7、魔法にかけられて……(※初デート前哨戦)
「そうだわ。どうして……エメライン義姉上の話に乗って、婚約を受けようとしたのですか!?」
今、私たちは裏庭のガゼボのベンチで、何故か私は殿下に後ろから抱きつかれる形でその膝の上に座らされている。
……というか、殿下がさっきから私の首の後ろや肩に何度もキスをしてるんですけど!?
止めて!! 融けちゃう!?
「……グエンに色々と話を聞いたっていうのは話したよね?」
「ええ……あの、私がむくれたヤツね」
思い出して頬を膨らませると、殿下がそのほっぺたにまでキスをした。
「――その時。グエンからめちゃくちゃ怖い話をたくさん聞かされたんだ。話の後、……だからモンディスカの家族にはとにかく慎重にいけと言われた」
「……グエン兄さん」
合ってるけど……いったい“どれ”を話したのだろう?
殿下のトラウマにならないといいけど……。
「『外堀を埋めたいなら着実にいけ、全員を完全攻略しろ、神経を研ぎ澄ませろ!』とね」
……ん? あれ?
「政治の話は分からないけど……あの、同盟にそこまで必要?」
「『モンディスカの家族は、死んでもオフィーリアを売るような真似はしない……。権力でどうにかなるとはまず考えぬが賢明だ』とも」
「え……えーと、何のお話でしたっけ?」
「オフィーリアの恋人……お婿さんとして認められるにはどうすればいいか? って話だよ」
「…………」
え? え? え!?
「そうやって身構えていたのに……まさかの向こうからの婚約の打診が来たものだから……そりゃあ猫が紐を見たみたいに飛びつくよね?」
「…………」
何だそれ。
「……その時まだ私たち正式に付き合ってもいないのに?」
「はい……付き合ってもいないのにです。本当にすみません」
そう頭を下げる殿下。
「順番が――おっかしいでしょう!?」
「はい、おかしいです。……でも、このビッグウェーブに乗らなきゃ二度と来ないと思ったら必死で……」
馬鹿。ばか馬鹿、大バカ野郎!?
「もう……ディアベルゼ様なんか嫌い!!」
「ああ……そんなこと言わないで僕のオフィー」
「誰が“僕の”だ!?」
私は暫く殿下の膝の上、うがーと吠えながらジタバタと暴れた。
というかこの腕、全っ然、外れないんですが!?
どんな腕力してるんだ!
「それとね、オフィーリア……明日の視察はどうかよろしくね」
それを聞き私はピタリと動きを止める。
「え……それは確かうやむやになって無くなったんじゃ?」
「話が脱線したけど……あの後、辺境伯夫妻とワインを飲みながら約束を取り付けたんだ。だってオフィーリアと死んでもデートしたいし」
「…………」
「両想いになったし、ちゃんと“デート”だね。オフィーリア!」
「ふ、不純……!」
思わず尻すぼみになってるのを気付かれないといい。
「うん……僕はこう見えて、けっこう腹黒だから」
そう言ってまたキスをする。
「また……するの?」
嬉しいけど恥ずかしいよ。
「うん、我慢してるからね」
「? 何も我慢していないと思うけど……??」
「…………」
ディアベルゼ殿下……。
何? その色々と含んだ複雑な笑顔は……。
「もう……戻ろうか。さすがに明日に響くし、僕がいつ限界を迎えてもおかしくない」
「限界? ……ああ、もう眠いんですね!」
確かにもう夜も遅いもんね……ふあーぁ、安心したし、意識したら私も少し眠いかも。
「く……人がこんなに我慢して苦しいのに、また呑気に……」
「? 何かおっしゃいましたか?」
そう言うとちょっと睨んでからまたキスをされた。いい加減、唇が腫れちゃうわ。もぉ!
「……視察の時に、どうして僕がオフィーリアに惹かれたのかって……その話もする?」
「!! 聞きたい……聞きたいわ!」
だって私ばかりがジタバタぐるぐるするのは不公平よ。殿下の話を聞いてせいぜい溜飲を下げてやる!
「うん、約束する。それじゃあ……おやすみ」
「…………」
明日にはまた会えるのに離れがたくてまた抱き着く。
すると、殿下も苦しいほど抱き返した。……っていうか、抱き潰す気?! ゲホゲホ。息が〜!
