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5、晩餐とエメライン

《今一度モンディスカ家一覧》

父 オノレ辺境伯

母 カタリナ辺境伯夫人

長兄 ブラッドフォード次期辺境伯 

長兄妻 エメライン次期辺境伯夫人

次男 ギデオン

三男 グエン

四男 ジャレッド(双子1)

五男 ジェフリー(双子2)

六男 レスター

七男 ヴァージル

長女 オフィーリア(主人公)






「ディアベルゼ殿下の領内の視察に関しては、すでに知己(ちき)であるオフィーリアにさせるのが良いと思いますわ?」


 エメライン義姉上がにっこり……いいや、いつもにっこりと目を細めてらっしゃるんだけど。

 ……さらに目尻をぐんと下げ、鈴の様な声を鳴らしてさっそく例の作戦を決行する。


 お父様とディアベルゼ殿下が向かい合うように上座であるテーブルの先端に座り、その横をズラリと他の家族が席を埋める。


 側に仕えるのは昔から我が家に忠誠を誓い分家でもある家宰(かさい)と城代(じょうだい)を始めとする侍女や侍従の面々。


 食卓はモンディスカ濃縮還元具合がこれ以上ないほど極まってる原液だ。


 そう今は晩餐の時間。


 そしてそれは二十分前……父、オノレ・モンディスカの乾杯の挨拶と共に始まっていた。


「では殿下の当家訪問ご来城を祝って……乾杯!」

「「「乾杯っ!!」」」


 私たちは本当に特別な時にだけ使う純金の盃(さかずき)……ゴブレットをそれぞれ手に持って掲げ、続いて互いに盃を鳴らし乾杯する。


 それから次々と野豚の丸焼きやら羊の丸焼きやら鴨の丸焼きやらが運ばれてきた。

 ……分かっていたが、相変わらずの脂質たんぱく質過多な食卓だわ。


 いや……今日はそれがさらにプリプリと大ぶりで華やかさが増している。


 誰がこの量を胃におさめるんだろう? と毎度思うのに……いつも皿は綺麗にまっさらになるのだから、兄たちの胃に収まっているのだろう。


 お酒だって樽で開けるのに……もしやあの胃の中は宇宙に繋がっている……? 

 その長年の疑問はいまだ解明に至っていない。


「おかわりはまだまだ沢山御座います。さあさあ、遠慮なさらずに!!」


 そしてさらにサービス精神が人殺しレベルの家長の父は、そうやって殿下を知らず煽(あお)っていた。


「どれもこれも味が深く滋味にあふれ、本当に頬が落ちそうだ……こちらはどなたが仕留めたのです?」


「ははは……僭越(せんえつ)ながら私めが!」


「なるほど、味が格別なのも頷けるな。英雄の食卓だ。不味いわけがない!!」


「いやいや、はっははははは!!」


 両側から声を張り上げて話すが、父はもともと地声が大きく問題ない。

 むしろ殿下が気を使い喉を酷使している。おまけにその相手への最大の配慮も忘れていない。

 まったくどっちがゲストでホストなんだか……お父様が気持ち良くなって、いったいどうするのよ!?


「殿下。こちらは都に比べ田舎でさぞや驚いたのではございませんか?」


 そう聞くは私の母、辺境伯夫人カタリナだ。


「いいえとんでもない! ……むしろ驚いたのはどこも色彩がはっきりとしてあまりに美しい大地と、肥えた獣に果実。勇敢で精悍な男性と、美しい女性ばかりなことです!」


「まあ、お上手ですこと! でも……確かに本音もあって、エメラインを宮廷画家にわざわざ描かせるのかしら?」


 それに殿下はにこっと微笑む。


「画家も美女だと筆のノリが大いに違うのか、さっそくラピスラズリを削って絵の具を準備していましたよ!」


 殿下はさらに微笑みを深め続ける。


「ここで辺境伯夫人を目にすれば画家が『もっと描かせろ!』と大騒ぎするに違いない。……どうか夫人も彼の安寧のために、モデルになってやってはくれませんか?」


「まあ……ウフフ。どう致しましょう?」


 うわー……何がどう致(いた)しましょう? なのよ、お母様。

 義姉上の話を聞くなり「なんて羨ましいのっ!」って騒いでたのを、うっかり殿下に見られたんじゃないんだろうか?


 うう、というか本当に……勘弁してよ〜!


 またその後も、殿下は怒涛の質問攻めを受けながら、嫌な顔をするどころか……月さえ霞む黄金の笑顔でにこにこと答えていく。


 アレ? 


 気付けばここに着いてから殿下と一番口をきいてないのって……もしかして私なんじゃあ……?


 だが、そんなふうに食卓が十分に温まったところで最初言っていたようにエメライン義姉上がキランと目を光らせ、先の提案を話したのである。


 というか計画からまだ三時間もたっていないはずなのに、レスポンスがあまりに早い。早すぎる!

 さすがは次期辺境伯夫人とでも言うべきなのかしら……?


