30、クソじじい裁判 ※三人称小説
「え〜では、これよりー」
モンディスカの城はもちろんモンディスカ家の屋敷であるが、それとは別に国境を仕切る上での公的な機関も備わっている。
他にも、本格的な監獄に近い地下牢や地下シェルター。避難道。
兵士の娯楽施設や軽い商い所に、領事館的な役割などなど……。
出入りは無論厳格だが、かなりの複合的な存在なのだ。
そして――。
「被告ルドルフ・モンディスカの裁判をこれより始めたいと思います」
この様な戦犯を裁く裁判所も……当然、存在する。
現在。
ルドルフはある椅子に座らされ、何重もの鎖で文字通り縛り付けられ身動きを封じられていた。
「うおぉぉ~! 何だこれは、離せー!?」
当然、そうされたルドルフは大暴れで、椅子は先ほどからダイナミックにバスんバスんとバウンドしている。
それを見かねた七男……『未来脳』のリミッターのヴァージルが手もとの機械をクイッと操作した。
「あらよっとっ!」
「ぎゃああああああああああああああ!?」
すると……あ〜ら不思議! バリバリと金の明滅を繰り返しながら雷のようなものがルドルフの身体に流れ……ルドルフはブルブルと震えるとコテンと白目で泡を吹いて気絶してしまったではないか!
「え……あれどうなってんの」
ただ事ではない様子に思わずグエンがヴァージルに尋ねると、ヴァージルはケロリと答える。
「ああ電流……って言ってもわかんないか。……あれは雷を身体に意図的に流すことができる椅子だよ。まだ、研究段階の試作だけど」
「え……雷? それって死ぬんじゃないの?」
「え〜あんなの弱の超弱弱だよ~。最大出力なら一億ボルトだもん!」
「いや……ごめん。その単位もよくわからん」
因みに一万ボルト出力の熱は一説には約三万度といわれ、太陽の表面温度(※六千度)よりも温度が高いため、使用すれば椅子ごとどころか部屋、城、街がうっかり消失してしまうこと請け合いだ。
「それにジイ様なら例え殺そうとしたって死なないでしょ!」
因みにルドルフの余命宣告はあと一、二年である。
「だってほら、もう起きた!」
「うう〜……こりゃあ二日酔いにも効きそうだぞ?」
「…………」
どうやらモンディスカには普通の人間……いいや、人間はいないらしい。
ジジイは怪物で化け物だった。
「ヴァージル。新しい玩具を使うのは一向に構わんが……裁判所を貸し切るのは、ちょっとやりすぎじゃないか?」
しかも、ルドルフはそのあと常識人のような顔をして平然と孫にブツブツと説教をたれる。
何なんだこのジイ様……。
「玩具じゃないよ!? 最新式の処刑執行装置だから!」
だが、ヴァージルも実の祖父相手にやっちゃいけない一線を軽くヒョイヒョイ反復横跳びするので、人のことを全く言えなかった。
「グエン……さすがにやり過ぎだから、ヴァージルの装置を取り上げてくれ」
それに長兄ブラッドフォードが待ったをかけ、兄に命じられたグエンも「ヘイヘイ」とヴァージルから送信機……トランスミッターを取り上げる。
「うわぁ〜……乱暴に扱わないでよ、グエン?!」
「……お前こそ、あんまジイ様を乱暴に扱うな!」
全くもっともだ。
「そうだぞヴァージル。じゃないと、もう小遣いをやらんぞ?」
「いや……処刑執行装置に縛られた人が、平然と説教たれるのもかなり違うぞ、ジイ様……」
グエンが呆れて言うが、本人は処刑執行装置の上でケロリとして反省の色がない。
「そもそも、いくら隠したところでオフィーリアのリミッターを隠し通せるわけがないだろう!」
さらにルドルフは懲りずに吠える。
そこには行き過ぎたオフィーリアへの思いやりと、自己中心的な価値観が覗いていた。
「……お言葉ですが、お義祖父様。だからといって当人の心の準備や、決心が固まる前に第三者が勝手に秘密を吹聴していいなんてことも……決して筋が通った話ではございませんわ」
けれどそんなルドルフの言い分にピシャリと言ったのは長兄の孫嫁であるエメラインだ。
エメラインはオフィーリアと同じ女として、今回の件にはかなり怒っていた。
そう……問題は、リミッターを隠し通せるかどうかではない。
