3、 心とすれ違い
(いったい、何がいけなかったんだろう……?)
結局、ディアベルゼ殿下は部屋には戻ってこず、私は一晩あの部屋を独占することになった。
「…………」
湯浴みが終わった後、こっそりと男性の雑魚部屋を覗きにいったけど……。
ディアベルゼ殿下はグエンと並んで楽しげに話していて、まあ……グエンが一緒なら問題は無いか……とそっと後にしたが、何だか非常にモヤモヤする。
でも、それでも、もしかしたら途中でお戻りになるかもしれない。
……だからベッドの真ん中に一応境界線になる枕を二つ並べ、私はその片側で眠りについた。
ベッドを使うのは正直、気が引ける。
……長椅子やカウチがあれば、そこに寝ることもできたが、生憎ベッド以外は棚やテーブルセットしか置いておらず……ベッドを使うほかの選択肢はこの部屋に無い。
一人横向きに寝て、ドアに背を向けた。
(……というか、あんな今まではグイグイ来といて、いざ私も歩み寄ろうとしたら引くって、どういうこと?)
私。そんなに変なこと言っただろうか?
(キスまでしたくせに……あれが、ファーストキスだったのに)
枕をぎゅっと抱きしめると悔し涙が出た。
ううん……これは悲しさ? 惨めさ? それとも恥ずかしさ? ……一体どれなの?
おかげでこの日はあまり熟睡できずに朝を迎えた……。
(殿下にどんな顔して会えばいいんだろう)
朝、準備をしながら悶々とする。
(無視される? 避けられる?)
いつも私の顔を見ればすぐに笑顔で飛んで来ていた彼が……もし今日、私の顔を見た瞬間に顔を背け、反対側を歩くことを想像したら……胸がぎゅっとなって、指先が冷たくなる。
(やだ……怖いよ)
気付けば鏡に映る私の目は潤んでいて、びっくりする。
(私……これじゃまるで、すごい弱虫みたい。こんなの私じゃない!)
私は国防の要を預かるモンディスカ家の長女、オフィーリア・モンディスカよ?
意気地無しなんて、私の辞書にはないでしょう?
私は頬を力いっぱい叩いた……い゙、痛い……。
「しっかりしろ、オフィーリア!」
まあ、おかげで気合いは入った。
私は勇気を出して荷物を持ち、玄関に向かう。
「おはよう! オフィーリア」
キャーッまぶしい!! っえ、あ、朝日!?
いいえ、違うわ。
……何ということでしょう。
そこにはディアベルゼ殿下がニコニコとすでに待っていたではありませんか!?
というか、あまりの眩しさに一瞬目をしっかり閉じて、さらに手でガードする。
暫くして、ちょっと落ち着いたであろう頃合いにそうっと手を下げ、目をそろりと開けると、そこ居るのは優しげに見つめるディアベルゼ殿下。
え? ……これも異能の??
殿下が光の光源みたいにひたすら眩しい……。
「オフィーリア。昨日はいきなり居なくなり、すまなかった。……君が預かったお役目もあったろうに……さぞ戸惑っただろう?」
「え、あ、う……」
なんて答えればいいの?
というか、なんで貴方は普通にしていられるの?
それからあと眩しすぎるから……マントか何かで隠して下さい! もはや光害よ!?
「顔が赤い……もしかして昨日、あの後、湯冷めをして風邪をひいたのか?」
そう殿下の手が額に触れた瞬間、私はその手をパンッと払い除けた。
「え……!? あ、ちが……!」
だって、チョンって触れたその瞬間。
……口から心臓が飛び出そうになってしまって……て言っても、そんなの信じてくれるはずがないわ!?
「はは……やはり、オフィーリアに嫌われてしまったか……」
今度はズキンと胸が痛む。
私……こんなに何度も心臓が変になるだなんて、病気じゃないかしら?
「っ……私をお嫌いになって……出ていったのは、で
殿下の方ではありませんか……!?」
「は?」
「私はただ……殿下のことをもっと知りたかっただけなのに。人に聞かれるのがお嫌ならば……普通に怒ったり、ただ……『黙れ』と命令なされば済むでしょう。何も。逃げださずとも……!」
「…………」
私のその言葉に、殿下がはぁぁああああっと深く長いため息をつく。
「そ、そんな、そこまで呆れずとも……!」
「ちがう…………違う違う、違うんだっ!!」
「え?」
殿下が顔を上げる。
あ……今日は顔を隠す手や目まで真っ赤になってる。
……て、え? 何を照れているのですか??
「逆だよ。逆っ! オフィーリア……僕があの場を出て行ったのは……今にもタガが外れて、僕自身が今にも野獣に堕ちそうだったからだ!?」
「……野獣?」
いきなり何の話?