「ギブ……ギブです」
「ごめん」
そうして解放されるとまた捕まる前に走り出した。途中止まって振り返れば、殿下はまだそこにいて手を振っている。
それに私はすぐにプイッと顔を背けたが、暫く考えてそーっと振り返り、ひらひらと小さく手を振った。
何でだろう……こんな離れているのに、殿下がその瞬間、笑顔が深くなったのが分かる。
(頬が……熱い!)
私、今なら千里だって走れそうだわ。
◇◇
「え……て、エメライン義姉上、こ、これは?」
「どうせ貴方はこんな時の衣装も十分に用意が無いだろうとかき集めて来たのよ!」
翌日。
何故か朝ルパーシアに連行されると、昨日までの辺境伯城の空き部屋だったはずの部屋が、まるごとウォークインクローゼット兼ジュエリーショップ兼美容室になっていた。
中には湯気も立ちそうな気合い十分な歴戦の専門侍女たち。
何だか目も血走っている気がする。
こ、怖い。
「はい、では残り時間!」
「はい! 三時間十五分でございます!」
「ふう……エステをして、全身脱毛して、さらなるパーマをかける時間はさすがに無いわね?」
何故かエメライン義姉上とルパーシアが最高のコンビネーション芸をみせる。
というか全身脱毛って何だ。
「あ、義姉上……私、お祖父様に挨拶すると共に朝食をお運びしたいのですが?」
逃げる口実……もあるけど、これは大事な祖父との時間で日課でもある。
「そうね……分かったわ、オフィーリア」
それに頷き、パチンッと指を鳴らすエメライン義姉上。
「今すぐお義祖父様を、担架に乗せてここまで運んでちょうだい!」
「「「ハッ!」」」
そう声を揃える侍女隊の面々。
「ギャーッ!? そこまでしなくていいですから!!」
身体弱ってるお祖父様に何をするんだ!
ひ、非常識〜!?
「そう? なら問題無いわね? ……では、オフィーリア。魔法をかけるわよ。 ――スリー、ツー、ワン☆」
パチンッと指を鳴らすエメライン義姉上。
そして、気付けばシャラララーンと本当にデートに向かう準備が出来ていた……。
え、え! 魔法!?
いや、ただ単に気絶していただけかもしれない……。
「お嬢様……大変お綺麗ですっ!」
そう言われ立ち上がり、姿見の前に立つ。
鏡に映るのは……この辺りでは大きなお祭りの時にだけする両耳前の髪だけ垂らし……他の髪は編み込んだ髪型とビラメント――真珠や宝石の飾りつのついた……丸みを帯びたおでこを出す三日月型フードを被り、後ろにレースのヴェールを流す。
服装は特別な時の総刺繍の伝統衣装で、それはエンパイアドレスとも似ているけど……より御伽話のお姫様感の強いものだった。
シルクの長手袋に、同じく刺繍を施した靴。
私の瞳が少し青っぽい菫色だからか、ビラメントの宝石やネックレスやイヤリングに、ブレスレットも全て菫青石を中心としたデザインで上品な華を添えている。
(というか……顔が全っ然違う!)
鏡の中にいるのは私なのに私じゃない顔。
いつもの薄化粧とは違い……バッチリと施されたそれは、いつもより深く濃い色気と儚げな憂いとちょっとした|気怠げな雰囲気まであり……なのに瑞々しい初々しさまで搭載されている。
な、何て攻撃力が強いの?
見つめられたらそれこそ骨抜きになってしまいそうだわ!?
正直、この人だったら『百合姫』と呼ばれてもウンウンと頷くしかない。
でも、あまりに普段の自分と違いすぎて――。
「…………え、これで行くのですか?」
「当ったり前でしょう!」
そう、語気を強めるエメライン義姉上……。
そんな……領内の視察だから知り合いとも会うだろうに……何より気合いが入りすぎて、殿下に見せるのが想像するだけで恥ずか死ぬのですが!?
「というかこんな格好浮く! 絶対に浮きます!?」
「国の高貴な王子殿下をご案内、同行するのですよ? ……その土地の正礼装をするのはむしろ礼儀として適っているでしょう?」
ううう……そ、そうかもしれないけどぉ!
