9、初デート ②貸切と蜂蜜と乙女のひみつ。
(それにしても……)
私は馬車に乗る前に辺りを見渡す。
殿下の従者さまや警護は見当たらず……いや、確かに気配はするのだが……この見晴らしの良すぎる場所のいったい、いずこに……?
(地面に埋まる“リミッター”か幻視の“ロード”でも働いているのかしら?)
うーん、考えてもわからん。
(ま、いっか……おかげで本当に二人っきりのデートみたいだもん!)
そう振り返ると馬車と私の間に立つ殿下。
「さ、御手をどうぞマイ・レディ」
「ありがとう存じます!」
殿下に差し出された手を掴み、いざ馬車で向かわん中心街!
そうしてパカラカと馬車は走り出した。
因みにモンディスカの街は実は歴史だけはやたら古く、昔から取ったり取られたりしていたそうなのだが……私の聞いた話だと、ここ二百五十年くらいは、ずっとモンディスカのものらしい。
そうして殿下と楽しくおしゃべり……もといイチャついていたらあっという間に旧市街が見えてきた。
というか殿下は何故そんなに私を膝抱っこしたがるのかな?
しかも慣れたとはいえ、いまだ恥ずかしいし、ドキドキするのに……やたら手をにぎにぎしてくるわ?
さすがにキスは窓から見えそうなので却下したが、よくよく考えたら膝抱っこも皆に見えるじゃない?!
どう考えてもはしたなく控えるべきなので、街に着くや否や、私はすぐに殿下の膝から滑り降りた。
が、その際に何故かキスをされた。不覚なり!
「これはまた……趣があって素敵だね!」
モンディスカの街はレンガ造りの家々が建ち、壁にはつるが伸びて多くの葡萄が生っている。
「――あれは食べられるの?」
「食べられますよ。子供の頃はよく葡萄をもいでオヤツにしておりました!」
因みに街に流れる水も全部湧き水だ。
王宮にある都とはその錚々たる規模も人口も全くおよびもしないが……上下水は整い、道は綺麗で、どこもかしこもとてもいい匂い!
この街は我が辺境の自慢といえた。
「オフィーリアはどれくらいお腹がすいてるの?」
「んーまだそこまでは……」
私はお腹をさすりながらそう答える。
「そうか……じゃあやっぱり軽くお茶がいいね」
……あれ?
ゲストとホストが入れ替わっていませんか??
そして殿下……なんで馬車を降りたと同時に、初めての街で私の手を引きつつ、何故に迷いない足取りなのですか?
「ママ〜見て〜! プリンセスー!」
「本当だわ! あらぁ、とっても綺麗ね〜!」
そして私の格好、目立ってるぅ!?
うっうっ(涙)、義姉上……この格好やっぱり浮いているみたいですよ?
しかし、そんな私の背中をディアベルゼ殿下が優しくぽんぽんと叩く。
「ほら、背筋を伸ばして……堂々として! 周りに飲まれるんじゃなくて、自分を中心に巻き込むんだ。……そうすれば周りもそれが自然なことと思うよ」
「…………」
殿下……やっぱり私の“心”読めてませんか?
そうして目的地に到着した。
ドアを開けば、リリーンとお店のドアベルが鳴る。
「わあ、まだ誰もいない……ラッキーですね!」
「うん、貸し切りにしたからね」
ん?
「街に入る少し前に指示をしておいたんだ」
どうやって??
「え〜と……チチンプイプイ?」
やっぱり心を読んでるっ!?
「モンディスカ領に来るまで道中は手際が悪かったから……これでも反省してるんだよ」
「そんな、それは殿下が責任を感じることでは無いのに?」
だって誰が賊に襲われたくて襲われるというの?
それに時期もパレードと重なり、タイミングがただ単に悪かったのよ。
「いいから、いいから……僕に名誉挽回させて、ね?」
もう、この、完璧主義者〜!
「名誉も何も……すでに圧倒されております。殿下……何でも出来すぎるんだもん」
それにはちょっと引け目すら感じる。
私……殿下の隣にいるのが、もしかして相応しく無いんじゃないかしら……?
そう思っていたら殿下が私のほっぺをぷにっとつまんだ。
「余計なこと……考えてない?」
「どーひて!?」
「オフィーリアがスパイに向いてないから……そこがまた可愛くて好きだけど」
ううっ……そんなに顔に出てるかしら?
「それよりオフィーリア、さっそく注文しよう。はい、メニュー……どれどれ、ここは蜂蜜が有め」
「蜂蜜っ!?」
「……それに焼きたてのスコーンが」
「スコーン……!?」
どうしよう。ここは夢の国かしら!?
「オフィーリア……これくらいのメニューなら、辺境伯家なら珍しくも何とも無い……むしろすごく素朴なものだよね??」
ふふふふふふふ……まあ、普通はそう思われますよねぇ? ……ですが我が家は特殊なんですのよ?
