019 技の力と魔法の力
屋敷を出て西へと向かう。
恐らくアーリアは街の不良たちの溜まり場となっている飲食街にいるだろう。
夜間になると酒を出す店が増え、昼間とは風景が一変する飲食街。
もしも酒を飲んでいる場面を教師に発見されたら当然、即停学だ。
飲食街に入り、目的の店へと向かう。
予想通り、アーリアは一番奥の席で不良たちと談笑していた。
俺を席に案内した若い店の店主は、俺が訓練学校の臨時教師だとは知らないのだろう。
特になにも疑うことなくアーリアのいる席とは反対側の席を案内する。
とりあえずホット珈琲を注文した俺は、アーリアが一人席を離れる瞬間を待つ。
(くくく……。何故だろうな。何故、俺はこんなにワクワクしているのだろうな……)
素行の悪い生徒に生活指導をする。
教師という立場に立たなければ、決して味わうことの出来ない優越感。
俺に見付かったときのアーリアは、果たしてどんな表情をするのだろうか。
臨時教師だからと舐めた態度をとるのか。
それとも――。
しばらくするとアーリアが不良たちとの会話を一段落させ、椅子から立ち上がった。
そして店主と雑談を交わし、店から出ていった。
俺はすぐさま彼女の後を追う。
店から出るとアーリアは人気の無い北門へと向かっていった。
これは都合がいい。
しかし何故、彼女は北門へと向かうのだろう。
確か彼女の家は西門の近くではなかったか。
「……」
人気の無い北門近くへとさしかかった瞬間、彼女の気配が消えた。
そして気付くと俺の首になにかが押し付けられていた。
これは、ナイフ――?
「目的はなに? 下手糞な尾行で女子学生を付け狙うなんて、いい趣味してるわね」
彼女の持つナイフに力が込められる。
少しでも動けば、頚動脈を掻き切るつもりなのだろうか。
「くく……。お前、誰に刃を向けているのか分かっているのか?」
「え――?」
首に押し付けられたナイフを『氷魔法』で凍結させる。
「くっ……!」
一瞬にしてまた気配を消したアーリアは、今度は北門のてっぺんへと瞬間移動をした。
あの未知なる『技』の能力――。
あれは恐らくフィメルのもつ『戦術技』と近い性能のものなのだろう。
ただし策略師が使うものとは違う、新たな『技』だ。
「貴方は……。あの臨時教師の……」
目を細めるようにして、高い場所から俺を見下ろすアーリア。
「関心しないな。こんな時間に不良たちと戯れていたと思ったら、今度は教師に対し刃物を向けるとは」
俺は右手を翳し、再び『氷魔法』を使用する。
アーリアの上空で氷の結晶が集結する。
そして螺旋状に重なり合った結晶は徐々に鎖の形に変化していく。
「『氷』……? 貴方、一体――」
「《拘束》」
「また……!」
上空の氷の鎖がアーリアを拘束しようとするも、直前で再び瞬間移動をするアーリア。
そのまま鎖は北門を破壊し四散する。
「ははは! いいぞ! その調子で俺から逃げろ! 捕まったら最後だと思え!」
アーリアの気配を背後に感じ、振り向きざまにそう叫ぶ。
レイノから渡された資料通りだ。
瞬間的な『技』の力では、恐らくアーリアがあの訓練学校でトップなのだろう。
「狂ってる……。貴方、それでも教師なの……? それにその『力』は――?」
「ああ、そうだ。お前も聞いたことがあるだろう? これは『魔法』だ。選ばれし者だけに与えられた、神の力だ」
話しながらも俺は次の氷魔法を詠唱する。
俺を取り囲むように宙に浮いた巨大な氷柱が形成されていく。
「《氷槍》」
そう俺が呟いた瞬間、数本の氷柱がアーリアを目掛け飛んでいく。
「ぐっ……!」
再び衝突の直前で消えたアーリア。
しかし、今度ははっきりと見えた。
彼女の両膝に刻まれた紋章――。
それが一瞬だけ閃光を放ち、彼女は高速で移動したのだ。
(資料にアーリアは『援護射撃型』とあったが、これはダミーだな……)
生徒に最も有効な『技型』を見出し、そこを優先的に伸ばしていくのが訓練学校の教育方針だ。
アーリアは『援護射撃型』としても学園でトップクラスの成績を修めているが、それは彼女の実力のほんの一部でしかないということ――。
(当たりだな。彼女は天才的な『技』のスペシャリストだ。しかし、腑に落ちないな)
俺は攻撃を止め、彼女に話しかける。
「何故、力を隠す? お前の得意な『技型』は『援護射撃型』ではないのだろう?」
気配は北門の横に生えている巨木の上から感じる。
あの一瞬であそこまで移動したのか。
これなら戦闘で最前線に立たせ、敵に奇襲させてみるのも面白い。
もしくは隠密活動でもさせてみるか。
「……」
アーリアは何も答えない。
こちらに意識を集中し、俺の次の攻撃に備えているようだ。
だが、それは全くの無意味だ。
当然、俺には通用しない。
「《時間停止》」
氷魔法を発動し、周囲数十メートルの時間を凍結させる。
俺はゆっくりと巨木に近付き、上を見上げる。
そして右手を掲げ、氷柱と化した右腕を伸ばしていく。
アーリアの喉を掴んだ俺は、そのまま彼女を自身へと引き寄せる。
「さて……」
時間の凍結を解除し、すぐさま彼女の脳内に氷の結晶を送り込む。
お前は一体なにを考えている?