「え、しかも、これを兄たちにも見せなきゃいけないとか……?」
ザ・絶望。
「ええ〜……でも、お嬢様。……陣営のど真ん中で堂々と着替えをはじめるよりは、よっぽど恥ずかしくないと思いますよ〜?」
ん〜〜〜〜〜〜〜!
ルパーシアはちょっと黙ってようか!?
「ささっ、ではオフィーリア行きましょう! ドント・ウォーリー♪」
そう、私の腕を掴みズリズリと引きずるエメライン義姉上。
「い、いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
というか、このエメライン義姉上の手も全然はずれないんだけど!
この細腕に何万馬力つまっているんだ?!
そうして呆気なく食堂に辿り着いた。
「うふふ……お待たせしました〜殿下!」
そう食堂の隅々まで反響するような声で宣言する義姉上……その内蔵スピーカーも身体のどこに隠してるんだ?!
もちろん大きな声に、殿下だけでなく父や母、兄たちまでもが振り向く。ぃぃヤー!
「あ、こら、何を隠れているの! 出てきなさいアホ義妹!?」
「ィ゙やー……許して〜!」
だがもちろん許されることは無い。
ベリッとしがみついていた壁から剥がされ、ルパーシアにササッと整えられ、入り口のど真ん中に立たされる。
「「「――――!!」」」
シーンと静まり返る室内。
ううぅっ……何で誰も、何も言わないのぉ!?
一瞬が永遠に感じる。アーメン。
だがそこで一人ぱちぱちぱちと手を叩く人が現れた。
見るとそこにいたのは、兄その一にして、三男グエン!
「おお〜馬子にも衣装。ヒグマが見違えたもんだな? ……さすがはエメライン義姉上!」
それにエメライン義姉上はにっこりと微笑む。
「義姉として当然です。オフィーリアに一生の思い出を作るんですから!」
さらにグエンに触発されたのか、一人立ち上がり、ズンズンズンと突進するように歩いてくる人物がいた。
それは―――。
「よし! ……ではギデオンお兄ちゃんと行こうか、オフィーリア!」
「お呼びじゃないわ。おどきなさいデカ物!?」
出落ちの様なスピード感で、エメライン義姉上の扇子が容赦なく、スパーンと次男ギデオンの頭をはっ叩く。
「……ぃったーーっ、義姉上、俺にだけ当たりキツくない!?」
「五月蝿い、馬に蹴られて死んでしまえ!」
他に無いただ一つの切れ味、エメライン。
「ささ、おバカは放っといて、殿下にご挨拶をしましょう、オフィー?」
ギデオンを無事(?)に排除した義姉上が私は手を引いて、殿下の目の前へと連行する。
どうしよう……な、何を言えばいい?
私は手を引かれながら目をぎゅっと瞑った。
「おはようございますディアベルゼ殿下……本日、案内を担当するご存知、長女のオフィーリアです。どうか道中わからないことは、な〜んでも彼女にお尋ねください!」
「………………」
え、何でここに来てさえ、いまだ無言なの!?
不穏に思い片目をうっすら開ける。
すると殿下が目をまあるく見開き、頬を染め固まっている。
あ……。
胸が弾けそう。
(殿下……私に見惚れてらっしゃるんだわ……!)
初めてのことなのに、すぐに分かるのは何故?
さらに暫くの間があってから、ハッとしたように殿下が再起動し、照れたように身体を少し揺すってから声をいつもより控えめに上げる。
「………………こ、これは失礼。ご機嫌よう、エメライン次期辺境伯夫人。……オフィーリア」
「ご機嫌よう……殿下」
殿下が私から目を逸らすのに、ちっとも嫌じゃない。
……だってあんなに顔が赤いんですもの。
(もしかして……もっと好きになってくれたのかしら?)
だったら嬉しい。
だったら嬉しいわ。
どうかその魔法よ、解けないでと思う。
そう。できれば……ずっと。
「さ、ではではデート……じゃなかった、視察へどうか行ってらっしゃい!」
しかし、甘ったるくなりそうな空気を、エメライン義姉上がためらいなくぶった切る。
……こうして私たち二人は、家族に見守られながら、初デートへといよいよ向かうのだった。