オフィーリア本人が、自分の秘密をどう受け止め、誰に、いつ、どのように伝えるか……その決定権を本人から奪ってよいのか? という話なのだ。
エメラインは義姉として、オフィーリアを守るために秘密を隠すことと、オフィーリア自身の意思を尊重することの両方を両立させようとしている。
オフィーリア自身が自分のことを決められるように、ただ本人の意思を尊重したかった。
「年頃の娘というのはそうは見えずともそれは繊細なのですよ。お義祖父様? ちょっと毛深かったり、爪や耳の形が変わっているだけで本人にとっては重大な自己評価の材料になり得ます」
エメラインはそう言い眉を顰める。
「ちょっとしたことですらそうなのに……もう一つの自分の姿が危険といわれる猛獣であることを……しかもよりによって、初めて恋した相手に知られて平気だとお思いですか?」
「………………」
「しかもヒグマは……元々は非常に警戒心が強く臆病な生き物なのに……!」
エメラインは決して忘れない。オフィーリアに初めて会ったあの日を。
「だがしかし……それももうすでに和解して解決したのであろう? ……そうでしょう。ディアベルゼ殿下」
ルドルフがそう目を向けると、ディアベルゼが脚を組んで椅子に座り、にっこりと微笑んでいた。
「……見たでしょう? どうですかな、我が家の“ヒグマ”は」
「そうですね……こう言っては期待外れかもしれませんが」
「ほう……どうぞ遠慮なく言ってご覧なさい」
「“え、なんだこれ可愛い!?”……と正直。思ってしました」
「「「………………」」」
「……は?」
「顔だけ毛色が明るくて、目がつぶらでクリクリで、全身の毛はもふもふとしながら……野生で育ったわけではないので毛艶が良く、不安からか、どこか忙しなく頼りない様子で…………非常に庇護欲をそそられました」
「ひ、庇護欲……? ヒグマですが……?」
「自分でも、大変おかしなことを言っている自覚はあります。……ですが、それが嘘偽り無いリミッター姿の彼女に対する第一印象です」
その場にいるモンディスカ家の面々がポカーンとする。
彼ら兄弟や家族は小さい頃からの子熊時代も知っているからこそ、現在のヒグマ姿も可愛いと感じている。
だがしかし、成獣にまで成長したヒグマを目にすれば、まず、ほっとんどの人がパニックを起こすに違いない。
さらに言えば例え正体を明かされていても、実際に目の前にすればその手はじっとりと汗ばみ、背中はこわばるだろう。
それは本能的な防衛本能だ。
「殿下って……ご自分で自覚ないけれど、やっぱり大物ですよねぇ!」
それに、ディアベルゼの影の近衛隊長でもあるグエンがポツリともらす。
だが、その発言に背中を震わせ激しく共感する者が一人いた。
「わかり……ますわ! ディアベルゼ殿下!?」
誰あろうエメラインである。
「は? エメライン義姉上??」
グエンが眉根を寄せて困惑気味に義姉を見つめた。
「あれは忘れもしない八年前のこと……」
「しかも何か始まったぞ?」
そう……それは八年前のことだった。
◇◇
「ここが……モンディスカ辺境伯家のお城……」
婚約することがほぼ確定となり、その日、エメラインは初めてモンディスカ家へ正式な招待をされていた。
(ブラッドフォード様は緊急で呼ばれて席を外されてしまったし……少し手持ち無沙汰ね?)
もちろん、複数の召使いが甲斐甲斐しくエメラインの世話をするが、初めての場所はエメラインといえどどこか座りが悪い。
ブラッドフォードが早く戻らないかなと、思わずチラチラとドアの方を見てしまう。
だがその時。カタリ……キイッとドアが僅かに開いた。
(………………え?)
ドアの隙間からは明らかに獣らしき前足。
そして次の瞬間。
(……!!)
少女用のボンネットを被り、スカートを履いた子熊が小脇に熊のぬいぐるみを抱え、キョロキョロとしながら部屋に入ってきた。
「………………」
(え、え、え? ぬ……ぬいぐるみ!?)
けれど鼻はふごふご動き、黒目がちな目も忙しなく、二足歩行ではあったが、それもまごうこと無き獣のごとき動き。
そう、ころは本物の子熊だ!
(何これ……触りたいっ!)
