028 恋と絶望
「アーリア。僕は右の大槌を構えている奴を狙う。君は左の大斧の奴を」
地面を蹴り、黒曜剣の刀身に刻まれた紋章に光を灯すジル。
「分かったわ。さっさと倒して馬車に戻りましょう」
同じく武器を構えながら後方の馬車に視線を移すアーリア。
どこか優れない表情のまま、彼女は視線を標的へと戻す。
前方で威嚇している鋼鉄巨人は各々の武器に刻まれた紋章に光を灯す。
「奴らの一撃は重い。まともに喰らってしまっては一瞬であの世行きだろう。足で撹乱し、大技の隙をついて攻撃したほうがいい」
「それは貴方の戦法でしょう。私には私の戦い方があるわ」
アーリアの返答にニヤリと笑うジル。
まるで彼女の底の知れない実力を期待しているかのように。
『ギギギ……。グガガガ……』
鈍い音と共に巨人の鎧が軋みだす。
大きく腕を天に向け、大斧に刻まれた紋章に強い光を集めていく。
「先手必勝。《シルバー・バインド》」
外套から突き出した腕より銀の鎖が投射される。
中空で何度も屈折した鎖はあっという間に鋼鉄巨人を拘束していく。
「無駄だよアーリア。奴らの強靭な身体をその細い鎖で押さえつけることなど――」
「黙ってジル」
そのまま目を瞑り念じるアーリア。
彼女の全身に刻まれた紋章が鎖の紋章と共鳴し光り輝く。
「これは――」
「はあああああ!!」
そのまま鋼鉄巨人の巨体を持ち上げるアーリア。
「《グランディア・インパクト》!」
天高く持ち上げられた巨人は重力に引き寄せられるように地面へと急降下する。
地響きと土ぼこりを上げ大地に叩きつけられる巨人。
「……なるほど。では、僕も――」
心配は無用と判断したのか。
紋章に光が灯った黒曜剣を水平に構え、大槌を持った巨人へと突進するジル。
「暗黒の日々に一筋の希望を――。《リマスター・ドレイン》」
赤黒い光を纏った剣は鋼鉄巨人の右足に襲いかかる。
体勢を崩し右腕を地面に突いた巨人の腕に乗り跳躍するジル。
「安らかな寝顔に無慈悲な過去を――。《デビル・リバレイション》」
振り下ろした黒曜剣が巨人の肩を切り裂く。
それと同時に赤い光が爆発し、大きな巨体を揺らす巨人。
「一撃目で相手の力を吸収して、二撃目でその力を解放する――。相変わらずえげつない戦い方ね」
「ふふ、君にだけは言われたくないかな」
お互いに背をあわせ、皮肉を言い合う。
『グギギギ……!』
『ググググ……!』
「はぁ……。体力だけは相当なものね」
「油断をしていると足元を掬われかねない。一撃ずつ、慎重に行こう」
再び武器を構える2人。
◇
「ふぅ……。あの様子なら大丈夫そうね……」
物陰に隠れながら戦況を見守っていたフィメル。
紋章が刻まれた左目を静かに閉じる。
「……あら?」
ふと寒気を感じ馬車の方角を振り向く。
特に異常は見られないが、なにか嫌な予感がする。
「……ううん。クレル先生がいるんですもの。きっと私の勘違いだわ」
そっと胸に手を置き思いを馳せるフィメル。
彼女にとって、初恋にして初めての恋人であるクレル。
今まで生きていて、こんな幸福感を得たことなどない。
「こんな私に優しくしてくれて……。こんな私を必要としてくれて……」
劣等感の塊だった彼女の心は今、恋に満ち満ちている。
クレルにだったら全てを捧げても良いとさえ思っている。
心も身体も、全てを彼に支配されたい。
彼の為ならば、何でも出来る――。
「……駄目よ、フィメル。今はまだ課外授業の真っ最中なんだから。気を引き締めて、生徒達を見守らないと」
頬を叩き妄想を断ち切るフィメル。
少しでも気を緩めるとすぐにクレルのことを考えてしまう。
再び左目の紋章に光を灯すフィメル。
彼女の使う『戦術技』は戦場の状況分析に特化したものだ。
そこから情報を得、策略師としての本分を全うする。
「――アーリア・ホスダイン。資料では技型が『敏速型』とあるけれど、クレル先生により『特殊型』を見出される……。どうしてクレル先生は彼女に扱いの難しい銀絶鎖を用意したのか分からなかったけど……。そういうことなのね」
何故、自身の技型を隠して入学することが出来たのか。
本来であれば入試試験の際に、生徒らの技型の体質は綿密に調べられるはずなのに。
しかしその方法は分からずとも『理由』は推察できる。
「……もしも入試の際に『特殊型』だと判明していたら、アーリアちゃんは……」
沈んだ表情でそう呟くフィメル。
彼女が力を隠していたのは、きっと普通の学園生活を満喫したかったからなのだろう。
