side 03 焔の魔法
小一時間ほど主教の話を聞き、私は教会を後にした。
あまり長居しても迷惑になる。
どうせ何時だって会いに行けるのだ。
今度はホットケーキを用意すると約束したのだし。
教会の外に出ると少し寒気が収まった様な気がした。
温かい紅茶をご馳走になったからかな。
私は機嫌良く自宅とは反対側の通りを目指す。
「テトの所に行って、アップルパイを渡して……」
帰りに雑貨屋か紋章店に寄って行こうと思っていたがやはり何処も閉まっている。
せめて紋章店だけでも開いていれば暇潰しになったのに。
小さな橋を渡った辺りで人影を発見する。
こんな寒い日に外を出歩いている人が私以外にもいたなんて。
どうしよう。
挨拶くらいはしておこうかな。
あちらも私に気付いた様だった。
真っ黒いフード付きのローブを纏った老人は私が声を掛ける前に話し掛けてきた。
『申し訳ないが、道に迷いましてな』
しゃがれた声でそう尋ねて来る老人。
この街の人ではないのは確かだ。
ここは小さな街だから、大体の人は顔見知りだし。
「どこに向かうつもりだったのですか?」
軽く会釈し質問する私。
こんなに寒い日なのに、そんな薄着のローブで寒くないのだろうか、このおじいさんは。
『練炭師のいる店を探しておりましてな。風の噂で、ここには腕の立つ者がいると聞きまして』
私の眉がピクリと上がる。
腕の立つ練炭師……。
この街に3つある練炭店の中ではガッドおじさんが経営している『ブレンダー練炭店』、
つまりは私の働いているお店が一番有名だ。
「それなら知っています。ご案内しましょうか?」
『おお、有り難い。お言葉に甘えさせて頂きましょう』
予定変更。
テトの家には明日、ガッドおじさんが帰って来たら行くことにしよう。
私はニコリと笑い掛け、老人を連れてお店に戻ることにした。
(何だか不思議なおじいさんだな……。道に迷ったって言ってるけど、一体どこから来たんだろう……)
こんな軽装で遠くの街から来られる筈が無い。
それとも近くまで馬車でも借りて来たのだろうか。
遠方からお客が来るのは珍しいんだけど……。
『お嬢さんは、この寒い日に何故出歩いておられたのかな?』
不意に老人が声を掛けて来る。
別に内緒にしておくこともないと思った私は、正直に経緯を説明する。
『おお、お嬢さんも練炭師の方でしたか。これは都合がいい』
「?」
それはどういう意味なのだろう。
このおじいさんは今、『腕の立つ練炭師を探している』と言っていたのに。
もしかして、今の私の言動で、私が腕の立つ練炭師だと思ったのだろうか。
そう考えるとちょっと嬉しくなってしまう。
急に張り切りだした私は早足でお店に向かう。
その様子を見て苦笑した老人も、私に合わせて歩調を合わせてくれる。
(何だか良い人そうだな……。ちょっとおまけしてあげようかな……。えへへ)
そうだ。
あの新作の練炭をサービスで付けてあげても良いかも知れない。
きっと喜んでくれる。
そんな事を考えながら、私はお店に向かって行った。
◇
「どうぞ。お入り下さい」
店の扉を開け、客人を中に招く。
すぐに火を焚き、店内を暖める私。
老人は興味深そうに店内の商品を一つ一つ拝見している。
もしかしたらどこかのお偉いさんの使者か何かなのかも知れない。
この街の練炭店の噂を聞き、遥々遠方からやってきたのだろう。
私は小さめの暖炉にも火を焚き、湯を沸かす。
老人は店内に入ってもあの黒いローブを脱ごうともしない。
きっとこの寒さで凍えてしまったのだろう。
温かいお茶でも淹れて身体の中から温めてあげた方が良い。
『……これらは、お嬢さんが作られたのかな?』
「え? あ、はい。全部じゃないですけれど、大体は私が練炭したものばかりです」
最近はガッドおじさんも商品加工は私に任せっきりだ。
その代わり良質な素材は全ておじさんが仕入れてくれるのだが。
『お嬢さんには十分な資質が備わっておりますな。練炭師として、十分過ぎる資質が』
途中から老人の言葉が小さすぎて聞こえなかったが、きっと私のことを褒めてくれたのだろう。
今日は本当に良い日だ。
皆が私を褒めてくれる。
湯が沸けたので私はお茶をカップに注ぐ。
しかし老人は手に取ろうとはせず、何かを懐から取り出した。
「これは……?」
老人の手には一冊の書物があった。
タイトルには何も記載されていない、赤茶色の分厚い書物。
それを受け取ろうと私は手を伸ばし、一瞬だが老人の手に触れてしまう。
(冷たい……!)
危うく声を上げそうになるほど、老人の手は冷たかった。
まるで氷のような冷たさだ。
どうしてこんなに冷え切っているのに、平気な顔をしているのだろう。
本を受け取り、ページを捲る前に一声掛けようと顔を上げた瞬間――。
「――え」
そこには既に老人の姿は無かった。
私は何度も瞬きをした。
あれ?
今さっき、この本を受け取って、それで――。
手に持った書物のページがパラパラと捲れてゆく。
まるで意思を持っているかのように。
そしてあるページでぴたりと止まる。
「……あ……」
そのページを見た瞬間、書物が眩い光を放つ。
そして私の全身を淡い光が覆って行く。
目まぐるしく頭に流れ込んで来る『言葉』。
どうしてだろう。
私はこの『言葉』が理解できる――?
ふと老人の笑い声が聞こえた気がして後ろを振り向く。
そこに彼の姿は無い。
「……力……? 禁断の『魔法』の力……?」
光が徐々に収束して行く。
それと同時に書物に書かれた『言葉』が私の中に注ぎ込まれて行く。
「……どうして? どうして私に『焔の魔法』の力なんか……」
失われた禁断の『魔法』。
神の力とも悪魔の力とも呼ばれる、この世にあってはならない強大な力――。
駄目だ。
こんな力を手にしたら、私は――。
「ああ、いたか、ライカ。お前に渡そうと思って忘れていたものを届けに――」
ふいに扉から声がして心臓が止まりそうになる。
そこには先程まで一緒に談笑していた主教の姿が――。
「駄目……。主教様……。こっちに来たら、駄目……」
書物を後ろ手に隠し、私は後ずさる。
駄目だ。
今、私に近付いたら、駄目だ――。
「? どうしたライカ? そんなに怯えた顔をして……」
心配そうに眉を顰めた主教は徐々に私に近付いて来る。
来ないで。
まだ私、力の制御が――。
主教が大きな手を伸ばす。
私の大好きな、優しい手。
いつもいつも、私の頭を撫でてくれる、大好きな――。
「駄目……。逃げて……主教さ――――」
私の肩に主教の大きな手が触れた瞬間。
主教の手から業火が上がる。
何が起きたのか理解出来ない様子の主教。
驚愕の表情のまま、手から腕、腕から肩、肩から全身へ一瞬のうちに火の手が回る。
「ラ、イカ……」
一瞬だけ主教の目と私の目が交差した。
しかしそれも一瞬だけ。
すぐに消し炭と化した主教は、跡形も無く消えてしまった。
「あ……あああ……ああああああああ!!」
そのまま膝から崩れ落ちる。
店内には一切燃え滓などは残っていない。
主教だけが燃え、火の粉はどこにも散布していない。
これは、悪魔の力だ――。
私は、私は、私は――。
「いやあああああああああああああ!!!」
私は――――。




