031 王立騎士団
「ふわぁ……。眠いですねぇ……」
大きく欠伸をしながら目を擦っているリリィ。
「だらしないわね……。でも、私もまだ何となく眠いけど……」
リリィに釣られて欠伸を噛み殺すゼシカ。
次の日の早朝、俺達一行はテントをたたみ要塞都市へと出発した。
道中は昨日ほどはモンスターと遭遇することもなく。
比較的スムーズに馬車は湿原を走っていく。
「……」
リリィらの横でしきりにフィメルの様子を眺めているアーリア。
「? ど、どうかしたの? アーリアちゃん?」
「……いや、リリィ達はまだしも、どうしてフィメル先生まで眠たそうにしているのかなって」
アーリアの言葉に一瞬のうちに顔が真っ赤になるフィメル。
恐らくアーリアは気付いている。
リリィとゼシカには魔法の副作用がまだ残っている事を。
そしてフィメルが眠たそうにしているのは――。
「ぜ、ぜぜぜ全然眠たくなんてないのよ! ほら! 昨日は手強いモンスターと沢山戦ったし!」
「……先生。そんなに慌てたら白状しているようなものですよ」
「ジルくん!? ははは白状してるって、なんの事かな!?」
更に顔を真っ赤にさせながらジルに突っ掛かるフィメル。
「(ねえねえ、ゼシカちゃん。白状ってなんの事かな)」
「(さあね。まあ、大体の想像は付くけど)」
「そこの2人! 聞こえていますよ!」
とうとう車内で立ち上がったフィメル。
そしてそこに居る全ての人間が、次に何が起こるのかを想像出来た。
「く、クレル先生! 皆にきちんと説明を――きゃっ!」
馬車の揺れに合わせ盛大に転ぶフィメル。
俺は溜息を吐きながら彼女に手を差し伸べる。
「お前ら、あまりフィメル先生をからかうんじゃない。昨夜は遅くまでフィメル先生と今後の打ち合わせをしていただけだ」
「へぇ……。打ち合わせねぇ」
足を組みながらゼシカは疑い深い顔を俺に向ける。
「何だかドキドキしてきましたぁ! 『大人の恋』って良いですねぇ……!」
「もう! リリィちゃん!」
半分泣きべそを掻きながら、まだ反論しようとするフィメル。
「まあ、大人な先生方がナニをしていようと構わないけれど、あまり露骨に生徒達に見せつけないでよね。私達だって思春期真っ只中なんだから」
ニヤニヤと笑いながらゼシカが追い討ちをかける。
「うぅ……。クレル先生……」
「はいはい。もうこの話は終わりだ。そろそろ要塞都市に到着する頃だぞ。窓の外を見てみろ」
フィメルを救済するために生徒らの意識を外へと誘導する。
湿原の先には鈍い銀色に輝く外壁に覆われた巨大な都市が見える。
「あれが『要塞都市バトランド』……。僕も実物を見るのは初めてだ……」
「私も見るのは初めてだわ。まあ、ギルド本部の置かれた街なんて行く機会なんてそうそう無いのだし」
ちらりと俺に視線を向け、そう呟いたアーリア。
もしも彼女の技型が『特殊型』だと入学前に判明していたら、きっと何度も訪れる場所になったのだろうが。
彼女は自身の技型が暴かれるのを今でも恐れているのだろうか。
もしもそうだとしたら、魔法による麻薬以外にも俺に弱みを握られていることになる。
フィメルやジルも、恐らく彼女の技型については既に感づいているだろう。
未だに気付いていないのはリリィとゼシカくらいだろうか。
「……戦争なんて、無くなれば良いのですけれど……」
ふと表情を曇らせたフィメル。
彼女の過去を全て知っているわけではないが、もしかしたら俺と同じような目に遭ったことがあるのかもしれない。
戦争は、人を人とは認めない行為だと誰かが言っていたのを思い出す。
捕虜として捕らえられた者は、地獄の苦しみを味わった後に無残にも公開処刑をされる世界。
この国はギルドや《王立騎士団》により守られているが、今後も他国の侵攻を食い止められるかは定かではない。
いつ緊急招集がかかり、全ギルド職員やグランディア訓練校の教師が集められるかも分からない。
