015 フィメルの独白
午後の授業も無事終わり、俺は技能員室で帰り支度をする。
結局最後までアーリアとジルは出席してこなかった。
まだこのクラスを臨時で受け持ってから4日目だ。
あの二人は最初から俺に反抗的だった。
(どうするか……。魔法で強制的にいうことを聞かせるか、それとも――)
「今日はもうお帰りですか?」
資料を持ち、技能員室を出ようとしたところでフィメルに声を掛けられる。
そして何故か期待したような目で俺に視線を向けていた。
「はい。この後ギルドに寄って残りの仕事を片付けてしまおうと思いまして」
「そうですか……。残念です……」
そう答えたフィメルはもじもじしながら上目遣いで俺を見る。
仕草がいちいち子供っぽいが、歳は俺とそう変わらないはずだ。
それに一体何が『残念』なのだろうか。
全く分からない。
そのまま肩を落とし、フィメルは席に戻っていく。
技能員室にはまだ他の教師らは戻ってきてはいない。
(少し遊んでいくか……)
俺は腕を上げ、人差し指を突き出した。
「フィメル先生」
「はい?」
俺の声に反応し振り向くフィメル。
その瞬間に俺は『魔法』を発動する。
人差し指から発生した氷の結晶が、フィメルの体内へと注がれる。
「あ……」
フィメルの脳内に達した氷の結晶。
俺は彼女に質問する。
「フィメル先生。貴女は先程、俺に何を伝えようとしたのですか?」
とろんとした目つきで中空に視線を漂わせるフィメル。
そして徐に口を開く。
「……もし、お暇だったら……私と……」
「私と?」
「……私と……デートをして……欲しくて」
……デート?
俺と、デートをしたい?
一体、何を言っているのだこいつは?
俺はここに勤務するようになって、まだ4日目だ。
それはつまり、フィメルと知り合ってまだ4日しか経っていないということなのだが――。
「……どうして俺とデートをしたいのですか?」
俺は質問を続ける。
彼女が何を考えているのかが全く読めない。
ただでさえ、女の気持ちなどさっぱり分からないのだ。
「……やさしく、してくれたから。初めて会ったときも、すごく優しくて……。今日だって、みんな私を遠巻きに見ているだけだったのに、クレル先生は……クレル先生だけは……」
「……」
彼女の独白を聞き、俺は言葉を失った。
たった、それだけのことか。
それだけのことで、こいつは『恋に落ちた』とでもいうのか。
今まで一体どんな人生を歩んできたのだ、こいつは……。
「……私は、初めて、男のひとを好きになりました。男性恐怖症だった私が男のひとを……。クレル先生だったら、私は……」
そこまで聞き、俺は『魔法』を解除した。
そしてそのまま俺に身体を預け、気を失ってしまったフィメル。
彼女を抱き上げ、俺はもう一度『魔法』を発動する。
「《時間停止》」
一瞬のうちに俺の周囲数十メートルの空間に氷の微粒子が拡散する。
そして『時間』を凍結させる。
【対象凍結】と【時間逆行】を応用した『氷魔法』。
これならば誰にも見られずに校舎を移動出来る。
俺は停止した空間をゆっくりと歩いた。
足音も自身の呼吸音も、何も聞こえない。
まるでまどろみの中にいるようだ。
校舎を抜け、校庭を進み、旧校舎へと足を踏み入れる。
もう技能開発科の生徒らは自宅に帰ったはずだ。
旧校舎には誰もいない。
俺は『時間凍結』を解除し、一番奥の部屋の扉を開け、内側から鍵を閉めた。
ここは元々保健室だった場所だ。
俺はベッドにフィメルを横たわらせる。
「ん……」
薄目を開けたフィメル。
彼女に掛けた『魔法』は、気絶するほどの魔力量をつぎ込んではいない。
彼女は勝手に気絶したのだ。
恐らく、自身の告白にショックを受けたのだろう。
俺は彼女の意識を解放したまま、魔法の力で命令したのだから。
「おはよう御座います、フィメル先生」
「……クレル……先生……?」
俺の顔を見るなり、ぼろぼろと涙を流すフィメル。
一体自分の身に何が起きたのか理解していないのだろう。
