027 孤独と友情
「……」
無言のまま遥か前方で威嚇する鋼鉄巨人を眺めるアーリア。
炎のように赤い髪を風にたなびかせながら外套に隠し持った得物を静かに構える。
「……君も」
同じくもう一体の鋼鉄巨人に対し黒曜剣を構えるジル。
「あの鬼畜教師に……」
ジルの言葉に少しだけ身を揺らしたアーリア。
お互いがお互いの様子に違和感を感じていたが、まさか男であるジルがクレルにより貞操を奪われたとは思いもしなかったのだろう。
「……最低……」
彼女の目には侮蔑の色が浮かんでいた。
しかしすぐに表情を戻し、彼女は静かに外套から腕を覗かせる。
両の腕にびっしりと巻き付けられた銀の鎖。
その所々に赤く紋章が刻み込まれている。
「君の武器はそれか。前々から思っていたけれど、君の技型は『援護射撃型』ではないんだね?」
「……ええ、私は『特殊型』。それよりもジル。貴方はあの男のことをどう思っているの?」
「どう、とは?」
アーリアの真意が読めず、そのまま返すジル。
「貴方ももう気付いているんでしょう? あの男が伝説の『魔法使い』だということを」
「ああ。政府に事情を話して引き渡せば一発で極刑になるだろうね」
ちらりと背後にある馬車を横目にそう答えるジル。
しかしその表情には嫌悪の色が見られない。
「私はあの男が許せない……。こんな……こんな身体にされて……脳内を魔法で犯されて……」
先程までの表情とは打って変わり、両手で身を包み唇を噛み締めるアーリア。
あの日以来、魔法の快楽を知ってしまった彼女は麻薬を求める廃人と化してしまった。
心では嫌がっても身体が、脳が求めてしまう。
強制的にクレルを愛おしく感じさせられてしまう。
「……彼はいずれ大きな罰を受けるさ。歴史的に見ても魔法の力を手にした者は悲惨な最期を遂げている。大きすぎる力は必ずその身を滅ぼす」
「その時が来るまで我慢しろとでも言うの! 貴方だって酷いことをされたのでしょう!」
ヒステリックに叫ぶアーリア。
普段は平静を装っている彼女だが、まだ人生のほとんどを消費していない少女なのだ。
初めてをあのような形で奪われ、今でも玩具のように扱われている日々。
「僕も彼を許す気はないが、僕たちはもう逃げられない。彼が何故、もっと強力な魔法で僕らを洗脳しないのだと思う?」
「簡単よ。強力すぎる魔法に私達が耐えられずに絶命してしまうからでしょう」
「しかし彼は時間を操ることができる。死んでしまえば元に戻せばよいだけだろう」
「それは……」
ジルの言葉に答えを失うアーリア。
「彼はきっと……ひとりが怖いんだと思う」
「ひとりが……怖い?」
意外な言葉を浴びせられ驚くアーリア。
「ああ。僕だって今までに何もしてこなかった訳じゃない。色々と彼について調べてみたんだ。アースガルド家の長男にして、『技』の才能が皆無だった落ちこぼれの御曹司。両親が戦争で死に、親族であるテレミウス家に引き取られたのが3年前。それから魔法の力を得るまで、彼はずっとひとりだったんだ」
「……」
「唯一の心の拠り所が義妹であるミリア。あれだけ性欲の強い彼が、最愛の義妹には未だ手を出していない。これがどういうことだか分かるかい?」
ジルの投げかけに何も答えず首を振るアーリア。
「彼にはまだ『良心』が残っているということだよ。そして魔法の力だけに頼らず、自身の力を世に示したいと考えている。そしてそれに賛同してくれる仲間を探している」
「仲間? 奴隷の間違いなんじゃないの……?」
「ふふ、確かに。でもどちらにせよ、彼は全てを魔法で洗脳させるつもりは無いようだ。そして、そこに付け入る隙が存在する」
ニヤリと笑ったジルは黒曜剣を大きく天に掲げる。
日の光に反射した刀身は彼の美しい顔を照らしだす。