『特殊型』の体質を持つ子供は、例外なく軍部へと預けられ教育を受ける。
そして優秀な兵士として育てられ、いずれは戦地へと送り込まれる。
いわば戦争の道具として一生が決められたも同然なのだ。
「クレル先生はこのことを理事長に黙っているつもりなのかしら……」
もしもそのことが判明したら、きっとクレルは教師をクビになってしまう。
そんなことはあってはならない。
彼は生徒らに慕われているのだ。
教育者としても素晴らしい素質を持っている。
「……私が……守らなきゃ……」
決心した表情でそう呟くフィメル。
その顔には迷いが無い。
彼と共に生きる――。
彼女はすでにそう決心しているのだから。
◇
「う……うう……。ゼシカ……ちゃん……」
天井に氷の鎖で吊るされたリリィの嘆きが車内に木霊する。
彼女の目に映るもの。
2人の男女の荒い息と、組み敷かれた親友の姿。
「大丈夫……大丈夫、だから……。貴女は……私が……守ってあげる、から……」
俺の目の前で息を切らし涙を堪えているゼシカ。
もう何度、彼女の中で果ててやったのだろう。
「よく我慢出来たな。さすがは俺が見込んだ生徒だけのことはある」
彼女の芯の強さは、恐らくリリィとの友情にある。
それをぶち壊し、2人とも俺の奴隷にする――。
既にそのための仕掛けは施してある。
あとは俺が終了の合図を送れば、リリィは――。
「!!」
急に大きな眩暈に襲われる。
そして脳を掻き乱されるような強烈な頭痛。
(くっ……! なんだ……? 確か以前にもこんな……)
「……?」
俺の急変に気付くゼシカ。
その場で蹲った俺を横目に吊るされたリリィへと近付く。
「ゼシカちゃん……! ゼシカちゃん……!」
「大丈夫。泣かないの。これ、外せるかしら……」
リリィの手首を拘束している氷の錠に触れるゼシカ。
彼女が触れた瞬間、粉々に砕け散ってしまう。
「あ、ゼシカちゃん……。外が……」
解放されたリリィが窓を指差す。
そこには止まっていたはずのアーリア達や巨人が戦っている姿が見える。
「時間が……動いてる」
脱ぎ捨てられた服をかき集め、急いで着衣するゼシカ。
そして馬車の扉を開けようとする。
「リリィ! 手伝って! 逃げるわよ!」
「うん!」
馬車を覆った氷のベールは既に溶けかかっていた。
このままでは彼女らに逃げられてしまう。
(くそ、副作用か……? 計算上はまだ連続使用にも余裕があるはずなんだが……)
頭を抑え立ち上がる。
あと一回。
それだけ耐えられればなんとかなる――。
両手の人差し指を立て、馬車から脱出しようとする彼女らに近付く。
「ゼシカちゃん!」
「くっ……!」
リリィの掛け声と同時に振り向きざまに短拳剣を横一文字に振るうゼシカ。
俺の口から上が切断され、車内の後方に吹き飛んでしまう。
俺は構わず、そのまま腕を前に突き出す。
「ひっ……! 化物……!」
「貴女だけでも逃げて!」
そう叫んだゼシカは再び俺に立ち向かう。
がむしゃらに短拳剣を振り回し、俺の四肢を切り刻む。
辺り一帯に俺の血液が撒き散らされていく。
全身に鈍い痛みが広がり、余計に頭痛が酷くなっていく。
(再生能力も衰えているのか……。痛みはそこまででは無いが、これでは……)
「くっ、離して!」
「ゼシカちゃん!」
なんとかゼシカの肩を掴み、人差し指を彼女の額に当てる。
そして氷魔法を発動する。
「あ……」
そのまま脱力し倒れ込むゼシカ。
「先生……。どうして……? どうして、こんなに酷いことを……?」
涙を流しその場にへたり込むリリィ。
俺は屈みこみ、彼女の額に人差し指を当てる。
静かになった車内。
彼女らの記憶を封じ、ゼシカの破り捨てた衣服を魔法で再生する。
その度に刺すような痛みが脳を襲ったが、しばらく休むと痛みも治まってきた。
ゼシカに切り裂かれた全身も、ゆっくりだが再生し、溢れ出た血液もようやく止まった。
「ふぅ……。なんとか治まったか……。しかし、一体なんだというのだ?」
脳内にある説明書に問いただすも、答えは返ってこない。
魔法による副作用は、使用者にも起こりえるということなのだろうか。
これは新たな検証が必要かも知れない。
気配に気付き窓の外に視線を向けると、フィメルがこちらに向かってくるのが見える。
恐らくアーリア達の戦闘が終了したのだろう。
彼女にはゼシカ達が待ちくたびれて眠ってしまったのだと伝えておこう。
とにかく今は、身体を休めたい。
こんなに疲労を感じたのは久しぶりだ。
俺は笑顔でフィメルを迎えながら、心の中では大きく溜息を吐いた。




