030 連続使用の制限
食事を終え、皆が寝静まった後。
俺はひとり寝床を抜け出し湿原を闊歩する。
明日早朝に出発し、要塞都市バトランドには昼過ぎには到着する予定だ。
そのまま街の中央にあるギルド本部へと出向き、レグザから手渡された紹介状を提示する。
まだギルド本部には俺のことは伝わっていない可能性が高い。
当然だろう。
まだ俺が『氷の魔法』の力を手にしてから一月も経っていないのだから。
手の平に意識を集中し、氷の結晶を具現化する。
そこに映る自身の素顔。
かつてのように妬みや憎悪に狂った表情ではない。
俺は軽く拳を握り氷の結晶を砕く。
キラキラと月明かりを反射した氷の粒は、湿原へと落ち、四散する。
魔法の副作用については食事中も考察したが、やはり『連続使用』が鍵だと判断した。
一つ一つの魔法の威力はさほど関係しない。
問題なのは使用回数だろう。
そしてもう一つ。
ギルドの演習場でグラッドやレックと戦ったときや、グランディア訓練校でリリィやゼシカに対し連続使用した魔法。
あの時には副作用は発生しなかった。
つまり――。
「戦闘用の魔法には今のところは使用制限は無く、戦闘以外での魔法には連続使用に関する『副作用』が発生するということか……」
俺が使用出来る『氷の魔法』は系統別に6つに分けてある。
【対象凍結】や【組織修復】、【幻視幻聴】などの戦闘用の魔法には使用制限が無く。
【時間逆行】や【洗脳誘導】、【性的快感】などの非戦闘用の魔法には使用制限が付加される。
連続使用の限界を超えると激しい頭痛と眩暈の副作用が起こり、一時的に全ての魔法の効力が弱まってしまう。
そして使用を再開するにはある程度の時間が必要となる。
また、魔法を使用された『対象者』にも副作用が発現することが分かっている。
通常の副作用は気絶などの簡易的なものだが、酷い場合は死亡してしまう。
これは恐らく、対象者ごとに『魔法耐久力』のようなものが存在するのだろう。
耐久力の低い者は副作用が多く発現し、死に至る可能性が高くなる。
『グルルルゥ……』
ふと背後に気配を感じ振り向く。
そこには身を低くして俺を威嚇している狼型のモンスターが。
「ほう……。ここまで接近されるまで気付かなかったとは……。ステルス系の『技』でも使ったか」
俺の言葉に答えるかのように、狼型のモンスターの額には紋章が光を灯している。
闇夜に紛れ獲物を狙う急襲型のモンスターということか。
『ガウゥ!!』
一際大きく紋章に光を灯した狼型モンスターは、一瞬のうちに俺の喉元へと飛びかかってくる。
ぶちぃ! と鈍い音が闇夜に木霊し、俺の喉元は喰い破られる。
月夜に撒き散らされる俺の血液。
真っ赤に染まった湿原に、獲物の匂いを感じ取ったのか。
わらわらと現れてくる狼型のモンスター共。
俺は不自然に曲がった首を片手で押さえ、もう片方の手で食い破られた喉元を覆う。
そして【組織修復】の魔法を発動する。
敷き詰められた氷の結晶がバリバリと音を立てる。
そして徐々に人間の皮膚を再生していく。
「もう完全に力が戻っているな。長くとも数時間ほどで力は戻る、か」
実際は頭痛が収まったあたりから魔法の再使用は可能なのかも知れない。
しかし本来の力が戻っているとは限らない。
そのあたりの検証は、また今度行うことにするとして――。
『グルルルゥ……』
『ウウゥ……』
「数は全部で……8匹か。血の臭いに釣られてきた阿呆どもめ」
『ガウウゥ!!』
言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、先程俺の喉元を食い破った狼が再び跳躍する。
「凍れ」
『!!』
俺の一言で、中空で凍り停止した狼型モンスター。
一体なにが起きたのか想像もつかないまま、あの世へと旅立ったわけだ。
「しかしまあ、これで俺に歯向かった罰を受けたことにはならないのだが」
すぐさま凍結を解除し、【時間逆行】の魔法を発動する。
蘇った狼は目を丸くしたまま微動だにしない。
「共食いでもしてもらおうか」
俺は右腕を掲げ【幻視幻聴】の魔法を発動する。
蘇った狼型モンスターを含め、8匹全てに魔法をかける。
『グルルルゥ!』
『ギャギャン!』
『ガウウウゥ!!』
次々と仲間を襲いだす狼の群れ。
俺はニヤリと笑い、その光景を眺めているだけ。
「安心しろ。お前らの肉は料理の素材として持ち帰ってやる。腐らせることなどしないさ。俺は『氷の魔法使い』だからな」
狼達が絶命するまでの間、俺は静かに月を眺める。
ミリアは屋敷で良い子に過ごしているだろうか。
早く任務を終わらせて彼女を抱きしめたい。
そして、旅先での出来事をたくさん話してやりたい。
最後の一匹が血だらけの姿で俺を睨みつけている。
俺は優しく微笑み、氷の剣を具現化する。
「敗者は強者の糧となり、血肉を捧げ、永遠の魂を手に入れるのだ」
振り上げた氷剣を無慈悲に振り降ろす。
狼の首が月夜に舞い上がる。
俺は肉塊となった狼達の皮を魔法の力で一瞬で剥ぎ取り。
残りの血肉を凍結させ異次元への扉を開き、放り込む。
この扉の向こうは、一体何処と繋がっているのだろう。
きっとそれは知らないほうが身の為なのだろう。
ひどく寂しい、黒一色の何も無い空間。
所々に煌く光は紋章の光なのか、それとも別のなにかなのか。
「……さあ、もう戻るか」
ひとつ大きく伸びをした俺は、欠伸を噛み殺す。
テントに戻れば、恐らくフィメルが声をかけてくるだろう。
今夜は彼女の相手をしてやろう。
きっと彼女もそれを望んでいる。
彼女がどこまで本気なのかは、これから知っていけば良い。
永遠に俺に付き従うというのであれば、悪いようにはしない――。
俺は静かにその場を後にする。




