029 仮面の関係
二匹の鋼鉄巨人を無事に討伐したアーリアとジル。
フィメルのあとに続くように彼女らは馬車へと乗り込んだ。
「……」
「? なんだ?」
アーリアがしきりになにかを気にするように車内を見回している。
彼女のことだ。
きっとここで何が行われたのか感づいているのだろう。
「目を覚ましませんね……。街を出発してからずっとはしゃいでいたから、疲れてしまったのでしょうか」
車内で眠ったままのリリィとゼシカの頭を撫で、そう答えるフィメル。
「そうかも知れませんね。しばらくすれば目覚めるでしょうから、このまま寝かせておきましょう」
黒のコートを脱いだ俺は眠る2人の生徒に優しく被せてやる。
その仕草をじっと見つめるジル。
「どうした、ジル? まさかお前まで眠たくなってきたとか言うんじゃないだろうな」
「……違う」
それだけ答えたジルはぷいっと視線を逸らし馬車の席に座ってしまった。
俺は軽く鼻で笑い、馬引きの男に出発の合図を送る。
「まだまだ先は長いぞ。お前らも少し眠っておけ。ここから先に遭遇するモンスターは俺とフィメル先生で応戦する。それで良いですよね? フィメル先生」
「は、はい! クレル先生の足手まといにならないように頑張ります……!」
頬を染め慌ててそう答えるフィメル。
その姿を見たアーリアとジルは溜息を吐き、頭を振る。
俺達を乗せた馬車は延々と湿原を東へと進んでいく。
途中で何度か凶悪なモンスターに襲われたが、俺とフィメルで難なく撃退した。
彼女の使う『戦術技』はそのほとんどがサポートに特化した『技』だ。
敵の目を眩ませたり一時的に足止めをし、その隙に俺が一撃を喰らわせ、葬る。
俺と共にモンスターと戦うフィメルの姿は、非常に生き生きとしているように見えた。
ランドンと要塞都市バトランドのおよそ中間地点。
辺りが薄暗くなってきたため、俺達はここで夜を明かすことに決めた。
「この辺りならばモンスターも襲ってこないでしょう。ここで夜を明かし、明日早朝に出発しましょう」
馬車を下り、拠点作りを始めたフィメル。
彼女に続いてアーリアとジルも手伝いを始める。
「夕食の準備は俺が担当しましょう」
「えっ――」
「えっ――」
俺の言葉に反応し、同時に振り向くアーリアとジル。
「なんだ。何か問題でもあるのか?」
「……作れるの? 貴方に夕食なんて……」
アーリアが信じられないといった表情で俺に尋ねる。
「失礼なやつだな。作れるに決まっているだろう」
「僕は……遠慮しておくよ」
引き攣った表情でそう答えたジルは、再びフィメルの手伝いへと戻る。
(? なぜこいつらは俺が『料理が出来ない』と最初から決めつけているのだ……?)
首を傾げながら夕食の準備に入る。
調理道具一式は簡易的なものを用意してある。
素材は足りなくなれば魔法で具現化すれば良いのだが、今はあまり使用したくはない。
料理ごときであの酷い頭痛と眩暈に襲われるのは勘弁だ。
今夜もう一度しっかりと検証し、副作用の発動基準をある程度は把握しなくてはならない。
考えごとをしながらも手際よく調理道具を設置する。
素材をナイフで丁寧に捌き、練炭を使い火を焚く。
肉、野菜、茸、木の実を自家製の調味料に漬す。
「クレル先生……。手際がすごく良いです……」
俺の姿に見蕩れながらフィメルがそう呟く。
「そうでしょうか? 普段も昼食は自分で作りますからね。朝と晩はシイラさんが作ってくれますけれど」
テレミウス家に引き取られてからというもの、メイドに食事を用意してもらえないことは多々あった。
保管庫から材料を調達し、自ら調理道具を用いて食事を作ることを強要されていたのだ。
嫌でも自然と調理方法は身につく。
「私、全然料理とか出来なくて……。クレル先生を見習わないと……」
申し訳なさそうな顔でそう答えるフィメル。
彼女が包丁を握る姿を想像したが、どう考えても悲劇が起こる絵図しか思い浮かばない。
「今度からフィメル先生の分のお弁当も俺が作りましょう。栄養のバランスが悪いと体調を崩しやすくなりますから」
一人分作るのも二人分作るのも、そう労力に変わりはない。
楽して彼女に恩を売ることが出来るのであれば、それに越したことはないだろう。
「ほ、ほほほ本当ですか……! 嬉しい……!」
「ちょっと、フィメル先生! 手を離さないでよ!」
テントを組んでいたフィメルが手を離し、頬に手を当て照れている。
その拍子に足場が崩れ、下敷きになるアーリア。
「ご、ごめんなさい! つい……きゃっ!」
「……どうして僕の上に落ちてくるんですか……」
慌てて立て直そうとしたところで、何も無い場所で盛大に足を躓き転ぶフィメル。
そしてそのまま後ろで作業をしていたジルの背中に尻餅をついてしまう。
「うぅ……。ごめんなさい……」
シュンとした表情で皆に謝るばかりのフィメル。
大きく溜息をついたアーリアとジルは崩れたテントを2人で建て直す。
俺は苦笑いをしながら次々と料理を鍋に放り込む。
煮込んでいる最中にも材料を切り、複数の料理を準備していく。
「ん……。あれ……? 良い匂いがしてきましたですぅ……」
馬車から目を擦りながら現れてきたリリィ。
「おはよう、リリィちゃん。ゼシカちゃんはまだ寝てる?」
「もう起きてるわよ。ていうかいつの間に日が落ちたのよ……」
フィメルの言葉に答えたのは、馬車の陰から顔を出したゼシカだ。
2人ともしきりに目を擦っているが、まだ魔法の副作用から完全には覚めていないのかも知れない。
「どうだ、ゼシカ。体調は」
俺は料理をしながら視線だけをゼシカに向け質問する。
「どう、って言われても……。別に普通だけど……?」
首を傾げながらそう答えるゼシカ。
あの答え方から察するに、記憶はしっかりと封じられているようだ。
リリィの目の前で俺に犯されたことなど、彼女にとっても封じたい記憶だろうが。
「おお! 今夜はお鍋とバーベキューですか! 良い匂いが充満してますねぇ!」
目を輝かせたリリィは小躍りをしながら俺の近くに寄ってくる。
彼女の記憶も大丈夫そうだ。
俺は軽く息をつき、2人に指示を飛ばす。
「リリィは皆の分の皿を用意しろ。ゼシカは俺を手伝え」
「えー? なんで私が……」
「ならばゼシカは夕飯抜きで良いんだな」
「手伝います! 是非とも手伝わせていただきます! ……もうヤダこの教師……」
大きく肩を落とし俺の傍に寄ってくるゼシカ。
彼女の香水の匂いが俺の鼻腔を擽る。
もしも彼女の記憶を消さなかったら、きっとこんな態度はとらなかったことだろう。
これからも俺達は『口うるさい教師』と『反抗的な生徒』を演じ続けることになるのだろうか。
(くくく……。まあ、予定外ではあったが、それも良いか……)
俺の合図でいつでも彼女の記憶は元に戻る。
もしも今後、俺が彼女らに信頼されるような教師になったとして。
その時に過去の記憶を呼び覚ましたら、果たして彼女はどうなるのだろうか。
今の俺を信じ、付き従うのか――。
過去の俺に絶望し、悲痛な顔で憎しみを露にするのか――。
それを知るのも面白い。
人の心を惑わす『悪魔』になるのも、それで――。




