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俺は氷魔法で世界を手中に収める  作者: 木原ゆう
第二章 思惑と欲望の交差
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011 おてんば娘

「それでは行って参ります、お義父様」


 リビングルームで1人晩酌をしていたテレミウス伯爵に声を掛ける。

 もうすでにかなり飲んだのだろう。

 半分虚ろな目で返事をした伯爵。

 ミリアのことを俺に頼んだことすら忘れているのかも知れない。


 俺に続き伯爵に会釈だけしたシイラ。

 まだ少し頬が高揚している。

 俺はその様子を横目で見ながら笑いを堪える。


「行きましょうか、シイラさん」


「……はい」


 お互いに仮面を被り屋敷を出発する。

 人の目がある内は、決して俺達の関係を勘ぐられてはならない。

 ミリアにも知られたくはない。

 彼女は心底、俺のことを心配し、俺のことを考えてくれている。

 最愛の義妹。

 彼女だけは、何があっても、俺が守る――。



 中央通りまで向かい、そのまま南へと歩く。

 俺の少し斜め後ろをついてくるシイラ。

 こうして彼女と2人で外出するなど初めてのことだ。


「少し寒いですね。そんな格好で大丈夫ですか、シイラさん」


 俺の言葉に反応し、自身の身体を両腕でギュッと抱きしめたシイラ。

 メイド服のままのシイラは上着を羽織ってはいない。

 先程までの行為で身体が火照っているのか、彼女は特に寒がっている様子はなかった。


「……白々しいことを」


 誰にも聞こえないほどの小さな声でそう呟くシイラ。

 俺は苦笑し、先へと進む。


 繁華街を歩く。

 風が心地良い。

 もうすでにほとんどの店が閉まりかけているが、まだ就寝の時間には早いせいか人手はそれなりにある。

 ここを抜ければグランディア訓練学校の校舎が見えてくる。

 そのすぐ近くの屋敷がミュンヘン伯爵の屋敷だ。


 ミュンヘン伯爵家はグランディア訓練学校に出資している伯爵家の中でも最大派閥の家柄だ。

 テレミウス伯爵家と比べても歴史も名も遜色がないほどの大家。

 そこの令嬢のレイノとミリアは親友で、いつも2人で勉強をしたり遊んだりしている。


「一応、校舎の中を見せてもらって、そこにいなければそのままミュンヘン伯爵のお屋敷に向かいましょう」


「……分かりました」


 そう言い、再び仮面を被ったシイラ。

 この時間ならば、まだ生徒も教師も残っているはずだ。

 『技』の習得のうち、夜間の戦闘で効果を発現させるような訓練も授業内容に組み込まれている。

 俺がヴィゼンド洞窟で使用した『暗視薬』も『調合師ミックスメイカー』と呼ばれる職業に就いた人間が『技』を駆使し、作成したアイテムだ。

 戦闘職、支援職、生産職――。

 様々な『技』を駆使した職業がこの世界には存在する。

 その中で更に細分され、自分に最も適合した職業に就くのが、卒業生の進む基本的な道となる。


 校舎に入り『裁縫科』を探す。

 ミリアもレイノも『裁縫技』を専攻としている生徒だ。

 ゆくゆくは別の街で『洋裁師ドレスメイカー』として働くことを夢見ている。

 俺は、彼女の夢を叶えてやりたい。

 俺の力など借りなくとも、彼女ならば自身の力で成し遂げられるのは分かっている。

 しかし、それでも、俺はミリアの力になりたいと思う。

 これは、俺の我侭だ。

 そんなことは重々承知している。


「……」


 シイラが不思議そうに俺の顔を見つめている。


「……どうかしましたか? シイラさん」


「……いいえ、何でも御座いません」


「?」


 一人何かを察したかのような表情で目を瞑ったシイラ。

 ……一体、何を考えている?

