023 シュナイゼル家の御曹司
アーシェとの事後、俺は彼女を支配下においた。
魔法で常に操っておきたかったが、それでは彼女が死んでしまう。
一旦彼女の記憶を消し、脳内にある記憶領域に仕掛けを施しておいた。
副作用が絶対に生じない程度の弱い氷魔法を彼女の脳内へと忍ばせておく。
彼女が俺の『魔法』に関する疑いを持つたびに氷が解け、彼女の脳内に浸透するように――。
ここまで回りくどいことをしなくてはならなかったのには、当然理由がある。
彼女の強い意志は、最後まで俺を受け入れなかった。
今までの女のように、俺に媚び、屈し、堕ちることのない彼女に俺は興味を持った。
それに、記憶領域に対する仕掛けは今後の検証にも大いに役立つ。
俺は一人、思考の海に浸りながら緩やかな丘を上っていく。
しばらく歩くとシュナイゼル家の大きな屋敷が眼前に広がった。
この街にある屋敷の中では恐らく一番大きな屋敷なのだろう。
広さだけでいえばグランディア訓練校とそう変わりはない。
子種に恵まれなかったシュナイゼル家でたった一人の御曹司。
出来るべくして出来た、世の中を舐めきっている男子学生というわけだ。
『いらっしゃいませ。本日はどのような御用件で御座いましょうか?』
屋敷の門を潜ると門に設置された音声拡張機のようなものから声が響く。
これも『技』の技術を駆使し、作られたカラクリなのだろう。
「グランディア訓練校で技能開発科を受け持っております、クレル・アースガルドと申します。本日は家庭訪問に伺わせて頂きました」
そう答え、相手の返答を待つ。
しばらくすると遥か先にある本館の扉が開くのが見えた。
そこから数名のメイドが出てくるのが見える。
彼女らは横に一列に並び、まるで計ったかのような丁寧なお辞儀をした。
『お話はミュンヘン伯爵からお伺いしております。どうぞ、屋敷へとお入り下さい』
声に従い、俺はメイドらが待つ本館へと向かう。
◇
屋敷の中に入った瞬間、数十名のメイドが一斉に俺に頭を下げる。
そしてその中の一人が俺の前へと歩み寄る。
「お待ちしておりました。私、メイド長のギレイと申します。どうぞこちらへ」
俺と変わらない身長の足の長い女。
左目に黒の眼帯をしているが隻眼なのだろうか。
彼女に案内され、俺は応接室へと招かれる。
応接室に到着するとソファに座るように促される。
そしてすぐさまお茶菓子と紅茶が用意される。
「ジル様は只今、別のお客様を接客中で御座います。申し訳御座いませんが、少々こちらでお待ち下さい」
そう言い、丁寧に頭を下げたギレイはそのまま部屋を後にした。
広い部屋で一人残された俺は茶菓子に手をつける事なく立ち上がる。
言うまでもないが、ここでジルを待つつもりはない。
神を待たせる人間など、この世に存在してはならないのだから。
「《時間停止》」
俺は氷魔法を発動する。
今回は普段よりも魔力量を多く調整した。
シュナイゼル家の敷地は周囲数十メートルではカバーし切れない。
「800……900……1000……。これくらいか」
周囲千メートルの時間を凍結させる。
今の俺が発動できる最大魔力量ではこれが限界だ。
時間の凍結ではなく、物理的な凍結ならばこれの10倍は効果範囲を広げられる。
実際に試したわけではないが、俺の脳内にある『説明書』がそう答えてくれる。
「さて……。ジルの部屋は……」
全てが静止した空間を、俺はゆっくりと歩く。
これだけ広い屋敷だ。
闇雲に探しても無駄に時間が浪費される。
俺は静止したままの手頃なメイドに狙いを絞る。
そして彼女の時間凍結を解除する。
「……あれ?」
何が起こったか理解出来ない様子のメイドの少女。
まだ若いが、見習いかなにかなのだろう。
ミリアよりも3つか4つは年下だろう。
「ジルの部屋はどこか教えてくれないか」
「ジル様の……お部屋……?」
そう応えながらも、彼女は辺りを見回し、徐々に表情が凍りついていく。
停止したままの時間。
無音の空間。
「ああ。教えてくれたら、君に酷いことはしないよ」
俺は優しく彼女に伝える。
「あ……ああ……これは……夢、なの?」
俺の声が耳に入らないのか。
彼女はその場で蹲ってしまう。
そして全身を恐怖で震えさせている。
俺は溜息を吐き、彼女の前に屈み込む。
「ひっ……!」
「何故、そんなに怖がるんだい? ジルの部屋はどこだ? それが知りたいだけなのだけれど」
俺の言葉に更に表情を凍らせる少女。
このままでは埒が明かない。
俺は人差し指を立て、彼女の額に当てる。