お前の心を、俺に晒せ――。
「う……あ……」
「もう一度質問だ。お前は何故、力を隠す?」
俺の命令が彼女の脳内に響き渡る。
そして意識とは裏腹に彼女は口を開く。
「……隠してなんか……いない……」
「隠していない? そんなはずは無いだろう。お前の『技』の力は相当なものだぞ。俺の目に狂いはない」
「……ただ……怖いだけ……」
「……怖い? なにが?」
俺に操られるがまま、真実を話すアーリア。
今の彼女には意識がないはずなのに、何故か悲しそうな顔をしている。
「……『力』が。皆とは違う、『力』が、怖いだけ……」
力が、怖い?
一体なにが怖いというのだ。
この世界は『技』が全てだ。
『技』の才能なく生まれた人間はゴミクズのように扱われるというのに。
俺は何度も自身の運命を呪った。
アースガルド家の後ろ盾を失った俺には、何も無かった。
だからこそ、『力』を欲した。
そして今、俺には『神の力』がある――。
「……気に喰わんな」
俺は『魔法』を解除する。
そして彼女の意識を強制的に引き戻す。
「う……」
頭を抑えたアーリアは蹲ったままだ。
『魔法』の連続使用に耐えられているのは、類稀なる『技』の才能あってのことなのだろう。
「お前は『力』が怖いから、わざと能力を隠し、素行の悪い学生を演じているのか?」
そうすることで、周囲の『期待』を裏切ることが出来る。
『期待』が薄まれば、持って生まれた『力』を行使する機会を減らすことが出来る。
周囲の目を欺き、力を隠し、平穏な生活を送る――。
「……とんだ鬼畜教師がいたものね。私とは違う目的で、自身の『力』を隠し、自らの野望のために行使する。――私が一番嫌いなタイプだわ」
そう言ったアーリアは俺に対し嫌悪の眼差しを向ける。
俺は鼻で笑い、彼女に背を向ける。
「興が逸れた。今夜のことはお互いに秘密としよう。頭のいいお前ならば、この意味が分かるな?」
そう言い、その場を立ち去ろうとした俺の背中に彼女は別のナイフを突き立てた。
正確に、俺の心臓を貫いたナイフ。
「行かせるわけが無いでしょう。貴方はこの世界にいてはいけない存在――。『魔法』は、悪魔の力よ」
すでに彼女は『技』の力を全身に集中させている。
身体の各所に刻まれた紋章が閃光を放っている。
「……もういい」
溜息を吐いた俺は、突き刺さったナイフを凍結させ粉々に砕く。
傷口は見る見るうちに塞がり、穴の開いた衣服も再生される。
そして彼女に振り返ることなく、そのまま歩を進める。
「行かせないと言っているでしょう!」
瞬時に俺の前へと高速移動したアーリア。
こいつは俺に勝ち目があるとでも思っているのか?
自分の力を過信しすぎではないのか?
「どけ。今夜はもう収穫があった。お前には、俺の右腕となってもらう」
「っ! ふざけたことをっ!」
紋章の輝く拳を俺に目掛けて振り抜くアーリア。
鈍い音とともに彼女の拳が俺の胸を貫く。
俺はもう一度、大きく溜息を吐く。
そして右腕を挙げ、彼女の額に人差し指を当てる。
「しまっ――」
再び瞬間移動をしようにも、彼女の腕は俺に突き刺さったままだ。
俺は彼女の脳内で【性的快感】を発動させる。
以前、訓練学校でレイノに検証した魔法だ。
「お前は『技』の力が凄まじいからな。少々『魔法』を強く掛けておいた」
「う……ぐぅ……! そ、んな……!」
その場で悶え始めるアーリア。
「せいぜい快楽に身を委ねているのだな。もしも反省したのであれば、俺の屋敷に来い。魔法を解いてやる」
「こ、の……鬼畜が……! ぐ……あぁ……! あああああああああああ!!」
地面に横たわり悶えるアーリア。
俺は彼女を冷めた目で見下ろし、その場を後にする。
きっと、彼女は屋敷を訪れるだろう。
そして、俺を求めるようになる。
他の女どもと同じように――。