「正直……あの場で逃げる選択をした自分を、全力で誉め称えてやりたいくらいだ!? ……“よくぞ、耐えたな”と」
「???」
「……と同時に、雑魚寝部屋に着いた時、いっそあのまま欲望に従えば良かったのでは? と一瞬、魔が差して後悔もした……。僕はたぶん聖人君子にはなれそうもない」
「殿下……何のことやら、私にはサッパリです……」
話が小難しすぎて、ちょっと……。
「…………」
あれ、殿下ちょっぴり怒ってる??
「じゃあ……わかるように例え話をしようか?」
殿下がはあっと小さくため息をつく。
「……ある男には好きな娘がいた。……男はある日、その相手とひょんなことから一晩、相部屋で泊まることになり――それだけでも、男の心臓はどうにかなりそうだったが……男は何とか必死に平静を保っていた」
「…………」
「だけどその娘はあまりに無防備で、男は警告を込め……あるいは、ちょっとだけ意地悪を込めて娘を騙し、キスをした」
「キスを……?」
何か、どこかで聞いたことがあるような?
「なのに娘は嫌がるどころか……トロンと蕩け『気持ちいい』と言って男の心臓をまたもや壊しにかかる。……もう、この時点で男の頭は爆発寸前だ!」
まあ、なんて魔性の女かしら!? それは確かに危険だわ!
「とはいえ別の話題に逸れて、男は無事にその時は難を逃れた」
「ほ、男が無事でよかった〜!」
危うく女の毒牙にかかってしまうところよ!
……だって、その娘は純情そうに見えて、きっと“悪女”に違いないもの。
そういうの……オペラや劇で何度も観たことがある!
「だけど娘はさらに『湯浴みをしよう』と言ってきた。狭い部屋の中……衝立てを挟んでまずは男に先を譲り、半ばそれは強引だった」
「…………」
あれ? これ例え話というか……。
「だがそれは真心百パーセントの行為なんだ。だから……断れなかった。あまりに愛おしくて」
もしかして……私たちの話??
「娘は責任感も強かった。……だから、娘が湯浴みの際、出ていこうとした男を部屋にとどめるため、必死に湯浴みをしながら話し相手をすると申し出た」
じゃあ、あのさっきの厄介な“悪女”は……私?!
「衝立ての向こうには今にも一糸纏わぬ姿になろうとする男が恋する女……。意識するなと自分に言い聞かせるために娘の話に男は神経を集中させた……」
「…………」
「ところがだ。その必死な息使いや息切れが……どうにも……艶っぽいものを連想させ……男は困惑し、混乱し、『自分がいやらしいからそう聞こえるだけなんじゃないか!?』と、自分を叱りつけさえした」
私は自分の昨日の行動を客観的に反芻し始める。
私はあの時、他人から見て何をした?
「だけど……生々しい脱ぎたての衣服や……無邪気な『裸になりました!』という報告。もう……ある意味、男は焼き焦げて死ぬかと思った」
あれ? 私………ちょっと、いいや、かなりヤバくない!?
「極めつけは板一枚挟んだ先。丸裸の無防備な姿で、男の素の姿が……その心が知りたい、教えてほしいという。……これで殺られない男がいるのなら、是非とも教えてほしいものだよ。…………ねえ、オフィーリア?」
「あ、…………あははは……」
客観的に見た自分のやらかし具合に背中の汗が止まらない。
え、え、馬鹿じゃないのその娘は?
警戒心ゼロか??
―――っていうかそれ……私!?
「……とはいえ、僕が逃げ出したことできっと君はひどく傷付いたはずだ。あんな……一歩を踏みだし心を開こうとしてくれたのに――それを考えれば、いくら君に嫌われてもおかしくはない」
「………………」
ああ……この人はやっぱり、繊細でとても優しい人なんだ。
もっと身勝手な結論にだってなっていいはずなのに……。
少なくとも私の兄達はそんな結論には至らないと思う。
「殿下……私、殿下を嫌ってなんておりませんわ。ただ……少しむくれて拗ねていました。あんなキスしたくせに……って」
「…………」
「私のファーストキスだったのに……って」
ガンッと殿下が盛大に近くの木にぶつかる。
「殿下!?」
「オフィーリア……本当、それ以上は勘弁して」
「ご、ごご、ごめ……っ!」
「秤の針がすでに振り切っていて、もうこれ以上は君を好きになりようが無いんだ。……蒸発しそう」
え! え、え?
頭から、ぶしゅあああと湯気がたつ。
「…………お〜い」
いや、確かに昨日も“好きだ”と殿下に言われたけど!
「もしもーし……」
でも、え……キャッ!
やだやだ、何だか恥ずかしいよぅ。
「――――――わ゙ッッっ!!」
「て、ギャーッ、グエン……耳もとで叫ばないでよ!?」
「イチャイチャするのはいいけどさ……そろそろ出発しないか?」
はい?
「…………」
言われてキョロキョロと周りを見渡してみる。
すると玄関前にはすでに全員が揃い。
皆が何とも言えない笑顔を浮かべて、私たちをじっと見ている。
「…………はい」
え、本当に恥ずかしいわ?
……こうして、いよいよ我が家へと向け、出発したのだった。




