014 技能開発科
授業開始の予備鐘が鳴る。
俺は資料を持ち技能員室を出た。
俺が臨時に受け持ったのは『技能開発科』という、新設されたばかりの科だ。
まだ世界には知られていない『技』の力を秘めている生徒を集め、実験的な意味合いをこめて作られた『技能開発科』。
俺の未知なる『技』の発現を知ったミュンヘン伯爵が理事長に掛け合い、まだ教師の決まっていない『技能開発科』へと俺を送り込んだのだ。
生徒はたったの4名。
それぞれ実技、筆記ともに好成績を修める彼らだが、未知なる『技』が足かせとなり、専攻を決められない状況に立たされていた。
俺は渡り廊下をゆっくりと歩く。
慌しく教室へと入っていく生徒達。
そのまま校舎を突っ切り、少し離れた場所に立てられた旧校舎へと足を踏み入れる。
旧校舎とはいえ、程よく手が入れられ、まだ校舎としての体裁は保っている。
本来取り壊される予定だったこの校舎の一部を『技能開発科』の教室として利用しているのだ。
旧校舎の一番奥。
札に『技能開発科』と書かれた教室へと足を踏み入れる。
「あ、おはよう~! クレル先生!」
一番最初に声を掛けてきたのは女子生徒のリリィ・ベンダーズだ。
緑色をした髪の、ショートカットで活発な女子生徒。
「先生、今日もレイノとラブラブ出勤でしたね」
その隣で胸元を大きく開けた長い黒髪の女子生徒がリリィに続く。
彼女はゼシカ・ラインセル。
テレミウス伯爵家に勤める専属医師であるゼノン・ラインセルの孫にあたる少女だ。
豊満な胸をあえて強調するような制服の着こなし。
俺は溜息を吐き、教壇に立つ。
「アーリアとジルはまた遅刻か」
4つしかない席のうち、2つは開いたままだ。
一番右の席のアーリア・ホスダイン。
炎のように真っ赤な髪を2つに束ねた不良少女。
だが『技』の成績はグランディア訓練学校でもトップ10に入るほどの女子生徒だ。
そしてそれとは反対側の一番左の席のジル・シュナイゼル。
『技能開発科』で唯一の男子生徒である彼は、シュナイゼル家の御曹司だ。
シュナイゼル家はミュンヘン家に継ぐ資産を持つ大家。
当然グランディア訓練学校に落としている金も多い。
少し長い金髪を軽く後ろで束ねた姿は、角度によったら女子生徒と見間違うほどだ。
噂によると、この学園でファンクラブなるものが存在するらしい。
金と権力と美貌――。
全てを手にした男子生徒に群がる女も多い。
「アーリアちゃんはたぶん今日もサボりで、ジル君はさっき別の科の女の子と出掛けていきました!」
元気よくそう答えたリリィ。
「……アーリアはともかく、ジルをどうして止めなかったんだ、お前らは」
「だって仕方ないじゃない。朝の誰もいない旧校舎で、ねぇ?」
なにか言い含めた様子で隣のリリィに話を振るゼシカ。
顔が真っ赤になりながら「あわわ……!」と言いながらゼシカの口を押さえるリリィ。
その様子で何があったのか想像が出来た俺は、もう一度大きく溜息を吐く。
ここ3日で溜息を吐く機会が異様に増えた気がする。
無能な人間どもに合わせ、生活をしていくことがこんなにもストレスになろうとは……。
……まあいい。
適度に発散は出来ているし、能力の検証にもこいつらは役に立つのだから。
「とにかく授業を始めるぞ」
2人の女子生徒にそう言い、資料を開く。
新設されたばかりの『技能開発科』では授業のマニュアルがまだ存在しない。
未知なる『技』について検証、考察を行うのが主な授業の流れだ。
どのように授業を進めるのかは、今のところ俺に一任されている。
これもレイノがミュンヘン伯爵にお願いをした成果なのだろう。
まずは一般的な『技』についての歴史を講釈する。
真面目に授業を聞くリリィとあくびをかみ殺しながら髪を弄っているゼシカ。
どちらにせよ、成績優秀なこの2人のことだ。
さっさと講義は終わらせて実技に入ろう。
◇
教室を移動し、広々とした室内訓練場へと向かう。
動きやすい白で統一された訓練着に着替えるリリィとゼシカ。
彼女らの手には訓練用の細剣が握られている。
「全力でこい。遠慮はいらないぞ」
彼女らと同じく訓練用の細剣を構え、試合開始の合図をとる。
2人同時に刀身に刻まれた紋章に『技』の伝達を開始する。
通常の閃光とは比べ物にならないくらい、光輝いた紋章。
光の強さは『技』の強さを表している。
彼女らが持って生まれた『技』の才能は相当なものなのだろう。
「いきます!」
「いくわよ!」
同時に地面を蹴り、俺に細剣を突き出すリリィとゼシカ。
それをギリギリの間合いでかわし、紋章に輝きを灯す。
「《アイス・ショット》」
氷に覆われた細剣を連続で突き出す。
「うっ!」
「くっ!」
受け止めるのに精一杯のリリィとゼシカ。
剣閃により訓練着が徐々に破かれていく。
「リリィ!」
「うん!」
2人で合図をし、一旦バックジャンプをした後、大きく跳躍する。
「「はああああああ!」」
一際大きく紋章に輝きを灯し、急降下してくるリリィとゼシカ。
悪くない。
『技』の切れといい、やはり『技能開発科』の生徒は優秀な奴らばかりだ。
優秀すぎて、呆れるくらいに――。
「《セイグリッド・ゾーン》」
刀身に刻まれた紋章に『魔法』の力を込める。
俺の周囲に、光に包まれた壁が出現する。
氷の結晶を薄く延ばし、光に反射させたために淡く光る壁。
何者にも犯されない、神なる『絶対防護壁』――。
ガキィン――!