 俺は右腕を伸ばし、シイラの額に指を――。


「あ! お兄ちゃん!」


 急に後ろから声を掛けられ、慌てて腕を戻す。

 この声は――。


「こんなお時間までお勉強とは……。御主人様が心配されておりましたよ」


 俺の代わりにシイラが答える。

 表情を取り繕った俺は、ミリアに笑顔で答える。


「そうだぞ、ミリア。遅くなるなら俺かシイラさんにきちんと伝えておかないと、皆が心配してしまう」


「うん……。ごめんなさい、お兄ちゃん、シイラさん。レイノちゃんに付き合ってたらこんな時間になっちゃって……」


 シュンとした表情でそう答えるミリア。

 やはりそうか。

 あのおてんば娘に振り回される彼女の気持ちもよく分かる。


「あー、いたいた! こら、ミリア! まだ私の補習授業は終わっていないんだからね! ……と、これはこれはクレルお兄様とシイラさん。ご機嫌麗しゅう」


 派手な色のドレスに身を包んだ、ピンク色のウェーブが掛かった髪の少女。

 レイノ・ミュンヘン。

 取り繕ったようにドレスの裾を上げ挨拶をする姿に、俺達3人は溜息を吐く。


「……レイノお嬢様。またミリアお嬢様をご自身の補習授業に同行させていたのですね。毎度毎度、ミリアお嬢様を借り出されては困ります」


「いいの、シイラさん。レイノちゃん、本当に困っているんだから、私が手伝うって言ったんだし……」


 レイノを庇うミリア。

 しかし、恐らくはレイノに泣きつかれたのだろう。

 自身の補習授業に強制的に参加させ、分からない所はミリアの助言で事無きを得る。

 教師らもミュンヘン家の令嬢とテレミウス家の令嬢では迂闊なことは言えない。

 もはや暗黙の了解となっているレイノの補習授業。


「ほらね、シイラさん。だから邪魔しないで! ほんっとに今回の試験もヤバイんだから! この補習授業をクリア出来ないと私、落第しちゃうのよ!」


 さっきまでの丁寧なお辞儀はどこへいったのか。

 再びおてんば娘に早変わりしたレイノ。


「それは普段、勉強をなされないレイノお嬢様が悪いのでしょう」


「うぐぅ……!」


 図星を突かれ、言い返す言葉もないレイノ。

 俺は思案し、彼女に提案する。


「とりあえずミリアは解放してくれないか。テレミウス伯爵の手前、このままいつまで掛かるか分からない君の補習に付き合わせるわけにはいかないんだ」


「そんなこと言われても……」


 困った顔でミリアに助け舟を要請するレイノ。

 その間に割って入るシイラ。

 どうしていいか分からないといった表情のミリア。


(……仕方ないな)


 俺は溜息を吐き、彼女にこう提案する。


「もし良ければ、俺が君の補習授業に付き合うよ。これでどうだい?」


「えー? クレルお兄様が『裁縫技』の補習に出ても、意味があるのかしら……」


 チラッとシイラに視線を向けそういうレイノ。

 恐らく彼女に同意を求めているのだろう。

 しかし予想とは違う答えをシイラは用意していた。


「クレル様ならば大丈夫だと思います。……きっと驚きますよ、レイノお嬢様」


「へ?」


 きょとんとした表情でシイラと俺の顔を交互に見つめるレイノ。

 ミリアも話についていけないのか、しきりに首を傾げている。


(シイラの奴……余計なことを……)


 軽く彼女を睨んだが、飄々とした表情で何も答えない。

 俺に対するちょっとした反抗か?

 後で屋敷に戻ったらお仕置きが必要だな。


「……いいわ。それで手を打ってあげる。じゃあ、また明日ね。ミリア」


「うん……。でも本当に大丈夫? お兄ちゃん?」


 心配そうな顔で俺にそう言うミリア。

 俺は優しく彼女の頭を撫で「大丈夫だよ」とだけ答える。

 気持ちよさそうに嬉しがるミリア。

 その様子をまた、不思議そうな目で見ているシイラ。

 何だというのだ、一体……。


 ミリアを連れ、シイラは校舎を後にした。

 その場に残された俺とレイノ。

 さっさとその補習授業とやらを終わらせて家に帰ろう。


「では、向かうとしよう。どこの教室に行けばいい?」


「……ふーん」


「?」


 俺を見定めるような表情に変わるレイノ。

 今日は一体何だと言うのだ。

 シイラといいレイノといい、何を考えているのか分からない女ばかりだ。


「今日は随分とお兄様らしくされているのですね。何だかいつもと雰囲気が違うように感じますけれど、何か御座いましたか? クレルお兄様・・・・・・


 さっきまでの態度は何処へいったのやら。

 急に態度が変わったレイノ。

 やはりこいつも俺のことを馬鹿にしているのか。

 『技』の使えない無能な人間。

 そんな人間がテレミウス家に保護されて、いい気になるなということなのだろう。

 俺は溜息を吐く。


「別に何もないよ。ほら、補習を終えないと帰れないんだろう? 手伝うから教室へ案内してくれ」


「仕切らないでもらえますか、クレルお兄様。仕方がありませんね……。私の補習に付き合わせてあげることにしましょう」


 偉そうにピンク色の髪をかき上げ鼻で笑ったレイノ。

 こんな少女がミリアと同級生だというのだから世も末だ。

 しかしミリアはレイノのことを親友だと思っている。

 彼女を悲しませるようなことはしたくない。


(表向きは、だがな……)


 俺は彼女の後を歩きながら思案する。

 ミリアを悲しませたくはないことと、レイノに『魔法』を使わないことは別問題だ。

 この少女が俺の魔法で洗脳されようが心が壊れようが、ミリアの前では親友を演じてくれさえすればそれでいい。

 俺にとって、大切なのはミリアだけなのだから――。


「いいこと? 貴方は私の指示に従って、教師の出す課題を解けばいいのよ。それを私に教えて、私がそれを答える。教師には話がいっているから、問題はないわ」


 もはや取り繕うことにも飽きたのだろう。

 口調が変化し、まるで召使いに話すように俺に指示を出すレイノ。

 ……いいだろう。

 もう少しだけ、この茶番に付き合ってやる。

 

 そして補習が終わったその後は――。


 

 俺は声を押し殺し笑った。



















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