場合によっては戦闘職に特化した生徒らにも召集がかかるかも知れないのだ。
(もしもそうなった場合は、俺の生徒を優先的に参加させるつもりだがな……)
戦争に召集されれば、俺の成り上がり計画は一気に現実味を帯びる。
伯爵家からも尊敬の眼差しを受け、国の期待を一身に背負うことにもなる。
しかし、決して俺が『魔法使い(ディザベラー)』だと知られてはいけない。
国の英雄となる人物が、禁断の力を手にした悪魔だと知られれば、未来は決定したも同然なのだから――。
しかし、俺はふと考える。
この唯一無二の力は、果たしてこの世界にたった一つだけの『力』なのだろうか。
歴史的にみても、『魔法』の力を手にしたものが2人以上、同時に現れたという記述は無い。
そもそも本当に『魔法』が存在するのかどうかも怪しい文献なのだ。
実際にその力を自身の目で見た者がいたとしても、既に息絶えてこの世には存在しない。
この俺を除いては――。
「そろそろ到着しますね。皆さん、荷物を確認して降りる準備を」
長槍を構えた門番を前方に確認したフィメルは皆に声を掛ける。
この馬車と馬引きともここでお別れだ。
巨龍種討伐の依頼を終えたら、バトランドで新たに馬引きを雇い帰路に着く。
予定では本日中に依頼を達成することになっているのだが、既に半日ほど時間が押している。
鉱山に大量発生したという巨龍種の数によっては、今日中に対処できない可能性もある。
どちらにせよ俺達は、このまま門を抜けギルド本部に直行し、ギルド長から指示を仰ぐより方法が無い。
(? あれは……?)
馬車を下りたフィメルが門番に通行許可を得ている最中。
門の向こうに白銀の鎧を纏った騎士の姿を数名ほど発見する。
「……《王立騎士団》。本当に彼らもここに招集されていたのね……」
「へぇ、アーリアは《王立騎士団》を見たことがあるんだ」
アーリアの呟きに反応したゼシカ。
皆の視線が彼女に集まる。
「……まあね。昔、色々あったから」
「アーリア……」
心配そうな表情を向けるジル。
やはりジルは気付いているか。
アーリアの技型が『特殊型』であるということを。
「……何よ……この空気は……」
「ゼシカちゃん! 地雷踏んだ! 言っちゃいけないことを言っちゃったっぽい!」
「う、うるさいわね! 別に踏んでなんていないわよ!」
慌ててリリィの口を塞ごうとするゼシカ。
その姿に苦笑するアーリアとジル。
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
門番より通行許可を得たフィメルは笑顔で馬車へと戻ってくる。
そして車内の雰囲気に首を傾げてしまう。
「……な、何かありましたか?」
「いいえ。大丈夫ですよ、フィメル先生」
動揺する彼女の肩にやさしく手を乗せる。
そして最後の指示を馬引きに提示する。
馬車はゆっくりと門を潜り、街の中央に聳え立つギルド本部へと向かう。
その途中で馬車に視線を向けていた《王立騎士団》の一人と視線が合う。
(あいつは……?)
奴の背には身の丈以上の大鎌が背負われていた。
あの雰囲気から察するに、恐らく奴らのリーダーかなにかだろう。
(なるほど……。あの大鎌は奴の……)
光に照らされた漆黒の刃には無数の紋章が刻み込まれている。
見間違えるはずがない。
あれはあの日、アーシェが手入れをしていた大鎌だ。
特注品と言っていたが、王立騎士団御用達の代物だったとは……。
(くくく……。やはりあの女も使えるな……。これからも一生、俺の奴隷としてその才能を存分に発揮してもらおう)
ニヤリと笑う俺に怪訝な表情を向ける騎士。
これからまたギルド本部で顔を合わせることになるのだろう。
《王立騎士団》の存在は俺にとって吉と出るか凶と出るか――。
ギルド本部に到着するまでの間、俺は心の中で未来を想像し嘲笑していた。