「逆に利用しようっていうの……? どんな危険が潜んでいるかも分からないのに……」
同じく腕に巻かれた鎖を解き、日の光に照らしだすアーリア。
これ以上お喋りをしていると敵の攻撃範囲に入ってしまうと予感したのだろう。
2人の表情が徐々に引き締まっていく。
「さあ、行こう、アーリア。君が隠し持った力も見てみたいしね」
「……貴方も相当変わっているわね、ジル」
2人の学生が同時に地面を蹴る。
◇
「……先生?」
リリィがきょとんとした表情で首を傾げている。
何一つ俺を疑っていない純粋無垢な表情。
俺はその表情が歪む様を見てみたい。
「ちょっと……何よその手は……」
俺の伸ばした手から逃れようとするゼシカ。
リリィを俺から離すように彼女の肩を抱える。
「《時間停止》」
「え――」
俺の唱えた魔法により周囲の時間が凍結する。
そして馬車の車内だけには魔法の効果を及ぼさずにおいた。
「ゼシカちゃん……。外……」
リリィの言葉で馬車の窓に視線を向けるゼシカ。
そこには止まったままのアーリアやジル、鋼鉄巨人の姿が。
「なによこれ……。貴方……一体なにをしたの……?」
完全に怯えた表情のゼシカはしきりにリリィを守ろうとしている。
普段は喧嘩ばかりしているが、本当は仲の良い友達同士なのだろう。
こいつらは俺が持っていないものを持っている――。
俺はそれを、壊してやりたい――。
「リリィ……。何か分かんないけど、かなりヤバイ雰囲気だよこれ……」
「うん……。逃げよう、ゼシカちゃん……」
そう答えたと同時に馬車の扉に手を触れるリリィ。
「おっと。どこに行こうと言うのだ?」
俺はもう一度魔法を発動する。
氷のベールで馬車を覆い一切の出口を封鎖した。
「ゼシカちゃん! 扉が開かないよ!」
「くっ……!」
身の危険を感じたのか。
ゼシカは太股に隠しもった短拳剣を抜き、こともあろうか俺に振り下ろした。
難なくそれを片手で受け止める俺。
「教師に刃を向けるとは関心しないな」
そのまま短拳剣を凍らせ破壊する。
後で時間を巻き戻せばそれで良い。
せっかく彼女らに与えた教材なのだ。
今だけ使用不可にさせれば十分だろう。
「リリィ! 早く!」
「ふえぇ……! そんなこと言ったって……固くて開かないんだもん……!」
凍った扉と格闘しているリリィ。
その間も俺は思案する。
どうしたらこいつらの友情を壊すことが出来るのだろうか。
必死にリリィだけでも逃がそうとするゼシカの気持ちを、どうしたら――。
「……くくく、そうか。試してみるか」
ひとりそう呟いた俺はゼシカを避け、扉と格闘しているリリィへと向かう。
「逃げて! リリィ!」
「先生の顔怖いですぅ……! 何する気ですかぁ……!」
涙を浮かべ、俺を見上げるリリィ。
恐怖で腰が砕け、その場にへたり込んでいる。
俺は彼女を強制的に立たせ、両の手首を掴み持ち上げる。
「痛い! 痛いですぅ! 先生!」
「ちぃ……!」
「おっと。動くな、ゼシカ。リリィがどうなっても良いのか?」
俺の言葉で動きを止めるゼシカ。
彼女の視線は、俺の左手に具現化された氷の短剣に注がれている。
リリィの喉元に向けられた短剣は、軽く彼女の肌に突き刺さる。
「っ――!」
「リリィ!」
彼女の喉に一筋の赤い線が流れる。
俺はニヤリと笑い、ゼシカに語りかける。
「お前らは友達か?」
一瞬、俺の言っている言葉が理解出来なかったのだろう。
返答に戸惑っていたゼシカだったが、次の瞬間にはこう答えた。
「……当たり前でしょう! 親友よ! 小さい頃からずっと一緒だったんだから!」
「ふえぇ……! ゼシカちゃん……!」
ゼシカの言葉に感動し涙を流すリリィ。
その言葉に満足した俺は悪魔の笑みを零す。
「ならばお前は彼女のために犠牲になれるのだな」