俺の質問に答え、自身の口で愛の告白をしたのだ。
彼女は今、どんな気分なのだろう。
「驚きましたよ。フィメル先生が、俺のことを好きだったなんて」
ベッドの脇に座り、足を組みながらそう言う。
その言葉を聞いたフィメルは、更に大粒の涙を零す。
「……わ、私に……。一体、何を……したんですか?」
泣きじゃくりながらも、俺に向けられた視線には嫌悪は見られない。
この女はどこまで能天気なのだろう。
俺を疑いもせず、今も尚無防備のままだ。
「そんなことはどうでもいいじゃないですか。フィメル先生は、俺のことが好きなのでしょう? ならばこの状況をどう思いますか?」
「え……?」
今更ながら、ここが旧校舎の保健室だと気付くフィメル。
この時間は誰もここには近寄らない。
2人っきりの空間――。
俺の言わんとしていることに気付いたのか、フィメルの表情が徐々に変化していく。
「貴女は『男性恐怖症』なのですよね。でも、俺だったら大丈夫なのですよね?」
「あ……。で、でもそれは……」
徐々に表情が曇っていくフィメル。
明らかに俺に恐怖している。
しかし大声を出したり、逃げ出したりはしない。
彼女は心の中で葛藤しているのだろうか。
俺とだったら男性恐怖症を克服出来るかも知れない、と――。
フィメルはこの訓練学校の教師らに苛められていた。
まるで、ついこの間までの俺のように――。
俺は『神の力』を手に入れ、現状を脱却することが出来た。
ならば、彼女はこの状況でどう動く?
「……」
彼女は俺の瞳に視線を合わせる。
俺は目を逸らすことなく、じっと彼女の目を見つめる。
お前は、どっちに転ぶ?
現状を打破するための道を選ぶのか、元の惨めな生活に戻るのか――。
答えは、俺が用意してやる。
俺を選べば、お前の望む未来を与えてやろう。
俺を選ばなければ、このままお前の記憶を消すだけだ。
「……」
しばらく俺の目を見つめていたフィメルだったが、大きく息を吐き、目を閉じた。
そして再び目を開き、決心したようにこう答えた。
「……クレル先生。その、聞いてくれますか」
「はい」
「さっきは気が動転していて、どうしてあんなことを言ってしまったのか分からないのですけれど……」
ベッドのシーツをぎゅっと掴むフィメル。
彼女の緊張が伝わってくる。
「……もう一度、ちゃんと、言います。私は、クレル先生のことが……好きです」
「……」
「最初に出逢った時……。私がドジをしたときに、そっと手を差し伸べてくれましたよね。あの時からずっと、私はクレル先生ばかりを見るようになって――」
『魔法』の力ではなく、彼女は自身の意思で独白する。
俺は静かに彼女の話を聞いた。
彼女は話しながら、また大粒の涙を零した。
よく泣く女だ。
だが、お前は決心した。
自分の『意思』で、俺を選んだ。
お前には俺が『未来』を用意してやろう。
神である俺に、不可能などないのだから――。
どれくらい彼女の話を聞いただろう。
もう随分と泣き腫らしたフィメルは、意を決した表情で俺の目を真剣に見つめた。
「あ、あの……クレル先生」
俺は何も答えずに彼女に近づく。
そしてそのまま唇を奪った。
「ん……」
俺がこういう行動をとると予想していたのか。
抵抗もせずに、俺の舌を口内に招き入れるフィメル。
しかし身体は強張ったままだ。
男性恐怖症とはそんなに簡単に克服出来るものでは無いのかもしれない。
俺は舌先から氷の結晶を送り込む。
彼女の口内から脳まで達した氷の微粒子。
俺は彼女の『記憶領域』から、男性恐怖症に関する記憶を凍結させる。
二度と溶けることの無い、絶対零度の『魔法』で――。
唇を離した俺は、彼女をきつく抱き締めた。
小さく喘ぎ声を漏らしたフィメルは、抱擁に応えるように俺の首に腕を回す。
身体の強張りはもう感じない。
お前はこれから、未来を紡げ。
俺が、お前に『力』を与えてやる――。
誰もいない旧校舎で、フィメルの喘ぎ声が木霊した。




