その態度は。大眠兎を倒したくらいで粋がってんじゃ――」
「触るな」
鋭い目つきでレグザを見返す。
殺しては駄目だ。
俺は最小限に威力を落とした『氷の魔法』を発動する。
「あ……?」
俺の肩に触れたレグザの手が徐々に凍っていく。
腕の一本くらいは貰っておいた方が今後のためか。
それとも指ぐらいにしておいてやるか。
「ひっ……! な、なんだよこれ……! お、俺の……手が……!」
慌てて俺から手を離し、暖炉で沸かした湯にそのまま素手を突っ込むレグザ。
俺は口元に笑みを浮かべながらその様子をただ見ている。
「何なんだよ……! どうして溶けない……? くそっ! 俺に何をしやがったクレル!!」
「何を言っているんですか、ギルド長殿。貴方が勝手に俺の肩を掴んだんじゃないですか。俺は別に何もしていませんよ」
どうにかして笑いを堪えながらそう答える。
何をしても無駄だ。
俺の意思以外でその氷を溶かすことなど不可能だ。
これは『魔法』の力。
普通の凍結とは違うのだから。
レグザの手から次第に肘まで氷が登っていく。
そして腕全体を覆い、肩にまで差しか掛かってきた。
このまま腕を落としてやろう。
そうすれば、二度とあの大斧を振るうことは出来ない。
レグザはギルド長を引退せざるを得なくなるな。
ならば、次の『ギルド長』は誰がなる?
「た、助けてくれクレル……! 腕が……! 俺の腕が……!」
必死に湯に腕を浸しながら懇願してくるレグザ。
そしてその腕を破壊しようとした瞬間、ふと扉の外に人の気配を感じ躊躇する。
(誰だ……? こんな時間に……?)
扉の覗き穴から外を窺う。
そこには俺の義妹のミリアの姿が――。
『すいません、レグザさん。まだ起きていますか?』
控えめなノックをしながらミリアが声を掛けてくる。
俺は一瞬だけ思案し、溜息を吐く。
「命拾いをしたな、レグザ」
一旦扉から離れ、レグザの元へと歩む。
完全に怯えた表情のレグザに人差し指を伸ばす。
「ひっ……!」
死を覚悟したのだろうか。
レグザは怯えた子供の様にギュッと目を瞑った。
俺はその様子に満足し、奴の腕の凍結を解除する。
そしてそのまま人差し指を奴の額に当て、ブッカの時と同じように命令した。
「今の出来事は忘れろ。俺は依頼を達成し、今しがた戻ってきたばかり。いいな」
「……あ、ああ」
素直に俺の命令を受けたレグザは何事も無かったかのように扉へと向かう。
「あ、レグザさん。すいません、こんな夜分遅くに」
「ああ、ミリアちゃんか。どうしたんだ?」
「ええと、お兄ちゃんが戻ってこないのでどうしたのかと……あ、お兄ちゃん!」
部屋の奥にいる俺に気付き声を上げるミリア。
精一杯仮面の笑顔を見せた俺は彼女に駆け寄る。
「悪いな、ミリア。今さっき依頼を終えて帰ってきたところなんだ。ギルド長に報告するのは明日でもいいかと思ったんだけど、せっかくだから報告しておこうと思って」
「依頼……? え! お兄ちゃん、依頼を貰えたの! 凄い!」
俺の言葉を聞きはしゃぐミリア。
今まで一度も俺にクライアントから依頼がきたことが無いのは当然ミリアも知っている。
まるで自分のことのように喜ぶミリアに、俺は少しだけ顔を背けてしまう。
「せっかくミリアちゃんが迎えにきてくれたんだ。今夜はもう帰れ、クレル」
俺の命令通りの言葉を発するレグザ。
奴の目は焦点が定まっていない。
言葉どおり『操り人形』のようだ。
「ああ、そうさせて貰うよ。行こう、ミリア」
「うん!」
ミリアはそっと俺の服の裾を掴み、嬉しそうに今日あったことを話してくる。
歳は3つほど違うが、時折見せるこういった姿により非常に幼く感じてしまう。
彼女の話を聞きながら、俺はふと考えてしまう。
『魔法』の力で人を操ることが出来るのであれば、人の『本心』を暴くことも出来るのではないか――。
ならば今こうやって嬉しそうに話しているミリアの『本心』も――?
(……今夜はテレミウス伯爵も夫人もいない。メイド達は別館で寝るだろうから、屋敷には俺とミリアの2人っきり……。試してみるには絶好の条件だな)
彼女の本心を知りたい。
俺はずっとそれを願っていた。
俺に対し優しく接するのは、俺が憐れだからだろうか?
それともただの暇潰しか。
「――だっていうから、私……。お兄ちゃん? 聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。で? それからどうしたんだ?」
「でね、その子がいうには、レイノちゃんが遅刻したのは理由があって――」
今日一日に起きたことを全て話すつもりなのだろうか。
ミリアは一度話し出すと止まらない。
でも、俺は彼女の話が嫌というわけでは無い。
何も考えずに彼女の話を聞くと、気分が晴れやかになってくるから。
屋敷に帰り着くまで、ミリアはずっと喋っていた。
俺はいつものように適当に相槌を打ち、それで彼女は満足する。
彼女の本心を知るのは、正直怖い。
もしかしたら、彼女の回答次第で俺は――。
――最愛の義妹を殺してしまうかも知れないのだから。