そして魔法を発動する。
目から光を失った少女は、ジルの部屋までの道筋を語る。
満足した俺は気を失った少女をそのまま置き、目的の場所へと歩を進めた。
屋敷の一番奥の部屋。
その扉を無遠慮に開ける。
中を見回すとジルの姿を発見する。
大きな鏡に身を映しながら、奴は着替えをしている最中だった。
「来客中というのは嘘か……。神を騙すとは、あのメイド長め……」
何か理由あってのことだろうが、一体何の時間稼ぎだったのだろう。
しかしジルの姿をもう一度眺めた際に、すぐに理由を理解できた。
奴はしきりに大鏡に映った自身の姿を見つめている。
そしてサラシのような物を胸部にきつく巻いている最中だった。
「……くくく……くははは! そうか! そういうことか!」
俺は笑いながらジルのサラシを巻き取る。
そこには小ぶりながらも形の整った奴の胸が――。
「ジル・シュナイゼル……。シュナイゼル家のたったひとりの御曹司……。くくく……」
子宝に恵まれなかったシュナイゼル家。
ようやく生まれた子供が女だと知ったシュナイゼル伯爵が起こすであろう行動――。
思えばおかしいと感じたことはいくつもあった。
男子学生にしてはあまりにも端正な顔立ち。
頻繁に授業を休むのも、恐らくカモフラージュなのだろう。
水中戦闘の授業だけを狙って抜け出すのは得策ではない。
決して暴露されてはならないシュナイゼル家の秘密――。
それがジルの性別というわけか。
「さて……」
俺は先程の少女にしたように、ジルの時間凍結だけを解除する。
「……!!」
「やあ、ジル。今日は家庭訪問の日だっただろう? 勝手に部屋に上がらせて貰ったぞ」
今しがた巻いたばかりのサラシが暴かれていることに驚いた様子のジル。
しかし俺がその場にいることのほうがよほど驚きのようだ。
「……クレル……先生……」
胸を隠し、目を見開いたままジルは後ずさる。
「驚いたよ。お前が女だったとは」
「!! ……どうやって……この部屋に……」
突然の事で頭が回らないのだろう。
何故、この部屋にいるのか。
何故、秘密が暴かれてしまったのか。
俺は彼女に理解する暇を与えず、先を続ける。
「ジル。お前は『魔法』を知っているだろう? 俺はその力を手に入れた」
「『魔法』……? まさか……」
徐々に顔が蒼ざめていくジル。
俺はその様子に満足しニヤリと笑う。
「俺はこれから自身が成り上がる為に、巨龍種の討伐へと向かう。そこにお前ら技能開発科の生徒を連れていく。無事に巨龍種を討伐した暁には、俺の名声は知れ渡る。当然、お前らの名声も上がるだろう」
俺の計画。
ギルド本部でも手を焼くほどのクエストを俺と生徒達で解決する。
その評価は俺の指導力にも注がれる。
将来有望な生徒を優秀な人材に鍛え上げられると知れれば、おのずとギルド長への切符は俺に渡るだろう。
自身の能力だけではなく、育成力をも見越した俺の成り上がり計画――。
「お前は優秀な生徒だ。俺の計画に必要な人材だ」
俺は一歩ずつジルに近づく。
「来るな……。僕に触るな……」
嫌悪の表情で俺から逃れようとするジル。
「お前の秘密をばらしても良いのだぞ」
「っ――!」
歯を食いしばり、俺を睨みつけるジル。
彼女の全ての憎悪が俺に注がれる。
今まで一体、どれだけの苦労をしてきたのだろう。
絶対に知られてはならない秘密。
シュナイゼル家の今後に大きく関わる大問題――。
「……どうしたら、黙っていてくれるんだ?」
ふっと力を抜き、ジルがそう答える。
俺はニヤリと笑い、思案する素振りをみせる。
「どうしたら、黙っていてもらえるとお前は考える?」
同じ質問をそのまま返す。
まるで生徒に答えを導かせる教師のように。
「……最低な教師だな、お前は」
諦めたように、ジルは俺に背を向け答えた。
彼女の透き通るような背中が俺の興奮を助長させる。
「……少しだけ、考える時間をくれ」
「駄目だ」
ジルを追い詰めるように俺は壁際まで奴を追い込む。
今までとは違った欲望が俺の中で渦巻いていく。
昨日までは男だったジルが、今では女として俺の前に立っている。
線の細い身体。
艶のある少し長い金髪。
化粧っ気のない整った顔立ち――。
「俺について来い。お前の野望も俺が叶えてやろう。神の右腕として、お前も世界に名を残すのだ」
俺のその言葉で、彼女は力を抜いた。
全てを諦め、俺に身を委ねる。
ここにまた一人、神の恩恵を授かる女が誕生する――。
第二章 思惑と欲望の交差 fin.