「え?」
俺の言葉に動揺し身を揺らすゼシカ。
これはテストだ。
お前らの友情が果たして本物なのかを調べるテスト――。
「答えろ。お前はリリィのために自身を犠牲にすることが出来るのか?」
「……出来るわ」
「ゼシカちゃん!」
「大丈夫よ、リリィ。すぐに助けてあげるから」
そう答えたゼシカの表情はやけに大人びていた。
リリィを安心させる為に精一杯の虚勢を張っているのだろう。
足元に視線を向けると彼女の膝は震えていた。
俺はニヤリと笑いゆっくりと口を開く。
「ならば俺の子を孕めるな」
俺の言葉に大きく声を失う2人。
静まりかえった車内で俺の押し殺した笑い声だけが木霊する。
「……はは……え? 何を言っているの……? 子を、孕む……?」
引き攣った表情でそう答えるゼシカ。
まるで空耳であったと確信するように。
「そうだ。出来るだろう? リリィを助けるためならば」
俺の表情から本気だと悟ったゼシカ。
次第に絶望に満ちた表情へと変化していく。
「せ、先生ぇ……。赤ちゃんはちょっと……。私達まだ学生ですしぃ……」
空気が読めずにそう嘆くリリィ。
しかしゼシカの顔色は優れない。
「……本気、なの?」
「ああ」
「……そんなことをしたら、貴方だってタダじゃ済まないわよ?」
「それはどうかな」
彼女の警告を軽くかわす。
恐らく彼女はテレミウス伯爵に事の顛末を話すつもりなのだろう。
まだ俺が魔法使いだとは気付いていないのだろうか。
今までの訓練でも様々な『技』を見せつけてきたからなのかもしれないが。
「どうする? 俺はどちらでも構わないぞ。このままリリィを無理矢理――」
「やめて! 分かった、から……」
諦めたようにそう答えたゼシカはぎこちなく制服のリボンを解いていく。
その手は恐怖に震えていて、俺の興奮は徐々に上がっていく。
「……どうすれば、いいの……?」
下着姿になったゼシカはおずおずと俺に質問する。
「俺の服を脱がせろ」
「……」
俺の命令どおり、彼女は俺の衣服を脱がしていく。
リリィを掴む手が邪魔になった俺は、氷の手錠を具現化し彼女を天井に吊るしておく。
俺とゼシカの行為がしっかりと目に焼きつくように――。
「よく出来たな。褒めてやろう」
ゼシカの頭を撫でてやろうとしたが、鋭い目つきで彼女はその手を払った。
まだ抵抗する気力が残っているのか。
しかしこうでなければ面白くない。
「……もう一度聞くわ。本当に、リリィには手を出さないんでしょうね」
「ああ、約束しよう」
「ゼシカちゃん……」
天井に吊るされたリリィに優しい笑顔を振りまくゼシカ。
その余裕はいつまで続くのだろうか。
女の友情など、力の前には皆無に等しいというのに。
知らしめてやろう。
お前らの信頼が、どれだけ脆いものなのかを。
力の前では友情など、なんの役にも立たないということを。
「では――」
俺の命令が静止した世界に浸透していく。
恥辱に顔を歪めながら、ひとつひとつの行為に耐えていくゼシカ。
それらを目を覆いながらも、しっかりと目視していくリリィ。
ゼシカもリリィも気付いてはいない。
最初にリリィに触れた時点で、俺は彼女の脳内に氷の微粒子を送り込んでおいたことを。
この行為が終了するのと同じタイミングで、彼女の脳内に氷魔法で作った命令が発動するという事実を。
ゼシカが最後まで耐え、俺の子種をその身に宿したとしても。
リリィはそれを嘲笑い、俺との関係を要望するという命令。
きっと彼女らの友情は、その瞬間に崩壊する。
そして双方とも俺を強く求めるようになる。
女の友情より、強い男のほうが良い――。
それが、いずれ世界を手中に収める神であるのならば尚更だ。
ゼシカの喘ぎ声が木霊する車内で、俺の押し殺した笑い声だけが溶け込んでいく――。