もちろん我が家にも決まったお茶の時間があり、それこそ複数の侍女に囲まれ、出されるものは一級品。毎日お母様やエメライン義姉上と楽しんでいるわ。
だがしかし――!
「エメライン義姉上……こ、これは小鳥のおつまみでらっしゃいますか??」
「あら、何を言っているのオフィーリア? 立派なお茶菓子よ?」
だがそこには子リスが飢え死にする量のナッツとドライフルーツだけがお皿に乗っている。
「お……お母様は足りるの?」
「まあ! 誰っ――乳脂肪入りの牛乳を使ったのは!? 無いならアーモンドミルクか豆乳にしてちょうだいね。……あと飲み物に砂糖もこんなにいらないわ!」
「…………」
そこにはお茶菓子どころか、お茶に入れるミルクや砂糖まで徹底的に排除しようとする侍女に命ずる母の姿があった。
「ふぅ……貴族の生活は油断すると、すぐにウエストのインチを変えてこようとするんですものー?」
「その通りです。エメライン。……油断大敵、美は一日にしてならず! 油や甘いものが積み重なれば、私たちは醜い豚になってしまうわ!?」
オインクオインク!
……豚になってもいいから、こってり生クリームと頭痛がするくらいの砂糖を飲み物にぶち込みたいぃぃいっ。
油脂と砂糖とグルテンで出来た身体に悪そうなものでたらふくお腹を満たしたいよぉ。
だけど家系ピラミッドの頂点であるこの二人に、末っ子が果たして意見など出来ようか?
……いいや、それでもめげずに何度かしているけど、まずこの二人に私が脳ミソと口で勝てようはずが無い。
「…………」
ゆえに私はドライフルーツを五十回くらい口の中で噛み締め、香り高いお湯で喉に流し込む。
あれ……ちょっと塩っぱい気がする。……気のせい?
あ、な〜んだ目の汗か。
……え〜ん。
「―――というように、母と義姉上は美意識と女子力が天元突破しているため……私はめったにお菓子が口に出来ないのです?!」
「………………」
しかも、兄達やルパーシアにも二人がよ〜く言い含めているので……そっちルートでも甘いものが手に入らない徹底っぷり。
いや、確かに社交界デビューした未婚の娘の対応として……ある意味、非常に正しいのかもしれないけどぉ(涙)。
「……だから、あんなに王宮の茶会でも菓子には目の色を変えていたのか……?」
は、そんなに目に滲むほど私は飢えていたの?
え、ちょっと……お母様、義姉上! 悪影響でていますけど!?
「では蜂蜜食べ比べセットもクリームティーに追加しようか。……初デートには、さすがに義姉君たちも目くじら立てないよ。大丈夫!」
ああ……ま、眩しい!?
私の彼氏が尊すぎるわ!
「殿下……好き。好〜き、好き好き、大好きぃいい!」
「……お菓子ひとつにチョロ過ぎて、お菓子につられて、うっかり誘拐されないか心配だよ。オフィー(汗)」
しかも蜂蜜については……本当に大大大大大大好物なのだ!!
……だけど、その〜……これもある事件以来……いや、その事件も一回じゃないために……モンディスカでは怒りの大禁止処分されてしまったのよね?
トホホ……。
さすがに季節の祝日と、冬の聖母様の祝日には食べられるけど……。ええ、もちろん監視付きで……。
チラリ。
私は殿下をそっと覗き見る。
(……これについては“アレ”と同じく、絶っ対に殿下に知られるわけにはいかないわ。……墓場まで持っていくのよ……オフィー!)
ああ……そうよ。
たぶん“コッチ”も私がイマイチ恋愛に乗り切れず、男性を遠ざけてきた理由なのだわ。
別にコンプレックスじゃないし、何なら何より自慢なんだけど……でも、男の人はきっと嫌がると思うの。それを無理に否定するつもりもない。
(それに今さらディアベルゼ様を好きな気持ちも止められないもの……!)
だから、内緒よ、内緒っ!
ま、バレる機会なんかほぼ無いだろうし、この件に関しては兄たちも口がすごく固いものね! まず大丈夫でしょう。うん。
「オフィーリア……さすがに飲み物にスプーン七杯の砂糖とさらに蜂蜜を入れるのは……」
「おいしー! おいしー! おいひー!」
「……ごめん何でもない」
かぁー……脳がキマるこの感じ最っ高ね!
来い来い血糖値スパイク! 望むところよ。
シュシュッシュッ、シュシュッ! くらえ私の左ストレートお!!
「……なるほど、彼女たちがある程度禁止していたのも、理に適っていたのかもしれない」
ふふ、殿下が何かおっしゃってるけどデートって楽しすぎるわ。もっとしたい!
こうして私たちは楽しくお茶を酌み交わし初デートは後半戦へと続くのだった。




