8、初デート ①手とヤギ
「それでは……これより当モンディスカ領をご案内致しますわ!」
私はキリッとそう言い……実際、真面目に各地域の説明、名産、観光、防衛についての口頭の説明からはじめる。
それに必要な資料に関しては斜め掛けの鞄に入れ、まるで専属のガイドか先生みたい!
(ふふふ……なかなか堂に入っているのではないかしら?)
「…………」
だけど、それが上手くいっていたのもほんの数分だった。何故なら……。
「羊の全頭数は――」
「約二万頭だね」
「外敵から守る城壁の高さは――」
「平均十二メートル……国全部でもとくに高い作りだ」
「領内の食糧の備蓄量は――」
「緊急時に備え、常に最低一年分を基本とするんだったよね?」
「………………えーと、ですね」
人が本を盗み読みながら説明することを……何故か手ぶらの殿下が先回りで答えていく。
「はい! ……他には何を教えてくれますか? ガイドさん?」
「…………」
私はプクーッと頬を膨らませ、肩を戦慄かせる。
「なんで……先に答えるのです!?」
「うーん何故ならモンディスカ家攻略のために……僕がすでにモンディスカの風土記や地図や論文を取り寄せ……読み込んだせいかな?」
「…………」
いや……どんだけモンディスカ家の攻略に本気なの!?
「だから……」
そう殿下がスルリと一歩前に私に近付く。
「こんな本じゃなくて……オフィーリアだけが知っていることを教えて? 何が好きで、何がお気に入りで、いつもどう過ごしていたのか……」
「え、え、……でも、それだと正しい領地視察にはならないわ!?」
デートは目的だけど……その前にその大義名分はしっかりと果たすべきじゃない!?
「そう? でもオフィーリアこそ、モンディスカの一部でしょう? ――なら、合っているんじゃないかな?」
「………………確かに?」
ハッ……いや、いやいや騙されるな、私!?
私は頭をフルフルと振った。いかん、いかん! と。
「それに現地の生の声を聞くこと以上に現地で得られる資料は無いよ。……他は都で椅子に座っていても学べるからね」
「………………」
正直、デートなんてしたこと無いし……ましてや領地の視察に同行したこともほぼ無いから、どっちも正解なんて分からない。
綺麗な格好にしてもらったけど……斜め掛けの鞄は自分でもバランスがおかしいなと思う、でもじゃあ、どうすれば良かった?
「だって……視察の案内もデートも碌にしたことがないんだもん」
「ん? ……なあに?」
ディアベルゼ様……わざと聞き直してるでしょう?
「デートなんてしたこと無いから……分からないって言ったんです!」
「そう……じゃあ、オフィーリアはどうしたい?」
そんな、殿下のために案内してるのに、私がどうしたいかなんて不必要じゃない!?
「それは僕が何より一番知りたいことなんだ」
「…………」
私は辺りをキョロキョロと見渡す。
うん、田舎で良かった。
めぇ~と鳴くヤギ以外、誰もいないわ!
「なら……手を繋ぎたい」
顔が赤くなるのが分かる。
「え?」
「お父様とお母様も、ブラッドフォード兄さんとエメライン義姉上も……よく手を繋いでいるの……だから、デートなら、私もしてみたいな……って」
「…………」
殿下は何も言わずに私の手を握った。
でも、ううん……違う。そうじゃない。
「手袋も……お互いに外しましょう? ディアベルゼ様を直に肌で感じたいわ……?」
「…………」
あれ、殿下が固まってる。わ、私なにか変だった?
「分かった」
ほ……何だ大丈夫じゃない。良かった!
「ふふ、じゃあ……」
私はさっそく長手袋を外そうとする。しかし……。
「待って」
そこで何故か殿下の待ったが入った。
え、何で?
「お願い……僕が脱がせてもいい? ……オフィーリア?」
「……別にいいけど」
そう言うと殿下はふわりと笑う。
それから殿下はまず丁寧に私のブレスレットや指輪を外した。
「………………」
……殿下。何でそんなに無言なのかしら?
その後、私の手首を掴み二の腕の布と肌の履き口の間に指を滑り入れる。
シュルル……。
「ん……っ!」
殿下がわざと二の腕から指の腹を這わせるように滑り降ろしていく。
それは撫でるような……舐めるような……擽るような……絶妙な手加減で、私は焦れったくなるゾクゾクする感じに思わず腰をくっと捻った。
その腰を殿下がぐいっともう片方の手で押さえる。
「ほら、オフィーリア……やりにくいから逃げないで?」
「え、だって……なんでそんなに焦れったく手袋を外すの?」
「だって女性ものは繊細だから、破いてはいけないなぁと思って?」
「……ああ!」
なるほど、確かにそうね? さすがは殿下だわ!