という音と共に2人同時の降下攻撃を弾く。
その強い衝撃に吹き飛ばされてしまった2人。
「いたたたた……。クレル先生の『技』……。反則すぎますよぅ!」
頭を抑え、涙目で訴え掛けてくるリリィ。
「ほんっと、クレル先生の『技』ってわけが分からないわ……。攻撃、防御、回避に遠隔操作。普通はどれか一つにしか属さないはずなのに……」
腰を抑えながらゼシカがジト目で俺を睨む。
分からなくて当然だ。
これは『魔法』の力。
『技』でもなんでもないのだから。
「いずれお前達にも使えるようになるさ。さあ、もう終わりか? 今度はこちらからいくぞ」
「あ! ちょっと待っ――」
「もう……! ほんっと容赦ないんだから……!」
地面を蹴り、2人の生徒へと突進する。
よろよろと立ち上がり、なんとか俺の攻撃を受け止めるリリィ。
背後から奇襲を掛けようとゼシカが渾身の突きを繰り出そうとしている。
俺は咄嗟に左腕を突き出し、ゼシカの身体ごと押し返そうとする。
むにゅ。
「ちょ、ちょっと! なに胸を触っているのよ!」
「悪い。しかし、戦闘中は何が起こるか分からないぞ」
そのまま掌に氷の結晶を集結させる。
あたかもこれが未知なる『技』であるかのように偽装しながら。
『技』の発動時には必ず紋章に閃光が宿る。
光を反射しやすい氷の結晶で光の屈折度を調整すれば、いくらでも誤魔化しが効く。
どんっ――!
という音と共にゼシカの腹部で小爆発が起こる。
そのまま後方にすっ飛んでいくゼシカ。
大丈夫、死ぬことはないだろう。
爆発の寸前で細剣から自身の身体に『技』の力を集結させていたのが見えた。
瞬間的に『技』の力で防御力を高め、致命傷を防ぐ戦い方だ。
「いった~い! ああ、もう嫌だ!」
爆発により大きく裂けた訓練着の隙間から、柔肌に刻まれた紋章が淡く光っているのが見える。
戦闘職に就く者は必ず、『紋章師』により自身の身体に紋章を刻んでもらう。
こうすることで『技』の力で自身の身体能力を高めることができ、敵の攻撃からある程度身を守ることも可能だ。
瞬時に武器から身体へと『技』の力を伝達させるには相当の訓練がいる。
これも才能のある者が集まった『技能開発科』の生徒だからこそ、なせる技だ。
「こっちも、もう降参ですぅ……。『技』の力が底を突いちゃいましたぁ……あうぅ」
ヘナヘナとその場にへたり込んだリリィ。
俺は細剣を鞘に仕舞い、リリィを見下ろす。
「まずまずだな。リリィは防御の際に俺の剣に意識を寄せすぎだ。ゼシカは攻撃に集中すると防御ががら空きになるのが欠点だな」
「……はい……」
「普通はあの攻撃で仕留められるんだけどね……」
シュンとした表情でそう答えるリリィとゼシカ。
俺は彼女らに近づき、回復魔法を発動する。
光に紛れ込んだ氷の結晶は、彼女らの傷付いた身体を修復する。
本来ならば『治癒技』を習得した『治癒師』でなければ発動することが出来ない『技』。
見る見るうちに訓練着ごと蘇生されていく彼女達。
「ありがとう御座います」
丁寧にお辞儀をするリリィ。
「……ふんっだ。私の胸を触った分はこれで帳消しにはならないわよ」
不貞腐れながらあえて胸を強調し、そう言い放つゼシカ。
あまり舐めた真似をしていると胸だけでは済まなくなるぞ。
俺は心の中でそう呟き、ゼシカを立たせる。
「今日の実技はこれで終了だ。明日までに今日行った訓練の対策案を考えてくるように。以上」
「「ええー!?」」
「なんだ? 文句があるのか。文句があるなら――」
俺の言葉に慌てて反省の意を示すリリィとゼシカ。
そして、そそくさと訓練場を後にする。
どうせまた技能開発科の教室で次の授業が待っているというのに。
俺は軽く首を回し、訓練場を出た。




