4、モンディスカ家
「あ、ディアベルゼ殿下……ご覧くださいませ。辺境、モンディスカの領地が――見えて参りました!」
あれからさらに一日半かけ、自分の故郷が近付いてきたことに私は興奮した。
モンディスカの石造りの家々。
赤土の大地。
豊かな水源。
太古の生物が棲むとさえ言われる深い森に崖や丘。
人によってはとんでもない田舎と馬鹿にするかもしれないが……この土地を支配する独特の文化、文明は、学者たちですら一目置くほど豊かだ。
とはいえ……道中、穏やかだったかというと……決してそんなことは無い。
あの後もディアベルゼ殿下を狙う襲撃に何度か遭い……その度に蹴散らし、屍を越えて私たちはここまで辿り着いた。
(今までは……『まあ! 都周辺や連なる地域はなんて治安が良くて超イージモードなのかしら!? ……まるで別世界ね』とはしゃいでいたけど、今回の旅路で完全に見方が変わったわ)
私はチラリとディアベルゼ殿下を見る。
(ゆえにあの後の進展も特には、無し……)
いや、とくに何かを期待していたとかでは決してその……ゴニョゴニョ……。
でも、道中。
一つだけ良かったのは殿下が実は相当、戦える人だと判明したこと。
「え、殿下……何故、そんなにも動けるのですか!?」
「……これでも物心つくより先に指南役の爺やにしごかれていた。もちろん実戦慣れした君たちには遠く及びもしないが」
いやいや、そんなご謙遜を……少なくとも一瞬。ときめく位には様になっていたし、頼りになりましたよ?
(それにしても私たち、一応……両想い的な、アレなのかしら?)
そう考え。じっと見つめる私の視線に気付き、殿下が少し顔を赤らめにっこりと微笑む。
それに対して私は慌てて視線を反らした。
(はっ! ……また可愛くない態度を取っちゃった……。意識すると余計にツンケンしちゃうよ。……な、なんで〜!?)
え、普通は、好きな人には一番優しく甘くなるものだよね??
(というか……これで私は本当に殿下に惚れていると言えるんだろうか? そもそも私が殿下に惹かれた理由って……優しいから? 照れた顔が可愛いから?)
何か全く、たいした理由じゃない気がする。
(――私……もしかして相当チョロい?)
ガーンと至った結論にショックを受ける。
いやだって、だってさ!?
……人が恋する時って、雷に打たれたようなショックをうけて〜、とか……世界が百八十度変わって見える〜、とか一般的にはいうよね??
(そ、そんな、待って待って、……私がそんなにチョロいはず無いと思うの!? じゃあ……私が殿下を『好き』っていうのは、やっぱり単なる勘違い??)
いわゆる吊り橋効果というか……。
(いや……まず、そもそも何で十七歳になるまで、私は恋の一つもしていないんだろう?)
地元は田舎なのもあって、進んだ娘だとすでに二度目の結婚と出産をする者だっているのに。
(いや……さすがにそれを引き合いに出すのは極端過ぎるか?)
ほら私、一応、辺境伯令嬢ですから?
一般的には深窓の奥で花よ蝶よと大事にされる存在ですから!!
(……と、言い訳してみたけれど、従姉妹は十四歳で結婚していたわ。はははははっ……)
むしろあっちこそガチの深窓のザ・お嬢様だったのに……。
(もう)
私は殿下をまたチラリと見る。
彼は私の視線に気付き、また穏やかに微笑んで小首を傾げた。
私はそれにまた、プイッと横を向く。
(笑ってないで……ちゃんと教えて下さいよ……!)
こっちは初心者でいっぱいいっぱい、なんだから……。
「ディアベルゼ殿下。この辺りにうちからの迎えが来ているはずです!」
「そうか。手間を掛けさせてすまない」
グエンとディアベルゼ殿下がそう話をする。
迎えって、いったい誰が……って、ゲッ。
次期辺境伯にあたる長兄ブラッドフォード・モンディスカとその妻である義姉上のエメラインはまあ迎えに来るのも分かるわ。
だけど……次男ギデオン、四男ジャレッド、五男ジェフリー、六男レスター、七男ヴァージルまで……なんでもれなく兄弟全員揃い踏みなの!?
「いやいや……なんで全員集合してんだよ?」
どうやら三男グエンもそう思ったらしい。全くだ。
とはいえ、それでも馬車は一度降りるべきだろう。……というか。
(あの兄弟を……殿下に紹介するの!?)
そう考えた瞬間。
動悸・息切れ・めまいがした。
だってうちの兄弟は――。
(「あったらしい、連打式爆撃砲作っちゃた〜☆」)
(「はあ、お前がはじめた物語だろ……まさか覚悟もなく始めたのか貴様? じゃあ地獄に堕ちろ」)
(「ぎゃはは! みてみて、人が花火みたい!」)
(「痛い? ……うーん、俺、痛覚ないから分かんないんだ。痛いんだね……これ?」)
(「だるい」
「眠い」
「「だから、さっさと死ね」」(双子))
(「うーん……女の子と気持ち良くなってスッキリしたら……後はつい面倒くさくて、ポイッて窓から捨てたくなるんだよね。“アデュー”って」)
「………………」
かつての彼らの言動を思い出し、頭を抱える。
というか私が今まで恋愛や結婚に忌避感があったのは……男性への夢も幻想も浪漫も木っ端みじんに爆破し、あとにはそれらの死屍累々だけを残した兄たちが原因なんじゃないの!?