エメラインは本能的にそう思った。
だって、あんまりにも可愛すぎるから。
「貴方はここの子かしら? ……こっちへ、こちらへいらっしゃい……」
エメラインが思わずそう声をかけると、子熊は明らかにビクーッと驚き……それから。
「ああ、……待って!」
一目散に四足歩行スーパーダッシュで逃げだした。
それは本当に一瞬だった。
エメラインか慌ててドアから廊下に出た時には、すでにその影も形もない。
エメラインは近くの召使いに尋ねた。
「あちらは……えーと」
「あれは末のお嬢様です」
「お嬢様!?」
「はい。あれはリミッター姿で……恐らく甘いお菓子の匂いに誘われて、コチラにいらしたのではないかと……?」
「まあ! ……私、リミッターには詳しくないけれど、あのようなリミッターもあるのですね?!」
そう。
それまでのエメラインの周りには自分と同種のロードはいてもリミッターはまだほとんど知らなかった。
「なら、あの子熊さんは私の妹になるのですね? ……是非とも仲良くしたいわ!」
だがそれから一年間、オフィーリアはエメラインの姿を見れば逃げるを繰り返す。
見えた刹那にいなくなる。
けれどエメラインも負けじと声をかけ続けたが、その距離はなかなか縮まらなかった。
けれどエメラインは諦めない。
お土産やオフィーリアが好きそうな話題や遊びなどでオフィーリアの気を引き、二年目初めでようやく同じ部屋で息が吸えるようになり、二年目終わりに頭を撫でることを許された。
そして奇しくも三年目のブラッドフォードとエメラインの結婚式でようやく……。
「え、エメライン……義姉……上、おめ……でと、ございます」
そう、オフィーリアから話しかけられた。
◇◇
「長かった……! 本当に長かったわ……?! そこでようやく人間姿も見られたし……結婚式そのものではなく、そのことに泣いてしまったわ! だって三年……三年目よ!?」
思わず、エメラインが唸りながら力説する。
「その後は何をするにも『エメライン義姉上〜!』ってヒグマ姿でも人の姿でも追いかけて来るようになって……ああ、猛獣使いはこうして沼落ちするのかと納得してしまったわ……?」
「普通の猛獣使いは、別に沼落ちはしていないだろう」
グエンが冷静にツッコむ。
「でも……そう考えてみると、あっさりとオフィーリアを懐柔した殿下が、ほんの少し小憎らしいですわね?」
エメラインが思わずジトリとディアベルゼを睨むが、ディアベルゼはハハハと困ったように笑う。
「いいや……実際はあっさりでも無いのですが……しかし、それでもオフィーリアが人懐っこい女の子に変わったのはエメライン殿とのエピソードがあったからこそでしょう」
確かにそうだ。
オフィーリアはそれまで、人攫いに何度もあったこともあり、モンディスカの外部の人間とは積極的に関わろうとはしなかった。
「そうだな。オフィーリアが警戒なく最初から懐いていたのは家族……とくに甘えていたのはギデオンくらいだ」
ブラッドフォードがそう名をあげると、ディアベルゼはそれにサッと視線を落とし、手をぎゅっと握りしめた。
そんなディアベルゼの背中をグエンがぽんと叩く。
「殿下のあの場の言葉に嘘なんてなかったでしょう? ……ただ、タイミングが悪かっただけですよ」
「それにしたって……僕は無神経すぎた」
ディアベルゼはグエンから言葉を遮られ、その際にギデオンの背中の傷の経緯を聞いたあの時。
自分の言葉のあまりの軽々しさに血の気が引いた。
(確かに嘘は一つも言っていない……)
ディアベルゼは本気でオフィーリアになら食べられても後悔しないと思っている。
それくらいもう愛しているのだ。
だけど、それで実際に傷を負った人が目の前にいたとしたら……その言葉の意味は一気に形を変えた。
そのやるせない申し訳なさが、ディアベルゼの胸に苦く広がっている。
「さあ、お祖父様の断罪裁判も済んだし、そろそろ私たちも夕食にしましょう!」
だがその片方で、話は終了とばかりにブラッドフォードがそう言って手をパンパンと叩いて終了とともに皆を促す。
それにヴァージルが一人ひどく慌てた。
「ええ!? ま、待ってよ兄さん! ジイ様でもう二、三回“電気椅子”を試させてよ〜! こんな機会めったに無いんだから!?」
その言葉にルドルフがカッと目を剥く。
「くぅおりゃ、ヴァージル!? 愛するお祖父様を最大限モルモットにするんじゃない!!」
「え〜……だって殺すようなことして死なない人間なんてめったにいないんだもーん」
「おい! 我が孫の倫理観いったいどうなってるんだ!?」
「それもジイ様の血だよ。諦めろ」
グエンが呆れたようにそう締め括る。
うん。
モンディスカは本日も澱みなくモンディスカだった。
一方、そのころ当の本人であるオフィーリアはというと……。
彼女はある部屋の前につっ立っていた。
ルドルフの裁判にはもちろん誘われたが、オフィーリアはそれを丁重に断っている。
因みに双子とレスターもそれを同時に断っているが……理由は女の子と夜にデートだからだそうだ。うーん緩い。
で、肝心のオフィーリアの理由はというと……。
「ギデオン……兄さん、私よ」
そう名乗り、ギデオンの部屋の扉を三回ノックした。
間もなく扉は静かに開かれる。
「……オフィーリア」
姿はなく、見えるのはその逞しい血管の浮いた手だけ。
「兄さんの……話を聞きにきたわ」
ギデオンにオフィーリアはそう真っすぐに宣言をする。
そう、オフィーリアはここにいた。
ギデオンと話をする、ただそのために。




