021 模擬水中戦
「わーい! 見て見てゼシカちゃんー! 水中逆立ちー! えいっ!」
「はぁ……。はいはい、凄いわねリリィ」
午前の授業が終わり午後の授業へと進んだ技能開発科のメンバー達。
旧校舎の屋上に設置されたプールではしゃぐリリィ。
彼女らが着ているのはグランディア校専用の紺色のスクール水着だ。
当然この水着は洋裁師と紋章師により特殊加工を施されている。
「それにしても、相変わらずこの水着って、ぴっちりしてて恥ずかしいのよね……」
胸の辺りをしきりに気にしているゼシカ。
身体のラインがくっきりと浮き出てしまう水着に一人文句を呟いている。
「待たせたな。それでは午後の授業を始めるぞ」
「!! な……ななな……!!」
ゼシカが俺の姿を見るなり凍りつく。
「ぶはっ! ね、ゼシカちゃん、ちゃんと見てた? ってあれ……? どうしたのゼシカちゃん?」
水中から顔を出したリリィは首を傾げながらゼシカを眺めている。
「駄目! リリィ! 見ちゃだめよ!」
「へ――?」
ゼシカの静止を聞かず、リリィがゆっくりと俺に振り返る。
そして、一瞬の沈黙。
俺と目が合うリリィ。
徐々に視線が下へと下がっていく。
そしてゼシカと同じように凍りついた。
「なんだ。なにか可笑しいか」
2人の学生が俺の下腹部に視線を集中させている。
手で顔を隠しているが視線は決して逸らさない。
「『なにか可笑しいか』じゃないわよ! 何よその水着は!」
「何、とはなんだ。教師用のスクール水着ではないか」
「あわわ……! 凄いです……」
更に顔が真っ赤になっていくリリィ。
「だから! どうしてそんなに際どいのを穿いてくるのよ! 普通はトランクスタイプを穿くでしょう!」
「俺はブリーフ派だぞ。いちいち教師の水着に文句をつけるんじゃない」
「そういう問題じゃないわよ! そんなにモッコリさせているのを生徒に見せつけて、貴方やっぱり変態なんじゃないの!? 頭おかしいわよ絶対!」
「先生のモッコリ……」
きゃんきゃん騒ぐゼシカとは対照的に恥ずかしそうに呟いているだけのリリィ。
どちらにせよ、このままでは埒が明かない。
どうして技能開発科はこうも問題児が多いのだろう。
この水着は少しでも水流の抵抗を軽減させた、俺のお気に入りの水着だというのに。
「準備運動はもう済んでいるな? 今回は水中での格闘戦だ。いつものように2人同時に掛かってこい」
首の骨を鳴らし、俺はプールへと飛び込む。
「あの態度……! リリィ! 今度こそあの変態鬼畜教師をぎゃふんと言わせてやるわよ!」
「う、うん……!」
互いに目を合わせ水中に潜るゼシカとリリィ。
すでに水着に刻まれた紋章に輝きを灯している。
敏捷型の彼女らの特徴を、最大限に生かせるよう加工されたスクール水着。
普通の人間ではその動きを目で捉えることも難しいだろう。
(水中での戦闘で『氷の魔法』の効果範囲は……)
まだこの深さならば日の光を反射して紋章に光を灯すことは可能だろう。
このプールの深さは約10メートルだ。
問題は、最深部まで光が差し込むのかどうか――。
(水中戦、夜間戦、洞窟などの暗闇での戦闘――。俺の魔法を『技』として偽装できる場所は限られている……)
ギルド本部の応援要請である巨龍種討伐。
奴らが現れる鉱山は、当然日の光が届かない。
もしも《王立騎士団》のメンバーが討伐遠征に参加してきたとしたら――。
「(リリィ! 私は背後から接近するから、貴女は側面から向かって!)」
「(うん! 分かった!)」
ゼシカとリリィが凄まじいスピードで俺をかく乱する。
俺は自身の『目』に『氷の魔法』を発動。
彼女らの動きを詳細に分析する。
(リリィは側面からか……。ゼシカは……)
水着に刻まれた紋章に氷の結晶を忍ばせる。
大丈夫。
この距離ならば光を反射させることは出来る。
紋章に灯を灯す。
そしてそのまま水中で十字を切った。
「《十字》 」
十字型に刻まれた水。
それがどんどん硬化していく。
「隙ありです先生!」
側面から突進してくるリリィ。
彼女の目にはこの十字が見えていない。
「馬鹿ね! こっちにも気を配りなさいよ!」
俺の背後にゼシカの気配を感じる。
そして俺はそのまま彼女に羽交い絞めにされた。
背中になにか柔らかいものが押し付けられている。
当然か。
お互いに水着姿なのだから。
「甘いな」
「え……? きゃあああ!」
俺に攻撃を加えようとした瞬間、リリィは十字に捕らえられた。
「な、なんですかこれぇ! ネバネバしてて……気持ち悪いですぅ!!」
「リリィ!」
十字に刻まれた水から発現したのは、固まりきらないゼリー状の粘着物質。
それがリリィの全身に絡みつき、彼女の動きを封じる。
「やだ……! 水着の中、に……! くすぐったいです……! 駄目ですぅ……!」
「もう! なにしてんのよ! せっかくこっちは捕まえたっていうのに!」
俺はニヤリと笑い、もう一度魔法を詠唱する。
水着に刻まれた紋章が光輝き、そして――。
「《絶対防御》」
バリバリと音を立て、俺の全身が氷結化していく。
まるで氷の鎧で身を包んだかのように、俺の体表面だけが凍っていく。
(プールの水を凍らせずに、一部分の『ゼリー化』と体表面の『氷化』も可能か……)
「くっ……!」
「おっと。いま俺から離れないほうがいいぞ」
「え――?」
ビリリと大きな音が水中に木霊する。
氷結化した俺の身体に張り付いたゼシカの水着。
それが緊急回避と同時に破かれてしまう。
「俺は忠告したからな」
「い……」
俺は耳を押さえる。
「嫌ああああああああああああああああ!!!」
◇
「今日の授業はこれまでだ。リリィは動きは良いが、相手の動きをよく見て行動するように。ゼシカは状況判断がまだまだ甘いな」
「……あうぅ」
「……」
力尽き、伏したままのリリィ。
タオルで身を包み、無言のままのゼシカ。
「しかしお前らの連携は悪くない。もっと鍛錬を積み、俺に一撃入れられるくらいにはなってもらわないとな」
そう言い残し俺は彼女らに背を向ける。
「……見られた……。まだ、誰にも見せていないのに……」
ぶつぶつと何かを呟いているゼシカ。
「ゼシカちゃん……。大丈夫。きっといいことがあるよ……」
うんうんと頷きゼシカを宥めるリリィ。
彼女らの呟きを聞き流しながら、俺はプールを後にした。