これは……呪い?
「ようこそおいで下さいました。ディアベルゼ第三王子殿下。長旅はさぞ堪えたでしょう」
まずそう長兄ブラッドフォードが挨拶し……。
「私どもに出来る最高の饗しをご用意いたしました。どうぞ我が家と思いお寛ぎ下されば誉れにございます」
続いて妻のエメライン義姉上が歓迎の意を示した。
「ああ、急なことで準備もさぞや骨が折れただろうにすまなかった。……暫くの間は邪魔させてもらうから宜しく頼む。――では、あれを」
「はっ!」
殿下に呼ばれた従者さま達が、数人荷物を持ってブラッドフォード兄さんの前に並び、恭しく荷物を降ろしていく。
その蓋をパカ。パカリと開ければ……文字通り中には金銀財宝がザックザクにつまったお宝の山で……私は思わず息を飲んだ。
「それに最上等の馬二頭。布を数反に毛皮」
十分すぎて、言葉にならないわ。
「後に、とうもろこし、大豆に芋に小麦ライ麦と塩漬け豚、砂糖と塩……唐辛子や胡椒など香辛料が数トンから数キロ。それに化膿・炎症・痛み下痢止め、消毒液、湿布・包帯等の薬が届く――間に合せにすぎないが、旅の手土産にどうか納めてほしい」
……え?
「で、殿下、その様な――――過分すぎます。受け取れません!?」
いやいや、本当にね!?
「こちらも酷い厄介を持ち込んだのを自覚して訪ねている。……せめて、これくらいはさせてくれ。事実、すでに二人には幾度も命を助けてもらった」
そう殿下がいつもの笑顔で私とグエンを見る。
「まあ、各々の褒賞はまた日を改めて。……それとブラッドフォード殿個人には最新の楽譜を複数冊持ってきた」
「!!」
「昔から貴方は音楽、芸術への造詣が深い名人だ。……喜んでくれると良いのだが?」
他のお土産には戸惑いを見せた兄が、コレにはピクリと反応した。
殿下……お上手だわ。
兄さんの弱点をよく突いている!
「コホン……いや、お気持ちは大変ありがたいのですが……」
「因みに音楽家のヴォン・シュテリーに直接書いてもらった楽譜も持参しています」
「え! あの世界的、音楽家の権威の!?」
兄さん兄さん、素が出てるわ兄さん。
「……しかもサイン入り過去の大ヒット作はもちろんのこと……完全書き下ろし新作を含めたスペシャル・エディション!」
「ええー! マジで……嘘でしょう!?」
え、待って待って……いま色々、別の意味で情報が多すぎたわ。
殿下いったいどうしました!?
というか何だこの茶番!
「おお、殿下、面白いな……」
「いいじゃん、いいじゃん〜!」
しかも謎に、他の兄ズからの株まで上がっているし!?
「それとブラッドフォード殿の奥方には尊敬を込め、普段使いのサファイアと真珠の髪飾りとブレスレット……それにお抱えの宮廷画家を連れてきたので、良ければ肖像画などを描かせてみてはどうかなと?」
「まあ! そんな……」
宝石は贈り物にありがちだけど、まさかここで宮廷画家を持ってくるとは……心憎い!
さらに殿下は兄ズに向かってくるりと身体の向きを変えた。
「――また、モンディスカ家の勇敢な御兄弟とは是非とも盃を交えたい。……ゆえに都で贔屓にしている酒造からワインやブランデーを数多お持ちした。気に入って下されば良いが?」
「「「おぉぉぉおおおおおっ!! こ、これは有難き幸せ!!」」」
何なに、これ何っ?!
この怒涛の攻略タイムはいったい本当に何なのっ!?
オシャレなエメライン義姉上や……うちのウワバミ兄弟のツボを的確に突き貫いて、バンバンと心掴んでいってるんですけど!? どうして?
「…………」
呆然として隣の兄グエンを見れば、グエンは肩を軽くすくめる。
いや……それだけ!?
何なのもう……。
兄弟たちは一様に盛り上がりをみせるが……私は状況について行けず、一人取り残されたような、置いてかれたような気持ちになる。
あれ……貴方は本当に、私の知るディアベルゼ殿下?
