010 支配する者とされる者
テレミウス家に戻るとメイドのシイラが俺を出迎えた。
俺を鋭い眼光で睨みつけるシイラ。
リビングルームからはテレミウス伯爵と夫人の声が聞こえてくる。
2人とも既に戻ってきているようだ。
俺は仮面の笑顔を作りシイラに声を掛ける。
「只今戻りました、シイラさん」
「……お帰りなさいませ、クレル様」
唇を噛み締めながら尚も自身の職務を全うしようとするシイラ。
何があっても仕事には手を抜かない女だ。
レイノルム家としてのプライドがそれを許さないだろうから。
彼女の傍に近付く。
一瞬、身体を大きく揺らすシイラ。
そのまま俺は彼女の腰に手を当て唇を奪う。
「んっ……!」
俺の唇から彼女の口内へと氷の微粒子を送り込む。
そのまま体内を巡り、脳へと到達した氷の微粒子は『命令』を解除する。
『屋敷から逃げるな』。
『誰にもこの事を話すな』。
彼女の力が抜けていく。
しかし、気絶までには至らないようだ。
これでどのくらいの魔力量で氷の微粒子を送り込めばいいのか把握した。
満足した俺は彼女から唇を離す。
「……クレル……。お前は一体……何なのだ?」
とろんとした目で俺に質問するシイラ。
それが魔法解除の余韻なのか、キスの余韻なのかは定かではない。
「シイラさん、駄目ですよ。まだお仕事中なのですから、普段の口調で話しては」
そう言った後、俺は彼女の耳元でこう囁いた。
「……俺の秘密をばらしたら、今朝のこともばらされると思え」
「!!」
一気に顔が赤くなり、俺を鋭い視線で睨みつけたシイラ。
その様子に満足した俺は彼女を置き、リビングルームへと向かう。
あの様子ならば恐らく大丈夫だろう。
シイラはプライドの高い女だ。
魔法で命令したとはいえ、自身の犯した行為を周囲に漏らされることは、彼女にとって最も屈辱なのだろう。
下手をしたらレイノルム家を追放されるかもしれない。
(やはり相手の意識を保ったまま、魔法で『命令』することが出来るとなれば、様々な使い道が想定出来る……)
人間とは本当に不思議な生き物だ。
プライドのためならば、命すら投げ出す者。
守る者のために、自身を犠牲に出来る者。
俺には到底考えつかないような者ばかりだ、この世界の人間は。
俺はふっと鼻で笑う。
まるで自分自身を『人間』とは認めていない考え。
そう、俺は『神』になった。
この世の全てを支配する『神』に――。
◇
「ああ、クレルか。お帰り」
「只今戻りました、お義父様、お義母様」
テレミウス伯爵と夫人は大きなテーブルを囲い食事中だ。
俺は別のメイドに誘導され、一番端の席に座る。
「ミリアはまだ戻っていないのですか?」
「ええ、そうなのよ。せっかく久しぶりに家族三人で食事が出来ると思ったのに、残念だわ」
夫人はあえて『家族三人』という言葉を使った。
しかし、それもいつものことだ。
俺のことを家族と思ったことなど一度も無いのだろう。
メイドが料理の乗った盆を俺の前のテーブルに用意する。
伯爵らとは違ったメニュー。
しかし、これらはシイラが作った物だ。
伯爵らの食べている物とは程遠いが、味は確かだ。
俺は「いただきます」と答え、食事に手を付ける。
「何かミリアから聞いてはいないか? 訓練校はとっくに終わっているはずなのだが……」
テレミウス伯爵が心配そうな表情で俺に質問する。
今朝は早くに屋敷を出発したミリア。
俺もまだ、今日は彼女の姿を見ていない。
「恐らくミュンヘン伯爵の御令嬢とご一緒なのではないでしょうか。食事を終えたらシイラを連れて探してみましょう」
「ああ、頼む」
満足した様子のテレミウス伯爵は夫人との談笑を再開する。
手早く食事を終えた俺はリビングルームを出てメイドの控え室へと向かった。
「シイラさん、いらっしゃいますか?」
控えめにノックをすると中から返事が聞こえてくる。
そっと扉を開けたシイラ。
他のメイド達は全員、各々の仕事に付いているようだ。