「はい、じゃあ次は左腕」
でも……んー何か引っ掛かりを覚えるのは何故かしら?
「でも、もう少し雑に扱っても……」
何しろ私の方が絶対に殿下よりガサツだもん。
いつもはもっとグイグイ乱暴に扱っているくらいだわ。
「いや……それはいけないよ、オフィーリア。大切に、大切に、扱わないとね?」
そう言って、左腕はもっと勿体つけるようにスル……スルルと脱がせていく。
でも指の腹が腕を撫ぜるたび……ザワザワして私は思わず身じろぎしてしまう。
「ん、ん゙、ん〜〜っ! うぅ゙っ」
小さく唸りながら……ソワソワしてじっとしていられない!
なのに、何で逃がしてくれないの?
「はい、脱げたよ」
「…………」
気のせいかな? ……ディアベルゼ殿下の血色と肌ツヤが良くなっている気がする。
まあ、でもこれで満足に手を繋げると思い、私は手をグーパーした。
「殿下……御手を!」
「それも何かおかしくない?」
そう言いながらするんと私の手の中に自らの手を滑らせる。
「!!」
けれど手が触れた瞬間ビリリと電流が走った気がした。
な、何これ……めちゃくちゃドキドキする。
「…………」
『※心臓。本日より手へと移転しました』……脳内にそんな妄想の案内が浮かぶ。
それくらい手におかしいくらい血が集まり、敏感になっていた。
「は……破廉恥っ!?」
そう言って思わず手を離す。
それに殿下は唖然とした。
「こんなのを……父母、兄夫婦は……家族兄弟に見せていただなんて!?」
「え……いやいや……え??」
殿下は戸惑っているけど。だって何で皆これが平気なの!? おっかしいよ!
「ごめんオフィーリア……僕ら抱き締め合って、膝抱っこして、ディープキスも通過してるよね??」
「あれは……人目を忍んで隠れてするのに、これについては人目憚らずやっているのよ!? こんなの公開◯交も同じじゃないの!!」
「おいおい……さすがに言葉が出ないんですが、オ、オフィーリアさん……?」
殿下が頭が痛いとばかりに眉間を揉んでいる。
ああ……ということは、殿下もそちらの毒された側の人間なんですね?
おお何と、おいたわしや……。
「いや……何か勝手に失礼な同情をしてない!?」
「ハッ! ……やっぱり殿下は人の心が読めるのね!?」
「違う。その顔に全部、出てる!!」
ええ、嘘ぉ!
「もう……いい加減にしなさい!!」
そう言って殿下は私の手を再度ぎゅうっと握ってくる。
「キャーッ変態?! ……殿下のエッチぃ!?」
私はぎゃーぎゃー騒いだが、殿下は素知らぬ顔で私と手を繋ぎ続けた。
―――十分後―――。
「何だ……手を繋ぐなんて慣れれば大したことないわね……? 騒いでいたのが本当に馬鹿みたい。……あの時の私はまだ子供だったのね。ふふ、懐かしい」
「………………」
殿下が目で色々訴えているが、気付かないフリをしよう。気付いたらそこで私の負けよ!
「オフィーリア。……ごめんなさいは?」
「ディアベルゼ様。勝手に暴走して大騒ぎして大変申し訳ありませんでした」
でも勝負は負けてしまったの。全面降伏だったわ……!
「とりあえず、オフィーリアが伸び伸びと育ったんだな〜ってことだけは、よく分かったよ」
何か大変な含みを感じるがツッコまない。
これ以上、己のへんな生傷を増やさないためにも……!
「オフィーリア。土地の説明はこれくらいにして、そろそろ移動して街へ視察に行こうか?」
確かに……あとここで出来るイベントは、ヤギの餌やりくらいなのよね?
「少し喉も渇いたし、ついでにお茶にしよう」
そう殿下はヒョイと私が肩に掛けていた斜め掛け鞄を自分の肩に掛ける。
「あ……私の荷物が! ――いけません!」
「だって……オフィーリアが凄く綺麗だからちゃんと見たいんだ。最初、礼儀も忘れて声が出なかったくらい……本当に夢みたいに綺麗だよ。オフィーリア」
「!!」
ズルい……ズルいわ!?
ここでソレを言うなんて! そ、そんなの。そ、そわそわしちゃうっ。
「行こう」
「はい……」
こうして私たちは、次にモンディスカ領の中心街へと向かうことになったのでした。
※次の更新は9/8予定です。