 で、殿下はエメラインの言葉にも丁寧に答えようと口を開いた。


「それは――」

「では私も同行しましょう!」


 でも殿下が返答する前に横入りしてきたのは誰であろう次男ギデオン。

 それを見た瞬間、私はアタタタッと頭を抱えた。

 出た〜。


「……あら、あらあらあら? ギデオンったら……殿下が気を使わないようにわざわざオフィーリアを指定しているのですよ……?」 

 

 義姉上は始終穏やかで優しい様子を見せるが、私には分かる……義姉上が相当イラッとしていることが。


「なのに、馴染みのない貴方を向かわせれば、殿下が気を使ってしまうでしょう?」


 そうチクリと言うが、この見た目だけは爽やかイケメン大男も負けてない。


「はは! 義姉上は男が一晩酒を飲み交わし……腕相撲でもすれば親友になるのを知らないようだ!」


 そう言って白い歯を輝かせる次男ギデオン。


「……大丈夫、明日には誰よりも殿下の旧(ふる)き良き兄弟になると誓いましょう?」


「あらまあ、でもこんな暑苦しい兄弟を殿下は望まないわ。……汗臭い」


「義姉上、いま、俺の悪口を言いましたか!?」


「……貴方が横にいたら見える景色も見えません。安全面なら護衛は後ろから付いてくるし……二人で良いでしょう?」


「義姉上……オフィーリアは仮にも未婚の令嬢ですよ? 外聞もお考え下さい!」


 何か珍しくマトモなことを言っているな。


「確かにそうね……」


 そう首を傾げ、口もとに手を添える義姉上。


 エメラインVSギデオンをハラハラした気持ちで家族が見つめる中、その一歩引いた様子に、義姉上がてっきり折れるものだと皆が思っていた。


「じゃあオフィーリアとディアベルゼ殿下が婚約してはどうかしら?」


 ぶ=======っと私だけでなく、複数の兄弟や父も思わず飲み物を噴き出す。

 テーブルマナーは最悪最低だが……そんなこと言ってる場合じゃないわっ!?


「あ、義姉う……」

「ディアベルゼ殿下いかがですか? オフィーリアは至らない面も多々ありますが、それも含めて大変に可愛らしいのですよ?」


 ぎゃーっ!? 義姉上やめて!!

 というか……今、ディアベルゼ殿下の顔が怖くてとても見れない。

 しかし、その殿下の答えは――。


「……よろしいのですか?」


 え……?


「ならば、結納の日取りを決めなくてはなりませんね。……出来るだけ縁起が良く晴れた日がいい!」


「うふふ……そうですわね。ケチがついてはいけませんもの」


「いや……いやいやいや、待って待ってえ?!」


 気付けば私は立ち上がり、思わず止めに入る。


「あら? オフィーリア……何か想い入れのある日があるのかしら? それとも季節?」


「そ、そうではなくて……何でいきなり婚約なのですか!? しかも、で、殿下も、ど、どうして……?」


「だって……オフィーリアもここまでずっと見ていたでしょう? こんな超優良物件、さっさと唾(つば)をつけておかなければ他所様(よそさま)に奪われてしまうわ」


 私はキッとエメライン義姉上(あねうえ)を睨みつける。


「……いくらなんでも無礼が過ぎますよ義姉上! そんな言い方……!」


 それに義姉上はパサッと扇を広げひらひらと軽く扇(あお)ぐ。


「それはそうね。それは失敬を……。だけどこれについては家同士にとっても最良だと思うのです。国最高峰の軍事力を誇る我が辺境伯家と……後ろ盾、実力共に極太な第三王子」


 義姉上がそこでいつもの優しげな夫人ではなく、政治家の顔に変わった。


「国……いいえ大陸すらひっくり返す最強のジョーカー・カードだわ!」


 その言葉にヒュッと息をのみ込む。

 だが言葉を聞くと同時に私は思い出した。


(あ、そうよ……私はモンディスカ家の唯一の娘なんだわ?)


 貴族の結婚は家同士の同盟。

 それは最も穏やかで尊(たっと)ばれ、お互いがお互いの人質となり、互いを簡単に裏切れなくする。


(それ……だったら、頷くべきなんじゃないかしら?)


 私だって分かっている。

 口では結婚はヤダヤダと言いながら、それはいつまでも通用することじゃないってこと。

 私もいつか、家のためにどこかへお嫁に行くってことを――。


「私は……」

 

 私は震える声で極端な結論に至ろうとしていた、だがその時。

 ポロロロン……と楽器の弦が鳴った。


 その音に家族全員が振り返る。


「ああ……これは失礼。そういえば音楽がなかったな、と思ったもので……」


 いつの間に手にしたのか……おそらく隣にいる従者さまに運ばせたリュートを殿下は軽くつま弾いてみせる。


「……ブラッドフォード殿。せっかくだし、新しい楽譜でいっしょに共演をいたしませんか?」


 それにブラッドフォードがガタリと席を立った。


「……ならば私はチェンバロを」


「はは、それは素晴らしい! では、お願いします」


「…………」


 こうして二人のコンサートが始まった。


「…………」


 軽やかで心地よい音が晩餐会場を包んでいく。


(殿下……貴方はもしかして、私を庇ってくれたのですか?)


 甘く優しい音楽が鼓膜をなで、気付けば乾杯を仕切り直して、家族の穏やかな食卓が戻る。


(でも、ならどうして婚約を簡単に引き受けるようなことを言ったのです? そこには政治的な判断があったからじゃないの??)


 モンディスカの領地に入ってから、殿下の本心がどこにあるのかが、まるで見えない。

 それは私があまりに子ども過ぎるからなんだろうか?

 

「…………」


 その日の晩餐は何だかひどく味気なく。

 砂を噛んでいるようだった。






※家宰( 家長に代わって一家や一門の事務や財政などの家政全般を取りしきる役職の人物のこと )と

 城代( 城主《※辺境伯》が不在のときに、その代わりとして城の管理や周辺の警備、政務を行う役職 )をわざわざ分けるのはモンディスカ家の家臣の権力が一極集中しないためです。

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