シイラ以外には誰もいない。
俺はそのまま部屋の中に入る。
そして内側から鍵を掛けた。
「……」
「何だ? 何か言いたいことのある目だな」
奥のソファに腰を掛ける。
そして足を組み、仮面の笑顔を取り払う。
シイラは腕を組みながら、俺をただ見つめているだけだ。
何を考えているのか魔法を使って聞き出してもいいが、あまり連続して使用するとどんな副作用が起こるか分からない。
それにこいつは俺の玩具だ。
恥辱に顔を歪める姿や嫌悪感を隠そうともしない彼女の目つきを、俺は楽しんでいる。
「……何故、私の心を『支配』しない?」
ぽつりと言葉を漏らすシイラ。
俺は何も答えずに黙っている。
「お前のその力――。それは伝説に語り継がれている『魔法』の力なのだろう? 小さい頃に童話で読んだことがある。万物を支配し、神と同等の力を得ることの出来る『魔法』――。その力があれば私の心を支配するなど、容易いのではないか?」
彼女の目は真剣だ。
俺に宿った力が『魔法』だと気付き、俺の行動を不審がっている。
何故、力を隠そうとするのか。
何故、自身に掛けた魔法を解除し、そのままにしておくのか。
「くくく……。やはりお前は頭の良い女だ。お前の心を魔法で支配しない理由? そんなのは簡単だ。お前は俺の玩具だからだ。力を隠すのは俺が魔法の力ではなく、『自身の力』としてこの世界を支配するからに他ならない」
「『自身の力』? ……『技』の使えないお前の考えそうなことだな」
そう言い鼻で笑うシイラ。
俺の前でこういう態度をとるということは、もう自分の今後について観念しているということなのだろうか。
それとも、何か思惑でもあるのだろうか。
(本当に退屈しない女だ……。もしかしたら俺に取り入って、レイノルム家の再建を考えているのかも知れないな……。くくく……)
いつでも彼女の真意を知ることは出来る。
ならば泳がせて遊ぶのも一興かも知れない。
「お前はこれからどうするつもりだ? 『魔法』の力を隠し続け、成り上がるつもりか?」
「そうだ。俺はまずテレミウス家とギルドを乗っ取る。そのためには、俺に『技』の力が身に付いたと周囲に思わせなければならない。すでにグラッド達には思い知らせてやった。着々と計画は進んでいるさ」
「……」
何かを思案しているシイラ。
おおよその見当はつく。
「……クレル。提案がある。私は――」
「脱げ」
「……え?」
一瞬、何を言われたか分からないといった表情になるシイラ。
俺は魔法で『命令』をしたわけではない。
ただ、そう呟いただけ――。
「俺の力に媚びるつもりなのだろう? レイノルム家の再建のために――。ならばお前自身の『誠意』を見せてみろ」
「……」
俺の言わんとすることを理解したのだろう。
恥辱に顔を歪めながら、徐々に衣服を脱いでいくシイラ。
魔法による強制的な命令ではなく。
自身の意思で、彼女は脱いでいく。
「……こ、れで……いいか?」
全身、生まれたままの姿となったシイラ。
二度目だというのに、彼女の顔は真っ赤だ。
「俺は『誠意を見せろ』と言ったんだ。お前の誠意とはその程度のものなのか?」
俺の非情な言葉に動揺するシイラ。
しばらく硬直した後、彼女は諦めたように俺の側に寄り、跪いた。
そして上目遣いで俺に視線を合わす。
何をすればいいのか、理解した顔で――。
昨日までは俺を見下していた女。
その女が自ら俺に従い、恥辱に顔を歪め、最大の屈辱に耐えている。
俺は一切、魔法の力を使ってはいない。
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
艶のある銀髪が俺の指に絡む。
――彼女ももう、後には引き返せない。
俺と『運命』を共にしてもらおう。
一生、お前を俺の玩具として行使してやる。
望むのであれば、永遠の若さと美貌を魔法の力で与えてやろう。
――彼女の行為を見守りながら、俺は『神の啓示』をここに示した。