何か……少し遠いわ。
「お……おほん。……さすがにここまで我々を考え抜いた贈り物を、このまま突き返すのは無礼ですね。ではこうしましょう……。返礼は後々、友情と敬愛をもってお返しさせて頂くので如何かな?」
兄ブラッドフォードが最後の体裁を保つため、締めの挨拶に入る。
「決して返礼目的では無いが……友情が深まったのなら極めて嬉しい限りだ! ――改めて宜しく願いたい」
「はい……こちらこそ、是非とも!」
そう殿下が出した手をブラッドフォードがガシッと握り返し、固い握手を交わして友情の盟約は結ばれた。
そして改めて私たちは再び馬車へ乗り込み、長兄たちの馬車が先導係になって殿下を屋敷へと案内する。
時間的には十分もたっていないが、やたらと濃い時間だった。
そうやって馬車が走り出してから暫くすると、グエンが殿下に顔を向けニヤリと笑った。
「上手くいきましたね……殿下!」
「ああ全くだ。グエンに細かく色々と聞いていたのが実に役に立ったよ……。ありがとうグエン!」
「!!」
え、ちょっと待って……グエンはじゃあ全部知っていたってこと!?
「――兄さんは知ってたのね!?」
「うちの家族は七面倒くさいからな……お膳立ては必要だろう?」
「でも、それなら何で私は何も知らされていないの!?」
「お前みたいなガキに話を聞いたところで物の役にたつのか?」
「役に立つわ! ……エメライン義姉さまのことなら私の方が詳しいもの!」
仲間外れにされたことに私は純粋に憤慨した。
だけど……。
「あんな〜……これは政治なの。お子ちゃまのプレゼント交換じゃないんだよ」
グエンは呆れたように言う。
「相手をなだめ……心掴み、かつ盛大なインパクトを残して相手に借りを作り、言質まで取らないといけない。……お前、そこまで考えて、果たして何か言えるか?」
「……………………」
それは思いもよらない言葉だった。そんなの――。
言えない。
言えるわけが無い。
グエンの言うとおり……私はあの場を単なる挨拶で……お土産の……プレゼント交換の一部だと思っていた。
「オフィーリア……君にアドバイスを求めずにすまなかった」
「……いいんです。兄の言う通り役立たずですので!」
そう言いプイッと横を向く。
それにグエンはイラついたようにため息をついた。
「おい、殿下相手に拗ねるんじゃない。……そういうところがお子ちゃまなんだよ。――いい加減にしろ!」
「…………」
何も言い返せず、私はグエンを一睨みしてから私はやけくそに窓の外を見る。
わかっているわ! けど……悔しくて涙が出そうだった。
◇◇
「それでは皆さま。第一回! オフィーリアの恋愛相談女子の秘密のお茶会を開催したいと思います!!」
「「「わ〜!!」」」
「………………」
屋敷に到着し、殿下が現辺境伯夫妻の両親と挨拶を交わし、ここでもスパダリな贈り物と言葉でメロつかせて話が着いた瞬間。
何故か私はエメライン義姉上と兄の婚約者や恋人たち、さらにその侍女たちによって連行された。
「え、え、なんのお話でございましょう??」
「うん、そうね。……あのね、ぶっちゃけるとオフィー。貴方、殿下と良い感じでしょう?」
本当にぶっちゃけではっちゃけていた。
「な……なななな……何の話でございましょう?!」
何処からバレた!?
グエンが私を売ったとか!?
「あれだけ、チラ、チラチラチラッ、チラリップイッって……見ていたらそりゃー分かるわよ! やーね、オフィー!」
え、そんなわけない!?
だって必死に見ないようにしてたもん!
「たぶん貴方の御兄弟全員。気付いているわよ?」
げげっ!!?
「それは心配ですわね?」
「超シスコンだもんね……出力方向が間違えてるけど」
「お酒が入ったら、血を見るかもしれないわよ? あ、ワインなら見分けがつかないか! ふふふ」
「とりあえず飛び道具と刃物は隠しておきましょう。……まあ酒瓶を割ったら凶器になるから意味ないかもしれないけど……何もしないよりわ、ね〜?」
ご覧の通り、モンディスカは女性陣もぶっ飛んでる。
今回の王家のお呼ばれにしたって、本来は次期辺境伯のブラッドフォード夫妻が招待されていた。
だが、戦況に急を要する事態があったため離れられず、代理でグエンと私が派遣されたのは……ひとえにモンディスカの中でも一般的な社会性がマシだったからだ。
「ねえ、オフィーは殿下とどこまで行ったの?」
何処までって……意識する前は王宮でしか会ったことがないし、今回も特別いっしょに出かけたわけではなく……私にとっては帰路でしかない。
「そういえば殿下と特別でかけたことは無いかも?」
「……そーゆー意味じゃあないんだけど」
そう相手に微妙な顔で首を傾げられる。
「あらあら……でもイケないわ! デートは相性を知る上でもやっぱり大事よ」
そしていつの間にかデートの話になっている。なんで?
「確かにそうですよね。うん、ならば……決定ですね?」
いつもは穏やかに目を細めているエメライン義姉上の目が見開かれ、キランと光る。
彼女は目を開くとゾッとするほど美しいけれど、同時に碌なことが無い。
「第一回! オフィーとディアベルゼ殿下のラブラブデート大作戦の決行を……ここに宣言いたします!!」
「「「わーーーっ!!」」」
パチパチパチと賛同の拍手が鳴る中、そこにいる本人への確認は必要をようさない。
これは長年の経験でよく知る事実だ。
……うん、そしてやっぱり。
やっぱり碌なことにはならなかった(涙)。




